松本智津夫被告第112回公判
1999/3/25
(毎日新聞より)
裁判長・阿部文洋(53)▽陪席裁判官(49)▽同(41)▽補充裁判官(36)▽検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら6人▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎康博(65)=副弁護団長ら11人▽被告・松本智津夫(44)▽検察側証人・中村昇(32)=元教団「自治省」幹部、林郁夫(52)=元教団「治療省」大臣、中川智正(36)=元教団「法皇内庁」トップ(呼称・敬称略)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(44)の第112回公判は25日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、目黒公証役場事務長、仮谷清志さん監禁致死事件に関し、実行役とされる中村昇(32)、中川智正(36)の両被告と林郁夫服役囚(52)の元教団幹部3人に対して検察側主尋問が行われた。傍聴希望者は114人だった。
午前10時、開廷を告げる裁判長の声をさえぎるように渡辺脩弁護団長が「その前に一言」と立った。
強制執行妨害罪で逮捕、起訴された安田好弘被告を同地裁が国選弁護人から解任したことへの抗議の意見陳述だ。安田弁護士は24日、松本被告の長女から私選弁護人に選任されている。
「安田弁護士を改めて委任弁護士としたことは、裁判所の不当な解任命令に対する断固たる闘いの意思表示であり、徹底的に抗議する意思表示だ」
5分間にわたった弁護団長の陳述に続き、検察側と裁判長も意見を述べた。
検察官「安田弁護士は今後も職責を果たすことはできないと見込まれ、裁判所の措置は当然」
裁判長「裁判所としてはやむを得ない措置だった。『徹底的に抗議する』と宣言されたが、刑事訴訟法に従って良識ある弁護に努める心意気を宣言したものと受け止める」
10時11分、中村被告が入廷。長い髪を白いゴムバンドでくくっている。
検察官「現在の教団との関係は?」
証人「逃走中に除名されました。(信仰は)変わってません」
中村被告が信仰の理由について「シバ大神とグルすべての祝福によるものだと思う」と語る間、松本被告は満足そうにじっと中村被告の方を向いていた。
検察官「仮谷さん拉致(らち)に関与したこと、仮谷さんの遺体を焼却したことは間違いないか」
証人「はい」
仮谷さんの妹Aさんとの関係が尋問される。
検察官「Aさんの件でなぜ飯田(エリ子)被告が協力を求めたのか」
証人「出家予定者のAさんが『公証役場の土地は布施できない』と言った。布施を納得させるためだ」
検察官「Aさんに会ったのは?」
証人「1995年2月20日から25日あたりまで2回。布施の承諾を得た」
検察官「その後Aさんの消息を聞いたか」
証人「2月26日に『親族を出家させると言って出たまま帰ってこない』と聞いた」
中村被告は2月27日、飯田被告と2人で、目黒公証役場から出た仮谷さんを尾行した。翌28日には、仮谷さん拉致(らち)の方針は決まっていたという。
検察官「レーザーはどう使おうとしたのか」
証人「仮谷さんの目に当て、倒れたところに駆け寄り、病院に送るよう装って連れ出すつもりでした」
検察官「レーザー銃は使えなかったんですよね」
証人「通行人の目を狙ったが、全く効果がなかった。使えないなら無理やり拉致しようとなった」
検察官「ワゴン車に押し込められた後、仮谷さんは騒がなかったのか」
証人「3回ほど『助けて』と大声で」
検察官「だれかが麻酔薬を打って眠らせたのでは」
証人「中川がやっていた。その後すやすや眠った」
検察官は、仮谷さんの遺体焼却についてただす。
検察官「教団では、人が亡くなればプラズマ焼却機で処分したのか」
証人「すべてではありませんが」
検察官「だれがスイッチを入れたの?」
証人「中川ですね。2、3日かかった」
11時57分、休廷。
「大変申し訳ない」
頭を丸刈りにした林服役囚が入廷し、午後1時15分、再開。
検察官「仮谷さんを監禁して死亡させ有罪となったが、関与は間違いないか」
証人「大変申し訳なく思っている。間違いない」
検察官「きっかけは」
証人「中川被告から手伝ってくれと言われた。95年2月28日です。第6サティアン3階の治療省の廊下で。『ナルコをやる人は第2サティアンにいる』と言うので、向かった」
検察官「ナルコとは」
証人「バルドーの悟りのイニシエーションとスパイチェックを合わせてナルコと呼んでいた。麻酔薬のチオペンタールを使う」
検察官は、林服役囚が中川被告と第2サティアンに行き、拉致された仮谷さんと接した場面を尋ねた。
証人「麻原の専用車庫のシャッターを開けると、白い車があった。運転席に平田悟被告がいた。黒っぽい背広の意識のない人を運び出し、広間に寝かせた」
検察官「中川、平田のほかにだれが?」
証人「高橋克也(容疑者)。当時は分からなかったが」
検察官「中川被告からはどのように聞いたか」
証人「無理やり車に押し込み、足をタイヤにはさんだので血が出た。抵抗するので、ケタラールを筋肉注射してぐったりさせた。チオペンタールを静脈注射したところ呼吸停止したので、マウス・ツー・マウスをして呼吸が元に戻ったと」
検察官「ケタラールはどういう薬か」
証人「全身麻酔薬。鎮痛作用があり、短時間で効く」
検察官「仮谷さんを診察した所見は?」
「心臓に異常なし」 証人「麻酔が少し浅くなった状態で、心臓は異常なかった。麻酔を覚ますことに全力を尽くして治療することにした」
検察官「仮谷さんにナルコをした際に妹さんの居場所を尋ねたか?」
証人「仮谷さんは『だれにも分からない。オウムがやった』と言うだけでした」
検察官「仮谷さんが死んだことはいつ聞いたか」
証人「3月1日午後3時か4時。中川被告に私から『あの人どうなりましたか』と聞いた」
検察官「中川は?」
証人「尊師に『ポアしろ』と指示を受けたと聞いた。中川被告は塩化カリウムを注射しようとしたが、すでに仮谷さんは亡くなっていたという話だった」
検察官「死因は?」
証人「私がナルコをやって引き継ぐ時に異常はなかった。中川の調書だと、エアウエーを挿入して15分で亡くなっていた。エアウエーで舌根を押し込んで窒息。またはエアウエーで、のどの奥の粘膜を刺激してけいれんが起きて窒息。あるいは不整脈による急性心不全。2番目が最も考えられる」
検察官「エアウエーは気道を確保する道具ですね」
証人「そうです」
2時33分、主尋問が終了し、休廷。
2時54分、再開。中川被告が入廷した。
検察官「事件に関与したきっかけは、井上被告に頼まれたからか」
中川被告は「証言できません」と小声で答えた。
検察官「理由は?」
証人「自己の裁判で有罪判決を得る恐れがあり、不利益をこうむる恐れがあるからです」
検察官は平田悟被告ら7人の名を挙げ「知っているか」と尋ねた。中川被告の声のトーンが高くなり、「知っています。事件に関与したのはその7人です」。しかし、具体的な問いには証言拒否を続けた。
検察官「仮谷さんの妹さんは知っていたか」
証人「事件までは知りませんでした」
検察官「事件の時は知っていたか」
証人「事件と言ってもいつの時点か……。すみません、分かってました」
検察官「妹さんの名は」
中川被告は「知っています」と、名前を答えた。
検察官が死因などに関する質問を続けるが、中川被告は証言を拒否する。
検察官「何か条件を付けたら話せるのか」
証人「お話ししたいとは思ってますが……。もう少し弁護士と話をしてから」
うなだれる中川被告。ため息が混じる。弁護人が反対尋問に立ち、証言を説得するが、中川被告は揺れる心情を明かしながらも証言拒否の姿勢は変わらない。
弁護人の「この調書で事実と違う点は?」の問いに「東京に行く前、妹さんを隠したお兄さんにナルコする話は聞いていない。お兄さんが妹を隠したという話も聞いていない」と答えたが、ほとんどの問いに答えはなかった。
弁護人は反対尋問の続行を希望したが、検察側は「証人は将来、証言するかのように言っているが、時期を明らかにせず、明らかな証言拒絶だ」と打ち切りを要求。裁判長は反対尋問を終了し、4時55分閉廷。