松本智津夫被告第102回公判
98/12/17
(毎日新聞より)

 ◇松本サリン事件・端本悟被告反対尋問
 ◇教祖は“説法”を始めた



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第102回公判は17日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件にかかわったとされる端本悟被告(31)に対する弁護側反対尋問が行われた。主任弁護人の安田好弘弁護士が警視庁に強制執行妨害容疑で逮捕(今月6日)されて以来初めての公判。傍聴希望者は175人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら11人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:端本悟(31)=元教団「自治省」所属
      中川智正(36)=元教団「法皇内庁」トップ(敬称・呼称略)



 午前9時59分、松本被告は紺色のジャンパー姿で入廷。濃紺のスーツを着た端本被告も着席し、裁判長が開廷を告げた。
 渡辺脩弁護団長が発言を求める。
 「主任弁護人が出廷できない事態となっている。これを引き起こした(捜査)当局に激しい怒りを禁じ得ない」
 安田弁護士の逮捕に対する抗議だ。渡辺団長は「我々12人は今後とも一心同体で歩み、ともに進む」。主任弁護人不在のままで、審理が始まることになった。

 この間も松本被告は小声でつぶやき続け、裁判長から「被告人は静かにしなさい」
と注意された。

端本被告
 弁護人「(松本サリン事件の前に)作業着を買いに行ったとき、新実(智光)被告から色や何着だとか、指示はあったのか」
 証人「記憶がイメージとして浮かばない。7着買ってきたので、あったはず」
 弁護人「領収書はもらったか」
 証人「はい。オウムです。AUMかもしれない」
 弁護人「足がつくと考えなかったのか」
 証人「いつも領収書をもらうから、くせのようなもので考えなかった」
 弁護人「(教団施設の)ビクトリー棟で着替えをした理由は、すぐ松本市に行くからと分かってたか」
 証人「まあ、出発自体は決まってなくて、『予定は未定』みたいなところがあって。一応、用意はしてるけど、しらけてるって感じだったし。教団の実際の空気、なんていったらいいのかな」。マイクを通し、端本被告の声がよく通る。
 松本被告は前かがみになり、寝ているように頭をたれている。
 弁護人「第7サティアンわきの小道に、サリン噴霧車が止まっていたのですね」
 証人「はい」
 弁護人「出発時間までどのくらい待ったのか」
 証人「村井が遅れてきたが、20〜30分くらい」
 弁護人「村井さんはビクトリー棟で着替えたのか」
 証人「別の信者が『(着替える)村井のパンツの染みを見た』と言っていた」
 弁護人「噴霧車を運転しろと言ったのはだれか」
 証人「新実(被告)だと思います」
 弁護人「噴霧車について『ダサイ』などの証言があるが」
 証人「ダサイし、みっともなくて嫌だなあと思った」
 弁護人「サリンをまきにいくことに関しては」
 証人「目立って嫌というより、シンプルにダサくてやだなあと」
 弁護人「調書では、村井(秀夫・元幹部=故人)さんは遅れてきたことになっていますが」
 証人「ビクトリーへですか。記憶ないです」
 弁護人「それなら、ビクトリー棟の外に出た記憶はある?」
 証人「僕は第6サティアンに行ったんですよ」
 弁護人は調書との食い違いを強調したあと「調書はだいぶ違う。あなたのこの法廷での証言が本来の記憶ですね。調書にサインされたことを後悔されていると思いますが」
 証人は「後悔っていうか、悲しかった」とうつむいた。
 弁護人「あなたは本当にやったことは責任を取ろうと思っているんでしょ」
 証人「もちろんです」
 弁護人「あなたと村井さん以外はワゴン車に乗って出発。これは間違いないですね」
 証人「はい、そうです」
 弁護人「村井さんはよく道とか知ってましたか」
 証人「免許ないし、道は知らないと思いますよ」
 弁護人「松本市までどのくらいの時間でいくと思ってた?」
 証人「新実さんと下見に行ったとき3時間くらいだったと思う。4時間かからない。まあ、3、4時間だと思いました」
 弁護人「高速を使わなかったのは、システムに記録されないためという考えは多少あったのか」
 証人「あったです」
 弁護人「最初に国道20号沿いのガソリンスタンドに寄りましたね。給油をしただけですか」
 証人「トイレも行った」
 弁護人「それだけのことで止めたの?」
 証人「そっちが主。それでガソリンも補給しようと。で、運転もしんどいし、休憩もしたいって、あるじゃないですか」
 このあと、弁護人は、村井元幹部の靴を買うため、噴霧車を止めた、という長野県諏訪市内のディスカウントショップ周辺の地図を、端本被告に書かせた。さらに松本市まで実際にかかった時間などを聞き、同11時59分、休廷。


 休憩後、最初に入廷した松本被告は大きな声で説法らしきものを始めた。「あなたがたは……非常に危険な……」「But I……」。日本語と英語で交互にしゃべり続ける。裁判長が「被告人は静かにしていなさい」と諭す。

 端本被告が入廷し、午後1時16分、再開。
 「死と生の間のエネルギーは……」。松本被告は“説法”をやめない。裁判長が「静かにしなさい。証人尋問の邪魔になりますから」と何度も怒る。
 弁護人「あなたの検面調書では『裁判所が閉まっているので、裁判所の宿舎にまくことに決まった』となっている。しかし『まく場所の変更は聞いていない』という法廷の陳述と食い違う。調書に署名したのはどういう気持ちだったのか」
 証人「ひとことでは言えません。地下鉄サリンでの殺人(容疑)が殺人予備(容疑)に変わってすごい信頼持っちゃったり、心が通じるものがあったり、調書出してきたら『あ、これ違います』って言えないですよ」
 弁護人「車への偽装工作をしたのは」
 証人「自分と富田(隆被告)を除いた残りだと思う。バカなことやっているな、という感じだった」
 弁護人「偽装は2台ともしたのか」
 証人「噴霧車もしていた」
 弁護人「村井さんは、あなたが危険な目に遭うかもしれないということを気遣ってくれるような人か」
 証人「人のことを、本当に考えない人ですから」
 弁護人「あなたは自分でマスクを作ったのか」
 証人「いいえ。富田が作ってくれました」
 弁護人「(事件現場の)駐車場の明るさはどうでしたか」
 証人「照明はあったが、そんなに明るくないです」
 弁護人が照明の場所などを細かく確認し、さらに周辺の状況を尋ねる。
 弁護人「村井さんがサリンをまいている、その目的に関心なかったのか」
 証人「正直いってなかった」
 弁護人「村井さんが駐車場で降りてから戻るまでの時間は短かったのか」
 証人「3分か長くて5分。その時に車の後部を開けたと思う」
 弁護人「コンテナの方で村井さんがガチャガチャやっていたのはどちらの側面だったか」
 証人「運転手側ならサイドミラーから見えるはずだが……。分からない」
 弁護人は、サリンを噴霧した時の状況を細かく詰める。
 弁護人「村井さんが車を降りてから戻るまで、あなたは何をしていたか」
 証人「富田が作ってくれたビニール袋をかぶった」
 弁護人「村井さんはサリンをまく機械操作をしてから終わるまでに何かかぶったのか」
 証人「口を手で押さえていたのを思い出した」
 証人は、吐き捨てるように村井元幹部のことを非難し始めた。「(現場に行く途中で)ムカついていた。正直いって嫌いだった」
 弁護人「被害は鼻水が出る程度と思っていたの」
 証人「当時はそうです。もちろん今は違うけど」
 松本被告はじっと目を閉じ、身動きしない。
 弁護人「車を出す時に白い煙が本当に見えたの」
 証人「車を止めている時は何も見えなかったが、動き出したらもくもくとかなり強い動きが」
 弁護人「帰りは行きのコースと同じだったか」
 証人「同じかどうか分からない」
 弁護人「村井さんは(車中で)居眠りしていたのか。何をしていたのか」
 証人「寝ていたが、ずっとではなかった。オウムだと心でマントラ(呪文(じゅもん))を唱えれば修行になるし、彼ならそうしていたかもしれない」
 弁護人「第7サティアンに戻ったのは1994年6月28日未明だったというが、村井さんはどうしたのか」
 証人「ねぎらいで『運転ごくろう』と言ってもいいのに、伸びをして出ていってしまった」
 弁護人「95年7月9日に逮捕された時の容疑は何か」
 証人「地下鉄事件の殺人(容疑)って言われて、すごく怖かった。捕まるのが」
 弁護人「逮捕された後、裁判所が勾留(こうりゅう)するかどうか、質問する場があるんだけど、その時の被疑事実は覚えている?」
 検察官「異議あり。地下鉄サリン事件と殺人予備は関係ありません」
 弁護人「容疑が変わったことが、調書作成に影響しているようだから聞いているんですよ」
 証人「そうです。その通りです。それで(検察官に)信頼持ったんですから」
 弁護人「95年8月19日付の検面調書と、公判廷での発言を比べると、サリンの毒性や行動の際の考え方や動機の点などに大きな違いがありますね。あなたはさっき『検事に信用されなくて悲しい』と言ったが、それはあなたなりに真実を語っているのに、署名・なつ印を迫られる段階では内容が違っており、自分の説明が徒労になってしまったからということか」
 証人「取り調べの段階では、『ある意味では君も被害者だな』などと言われて、泣いたり、検事さんと信頼し合えていたと思っていたんですが……。だから、証言するのも遅くなりました」
 弁護人「真実は公判で言うことに決めたんですか」
 証人「はい。それもあります。やり切れなさもあったし」
 弁護人は、主尋問で「事件の指示は麻原によるものではないのか」と尋ねられ、証人が「言わずもがなです」と答えていることについて根拠を尋ねる。
 口ごもる証人。裁判長が「あなたが答えてることでしょ」と水を向ける。
 証人「グル(松本被告)は全部見切ってるって、麻原さん自身言ってたわけです。本人がそう言って、実際に金も人も自由に動かしているのは麻原さんなんです」
 弁護人「教団の組織全体で言えば、必ずしも指示通りということもないんじゃないか。新実さんなんかは教祖への尊敬のあまり、指示以上のことをやってしまうこともある」
 証人「そういうのはあります。井上(嘉浩被告)なんかもそうです」
 弁護人「仮に麻原さんが何か指示を出しても、実際の行動は全く指示とイコールではないんでしょ」
 証人「完ぺきなイコールというのは人間にはあり得ないですよ」
 別の弁護人が立った。松本サリン事件発覚後の様子を尋ねる。証人は教団の壁新聞で死者が出たことを知ったと証言する。
 弁護人「自分たちがやった結果だと思いましたか」
 証人「すぐに結び付きました」
 弁護人「どう思ったか」
 証人「がく然とした、としか言えません。足元がなくなって、血の気がスーッと引くような。突つかれたら倒れちゃう感じ。かといって、へろへろ座り込んじゃまずいし。『正気でいなきゃ』という気持ちもありました」
 弁護人「あなたもそれ以降、事件のことを引きずっているわけでしょう」
 証人「引きずってなきゃ人間じゃないですよ」
 弁護人「救済だと確信してたんですか」
 証人「確信なんかありません」
 弁護人「調書ではそうなってる」
 証人「だから麻原は許せないし、検事も許せない」
 弁護人が交代し、事件当時にかぶったというマスクの絵を端本被告に描かせた。
 弁護人「これだと、マスクの下は開いていて危険だ」
 証人「危ないことをすると聞かされていなかったから、実行できた。今だったら怖くて行けません。ただのビニール袋ですから」

 尋問が終わり、端本被告は退廷した。尋問が予定されていた中川智正被告が入廷。既に5時を回っていた。裁判長が「今日はできませんでした。次回、来て下さい」と声をかけた。
5時11分、今年最後の「教祖の法廷」が閉廷した。