松本智津夫被告第101回公判
98/12/4
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第101回公判は4日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件にかかわったとされる元教団幹部、新実智光被告(34)に対し2度目、端本悟被告(31)に対し3度目の弁護側反対尋問などが行われた。傍聴希望者は143人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら4人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:新実智光(34)=元教団「自治省」大臣
      森田洋(37)=信州大医学部付属病院医師
      端本悟(31)=元教団「自治省」所属
 (敬称・呼称略)


 松本被告は厚手の青いトレーナー姿で入廷した。午前10時、開廷。
 新実被告に対する弁護側反対尋問が再開された。
10月16日の第95回公判では事件に関する証言を拒否する一方で、弁護人や裁判長の説得で事件と直接関係ない質問には答え始めていた新実被告。弁護人は「きょうは事実を語ってくれるのか」と切り出したが、新実被告は「前回と同じです。自己の公判で証言した後に答えたいと思う」とかたくなな姿勢を示した。

 弁護人「調書の日付を見ると、逮捕前から起訴後まで1カ月間にわたっているが、連日取り調べがあったのか」
 証人「はい」
 弁護人「態度は?」
 証人「黙秘してました」
 弁護人「どのぐらい?」
 証人「最低1カ月以上は」
 弁護人「その後話し始めた?」
 証人「証言を拒絶します」
 弁護人「取り調べ時間は?」
 証人「朝7時か8時から深夜の12時ごろまで」
 弁護人「長時間の取り調べで体力的にどうだったか」
 証人「発熱したり、体重が5キロ減ったり」
 弁護人「黙秘の態度を変えた理由、きっかけは」
 証人「拒絶する」
 弁護人「(1995年)8月2日付の調書は興味を引く内容だ。『事件の経過や動機についてきっかけはあるが、分かってもらえないだろう。何を目的にしたのか話すと被害者や遺族の感情をさかなでするので、それを話すか事実だけを話すのか迷っているが、現時点では事実のみを話す』とある。こういう調書について覚えはあるか」
 証人「現時点では拒絶」
 弁護人「前後して麻原さんも逮捕されているが、どんな話をしているか気にならなかったの?」
 証人「もちろん気にはなりましたが」
 弁護人「落田(耕太郎さん殺害)事件で麻原さんがどんな態度をとってるか聞かされなかったのか」
 証人「証言を拒絶します」
 弁護人「それがきっかけであなたは黙秘するようになったんじゃないの?」
 証人「今の段階においては証言を拒絶します」
 弁護人「これは重要なことです。自ら進んで黙秘するのか、圧力で黙秘するようになったのか。それを探るうえで」
 証人「おっしゃる意味は分かりますけれど、今は証言を拒絶します」
 検察官「(東京都杉並区)阿佐谷の『うまかろう安かろう亭』で(省庁制度の)発足式をやったというが」
 証人「はい」
 検察官「発足式はいつ終わったか」
 証人「終わったら日が昇っていた」
 弁護人「その後、その日のうちに松本に行っているが、なぜそんなむちゃなスケジュールになったの?」
 証人「証言を拒絶します」
 弁護人「松本サリン事件の動機がどこにあったか、自分の法廷では話すつもりはあるのか」
 証人「ある」
 弁護人「あなたの調書にほかの人の調書と合わない点があり、その一人に中川(智正被告)さんがいるが、中川さんを知っているか」
 証人「はい」
 弁護人「11月24日に中川さんの法廷があったが、中川さんの弁護人が松本サリンについて94年6月20日ごろ、裁判官宿舎にサリンをまけという謀議はなかったと述べており、あなたの検面調書と決定的に異なっているが、中川さんの意見を知っていたか」
 証人「それは初耳」
 弁護人「あなたも事前謀議についてしゃべってもらえないか。6月20日に謀議はあったのか」
 証人「分からない」
 弁護人「発足式を6月27日の未明から始め、徹夜で松本に行ったというが、そんなむちゃな計画を作ったのだろうか。しかも実行行為者3人が(発足式に)参加していたという。午前3時か午前5時ごろ、まともな準備も話もせず上九(山梨県上九一色村)へ出発したというのか。また、地裁の松本支部にまくという話も、裁判所の宿舎にまくという話に変わった。裁判所にまくことと、その宿舎にまくことは同じことか。意味が違うのか」
 証人「……」
 弁護人「例えば坂本(提)さんを殺害することと、その家族も一緒に殺害することとは意味が違うでしょ」
 裁判長が証人に向かって「答えるの、答えないの?」と声をかけるが、新実被告は黙ったままだ。
 弁護人「調書だと、松本に行く途中、あなたと村井(秀夫元幹部=故人)が話し合って、裁判所から裁判所宿舎に標的を変えたと言っている。標的を変える意味について、村井さんが亡くなった今、あなたしかしゃべる人がいない」
 証人「……」
 午後0時2分、休廷。


 1時15分、再開。
 弁護人は、端本被告の証言との食い違いなどを追及するが、新実被告の証言拒否の姿勢は変わらない。
 弁護人「被告人質問が終わり次第話しますか」
 証人「はい」
 弁護人「この法廷でも話しますか」
 証人「はい」
 弁護人「調書が採用されれば証言する機会はない。どうしても被告人質問が終わらないと話してもらえないということですか」
 証人「今の段階においてはそうです」
 弁護人「その方針は間違っていないと思います。あなたにとっていいこともあると思います。でも、あなたが話さないということで不利益を被る人もいる。これをご存じですか」
 証人「おっしゃっている意味は分かりますが、証言を拒絶します」
 弁護人「麻原さんも端本さんも不利益を受けるんです」
 証人「……」
 弁護人「端本さんは坂本(弁護士一家殺害)事件でも起訴されているのをご存じですか」
 証人「はい」
 弁護人「岡崎一明被告の死刑判決はご存じ?」
 証人「はい」
 弁護人「もしこのままいけば端本さんは相当重い判決、おそらく死刑だろう」
 証人「はい」
 弁護人「端本さんのために本当のことを話そうという気持ちにならないですか」
 証人「それも含めて証言を拒絶します」
 弁護人「再度、弁護士と相談して考えてみてほしい。それは弁護士の方針か」
 証人「私の方針です」
 弁護人「あなたの弁護士はたいへん高名で優秀です。その人が証言をしても不利益にはならないと言っていると思うが、それは?」
 証人「拒絶します」
 弁護人「麻原にとっても端本にとっても、生死にかかわるんです。いいですか」
 証人「もちろん考えることについては約束します」
 弁護人「あなたはオウム真理教を脱会したのか。まだ所属しているのか」
 証人「はい」
 弁護人「麻原さんに帰依しているんですか」
 証人「はい」
 弁護人「証言を拒絶すると調書が取り上げられるが、調書の内容は麻原さんの意思とは違うとは思わないですか」
 証人「そういうことは超越されていると思うので、証言を拒絶します」
 弁護人「超越とは?」
 証人「意味通りです」
 弁護人「麻原尊師が『ミラレパ、しゃべれ』と言ったら、証言するんですか」
 しばらく考え込んだ後、新実被告はやはり証言を拒絶した。


 1時48分、新実被告が退廷し、信州大付属病院の森田洋医師が入廷した。弁護側の反対尋問が始まる。
 弁護人「事件を知ったのは?」
 証人「朝、病院に来てからです」
 弁護人「原因は何だと?」
 証人「有機リン系中毒の可能性が高いと思いました」
 弁護人「カルテを見ると縮瞳(しゅくどう)の記載が眼科となっているが」
 証人「縮瞳が強かったので、眼科の先生にも往診してもらった」
 弁護人「眼科の診断で結膜の出血とあるが、何が原因だと考えますか」
 証人「その時点では何かの刺激と考えていましたが、今考えるとサリンによる反応でもこうなると思う」
 尋問がサリンの2次汚染に移る。
 弁護人「ほかの病院では2次汚染があったと聞いているが、信州大病院ではどうだったんですか」
 証人「ないと思います」
 弁護人「看護婦の中で接触を通じて2次汚染が発生したケースもあるようですが、
なぜ信州大病院ではなかったんですか」
 証人「松本協立病院のことを言っておられるのだと思いますが、あそこは最も多くの患者さんが運ばれて接触の機会も多かった、ということがあるのではないかと思います」
 弁護人「(94年6月)28日の夜の段階でも原因は分からなかった?」
 証人「有機リン系中毒で、普通このような重症の時は、自殺目的で飲んだ時だけで。住宅街で突然起きるとは想像しない。毒物が1個である保証もない。慎重に経過を追わないといけない」
 弁護人「神経ガスの知識は?」
 証人「常識の範囲。サリンという名も知らなかった」
 3時、休廷。


 3時20分、再開。
 弁護人は、森田氏がサリンの解毒剤のPAMを使わなかった理由を尋ねた。
 証人「PAMを使った経験は片手に余るくらいしかなく、患者の症状はよくなってもいるし、PAMは万能ではない。PAMが効かない有機リン系毒物もある。総合的に判断してPAMを使わず、硫酸アトロピンなどを使った」
 弁護人が交代し、PAMの副作用を尋ねる。
 証人「心停止などです。地下鉄サリン事件が起きたと報道で知った時、東京の病院に電話してサリンを疑うのであれば早い時期にPAMを使うべきだと言いました」

 森田氏への尋問が終わり、4時17分、端本被告が入った。阿部裁判長が「遅くなってしまって」と声をかけ、尋問が始まった。
 弁護人は下見の際に長野地裁松本支部の近くでたばこを買った経緯を尋ねる。
 弁護人「買うのは新実さんの指示か」
 証人「まあそうでしょうねえ」
 弁護人「新実さんから吸えと言ってきたのか」
 証人「ひったくるように取ってすぐ一服した。単純に吸いたいから。それは新実の人間関係でツーカーな部分もあったから」
 弁護人「いけないんでは?」
 証人「そうです」
 弁護人「新実さんはたばこ吸ってんの見た? 酒とか戒律あんでしょ?」
 証人「酒は、イニシエーションで飲んで崩れるとなし崩しになった。イニシエーションがきっかけで勝手に飲むようになり、1回踏み越えると勝手に解釈されるっていうか」
 弁護人「制裁を受ける、という人もいるが」
 証人「だって酒飲んでた人、実名も挙げられますよ」
 弁護人「たばこの煙で、サリンをまく方向を調べていると思わなかったか」
 証人「今思うとそうなんでしょうけど、その時は『またばかやってんなあ』と。それだけだった」
 弁護人「あまり深く考えなかったんですか」
 証人「サリンと言っても、風向きとか噴霧という言葉を聞いても、自分のイメージは固形物でもおかしくなかったんですよ。例えばドライアイスとか。そういう揮発物のようなものを思い浮かべたり。よく分かってなかったんですよ」
 弁護人の尋問が事件前日の行動に及ぶ。
 弁護人「新実から『明日、松本に行くから体をあけておけ』と言われたのか」
 証人「そう。そんな感じです」
 弁護人「前日の何時ごろですか」
 証人「夜だったことは間違いないです」
 弁護人「何をしに松本に行くと思いましたか」
 証人「松本の裁判所を下見してたので、それと結び付けて考えました」
 弁護人「サリンをまく、と思いましたか」
 証人「思いました」
 弁護人「指示を受けた後は何をしてましたか」
 証人「彼女の所へ行って音楽テープを聴いたりしてました」
 弁護人「何時に寝ましたか。普通に寝られましたか」
 証人「時間は分かりませんが、いつも通り普通に寝ました」
 弁護人「あんな事件を引き起こす、サリンをまくと分かっていたら葛藤(かっとう)
があったでしょう」
 証人「そりゃそうですよ」
 5時2分、閉廷。