松本智津夫被告第106回公判
1999/2/9
(毎日新聞より)


 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第106回公判は9日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件で犠牲者の治療に当たった医師に対して2回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は117人だった。

 ◇出廷者
 裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽同(41)▽補充裁判官(36)
▽検察官・西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎康博(65)=副弁護団長ら11人
▽被告・松本智津夫(43)▽検察側証人・高取健彦(60)=東京大法医学教室教授(敬称・呼称略)



 ◇地下鉄サリン事件・犠牲者の治療医師尋問−−細部突く弁護側
 ◇死因めぐり、やりとり
 ◇専門的尋問続き居眠りする教祖


 松本被告が入廷し、午前10時開廷。地下鉄サリン事件で犠牲者の治療に当たった東京大法医学教室教授、高取健彦氏に対する反対尋問が始まる。
 弁護人「(犠牲者の)岡田三夫さんに関して、1カ月以上たっても回復しなかったと判断されたようだが、PAM(サリンの解毒剤)を投与されたか」
 証人「記憶にない」
 弁護人「岡田さんは(事件の)1年3カ月後に亡くなった。意識も戻り意識レベルは200で生存自体は確保されたのでは?」
 証人「少なくとも自発呼吸は戻ったのでしょう」
 弁護人「岡田さんのケースはPAMを投与しなかった。すぐに亡くなった人に比べ脳への障害がそれほど多くなかったのか」
 証人「恐らくそうではないでしょうか」
 治療方法についての専門的なやりとりが続く。

 居眠りした松本被告の体が大きく揺れる。開廷から1時間もたっていない。裁判長が「被告人、ちゃんと起きてなさい」と注意した。
 弁護人「『ピンポイント消失』とある。PAMを投与しなくても縮瞳(しゅくどう)は回復してくるということはある?」
 証人「自然回復することはある」
 弁護人「岡田さんは平成8(1996)年2月1日に新松戸病院に転院しているが、サリン中毒などいくつもの症状が確認され、最終的に死亡した。2月26日に『ウサギの目』とあるが、何を意味するのか」
 証人「目を開けているために乾燥して角膜炎状態になったのでは」
 弁護人「2月4日に緊急事態と書いてあるが」
 証人「17時6分、全身チアノーゼになり、心停止でナースにコールがあった。心マッサージをしてボスミンを気管と心臓に注入した。12〜13分後には心停止状態が元に戻った」
 弁護人「その後のダメージが原因で、院内感染で死亡という因果関係は考えられないか」
 証人「可能性は低いなと。感染した状態が悪化したという医学的証明は難しい」
 弁護人「死因の敗血症はいつ発生したのか?」
 証人「(この年の)6月4日に血圧90と下がっている。このあたりからかな」
 午後0時3分、休廷。


 ◇傍聴席、半分空席に

 1時13分、松本被告が入廷し、再開。松本被告はひげを触ったり、ぶつぶつ言ったり、額に手を当てたりと落ち着かない。
 医学所見をめぐる難解なやりとりが続き、傍聴席の緊張が緩む。両手の人さし指を耳の穴にあてている松本被告に対し、裁判長が姿勢をただすよう目配せする。松本被告の左隣の刑務官が小声で注意するが、松本被告は言うことを聞く気配がない。
 弁護人「検査の項目で特に注目したのは」
 証人「心臓が、肉眼でも顕著な所見としてとらえられた」
 弁護人は、サリンの脳への影響や急性期の中毒所見を尋ねる。
 弁護人「末しょう神経の異常の中身をもう少し詳しく聞きたい。軸索の部分が一番に損傷を受けるのか」
 証人「特徴的にはそこだと思う」
 弁護人「なぜ」
 証人「わからない。ご存じなら教えてほしい」
 うんざりした様子で証人が答える。
 弁護人「鑑定書1ページ第1項の脳のところで聞くが、これは脳死ではないか」
 証人「脳死の場合は、脳幹までいってしまい軟らかくなる。この件はそれほどでもなかった」
 地下鉄サリン事件のほかの犠牲者を担当した医師の調書を証人に示すよう、弁護人が検察官に求める。検察官は「第三者の作ったものを示して尋問する趣旨が不明確」と主張。裁判長が「示す必要はないでしょう。(別の証人が)こう言っているがどうですかと簡潔に聞いてください。ペースを上げてね」と促した。
 突然、松本被告が立ち上がった。あわてて両わきの刑務官が松本被告を座らせる。
松本被告は顔をしかめながら首を左右に振る。
 3時、休廷。


 3時20分、再開。
 弁護人「亡くなった方の解剖という限られた範囲での鑑定ということで限度があると思うが、末しょう神経から次第に変性が起きていって時間的な経過を踏まえた具体的な症例として報告されるんじゃないでしょうか」
 証人「動物実験ではそういうことかもしれませんが、人のケースでは難しいと思います」
 いつのまにか、傍聴席の半分は空席になった。
 弁護人「鑑定書の第3章の説明についてですが……」。鑑定書のページをめくる弁護人の質問がとぎれ、法廷は静寂に包まれる。
 弁護人「これらの病変は死亡の数カ月以内に形成されたというふうに記載されているが、その根拠は」
 証人「何回か肺炎を起こしては治ったりという所見だ。数カ月といっても幅があって、3カ月から6カ月。その間に起こったこと」
 弁護人「1年数カ月前から起きているとは言えないでしょう?」
 証人「何回も感染を繰り返していたのだと思う」
 ◇サリン中毒との関係、明確に証言
 松本被告は目を閉じて眠っているように見える。
 弁護人「『各種医療行為によって不可避的に生じた敗血症で死亡』とあるが、死因は有機リン系中毒による意識障害となっている」
 証人「そのように断定的に考えてもらっていい」
 弁護人「原死因が意識障害なのか。その他、呼吸停止、低酸素脳症という表現もあるが」
 証人「呼吸停止、低酸素脳症というのは意識障害に伴って起きたものだ」
 弁護人は意識障害の定義や呼吸停止が生じたケースなども尋ねる。証人は「意識障害の原因が有機リン系毒物中毒ということ」と、死因とサリン中毒との因果関係を明確に証言する。
 弁護人「話を戻します。中毒によって呼吸停止が起こり、治療の結果、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)で死亡したということではないのか。どこに意識障害がかかわってくるのか」
 「意識があるのに呼吸をしてない人はいない。意識がなくても呼吸はしている人はいる。今回は意識障害のうえに呼吸停止が加わったということです」と証人が語気を強めて答える。
 弁護人「脳組織についてのサリン分析はどの部分を取ったのですか」
 証人「ホルマリン漬けしていない脳組織、凍結していたものが前頭葉の第4皮質。まずはその部分でトライしてみたが成功しなかった。小脳の一部を資料とした」
 弁護人「今回のことで画期的なことはサリンの分解物を取り出したことで、世界でも初めてのことだったのですね」
 証人「たぶんそうだと思います」
 4時58分、反対尋問が終わり、高取氏が退廷。


 ◇仮谷さん事件で5人の証人申請
 検察側が公証役場事務長、仮谷清志さん監禁致死事件で、5人の証人申請を行い、弁護側も同意した。
 4時59分、この日証人として出廷予定だった杉本繁郎被告が入廷した。裁判長が「明日はトップバッターでやりますから、今日は我慢して下さい」と声をかける。杉本被告が「はい」と小さな声で答える。
 5時1分、閉廷。