松本智津夫被告第103回公判
1999/1/14
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第103回公判は14日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、松本サリン事件、元信者リンチ殺人事件に関し、検察側証人として出廷した元教団幹部に対する弁護側の反対尋問、検察側の主尋問が行われた。サリン精製に携わったとされる遠藤誠一被告(38)は「松本被告がサリン噴霧を指示した」などと、松本サリン事件への松本被告の関与を詳細に証言した。今年初めての公判で、寒風の中、集まった傍聴希望者は128人だった。


裁 判 官:阿部 文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(36)
検 察 官:西村 逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら6人
弁 護 人:渡辺  脩(65)=弁護団長
      大崎 康博(65)=副弁護団長ら11人
被   告:松本智津夫(43)
検察側証人:中川 智正(36)=元教団「法皇内庁」トップ
       遠藤 誠一(38)=元教団「厚生省」大臣


中川智正被告
 午前10時前、松本被告が入廷した。前髪などが切りそろえられ、すっきりとしている。続いて中川被告が入り、傍聴席に目をやってから陳述席に座る。

 弁護人は、医師を志した動機や、医学部時代の「理想の医師像」などを質問していく。中川被告は手をひざの上に置き、時折天井を仰ぎながら答えた。
 証人「(少年時代は)手塚治虫さんの(医師が主人公の)『ブラック ジャック』という漫画を読んで、面白いと思った。漠然としたあこがれはあった」
 弁護人「医師の使命から言うと、(教団による坂本事件のような行為は)間違っているのでは」
 証人「私は医者という人種になったわけではなく、医療技術資格を持っただけだ
 弁護人「そういうのを医師というのでは」
 証人「医師の使命というのはうそくさい」

 検察官が異議をはさむ。「本日は松本サリンについてで、坂本事件についてではありません」
 裁判長「こちらもそう思っていました。心情的な意味で質問しているのでしょうが」
 弁護人「心情的なところで共通するものがないか、という意味で聴いている。世間はあなたの気持ちを理解していない。分かってもらえないのは寂しいと思わないか」
 証人は天井を見上げながら「それは分かっていないでしょうね」。両手をひざにのせ、天井を見上げ続ける。松本被告は口をすぼめて目を閉じ、うつむいたまま。
 弁護人「これだけの人が社会秩序維持のためかかわっている。証言してほしいですね」 証人「した方がいいのかなという気持ちはないわけでないが、証言する方向で弁護人とは話をしている」
 弁護人「今日は証言をするのか」
 証人「内容次第。ここで口をききたくない訳ではない」
 裁判長が時計を見ながら「このままだと証人尋問を打ち切らざるを得ない。そこを考えるように」と、弁護人に迅速な質問を要請した。弁護人が交替する。
 弁護人「中川さんは、麻原さんの主治医だったのでは?」
 証人「かかりつけの医者というか、医学的なアドバイザーでした」
 弁護人が「薬を投与したということは?」と尋ねると、松本被告が急に立ち上がった。裁判長は「座ってなさい」と注意した。
 弁護人は昨年末に開かれた中川被告本人の公判内容に質問を移す。
 弁護人「中川さんの弁護人は『94年6月、中川さんと他の者で、裁判所にサリンをまいて効くのかやってみよう、と謀議した事実はない』と述べている。『他の者』の中に、麻原さんは含まれているのか」
 中川被告の口が重くなり、「証言できません」と小さな声で返答した。
 弁護人「これはものすごく重要なこと。いずれは自分の法廷で述べるのか」
 証人「……話したいと思います」

 弁護人が交代した。
 弁護人「(サリンを)10倍の70トン(まく)というのを村井(秀夫・元幹部=故人)さんと麻原さんで相談したと思う、と(中川被告の)調書上はなってるが」
 証人「記憶にはある」
 弁護人「しゃべった通りの文書か」
 中川被告はため息をついて考え込む。
 証人「ちょっと証言できません」
 弁護人「あなたはサリンを作ったのか」
 証人「これについても証言できません」
 サリンに関する質問を重ねたが、中川被告も「お答えできない」と繰り返す。休廷の予定時間の正午を過ぎた。中川被告に対する尋問の続行について弁護側と検察側が数分間やり取りした後、休廷した。


 午後1時15分再開。
入廷した松本被告は英語で何かをつぶやき始めた。風邪気味なのか、鼻をすすったり、ちり紙を取り出すなど落ち着かない。
 弁護人「麻原さん自身は、サリンという物質の性質について知っていたのか」
 証人が考え込む。「……いつの時点によるかで」
 弁護人「平成5(93)年の11月から平成6年(94)の2月に限定しましょう」
 証人「ちょっと、お話しできません」
 弁護人「平成6年の3月から5月にかけて『麻原はサリンに興味がなくなったのではないか』という供述が(調書に)ある」
 証人「それは、その時期に全くサリンの話が出なかった、ということ」
 弁護人は、調書にあるサリンの飛散実験や血清実験について証人の関与を尋ねるが、いずれの問いにも証言を拒否する。
 弁護人「この場で証言しないと、調書がそのまま証拠採用されてしまう」
 「うーん」。中川被告は頭を抱えた。「心の準備が……。ここで証言しろ、と言われると難しいです」
 弁護人「松本サリン事件と教団の教義の関連性は」
 証人「答えるのはちょっと難しい」
 中川被告が退廷した。


遠藤誠一被告
 2時15分、遠藤誠一被告が陳述席へ。
 検察官「だれの指示で(松本市に)行ったのか」
 証人「はい、もともとは麻原さんの指示ですが、現場では村井さんの判断」
 検察官は「麻原さん」とは松本被告であることを確認する。遠藤被告は松本被告を指差し、「当時と感じが違うが、そうだと思います」。傍聴席から失笑が起きた。

 検察官は事前に松本被告がどのような指示を出したか聞いた。
 証人「はっきりと覚えているわけではありませんが、『松本の警察署にサリンをまく』と」
 検察官「それ以外には」
 証人「裁判所にまく話しも出てました」
 検察官「サリンをまく、という話を聞いてどう思ったのか」
 証人「『またか』と思った。教団が作ったサリンについては以前、噴霧したことがあったので」
 検察官「だれに対して」
 証人「創価学会の名誉会長でしたっけ」

 検察官が松本被告の関与を追及していく。
 検察官「だれが松本へ行くか、ということは知っていたか」
 証人「麻原さんが『噴霧はマンジュシュリー(村井元幹部の宗教名)がやれ』と言った」
 検察官「それ以外には」
 証人「新実(智光被告)に対し『今日は運転しなくていい。ガルガー(端本被告)がやれ』と。『ミラレパ(新実被告)はマンジュシュリーの補助をやれ。噴霧は2人に任せる』と言った。『邪魔者の排除はシーハ(富田隆被告)とウパーリー(中村昇被告)がやれ』ということだった」
 検察官「証人の役割は」
 証人「村井さんが『林郁夫(服役囚)も連れて行こうかな』と言ったら、麻原さんが『必要ないんじゃないか。医療班はヴァジラティッサ(中川被告)とジーヴァカ(遠藤被告)でやれ』と言ったので、自分は医療班だと思った」
 遠藤被告は、村井元幹部を現場責任者として、細かい役割分担が松本被告の指示で決められていたことを証言した。
 検察官「教団でサリンを製造しているというのは知っていたか」
 証人「はい。事件の1年くらい前、土谷(正実被告)から聞いた」
 検察官「どこで見せられたのか」
 証人「第1サティアンの4階にある土谷さんの実験室で。右手でフラスコを降りながら『サリンができたんですよ』と言ってました」
 3時15分、休廷。


同32分、再開。
 93年12月の創価学会幹部襲撃事件をめぐるやり取りが続き、遠藤被告はサリンの影響を受けた新実被告を治療した経過などを証言した。
 検察官「証人にもサリンの影響があったのか」
 証人「目が暗くなり足が若干、けいれんした」
 検察官「サリン製造はいつ」
 証人「94年1月中旬から下旬にかけて中川さんが『これからサリン50キログラムを作らなければならない』と言ってました」
 検察官「製造の指示は」
 証人「当時は麻原さんからだと思ってました」
 検察官「それでサリンは製造したのか」
 証人「やった、と聞いてます」

 検察官は、松本事件での遠藤被告の行動を順を追って尋ねた。
 検察官「噴霧車は(山梨県上九一色村の教団施設の)どこにあったか」
 証人「出発直前で、第7サティアンの前にあったのを覚えています」
 検察官「何が積まれていると思ったか」
 証人「教団で作ったサリンと思いました」
 検察官「積んだのはだれと思ったか」
 証人「中川さん」
 検察官は証拠写真を持って遠藤被告の所へ行った。遠藤被告は証言台に置かれたコップに手を伸ばし、一息入れた。さらに松本市へ出発した時の状況を検察官が尋ねる。
 検察官「証人を含めて7人が現場へ行ったのか」
 証人「はい。2台に分乗して同時に出発した」
 証人は7人の座席の位置まで正確に答える。

 松本被告が、ぶつぶつつぶやく。裁判長が「静かにしなさい」と注意した。
 検察官「車の中でどんな話を」
 証人「村井さんと新実さんが、『はぐれたらここで待ち合わせしよう』と話したと思います」
 5時過ぎ、遠藤被告が退廷。証人として呼ばれていた杉本繁郎被告が入廷し、裁判長が「待たせて悪いが、次回また来て下さい」と声を掛けた。
5時9分、閉廷。