松本智津夫第111回公判
1999/3/12
(毎日新聞より)



 オウム真理教の松本智津夫被告の第111回公判は12日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん殺害事件に関し、元信者の保田英明・元被告(31)=執行猶予刑が確定=に対する初の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は121人だった。

<出廷者>
裁判長・阿部文洋(53)
陪席裁判官(49)
同(41)
補充裁判官(36)
検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら4人
弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、
大崎康博(65)=副弁護団長ら11人
被告・松本智津夫(44)
検察側証人・保田英明(31)=元教団信者(呼称・敬称略)



 白いトレーナー姿の松本被告が入廷し、午前10時に開廷。保田元被告に対し、検察側が昨年11月6日の主尋問を補充する。保田元被告は今年2月に控訴を取り下げ、落田さん事件の殺人罪で懲役3年、執行猶予5年の1審判決が確定した。

 検察官「落田さん殺害当時、松本被告は目が見えていると思った?」
 証人「はい」
 検察官「前回、松本被告が『ナイフで心臓をひと突きにしろと指示した』と証言したが、状況は?」
 証人「松本被告はその時ナイフの方に顔を向けた
 検察官「ロープをだれかが持って入った時、松本被告が『これでいいんじゃない』と言った時は?」
 証人「新実(智光)被告か村井(秀夫)元幹部(故人)が松本被告の顔の前でロープを張り、見せた
 補充尋問が終了、弁護人の反対質問に移る。

 突然、松本被告が傍聴席の方を向き、最前列に座っていた男女数人が姿勢を正した。
 弁護人「主尋問では、建築関係の仕事で初めて落田さんと会ったというが、それでいいか」
 証人「はい」
 弁護人「当時落田さんをどう見ていた?」
 証人「仲間に思いやりがあり、面倒見がいい。人当たりのいい人間」
 弁護人「落田さんはどんないきさつで入信したのか」
 証人「奥さんが先にオウムに入信し、落田さんは反対していたが、本などを読んでいるうちにはまって自分から入信した。以前は薬関連の会社にいたような話だった」
 弁護人「1992年春ごろの脱会の理由は、ヨガ道場の感覚で入ったが、次第に宗教性が強まって嫌になり、会費も払わなくなって接触を断ったと?」
 証人「はい」
 保田元被告の母親が教団付属医院に入院するまでの経緯を弁護人が尋ねる。
 保田元被告は「半年で治る、と麻原が言っていた」という話を聞き、半年の約束で入院させた。弁護人は安価な入院費用の代わりに、証人の父親が4000万円以上の布施をしていたことをただすが、保田元被告は「逮捕後、初めて聞いた」と答える。
 弁護人「平成4(92)年春から平成6(94)年1月20日過ぎまで、落田さんとあなたの接触はあったか」
 証人「おそらくない」
 松本被告が突然、席を立とうと机に手をかけ、ガタッという音が法廷に響く。両わきの刑務官が服を引っ張り、座らせた。
 11時55分、休廷。


 午後1時14分、松本被告が入廷するが席に着こうとしない。裁判長が「被告人、座りなさい」と十数回命じるが、いっこうに座らない。弁護団が「座ると体が痛いと言っているんだ」「無理に座らせたら拷問じゃないか。本人は立っていたいと言っている」と言うが、裁判長は認めない。「子供じゃないんだから座ってなさい」と裁判長。傍聴席からも失笑が漏れた。

 松本被告がようやく座り、1時21分、再開。
 弁護人「あなたが脱会したのは、検察側主尋問では平成4(92)年春にお母さんが付属医院に入院する前ということですが」
 証人「そうです」
 弁護人「入院後のお母さんは?」
 証人「薬が減らされたみたいで、震えがきて、前よりも不自由な感じだった」
 弁護人「特殊な治療か」
 証人「温熱療法と言って、結構長い時間熱いお湯につかる治療。疲れるし熱いし、大変だと母から聞いた」

 保田元被告が脱会後、母親は山梨県上九一色村の第6サティアンに移された。落田さんの発案で、保田元被告は父親らとともに母親を教団施設から連れ出すことになる。

 弁護人「こういうことにタッチしたくないと思ったか」
 証人「生活が安定していたのでオウムとのかかわりは一切持ちたくなかった」
 弁護人「(94年)1月29日、お父さんが宇都宮から車を運転して出発した。車にはお父さんだけ?」
 証人「弟も」
 弁護人「翌30日の12時半ごろ、百合が丘であなたが乗り込んだ。落田さんもすでに乗っていたか」
 証人「はい」
 質問は第6サティアンに到着した場面に移る。
 弁護人「到着した時に武器が用意されているのが分かったのか」
 証人「そうです。サバイバルナイフだけでもショッキングだったが、火炎瓶なんて普通の感覚とは違う。危ないことになるのかなと思った」
 弁護人「武器は落田さんが用意したのか」
 証人「はい。大変なことに巻き込まれるのではと思い、帰りたいという気持ちになった。しかし現場に着いてしまったし、決行時間が迫っているし、自分からは言い出せなかった」

 尋問は、施設内に入ってからの行動に移る。
 弁護人「落田さんと2人でお母さんを運び出そうと廊下に出たら、信者に見つかった?」
 証人「そうです。腕をねじり上げられ動けず、首も締められ痛くて抵抗できませんでした」
 弁護人「どうなると思った?」
 証人「口にガムテ―プを張られ、手錠もされた。このまま教団に戻され、監禁されるのではと思いました。修行と称して独房に入れられるのではないかと」
 保田元被告は、落田さんとワゴン車に乗せられ、新実被告ら信者6人に第2サティアンへ連行された。
 弁護人「お父さんと弟が近くにいたが、救われるチャンスと思ったか。巻き込みたくないと思ったか」
 証人「救われるチャンスと。車から身を乗り出し、『気付いてくれ』と祈るような気持ちでした」
 2時57分、休廷。


 3時16分、再開。
 弁護人「(第2サティアン)3階のフロアには何があった?」
 証人「白いドア、シルバーのドラム缶。あとは何か雑然と置かれていた」
 弁護人「何人いたか」
 証人「8人前後という気がする」
 弁護人「新実さんは」
 証人「出入り口のドアから私を呼びに来たのは覚えているが」
 弁護人「越川(真一被告)さんは親しいということですね。部屋に入った時、越川さんは見たか」
 証人「その時点では気づかなかった。入ってすぐ気づいたのは松本被告人。そちらの方に完全に意識が行っていたので、後ろの方を詳しく見ていない」
 弁護人「あなたは麻原さんに『何でこんなことをやったんだ』と聞かれた時、どう感じたか」
 証人「すごみとは違って、なんだか人を圧迫するような口調でした」
 弁護人「平成7(95)年6月30日の検面調書であなたは『怒っている声でなく普段の調子』と供述しているでは」
 証人「検事さんが表現したことで、私は事実だけを話した。そうした表現にクレ―ムをつけました。細かい装飾的な表現に納得いかない部分もあります」
 弁護人「証人は事実関係は認めているが、譲れない部分はどういうことか」
 証人「捕まった時、周りの人間とグルになって落田さんをなぶり殺した、リンチに積極的にかかわったという言われ方をしたが、私はやらなければ殺すと脅されてやったと主張した」
 松本被告のつぶやきが止まらない。尋問が事件の場面に及び、保田元被告の声も高ぶる。

 弁護人「張り詰めた雰囲気というのは?」
 証人「手錠され、拘束されている。教団施設の一室にいて、周りに松本被告人の教えに染まった信者がいて、逃げられない。私が入った時には、裁かれるというか、決まっているんだなという印象で、これ以上ない威圧感があった」
 弁護人「落田さんにそそのかされたという気持ちはあったんでしょ?」
 証人「そそのかされたとか恨みは全くなかった」
 5時1分、閉廷。