松本智津夫被告第109回公判
1999/2/26
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(43)の第109回公判は26日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、東京・目黒公証役場事務長、仮谷清志さん(当時68歳)殺害事件の審理に入った。仮谷さんの妹や実行役の一人とされる井上嘉浩被告らが証言した。傍聴希望者は109人だった。

 ◇出廷者
 裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽同(41)
▽補充裁判官(36)
▽検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら5人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、
大崎康博(65)=副弁護団長ら11人
▽被告・松本智津夫(43)
▽検察側証人・籏野誠(60)、横尾克実(50)=警視庁警察官、被害者の仮谷清志さんの妹(66)、井上嘉浩(29)=元教団「諜報省」トップ(呼称・敬称略)



 午前10時、開廷。ネービーブルーのジャージーを着た松本被告が目を閉じたまま入廷した。
籏野誠・警視庁大崎署警部補が宣誓した。
 検察官「1995(平成7)年3月10日及び13日、警視庁警備部第5機動隊で乗用車の検証を行ったか」
 証人「はい」
 「ノーエナジー、オーマイ……」。松本被告のつぶやきが大きくなり、裁判長が注意した。作成書類の訂正個所などを聞き、終了。同25分、警視庁第2機動捜査隊の横尾克実・警部補が姿を見せた。
 検察官「95年8月29日、山梨県上九一色村の第2サティアンの現場検証をしたか」 証人「教団信者の立ち会いのもと、3人の警察官とともに検証しました」
 証人は検証調書の訂正個所について証言した。
 証人が退廷後、松本被告は独り言をつぶやく。「被告人、静かにしなさいよ」と裁判長がしかった。



 同35分、殺害された仮谷さんの妹が着席。
 検察官「仮谷清志さんが亡くなったことは知っていますか」
 証人「はい」
 松本被告が意味不明の声を上げる。裁判長が「被告人、静かにしなさい。証言の邪魔をするのはやめなさい」と厳しい声で注意。しかし、松本被告は隣の刑務官に話しかける。

 検察官「被告人を知っていますか」
 証人「はい」
 検察官「だれですか」
 証人「オウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本智津夫です」
 検察官「教団に対して、お布施の名目で現金を出したことがあるか」
 証人「はい」
 松本被告のつぶやきが大きくなる。
 検察官「最初にオウム真理教とかかわりができたのはいつか」
 証人「92(平成4)年の11月ごろです」
 検察官「どのようなきっかけで?」
 証人「折り込み広告で知ったヨガ教室に入った時からです」
 検察官「教団が経営していることを知っていたか」
 証人「知りませんでした」
 検察官「(最初の)布施の金額は」
 証人「100万円」
 検察官「なぜ払うことに?」
 証人「女性信者から1週間100万円のイニシエーション(秘密修行)を受けないかと誘われた」
 証人は老人ホームの権利を購入するようなものと誤解、周囲の信者らに言われるまま94年3月にゴルフ会員権を売却して2500万円を工面し、900万円を手渡した経緯を証言した。
 検察官「(布施を)払わないとどうなると思ったか」
 証人「兄や、その子供などがつけ狙われるのではないかと不安を感じました」
 検察官「なぜ?」
 証人「教団はお金の亡者、お金に対する執着がすごいと分かったからです」
 布施の見返りに受けたイニシエーションで、おむつをはかされたうえ、ワイングラスの薬物を飲まされ、意識がなくなったことなどを証言。95年1月に別のゴルフ会員権を処分し、4000万円を「直接松本被告に手渡した」と述べた。
 検察官「松本被告は何か言ったか」
 証人「何か……早く出家してそばに来い、というようなことを言ってました」
 うつむいていた松本被告が顔を上げ、左腕を机上に乗せた。
 午後0時2分、休廷。


 ◇教団に電話で「兄を返して」−−証言の妹、最後は涙

 1時15分、再開。
 証人は、イニシエーションの行われたサティアンから逃げ出し、兄の仮谷さんと連絡を取ったという。
 証人「兄に相談することにしました……」
 涙声になった。仮谷さんに打ち明け、弁護士事務所に相談に行ったことなどを語った。 検察官「その後、どうした?」
 証人「(教団の)青山の本部に電話し『出家も信徒もやめます』と伝えた。人を殺してもいい、という教えにはついていかれませんでした」
 検察官「いつ連れ去られたと知ったか」
 証人「やめたことを伝えたくて役場に電話したら、事務員が『お兄さんがいなくなった』と。すぐに青山道場に電話して、返して、と頼みました」
 最後の部分は涙声になり、しゃくりあげる声が法廷に響いた。
 検察官「被告人や裁判所に言っておきたいことは」
 証人「言いたいこといっぱいあるんですけど……うまくお話しすることできません」
 検察官「処罰は」
 証人「当然死刑を望みます

 1時53分、証人が退廷。


 ◇拉致の手順、詳細に

 2時、井上嘉浩被告が入廷した。松本被告がつぶやき始める。
 検察官が仮谷さん事件への関与を尋ねる。井上被告は「(2月27日夜)松本被告が『そんなに(仮谷さんが)悪業を積んでいるならポアするしかないな』と発言した」と証言。「ポアとはどういう意味か」との問いに、「殺害するという意味です」と答えた。
 検察官「仮谷さん拉致(らち)にはどんな目的があったか」
 証人「妹さんの居場所を聞き出し、出家させ、お布施させることです」
 検察官「どこで指示を受けたか」
 証人「第1サティアン1階の松本智津夫氏の部屋」
 検察官「尊師との話し合いの後は」
 証人「車に乗って東京に向かいました。2月28日の午前4時ごろです」
 3時1分、休廷。


 3時20分、再開。
 上九一色村に拉致するため、証人が飯田エリ子被告にワゴン車の手配を依頼したことや、東京都内の拠点で実行の話し合いを行ったことなど、具体的な証言が続く。
 検察官「どうやって拉致することに」
 証人「仮谷さんが2人あるいは1人の時、やるとなった」
 検察官「具体的には」
 証人「公証役場から出て目黒駅に向かう途中、ワゴン車で進路をふさぐ。そして仮谷さんを車内に引き込む」。井上被告は、実行役の役割分担についても詳細に語った。
 検察官「周囲で気に掛かることは」
 証人「ミニパトが行き来していたので、私がいい見張り場所を探すことになり、探しにいった」
 検察官「それから何が起きたのか」
 証人「ビルをのぼっている時に、無線からザアザア音がした。そして『OK』という声が聞こえた。ひょっとして拉致が行われたかもと思い、戻った」
 拉致後、飯田被告から「青山道場に警察が来た」と聞いた証人らは、仮谷さんを上九一色村まで連れて行くが、松本被告は不在だった。さらに中川智正被告、林郁夫服役囚から「これ以上(仮谷さんに)ナルコ(自白剤の投与)をやっても無意味だ」と言われ、「新しい指示がない以上、最初の指示を守るか、お伺いを立てるしかない」と反論したという。
 検察官「だれにお伺いを立てるのか」
 証人「松本智津夫氏です」
 検察官「捜査段階で証人は、2月27日夜の(松本被告の)会話を供述していなかったが、法廷では証言してくれた。なぜ、捜査段階では話せなかったのか」
 証人「松本氏がポアという言葉を言ったので『殺人事件になるんじゃないか』と思い、自己保全の気持ちが働きました。また飯田さんが中心になってやっていたので、彼女のことを思い、隠しました」
 検察官「法廷で正直に言う気になったのはなぜ」
 証人「せめて自分の出来ることは、知っていることをお話しするしかない、と思ったからです」
 法廷に深々と一礼し、井上被告が退廷した。
 4時45分、閉廷。