松本智津夫被告第108回公判
1999/2/25
(毎日新聞より)



 ◇「激しく暴れていた」−−落田さん殺害で丸山美智麿被告、「指示仰ぐ」と認識

 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第108回公判は25日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件の被害者の治療に当たった医師らに対する弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は128人だった。

 ◇出廷者
 裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽同(41)
▽補充裁判官(36)
▽検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら4人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、
大崎康博(65)=副弁護団長ら11人
▽被告・松本智津夫(43)
▽検察側証人・中西暁朗(67)=日本通運健康保険組合東京病院院長、丸山美智麿
(31)=元教団「自治省」所属(呼称・敬称略)


 ◇弁護側が公判進行ペース批判
 
午前10時、開廷。紺のジャンパーを羽織った松本被告が席に着くと、渡辺弁護団長が立ち、「公判の期日指定と進行について述べたい」と発言した。
 渡辺団長は「裁判所から1年間の公判期日が指定されたが、我々は問題が解決したとは考えていない。先日、検察側からは仮谷事件の審理に入るとの通告を受けたが、準備が整わないうちに主尋問を迎えなければならない」と、弁護団が主張していた「月3回」の公判進行ペースが受け入れられなかったことなどについて裁判所と検察側を批判。さらに「我々は法廷の飾り物になるつもりはない。今の審理に対しては、疑問、不安、怒りが大きい。これに疲労が加われば、弁護団はいつ、何が爆発するか分からない」と語気を強めた。
 これに対し検察側は「弁護団の要望も受け入れられている」、裁判長も「この日程で公正な審理ができないとは考えていない」と短く反論した。


 ◇テレビ報道でサリンに傾く

 この後すぐに、地下鉄サリン事件の被害者の治療にあたった中西暁朗・日通病院院長に対する弁護側の反対尋問に移った。弁護人は当時のカルテを手に証人に近づき、「この部分はだれが書いたのですか」「この英語の意味は」などと矢継ぎ早に質問。証人はその都度、「縮瞳(しゅくどう)です」「眼痛がある、と書いてある」などと説明した。やり取りを重ね、「このカルテから分かることは充血と縮瞳だけですね。頭痛、吐き気は書いていないのですね」と念を押した。これに対し証人は「記載漏れだと思う。前のことなので詳細は覚えていない」と証言した。
 この証言に、うなずいた弁護人は「そうでしょう。記憶していないということで良いか」と畳み掛けた。「当初はシアン化メチル中毒を疑ってましたから」と証人は答えた。
 その後、質問は被害者の視力の低下がどうして分かるのかに移った。
 弁護人「視力障害の原因は?」
 証人「縮瞳です」
 弁護人「内科医師への依頼書をみると、シアン化メチル中毒またはサリン中毒とみられるとある」
 証人「(北里大の)教授に電話し、その教授が『サリンだよ』とおっしゃったので」 弁護人「最初はシアンかサリンかと疑われたわけですが、サリンの可能性が強いという判断はどの時点で下しましたか」
 証人「テレビで報道されてきたものですから、段々とサリンでは、ということになっていったんだと思います」
 弁護人は退院に話題を変え、「退院は3月25日ですね」と確認。証人は「全身症状が回復したので、内科と相談して決めた。その後は内科で経過観察をしていた」と答えた。 弁護人「サリンの知識は」
 証人「ありませんでした」
 弁護人が交代したが、その後も薬の請求書に関する細かい質問が続いた。
 11時59分、休廷。


 ◇教祖の印象は「変わった人」
 午後1時15分、再開。丸山美智麿被告が陳述席に着いた。
 弁護人「入信したのは1987(昭和62)年12月?」
 証人「はい」
 弁護人「麻原さんから直接指導を受けたか」
 証人「そういう時もありました」
 弁護人「最初の印象は」
 証人「かなり変わった人というのが第一印象ですが、言っていることは筋が通っていると
 弁護人「入信した時、自衛隊出身と申告したか」
 証人「確かしてあると思いますが、あまり覚えていません」
 松本被告と証人、さらに元信者の落田耕太郎さん(当時29歳)殺害事件の実行犯との関係に質問が移る。松本被告は時折、笑みを浮かべ、隣の刑務官に話しかける。
 弁護人「では、被害者の落田さんについて。検面調書では、彼が修行していた第2サティアンであなたは働いていたが、彼の修行は熱心だったか」
 証人「仕事は1階で、修行は2階なので、修行の様子は分からない」
 弁護人「中川智正(被告)は事件以前から知っていたか」
 証人「ある程度」
 弁護人「保田英明(元被告)さんは。印象に残っていることは」
 証人「あまりありません」
 弁護人「麻原さんを霊的指導者として信頼していたか」
 証人「はい」
 弁護人「人間的な面の印象は」
 証人「人間的な面というよりも、グルがその人にとって必要なものが何か理解して、それに応じて与えると理解していた」
 弁護人は事件当時、丸山被告がいた第6サティアン3階の図面を書くように求めた。その間、松本被告はぶつぶつと言いながら、机に指で文字を書くような仕草を続けた。
 弁護人「あなたの部屋から音がした階段は何メートルぐらい離れていたか」
 証人「だいたい20〜30メートルぐらいだと思います」
 弁護人「その時、PSI(電極付きヘッドギア)の修行をしていた」
 証人「そうです」
 やり取りは淡々と進み、傍聴席で居眠りする姿も。
 弁護人「証人が階段を下りて行った時、落田さんの様子は?」
 証人「かなり激しく暴れていた。取り押さえるのを振り切って殴りかかる寸前だった」
 弁護人「保田さんは別の男性信者が押さえたの?」
 証人「はい」
 3時4分、休廷。


 ◇「人殺し」考えつかなかった

 3時24分、再開。
 弁護人「落田さんらを、第2サティアンのどこに連れて行くと思ったか」
 証人「指示を仰ぎに行くから、松本被告のいる(第2サティアンの)3階のめい想室だと思った」
 松本被告が小声でしきりに刑務官に話しかける。
 弁護人「あなたは3階に上がって、エレベーター前で待機していたということだが、図に書いて下さい」
 証人が約5分間かけて第2サティアン3階の絵を描く。途中、裁判長が「はっきり記憶していない所はいいですよ」と声を掛ける。
 弁護人「めい想室で、これから人が殺されるという雰囲気はあったか」
 証人「ありません」
 弁護人「修行している人がいてもおかしくない、そういった所で人殺しが行われるとは思いつかなかった?」
 証人「考えつかなかった」
 弁護人が交代した。
 弁護人「何が起こると思ったか」
 証人「分かりませんでしたが、松本被告人の指示を仰ぐため来たので、話し合いが行われるだろうとの認識しかなかった」
 弁護人「殺しはともかく何か行われると思ったのでは。たとえば懲罰とか」
 証人「そこまでは考えていません」
 松本被告がぶつぶつと独り言を始める。
 弁護人「みんな男なのに、松本知子(被告)さんだけなぜ1人女性がいると」
 証人「(松本被告の)目の代わりに来ているのだと思った」
 弁護人「彼女もヘッドギアを」
 証人「していたと思う」
 弁護人「杉本(繁郎被告)さんは、かぶってないと証言したが……」
 裁判長が割って入った。「記憶がないと言ったのでは。だから、本人が記憶にないことを、かぶってないことを前提にしてもしようがないと言ったんですよ」
 5時4分、閉廷。