松本智津夫被告第105回公判
1999/1/29
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告の第105回公判は29日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん(当時29歳)リンチ殺人事件に関し、実行役の一人とされる杉本繁郎被告に対する弁護側の反対尋問が行われた。杉本被告は「松本被告が『今から処刑をする』と言った」などと、リンチ殺人事件への松本被告の関与を述べた。松本被告は、杉本被告が松本被告の発言に触れて証言する場面などで、「疲れた」と言いながら何度も立ち上がり、終始落ち着きがなかった。傍聴希望者は126人だった。


裁 判 官:阿部 文洋(53)
陪席裁判官:(49)
陪席裁判官:(41)
補充裁判官:(36)
検 察 官:西村 逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら4人
弁 護 人:渡辺  脩(65)=弁護団長
      大崎 康博(65)=副弁護団長ら11人
被   告:松本智津夫(43)
検察側証人:杉本 繁郎(39)=元教団「自治省」幹部
      (敬称・呼称略)


 午前9時58分、松本被告が入廷した。続いて杉本被告が姿を見せた。黒いスエットの上下で、陳述席に座る時に松本被告をじっと見つめた。
 弁護人「第2サティアンの3階に、めい想室があったの?」
 証人「3階全体がめい想空間という認識でした」
 松本被告は傍聴席の方に顔を向け、英語でつぶやく。「静かにしなさい」と裁判長が注意する。
 弁護人「めい想室にコスモクリーナー(空気清浄機)はあったか」
 裁判長が「関連ないでしょ。やめなさい」と口をはさむ。弁護人が「なんでそんな言い方するんですか」と気色ばむ。弁護団が次々と立ち上がり、「事件の際に音をたてるものがあったかどうかは重要なこと」「質問を制限する理由を説明せよ」と口々に抗議した。 コスモクリーナーや毒ガス攻撃に関する松本被告の説法などについての質問が続く。
検察官が時折、「関連なし」と発言する。
 弁護人は質問を変え、落田さん事件当時の松本被告の視力について尋ねた。杉本被告は「何をやるにしても手探りが多かった」と、目があまり見えていなかったと証言した。
 さらに信者がかぶるPSI(電極付きヘッドギア)について細かく質問を始めた。弁護人が「PSIするにはお布施がいるのでは」と尋ねた時、検察官が異議を唱えた。
裁判長も「お布施のことはいいですよ」と同調するが、弁護人は「教団と信者の関係を聞いている」と譲らない。
 裁判長「それはいいですよ」
 弁護人「事実かどうか聞きたい」
 裁判長は「裁判所の言うことを聞いて下さい」。
検察官も「裁判所の訴訟指揮に従わないのですか」と言う。弁護人は「弁護人が言うことに対して、聞く耳を持たないのか」と押し問答がしばらく続く。

 弁護人「落田さん事件以前に、ボツリヌス菌を噴霧して悪行を起こす現代人をポアする計画があったと主尋問で答えているが、時期はいつか」
 証人「1990年4月ごろ」
 松本被告が突然立ち上がる。裁判長がすかさず「被告人座ってなさい」。松本被告は「疲れたんですよ」と口元を緩め、座った。
 弁護人「どこにまくと」
 証人「首都圏が中心じゃないですか。正確に分からないが、全国あるいは世界で同時に、ということだったと」
 弁護人「現代人は生きながら悪行するからポアする、と麻原さんは言ったのか」
 証人「昔ペストがはやったが、現代人は突然、呼吸困難に陥る。黒死病に対して白死病だ、ポアだ、死に至ると」
 松本被告が再度立ち上がる。裁判長が注意する。
 弁護人「ボツリヌス菌をまけば人が死ぬと分かっていましたか」
 証人「知っていました」
 弁護人「最初に噴霧したのはいつごろ」
 証人「90年の4月か5月ごろ。新実(智光被告)に指示されながら、皇居や国会議事堂、アメリカ大使館の周辺で噴霧しました。ほかに村井(秀夫元幹部=故人)のグループもありました」
 弁護人「93年ごろは」
 証人「93年8月ごろ。麻原と遠藤(誠一被告)と皇居周辺に行きました。炭そ菌だったと思う」
 弁護人「これ以降、まきに行ったことは」
 証人「直接関係したことはないが、ほかの人がまきに行った。新実、村井が93年11月ころ」
 弁護人「池田大作(創価学会名誉会長)事件以外ですか」
 証人「池田大作事件です」
 弁護人は池田大作氏の襲撃事件のことを具体的に聞いていった。杉本被告は93年10月、創価学会の東京都八王子市の施設へ、松本被告ら幹部4人と一緒に下見に行ったことを述べた。
 弁護人「いつまいたか」
 証人「93年11月」
 弁護人「どこにまいたか」
 証人「分からないが、創価学会の施設が標的」
 弁護人「結果は」
 証人が「結果は分からない」と答えた時、松本被告が突然立ち上がった。裁判長が座るように言うと、松本被告は「少し立たせて下さい」としっかりした声で言う。裁判長は尋問の続行を命じ、質問が再開する。松本被告もまもなく座った。
 弁護人「2回目はいつごろか」
 証人「93年の12月ころ」 弁護人「サリンをまいたのは、だれから聞いたか」
 証人「2回目の時、新実がサリンを吸い込み、オウムの病院に運ばれた、と聞いて」
 弁護人「どうなったか」
 証人「(病院では)中川(智正被告)がどうしたらいいか分からず、麻原に尋ね、麻原は林(郁夫服役囚)を呼んでくれ、と言っていた」

 正午、休廷。


 午後1時20分、再開。
早めに着席した松本被告は首を傍聴席の方に向け、つぶやき続ける。傍聴席最前列の男女が必死にメモを取っていた。
 弁護人「落田さん事件について、あなたは教義上の意義があったという趣旨の供述をしているが、これはどういうことか」
 証人「あくまでも当時の認識ということで話しますが、未来世において彼(落田さん)をより良くさせるには、現世から除くということも必要なのだと、そう私は解釈してました」
 弁護人「私がヴァジラヤーナ(教義の一つ)について読んだ限りでは、そんな危険性があるとは思えないが」
 弁護人は教義や麻原被告の説法集からさまざまな例を引き、「危険性が感じられない」と強調した。
 証人「今読まれたのは信徒やサマナ(出家信者)向けのもので、そこに殺人の話など出てくる訳がありません。危険な箇所は編集されますから。危険な部分がすべて除かれています」
 弁護人「落田さん殺害の事件はどう理解したらいいのか」
 証人「落田さんは教団に乗り込んで暴れたりしたので、敵対行為を働いたということになる」
 弁護人「あなたもそう理解したのか」
 証人「当時はよく分からなかった」
 弁護人「殺害現場では、松本知子(被告)が『自分のやったことが自分に返ってくる法則通りになった』と言ったらしい。この言葉を『殺してもいい』と受け止めたか」
 杉本証人はしばし黙り込み、法廷は静まり返る。
 弁護人「殺してもいい、と知子が言ったと理解したか」
 証人「当時はそこまで考えていない。殺されて当たり前と考えての発言とは思えない」 弁護人が交代する。
 弁護人「94年1月ごろ、PSIのイニシエーションを受けていたころ、落田さんも受けていましたか」
 証人「分かりません」
 弁護人「逃亡騒ぎの記憶はない?」
 証人「あまりないですね。シールドルーム(修行用の部屋)は個室で、入ってしまうと外部は見えないから」
 弁護人「(落田さんが松本被告を襲った)騒ぎのあった日、あなたがいるのを知っていて起こそうとしたの?」
 証人「そうでなく、周りからドンドン音が聞こえて目が覚めた。『表に出てください』と言われた。後をついて行くと、騒ぎが起きていた。3階から2階に下りる階段の途中で、体全体を抱えられて下ろされていた。保田(英明被告)君の姿は見えたが、落田君ははっきり確認できなかった」 弁護人「(落田さんと保田被告の2人を)第2サティアンに連れて行くとは聞いていなかったのか」
 証人「聞いていませんでした。麻原から、車に乗って『第2に行け』と言われるまで分かりませんでした」
 証人がベンツでの座席の図を描いた。
 弁護人「運転席にあなたが座り、助手席に麻原さん、麻原さんの後ろ寄りに松本知子さん」
 証人「はい」
 3時2分、休廷。


 3時22分、再開。

 弁護人「『今から処刑を行う』と言った時の麻原さんの表情は厳しかった、と証言してるが、顔ははっきり見えたのか」
 証人「ええ」
 弁護人「横を向いただけで分かったのか」
 証人「当時は、瞬間的に麻原の顔色をうかがう必要がありましたから」
 弁護人「それ(処刑)を聞いた時にどう思ったか」
 証人「びっくりした」
 弁護人「ほかには」
 証人「あの2人を殺すことかな、と。だからびっくりした」
 弁護人「調書では『恐ろしくて暗たんとした』とあるが」
 証人「できたら(処刑に)関与したくない気持ちはあった」
 松本被告は上を向いて大あくびし、口を右手で覆った。「処刑発言」をめぐるやり取りが続く。
 弁護人「『処刑する』という発言はなかったのでは……」
 証人「聞いてなければ一緒に行く必要もない。車に残ってますよ」
 松本被告がのそっと体を動かし中腰になった。裁判長が「座ってなさい」と注意したが、数分後にようやく腰を下ろした。
 弁護人が交代。

 弁護人「第2サティアンの出来事だが、『麻原さんが知子さんを先導役に使うのは珍しいと思った』と言ったが、知子さん以外の先導役は?」
 証人「通常は主に長女、三女と状況によって石井久子(被告)さん」
 弁護人「あなた自身が先導役になることは?」
 証人「あった。あまり家族に知られたくない状況の所に行く時。知子さんに知られると殴られるとか」
 弁護人「人を殺す時には少数の弟子の前で『ポア』という言葉を使うのに、この時は運転手に『今から処刑を行う』と口にした。不自然だと思わない?」
 証人「過去に非合法活動に関係していたから」
 松本被告は再び中腰になり、裁判長に注意された。
 車内での会話内容についてのやりとりが続いた後、突然別の弁護人が割って入り、証人を問い詰めた。
 弁護人「あなたは、車の中で本当に知子さんを見たのか」
 証人「……」
 裁判長「その点については、さっきから……」
 弁護人「いや、だから、ちょっと聞いて下さいよ」 法廷の雰囲気がにわかに緊張する。
 証人「窓を通して外を見ている姿を記憶しています」
 弁護人「見てないんじゃないの」
 証人「いや、見てました」
 弁護人「知子さんは自分の法廷で、PSIの訓練を受けていた時に麻原さんに呼ばれたと証言している。ヘッドギアを付けているんですよ」
 弁護人は何度も「PSIはかぶっていたかどうか」と質問。検察官が「異議あり」と叫んで立ち上がり、「かぶっていたかどうか明らかになっていない」と発言した。裁判長も「さっきから繰り返しですね。記憶がないといってるじゃないですか」と不満げに弁護側を見やる。
 弁護人が交替する。
 弁護人「めい想室は神聖なものですね」
 証人「はい」
 弁護人「神聖な場所でこれから人を殺す。あなたは本当にそこで処刑すると思っていましたか」
 証人「うーん。処刑を行うといってもどこで行うかは分かりませんでした」
 弁護人「めい想室に入るまでに(松本被告が)そこにいた人たちに話しかけた記憶は」 証人「記憶が出てこない」
 弁護人「部屋の中に電話は」
 証人「ありました」
 弁護人「事件のあった平成6(94)年1月31日にも?」
 証人「コネクターは外されていました」
 弁護人「次回また聞きますから、よく思い出して下さいよ」
 証人「約束はできませんからね」
 5時5分、閉廷。