松本智津夫第110回公判
1999/3/11
(毎日新聞より)


 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(44)の第110回公判は11日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、目黒公証役場事務長殺害事件や元信者リンチ殺人事件に関し、警視庁警察官に対する主尋問などが行われた。傍聴希望者は115人だった。

▽裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽ 同   (41)
▽補充裁判官(36)
▽検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら4人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎健博(65)=副弁護団長ら11人
▽被告・松本智津夫(44)
▽検察側証人・千葉清雄(50)、嶋田拓(48)=警視庁警察官、丸山美智麿(31=元教団「自治省」所属
 (呼称・敬称略)


 午前10時、松本被告が入廷。紺色ジャンパー、青いスウェットパンツに紺色ソックス姿。目黒公証役場事務長、仮谷清志さん(当時68歳)殺害事件に関し、警視庁大井署の千葉清雄・警部補の主尋問が始まった。

 検察官「(実況見分調書には)『犯行現場から幅員約5・5メートルの舗道上』とあるが、見取り図では道路の幅員は5・5メートルと6・5メートルと書いてある。どちらが正しいの?」
 証人「目黒方面に向かい、舗道が広くなっている」
 調書の記載内容と見取り図の違いについてやりとりが続き、誤字などが正された後、約15分で終了した。


 続いて蒲田署の嶋田拓・警部補が見分調書の記載内容を確認し、5分程度で終わった。松本被告は、ほとんどうつむいたままだ。


丸山美智麿被告
 丸山被告が入廷し、元信者の落田耕太郎さん(当時29歳)リンチ殺人事件の反対尋問が始まった。

 弁護人「めい想室に入り、保田(英明元被告)さんを松本被告の前に連れて行った時、保田さんは前手錠をかけられ、口にガムテープをされていたか」
 証人「その時はガムテープは外されていた」
 弁護人「『お前はどういうことをしたか分かるか』と麻原さんが言ったというが、これが一番最初に言ったことか」
 証人「そうだと思う」
 弁護人「保田被告に対して麻原さんが『お前を殺す』と言ったことは」
 証人「はい」
 弁護人「落田さんを殺さないとお前を殺すという?
 証人「はい」
 弁護人「井上(嘉浩被告)らの調書では、『落田を殺さないとお前を殺す』と麻原が言ったことはないとあるが」
 証人「言ったと記憶している」

 弁護人が交代した。
 弁護人「ちょっとさかのぼるが、あなたは麻原さんと落田さんのやりとりを見て、今後どうなると思った?」
 証人「話し合いが始まると思っていた」
 弁護人「その時点では殺害が起こるとは考えていなかったのか」
 証人「全く考えていなかった」
 「(松本被告が『殺せ』と言ったのは)落田さんをこらしめると言ったのでは」
 証人「その時、わたしはただ脅しているだけだと思った」
 弁護人「ああそうか。言葉は『殺せ』だが、本気ではないと思っていた?」
 証人「はい」
 弁護人「あなたの調書で保田被告が『どうやって殺せばいいんですか』と言った時、『松本被告がナイフで刺せと言っていた』とのくだりがある。松本被告との距離があなたより近かった別の被告は『言ってない』と言ってるが」
 証人「私は確かに聞いた」
 弁護人「捜査官から、他の共犯はこう言ってるよ、と聞いたのでは」
 証人「私は松本被告がそう言ったと記憶してる」
 弁護人「この部屋にはナイフがあったんですよね。位置は」
 証人「松本被告と村井(秀夫元幹部=故人)の間のやや前方に」
 弁護人「麻原さんの『ナイフで刺せ』との指示はその後、撤回したことはあるか。さっきのは冗談だったと」
 証人「聞いていません」
 弁護人「運び込まれたビニールシートを敷いたのはだれか」
 証人「部屋にいた3、4人が手分けした」
 弁護人「あなたもその中に入っていた?」
 証人「私は広げたシートのしわを伸ばしていた」
 正午、休廷。


 午後1時16分、再開。
 弁護人「落田さんは、だれの指示でめい想室に連れて来られたの」
 証人「松本被告だと思います」
 松本被告は背中を丸め、下を向いている。
 弁護人「あなたは、落田さんが座ってから、麻原さんが『始めなさい』と指示したと思う、と証言している。しかし、先ほど麻原さんは目が見えていないという証言をしましたよね。その麻原さんが状況判断して始めなさいと言えるのか」
 証人「そばにいた村井が逐一説明して、松本被告が判断したんだと思う」
 弁護人「落田さんが催涙スプレーを吹きかけられた後、窓を閉めるように指示したのも麻原さんと思うと証言しているが、どうして麻原さんの指示と思ったのか」
 証人「声です」
 弁護人「そうですか。中川(智正被告)は村井の指示で窓を閉めたと供述しているが」
 証人「その指示を松本が村井に出して、村井が松本の代わりに言ったと思う」
 弁護人「(落田さんの足を押さえた丸山被告には)殺意はなかったのですね」
 証人「そうです」
 弁護人「何もしなければ、制裁を加えられるのではないかと考えたか」
 証人「何もしないことが許されない状況でした」
 弁護人「麻原さんは中川さんに(落田さんを)『蘇生させろ』『生き返せ』と指示をしていませんか」
 証人「そういう指示はなかったと思います」
 弁護人が交代する。
 松本被告の発言をめぐる証言が続き、弁護人が突然声を荒げた。「丸山さんがはっきりと自分の耳で聞きましたというのはどれか。思いますとかじゃないんだ」
 証人は弁護人の方に顔を向ける。「私が言いたいのは……」
 弁護人が遮る。「はっきり自分の耳で聞いたと言えることを言って。なければないと言って」
 裁判長が「今言おうとしている。聞きなさい」とたしなめる。
 証人「だから中川が脈を測っている時、松本が直接言ったこともあるし、だれかが伝言した形で伝えたことはあったと思う」
 裁判長「被告松本が言った言葉を言ってということだ」
 証人「言った通りの言葉は覚えていない」
 裁判長「覚えている範囲で」
 証人「『死に続けるように』とか『死になさい』とか言っていたと思う」
 弁護人「ほう。本当に自分の記憶で言っているのか」
 証人「そう」
 弁護人が代わる。
 弁護人「落田さんの脈を取って死亡したという報告を、中川さんが麻原さんにしたんですよね」
 証人「はい」
 2時59分、休廷。


 3時20分、再開。
 弁護人「遺体こん包の時、手錠を外したのは」
 証人「(死んでしまい)付けておく理由がなくなったからでしょう」
 弁護人「(松本)被告人が(保田元被告に)『今後1週間に1度、道場に来い』と言ったのを聞いた」
 証人「はい」
 こん包作業は15分ぐらいで終わり、松本被告が村井元幹部に「後は頼む」と声を掛けたという。
 弁護人「遺体を室外に運び出す時、まだ被告人はいたのか」
 証人「座っていた」
 弁護人「(遺体を処分した)地下室はどんなふうでしたか」
 証人「大きなプールがあり、それは松本被告の専用でした」
 弁護人は遺体の焼却装置の図を証人に書かせ、遺体をドラム缶に入れた時の様子などを聞いた。
 弁護人「村井が焼却の装置を作動後、あなた方は死者を弔う祈りとか儀式を行いましたか」
 証人「行っていません。心の中で各人が何らかの形でしたと思います」
 弁護人「あなたは」
 証人はこうべを垂れ、しばし沈黙した後、こう答えた。「かなり動揺していたので、精神状態をうまく言い表す言葉がありません」
 弁護人「装置で遺体を焼却することの感情は」
 証人「オウム真理教の葬儀の仕方はこういう装置を使ってやるのだという認識しかありませんでした」
 弁護人「ショックだったか」
 証人「そうです」
 弁護人「あなたは今、オウム教の教義を信じていない?」
 「はい」
 松本被告はブツブツとしゃべり始める。
 閉廷直前、裁判長が弁護団に、次回公判で丸山被告の反対尋問にどのくらい時間がかかるかと尋ねた。これに対し弁護人の1人が興奮気味に「そういう侮辱的なことを言うから、私も感情的になってしまう」と答えるなど、激しいやりとりがあった。
 5時2分、閉廷。