松本智津夫被告第107回公判
1999/2/10
(毎日新聞より)


 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第107回公判は10日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん(当時29歳)リンチ殺害事件に関し、元幹部信者の杉本繁郎被告に対する弁護側の反対尋問が行われた。傍聴希望者は124人だった。

 ◇出廷者
 裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽同(41)
▽補充裁判官(36)
▽検察官・西村逸夫(47)=東京地検公判部副部長ら5人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎康博(65)=副弁護団長ら11人
▽被告・松本智津夫(43)▽
検察側証人・杉本繁郎被告(39)=元教団「自治省」幹部 (呼称・敬称略)



 ◇落田さん殺害事件、杉本繁郎被告尋問−−細部はあいまい
 ◇人を殺した者にしかわからない

 午前10時前、松本被告が入廷。続いて杉本被告が陳述席に。杉本被告は「昨日から歯が痛み、失礼があるかもしれません」と裁判長に断る。
 弁護人「あなたは麻原さんの専用車の運転手だった」
 証人「はい」
 松本被告がチリ紙で鼻をかみ、傍聴席をのぞきこむように見つめる。落田さんリンチ殺害事件をめぐるやり取りが始まる。

 弁護人「村井(秀夫元幹部=故人)が記載していた(落田さんの)手帳の内容を記憶しているか」
 証人「『(落田さんを殺害した)保田(英明被告)のお母さんとの恋が実りますように』とのマントラ(呪文(じゅもん))。『頑張って10万回唱えるぞ』とか。また、保田のお父さんを殺す。父親の仕事場や自宅の連絡先なども記載されていた」
 弁護人「驚くべき話だ」
 証人「後で読んだ時の記憶です」
 検察官が「主尋問の範囲外では」と異議をはさむ。弁護団が「主尋問の範囲だ」と反論。裁判長が「いつの話か」と間に入る。
 証人「(落田さんを殺害し)保田(被告)が帰された後、第6サティアンから第2サティアンに抜けた直後のことです」
 弁護人「新実(智光被告)の調書では『保田の父親を殺して財産をのっとる』と記載されていたと」
 証人「その記憶はありません」
 弁護人「謀議の場面はどう思い出したのか」
 証人「3階の部屋に入った時、すでに落田君と保田君がいたと証言していたが、それは記憶違いだった。謀議の場面に、それまで非合法活動をしてなかった男性信者がいて『大丈夫かな』と思った。さらに井上(嘉浩被告)が『泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る』ということわざを使ったり、麻原が手裏剣を手に取り角を確かめていたのを思い出し、謀議についても思い出した」
 弁護人「供述が変わっていった。そういう記憶喚起のきっかけになったのは」
 証人「捜査官からいろいろ質問を受けた。それがきっかけ……」
 弁護人「捜査官から言われなかったら思い出せなかったのですね」
 証人「そういうふうにきっかけを与えられなければ、思い出せなかったと思います」
 弁護人「……」
 証人「私は冨田(俊男)さん(当時27歳)を直接殺害しています。直接、人を殺害してしまったというのは大きな重荷です。落田事件では直接に手を下すことがなかったので、ほとんど記憶の隅に忘れ去られてしまった。失礼かもしれないが。そんな経緯があって記憶があいまいになっている場面がある。人を殺すような行為をやった者でないと理解してもらえないと思う」。涙声になりながらの独白が続いた。
松本被告が鼻をかんだティッシュが机の上に散乱している。

 午後0時1分、休廷。


◇「処刑する」は殺すと思った

 1時14分、開廷。弁護人は、落田さんの殺害が決まった謀議の場面について証人の記憶をたどっていく。
 弁護人「麻原さんから『これからポアを行うが、どうだ』と話があったと証人は述べているが、この発言は謀議の場面を思い出す前に思い出したのか、それとも後からか」
 証人「はっきりしません」
 弁護人「麻原さんの言葉というのは信者にとって印象深いものだ。証人は聞いてないんじゃないか」
 証人「処刑するということを私はあらかじめ知っていた。だから、身を入れて聞いてなかったかも」
 弁護人は謀議の出席者や発言の順序、教団内での地位などを細かく尋ねる。証人は記憶をたどりながら答えるが、あいまいな部分も目立つ。
 弁護人「処刑という言葉から人を殺すと受け止めたのか」
 証人「そうです」
 弁護人「麻原さんは『処刑』と言っていない。松本知子(被告)さんも知らない、と言っている」
 証人「……」
 弁護人が交代する。
 弁護人「主尋問で証人は、麻原にポアするかどうか尋ねられ、『仕方ないですね』と答えたというが、苦悩したのでは」
 証人「いろいろ思いはありました」
 弁護人「(殺害の謀議で)証人は、井上さんや知子被告の発言について証言している。だが自分の言葉は『仕方ないですね』という程度しか思い出せないのか」

 証言中に「ヤソーダラ」(知子被告の宗教名)の言葉が出ると、松本被告が口元をゆるめる。

 証人「はい」
 弁護人「松本知子さんが謀議の場にいたというのは、証人の記憶違いではないか。修正は出来ないか」
 証人「出来ません」
 ひときわ大きな声で証人が言い切る。
 弁護人「麻原さんは保田さんに殺害方法について何か話をしていたか」
 証人「会話はあったように思うが、はっきりしない。ただ『それじゃ首でも絞めて殺させるか』というのは麻原のよく使う言い回しです。『〜させるか』というのは……」
 弁護人「麻原が、保田さんにナイフで胸を一突きしろと命じたのは記憶にないのか」
 証人「ない」
 机につっぷして居眠りする松本被告を両わきの刑務官が起こす。
 2時59分、休廷。


 3時20分、再開。
 弁護人「謀議の時、催涙スプレーをまいて窒息死させる、というのはだれから出た話か」
 証人「麻原と保田の間でやりとりがあったような記憶はある」
 弁護人「催涙ガスをかけ、窒息死させるという計画は本当にあったのか。なかったのでは」
 証人「なかったとはいえない」

 裁判長が居眠りする松本被告を「手をひざの上においてしっかり背筋を伸ばして」としかった。

 弁護人「麻原さんは中川(智正被告)さんから『まだ息があります』から『死亡しました』までの報告を聞いている間、動揺していた感じではなかったか」
 証人「動揺、という感じはなかったと思います」
 弁護人「『処刑する』という言葉を使った時、本当に殺すと思ったのか」
 証人「私はそう受け取ったとしかお話しできない」
 弁護人「現場に行くまでは、本当に落田さんを殺害すると思ったのか?」
 証人「100%間違いなく殺されるかどうかは分からないが、そうならないでほしいという気持ちはあった」
 弁護人「落田さん事件というのは単なる処刑にとどまらず、信者を試そう、という意味があったのではないか」
 証人「試そう、とは?」
 弁護人「麻原さんは処刑という言葉に対する、あなた方の反応を見ようとしたのでは」
 証人「当時はそういう視点で麻原を見てない部分があった」


 ◇意見書提出遅れに団長「怠けていない」
 尋問が終わり、丸山美智麿服役囚が入廷。裁判長が次回の証人尋問を告げると「はい」と答え、退廷した。
 検察官が地下鉄サリン事件と坂本弁護士事件などの書証六十数通について、弁護側の意見書提出が1年以上遅れている点を指摘した。渡辺弁護団長が「実情として目前の公判準備に追われている。議論もしており、怠けているわけではない。公判期日の在り方も考えてほしい」と気色ばんで応じた。
 5時8分、閉廷。