松本智津夫被告第98回公判
98/11/19
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第98回公判は19日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん殺害事件丸山美智麿服役囚(31)に対する検察側主尋問、松本サリン事件で端本悟被告(31)に対する弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は113人だった。

 ◆出廷者◆
裁判長:阿部文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(36)
検察官:西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら6人
弁護人:渡辺脩(65)=弁護団長
    大崎康博(64)=副弁護団長ら12人
被告:松本智津夫(43)
検察側証人:丸山美智麿(31)
      端本悟(31)=いずれも元教団「自治省」所属(敬称・呼称略)


 グレーのシャツを着た丸刈りの丸山服役囚が着席し、午前9時59分に開廷した。
検察官が尋問を始めるが、松本被告のつぶやきがどんどん大きくなる。丸山服役囚はかつての教祖をちらりと見たが、気にしない様子で証言を続けた。

 検察官「落田耕太郎さんをなぜ、知っていたか」
 証人「修行していたのを見かけたし、落田さんが書いた修行の体験談を読んだことがあったので」
 検察官「どのような罪名で裁判を受けたか」
 証人「殺人と死体損壊です。殺害の時に後ろから押さえ、死体を焼却した。あとはサリンプラントにかかわった殺人予備で、懲役7年の判決を受けました」
 丸山服役囚が、落田さん事件について説明を始める。「1994年の1月の終わりごろ。私は(山梨県)上九一色村で修行中だった。夜中に叫び声が聞こえたので行ってみると、落田さんと保田(英明被告)が取り押さえられていた。私も呼ばれ、保田を後ろから羽交い締めにして押さえた」
 裁判長「被告人はちゃんと聞いていなさい」。居眠りしていた松本被告がしぶしぶと顔を上げた。
 検察官「第2サティアンに到着してからは?」
 証人「新実(智光被告)が中に入り、残りは待機するよう指示を受けた」
 検察官「その後は?」
 証人「運転手以外は中に入るよう指示があった」
 検察官「何があった?」
 証人「めい想室や生活のための部屋があった」
 検察官「めい想室のほかの呼び名はあったか」
 証人「尊師室と呼ぶ人もいた」
 丸山服役囚は保田被告とともに「めい想室」に入った時の状況を説明する。
 検察官「松本被告は保田に何か言いましたか」
 証人「『お前は落田と組んで母親を連れ出した。このままだとお前は来世は動物に落田は地獄に転生する』と言いました」
 検察官「保田は何か言いましたか」
 証人「『どうすればいいんですか』と」
 検察官「それに対して松本被告は」
 証人「『お前の手で落田を殺せ。できなければお前を殺し、落田も殺す』と言ったと思います」
 検察官「それに対して保田は?」
 証人「『本当に殺せば助けてくれるんですか』と」
 殺害の状況について、丸山服役囚が証言していく。
 証人「『始めなさい』と松本被告の指示があったが、保田さんは『顔が見えるとできない』と。松本被告はビニール袋を用意するように言った。黒いビニール袋を落田さんの顔にかぶせ、催涙スプレーを噴き込んだ。落田さんはうめき声を上げ、苦しんでいた。ロープが用意され、保田さんが落田さんの首に巻いた」
 検察官「ロープはだれが用意したのか」
 証人「持ってきたのは新実でした」
 検察官「落田さんはじっとしていたのか」
 証人「あおむけになって暴れていた」
 検察官「落田さんの体を押さえるのに、証人は加わらなかったのか」
 証人「後から加わりました。村井(秀夫元幹部=故人)と目が合って危険を感じたから。私だけが何もせずに黙って立っている時に目が合った。あとでどんな制裁を加えられるかと思い、不安や恐怖を感じ、仕方なく加わった」
 検察官「首を絞めて落田さんはどうなった?」
 証人「やがて体が動かなくなった」
 検察官「それで?」
 証人「中川(智正被告)がまだ脈があることを松本被告に報告した」
 検察官「松本被告は?」
 証人「絞め続けるようにと保田に言っていた」
 検察官「保田は?」
 証人「絞め続けた」
 検察官「そして?」
 証人「中川がまた脈を測り、まだ脈があることを報告した」
 検察官「松本被告は?」
 証人「さらに絞め続けろと言っていた」
 検察官「死亡を確認するまで何度脈をとったか」
 証人「3回ぐらい」
 検察官「松本被告は『蘇生(そせい)させろ』とは言っていなかったか」
 証人「言ってません」
 検察官「中川が死亡を報告した時に松本被告は何か言ったか」
 証人「了承したようなことを言っていた。平然としていました」
 検察官「落田さんの遺体をビニールシートでこん包した後どうしたのか」
 証人「村井の指示に従い地下に運んだ」
 丸山服役囚らは、村井元幹部が造ったマイクロ波装置で遺体を焼くのを手伝った。丸山服役囚はさらに保田被告の行方を追って秋田まで行ったことを証言した後、「ちょっと待ってください。抜けていたことが」と、一気に話し始めた。
 証人「松本被告が保田に落田殺しを指示したのですが、一連の様子を見ていた私は、脅かしの意味でやらせたと思っていました。2人を改心させるのが目的だと思ってました」「松本被告が殺せと言ったが、信じられなかった。私たちは松本被告の指導で、生き物を殺してはいけないとか厳しい戒律を守っており、自ら教えを破るようなことはさせないはずと考えた」「しかし落田が気絶しても、脈があるとまた首を絞めさせた。なんでまた絞めるのか、と疑問を持った。脅しならもうこの時点でやめさせた方がよいと考えました。言おうと思ったが、できなかった。私のような下っ端が意見を言っても聞き入れてもらえない。私が言わなくとも松本被告やほかの人がやめさせると考えてました。しかし、そうはなりませんでした。大変ショックを受けました。まさか本当に殺すとは。松本被告が指示を出さなければ、落田は死なずにすんだ。そのことを私は大変悲しく思う」
 午後0時17分、休廷。


 1時26分、再開。
この日2人目の証人、端本被告が濃紺のスーツ姿で入廷した。
 弁護人「88年7月、入信に際し、世田谷道場で対応したのは新実か」
 証人「はい」
 弁護人「松本サリンの時の新実の態度は入信の時のあっけらかんとした態度と変わらなかったか」
 証人「そうですね」
 弁護人「松本サリンにいたるまで、主に警備班に所属していた?」
 証人「はい」
 弁護人「警備班の長は新実ですね」
 証人「はい」
 弁護人「自治省の持つ役割をどう理解していたか」
 証人「新実さんがやっていることは買い食いするような店を調べる、たとえばよく行っていた喫茶店が土日は1000円でカレーが食べられるとか。ばかさ加減については麻原といい勝負。だいたい自治省なんて、子供じゃないんだから」
 弁護人「坂本(堤)さんの(一家殺害)事件ではものすごい煩悶(はんもん)があった。今回はそういうものはなかった?」
 証人「そうです」
 弁護人「(松本サリン事件の)下見のメンバーは、ステージ順で村井、新実、中川、遠藤(誠一被告)、中村昇(被告)、あなた、富田(隆被告)でいいですね」
 証人「そうです」
 弁護人「村井と新実が正悟師で、後は?」
 証人「中川も含め全員、師です」
 弁護人「村井と新実の上下は」
 証人「村井の方が麻原に重用されていた。でも、人望はなかった」
 弁護人「端本さんらは序列つけると下なんですね」
 証人「僕たちはしらけていましたけどね。上がばかやってたから。ふてくされてました」
 弁護人「さっきの序列は松本被告に近い順ですよね。側近はだれになりますか」
 証人「村井、新実、中川です」
 弁護人「下見に行った日を6月25日と結論づけたのはどうしてか」
 証人「捕まった時、写真を持っていて、6月24日付で外出した写真だったから」
 弁護人「どこへ外出したのか」
 証人「多摩のサンリオピューロランド」
 弁護人「ワークか何かでですか」
 証人「いいえ。遊びで。半分在家のつもりでしたから」
 弁護人「彼女と行った写真か」
 証人「そうです」
 弁護人は25日に端本被告がセブンイレブンへ呼び出されたことに質問を集中させる。呼び出しをいつ、どこで、だれに受けたのか、細かく聞いた。端本被告ははっきりした記憶を持っていなかったこともあったが、弁護人は執ように問いただす。
 弁護人「呼び出しは新実さんからと思ったということですが、どういう用件だと思いましたか」
 証人「メシをおごってくれると思いました」
 弁護人「どうしてですか」
 証人「僕は『(格闘技の)K1を目指せ』と麻原に言われてました。救済のために名前を売れと。一方で、メシは普通のサマナと変わらず、これじゃだめだと新実の許可を取って、外で食事をしたこともありました。何となく新実に友情感じた気もするし、トレーニングのためにおごってくれるのかと思いました」
 2時59分、休廷。


3時20分、再開。
 弁護人「新実と会話をしたのは、コンビニのどこでしたか」
 証人「覚えてない」
 弁護人「松本に行くというのは、その時に初めて聞いたのか。中村もいたか」
 証人「そうです。中村は、はっきり覚えてない」
 弁護人「言われた時、何しに行くかとか聞かなかったか」
 証人「ハイ、分かりましたという感じ。ばかな体質なのは分かってますから、特に聞かないというか」
 弁護人「何をしに行くのかとか考えなかったか」
 証人「メシのこと考えてたんで、行く途中でメシ食えるのかなくらいだけ」
 弁護人「それ以前にも突然、行けと言われることがあったのか」
 証人「あります」
 弁護人「新実にか。いつ」
 証人「いつかよく覚えてないけれど、波野村から名古屋駅まで。新実が『名古屋に着きました』と電話しておしまい。理由もいまだに分からないし、スパイごっこでもしてたのか、そういう団体。感性が摩耗していったとしかいえない」
 弁護人「松本の時も何のために行くのか考えなかったということか」
 証人「そうです」
 弁護人「松本へのルートを聞きますが、『下の道を通ってくれ』と言われたのは間違いないですね。いつの時点で言われたんですか」
 証人「はっきりしないですね」
 弁護人「直前とか」
 証人「直前ではないです」。松本被告が体を右に傾けながらブツブツ言うが、だれも注意しない。
 弁護人「下見と実行のルートは一緒でしたか」
 証人「一緒でした」
 弁護人「車の中では」
 証人「いつも通り明るく、『サリンまくからー』という感じ」
 弁護人「浅草カーニバルのノリみたいに言ったんですね」
 弁護人「サリンを今まくのか、後でまくのか、言葉のニュアンスは考えなかったということか」
 証人「そうですね。知りようがないし、ドライブするような気分だったので、何も分からないです」
 弁護人は、松本事件以前、教団内でサリンがどう話されていたかについて質問を続けた。
 弁護人は、松本被告の元側近らに対する、信者の不満について尋ねる。
 証人「(不満は)みんなの総意です。一般の信者は分からないが、ステージが上がると、ばか連中と一緒になってみっともなくなるとか。荒唐(こうとう)無稽(むけい)な話はありすぎて例を出せないほど。村井と麻原は甲子園に出て優勝するとか話してました」

 続いて弁護人は、検事に不信感があるのはどうしてなのかを聞いた。
端本被告は「検事は僕の主張を通したら検事の仕事ができなくなる。当時は信頼してしゃべったが、実際は違っていた」と検察批判を始めた。
 弁護人「なぜ調書に署名したの」
 証人「被害者への罪悪感、自分のけじめなどいろんな、一口では言えないことがある。それにつけこむなら、そういう仕事は何ですかと言いたい」
 改めて幹部批判に戻った端本被告は「師より下だと、そこまでばかとは知らないから、まだ教団にいる。師ぐらいまでになると、麻原と同行するといろんなことがあり、茶坊主になっていくのと、ばかにするが重用されないの二つの道になる」と述べ続けた。
 弁護人が時計を気にすると、すかさず裁判長が口を出した。
 裁判長「まあ次回からもっと要点について簡単に。次(端本被告への尋問の続き)は12月3日。それでは今日はこれで」
 午後5時、閉廷。