松本智津夫被第100回公判
1998/12/3
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第100回公判は3日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件で現場試料の鑑定などをした警察庁科学警察研究所(科警研)職員、被害者の治療にあたった医師、さらに事件にかかわったとされる端本悟被告(31)に対する2度目の弁護側反対尋問が行われた。朝から冷え込んだ東京地方だが、100回目という区切りのためか傍聴希望者は210人に上った。

◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:瀬戸康雄(41)=警察庁科学警察研究所職員
      薄井尚介(57)=城西病院医師
      端本悟(31)=元教団「自治省」所属(敬称・呼称略)


 入廷した青いスエットパーカ姿の松本被告は両手で頭を抱えうつむいた後、顔をあげてにやにやする。傍聴人の注目が集まる。午前10時、開廷。
 科警研科学第4研究室の瀬戸康雄室長に対する2度目の弁護側反対尋問が始まった。

 弁護人「この事件では結果的に、(現場の試料から)メチルホスホン酸ジメチルが検出されていないが、それはなぜか」
 証人「最終段階の合成品を使えば、検出しないのは理由がつく。新聞紙上や捜査で、松本(事件の)サリンを作った時にメチルホスホン酸ジメチルが混入されなかったのは明らかになっている」
 専門用語が飛び交うやり取りに、居眠りする傍聴人の姿も目立ってきた。松本被告は目を閉じたまま頭を上下させ、退屈したような表情を浮かべる。
 「サリンで間違いないと120%言えると思う」と証言する瀬戸氏に、弁護人はしつこく食い下がる。
 裁判長が「もういいじゃないですか」と口をはさんだ。「裁判所が必要ないと言ったら必要ない。先に進んでください」。弁護人が「安全性について……」と続けるが、裁判長は「移りなさいと言っているのだから従いなさい」と止める。
 弁護人は不満そうな表情を浮かべながらも次の鑑定書についての質問に移った。血液や水抽出物の検査について細かい質問が続く。
 正午、休廷。


 午後1時15分、再開。
 弁護人は、サリンが分解された時に検出される関連物質が、一部の被害者から検出されなかった例を挙げ、死因がサリン中毒でなかった可能性を指摘した。
 証人「サリンが必ずしも均一に吸収されたとは限りません。また、関連物質は体内で分解される可能性がある。関連物質が出る出ないということだけで、サリンかどうかという議論はできないわけです」
 弁護人「関連物質が出ても、サリンが使われたと限らないということですね」
 証人「今回のケースでは、生体内や現場から現物が検出されているので、サリンが使われたことは間違いないわけです」
 2時35分、瀬戸氏への反対尋問が終わる。城西病院医師の薄井尚介氏が入り、初の弁護側反対尋問が始まる。治療した被害者の症状を確認していく。
 3時2分、休廷。

 3時22分、再開。
 弁護人「単なる急性薬物中毒が、警察発表でサリンと絞られたのではないか」
 証人「そうです」
 弁護人「警察の発表を検証されていないのか」
 「検証する必要があるんですか」。証人は気色ばんだ。
 「ありますよ。先生の患者でしょ。先生ご自身の判断で診断する必要があるんじゃないんですか」。弁護人も声を荒らげる。
 証人「縮瞳(しゅくどう)、コリンエステラーゼ値の低下は有機リン中毒が大半で口から入ることがほとんどだ。その中で皮膚や粘膜からも吸収されるサリンが発見されたのなら、それで病状に矛盾する部分はなかった。サリン以外にそういう物質があるなら検証の必要もあるが、なんの矛盾もなかった」
 薄井氏への尋問が終了し、4時8分、端本被告が入廷した。

端本被告
 弁護人「松本支部道場で行われた平成4(1992)年12月18日の麻原さんの説法をじかに聞いていますか」
 証人「松本には行ったことがないので、絶対に聞いていません」
 弁護人「当時、あなたは何をしていましたか」
 証人「上九(山梨県上九一色村)で、チンタラしてました」
 弁護人「(教団は)『仏典研究』という雑誌を出してますよね。それで読んだのですか」
 証人「(説法は)さまざまな本に載るんです。だから分かりません」
 弁護人は問題の説法の冒頭を読み、繰り返し内容や感想を聞いたが、端本被告は「印象に残っていない」「スルー(素通り)しただけ」とそっけなく答える。松本被告は、自分の説法の内容が話題になり、体を伸ばしたり左右にゆすったりと落ち着かない。
 弁護人「平成5(93)年に説法を聞くなり読むなりして、中身について話題にしたことはあったか」
 証人「バカにしている雰囲気で、話としてまともに取らなかった」
 弁護人「教団には裁判担当の部署はあったか」
 証人「青山(吉伸被告)さんでしょう。そういうことは法務部でしょう」
 弁護人「法務部はいつごろできたか」
 証人「(熊本県)波野村のころにできた」
 弁護人「新実(智光被告)から車の中で『裁判所にサリンをまく』と聞いたんですね」
 証人「はい」
 弁護人「なぜ裁判所にまくか、聞きましたか」
 証人「(説明は)受けてません」
 弁護人「調書とずいぶん違いますね。調書では『松本市の裁判所でオウムが当事者になっている裁判が不利になっており、真理を実践するオウムを裁判所が弾圧しているから裁判所にサリンをまくんだと思った』となっていますが、記憶はありますか」
 証人「あります」
 弁護人「なんで、こんな内容の調書になったんでしょうね」
 証人「根負けというか、そういう言葉では説明がつかないくらいに検事とわだかまりとかがある。『普通はそう考えるんじゃないのかね』とか、罪悪感に付け込まれたとか、そういうことだと思う」
 弁護人「結果的にサリンをまくことを受け入れた理由は」
 証人「一応出家者で、それだったらやっぱりワークかな、とか。言われたことはバカにしてたけど、一応『はい、はい』と答えていたというか……」
 弁護人「サリンの効果についても、鼻水が出るとか体がだるいとか、その程度だと思っていたのか」
 証人「はい」
 弁護人「だから行ったんですか」
 証人「そうでしょう。サリンという言葉を知らなかったら、考えていたかもしれません」
 弁護人「坂本(堤)弁護士事件の時は殴るだけでも相当の葛藤(かっとう)があったようだが、今回はなかった?」
 証人「はい」
 弁護人「重大な認識はなかった?」
 証人「はい」
 端本被告がさらに「教団のばかな構造とか、そこらへんは弁護士さんも分かっていると思うけど」と加えると、弁護人は「きりがよいので」と閉廷を求めた。
 5時1分、閉廷。