松本智津夫被告第113回公判
1999/3/26
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(44)の第113回公判は26日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、元信者の落田耕太郎さん(当時29歳)リンチ殺害事件に関し、実行役の保田英明元被告(31)の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は112人だった。
裁判長・阿部文洋(53)▽陪席裁判官(49)▽同(41)▽補充裁判官(36)▽検察官・西村逸夫(48)=東京地検公判部副部長ら5人▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎康博(65)=副弁護団長ら11人▽被告・松本智津夫(44)▽検察側証人・保田英明(31)=元教団信者 (呼称・敬称略)
午前10時、開廷。ジャージー姿の松本被告が入廷。ぶつぶつとつぶやく被告に、裁判長が「静かにしなさいよ」と注意する。
弁護人「落田さん事件が終わった後、(教団施設の外で待機していた)父の車で送ってもらうという話でしたが、その時どんなことを考えたか」
証人「また連れ去られるのではないか。盗聴器でもしかけられているのではないかと思った」と、解放後も恐怖を感じ続けたことを述べた。
弁護人は、保田元被告が落田さん殺害に至るまでの経緯について、調書と証言の矛盾点を突いていく。
弁護人「調書によると、『自分は殺されることはないと思ってるのに落田さんを殺した』となっている」
証人「それは検事調書だけでしょ」。保田元被告は検察官が恣意(しい)的な調書を作成したと非難した。
弁護人「警察に行かなかったのは、自分にやましいことがあったからなの」
証人「それは違う。警察に行きでもしたら自分もオウムに消されると、怖かったからです」
弁護人「オウムから狙われる? そんなことは調書には出てないが」
証人「まともに扱ってもらえるわけないし、信じてもらえるわけないと思った。自分は常にオウムから監視され、恐怖を感じていた。もし、相手にされずに出されたら、すぐ消されるに違いないと。当時は電車に乗ってもみんなオウムに見えた。怖くて警察に行けなかった」
弁護人「『警察に行かなかったのは自分がやましかったから』と警察で認めたのか」
証人「落田さんを殺したのは悪いと思っている。でも私が首謀して、憎んで殺したんじゃない。殺さないと自分が殺されると思った。しかし、あの時一緒に死んだ方がよかったとも思うこともある」
弁護人の質問は、保田元被告がオウムから逃れるために、女性と住んでいたアパートを引き払った経緯に移る。
弁護人「オウムがアパートに来ることで、女性との生活が壊れてしまうのが嫌で引っ越したのでは」
元被告は心外というように、「全く違います。命がかかっているわけですから、そういう余裕のあることじゃないんですよ」と語気を強めた。さらに、オウム真理教の支部がなかった秋田県に逃げたことなどを証言した。
保田元被告は同県のアパートにオウム信者が押しかけたことや、JR上野駅前でオウム信者に追いかけられたことを証言した。保田元被告は警察に「誘拐されそうになった」と訴えたが、「(アパートの)ドアをたたかれただけでは、保護のしようがない」と言われたという。
弁護人「平成7(1995)年になって地下鉄サリンとか強制捜査とかを、どう聞いたの」
証人「テロリストみたいな団体だと思った。村井(秀夫元幹部=故人)さんが刺されるのを見て、自分も殺されるんじゃないかと」
弁護人が代わって、かつて教団施設にひん死の状態で入院していた保田元被告の母親の、現在の容体などを尋ねた。さらに、オウム用語についても尋ねた。
午後0時3分、休廷。
1時18分、再開。
弁護人「あなたは『麻原さんがニコッと笑った』と(検事調書で)供述しているが」
証人「笑ってはいない。(事件の)細かな表現は装飾されている」。
さらに、「『知らない人が見たら笑っているようにも見える』と私が検事さんに言ったら、調書に『ニコッと笑っている』と表現された」
「今日は尻?」 もぞもぞと体を揺する松本被告。「被告人、遊んでるんじゃないっ」。裁判長が怒った。
弁護団のひと人が立ち上がり、被告が以前から痔(じ)を患っているとかばった。
裁判長「それは知っている。腰でしょ?」
弁護人「いえ、尻(しり)です」
裁判長「今日は尻なの?」
傍聴席から笑い声が漏れた。弁護団から「どうにかして下さいよ」と求められ、裁判長は「座布団でも敷けば大丈夫なの」と問い掛けた。松本被告は黙ったまま。座り心地が悪いのか、片手を後ろの弁護団席にかけて体を傾けるなど、ごそごそ体を動かした。
弁護人「ポアが人を殺すという意味なのは、教団内では知られていたか」
証人「みんな知っていた」
落田さん殺害方法をめぐる松本被告と元被告とのやりとりに移る。
弁護人「主尋問で室内のナイフを見てどう思ったかと聞かれた時、証人は『やらなきゃ、自分が心臓をナイフでひと突きにされると思い、物すごい恐怖を覚えた』と述べているが」
証人「その前に『やらなきゃ、お前を殺す』と言われていたので」
弁護人「本気なのか、疑問はわかなかったか」
証人「話し合いになる状況じゃない。殺す状況から逃れたかった」
3時3分、休廷。
同21分、再開。
弁護人「ナイフで心臓をひと突きにしろと言われた後のことを思い出してほしい」
証人「黙っていた。すると松本被告は、殺害する理由として『落田はお前のおふくろを巻き込み、戒律を犯した。私をだまし教団に破壊行為を行った』と。それで私は『どうやってやるんですか』と尋ねた」
証言の途中、机につっぷしていた松本被告が頭を上げ、刑務官に何かつぶやいた。
弁護人「『どうやってやるんですか』と言ってから麻原さんが『ナイフで心臓をひと突きにしろ』と言ったんでしょ。逆じゃないか」
証人「前後の流れがあまり……。場面場面で切ると覚えている」
元被告は殺害を自分自身が決意したわけではなく、周囲が殺害の準備を進めていく中で、殺さざるを得ない状況に追い込まれていったと付け加えた。
弁護人「ガサガサという音がして振り返った時、最初に目にした光景は?」
証人「ビニールシートの真ん中へんで落田さんが私を見ているところでした」
弁護人「調書にはあなたは『落田さんの目を見ていたらできませんよ、目隠しをしてください』と麻原さんに言ったとありますが、それはどこで?」
証人「向かい合って座っていた場所から動いてませんので」
顔が赤紫色に 弁護人「落田さんの外見上の様子は」
証人「顔と頭が内出血のように赤紫色だった。落田さんは殺されることを知っているのではないかと思った。極限の緊張状態になるとあんな色になるのかなと」
弁護人は元被告がロープを受け取った場所などを細かく尋ねる。
弁護人「催涙スプレーは落田さんが持ち込んだものか」
証人「同じだと思う」
弁護人「犯行状況について実験をしてませんか」
証人「追い詰められた精神状態で部屋を広く感じていたので、調書でも距離を遠くに感じていた。だから見分の際には、こんなに小さかったかと思った」
弁護人が再び距離の話にふれた。証人が「数字は勘で言ってます」といら立つと、裁判長が「繰り返さなくてもいいじゃないですか」と口をはさんだ。
弁護人が尋問を終えた後、裁判長は「要領良く重複しないよう心掛けて下さい」と話した。
4時59分、閉廷。