松本智津夫被告第120回公判
1999/5/27
(毎日新聞より)


 オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告の第120回公判が27日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、目黒公証役場事務長だった仮谷清志さんの監禁致死事件をめぐり、元教団幹部の井上嘉浩被告と、仮谷さんの妹に対する弁護側の反対尋問が行われた。傍聴希望者は121人だった。

▽裁判長・阿部文洋(53)
▽陪席裁判官(49)
▽同(41)▽補充裁判官(36)
▽検察官・山本信一(50)=東京地検公判部副部長=ら5人
▽弁護人・渡辺脩(65)=弁護団長、大崎康博(65)=副弁護団長=ら11人
▽被告人・松本智津夫(44)
▽検察側証人・被害者の仮谷清志さんの妹(66)、井上嘉浩(29)=元教団「諜報省」トップ
 (呼称・敬称略)


井上嘉浩被告
 午前10時2分開廷。松本被告は薄いグレーのトレーナー上下姿だ。井上被告は既に陳述席に着いている。

 弁護人「109回公判で証言した教団をめぐる状況について聞きたい。CHS(諜報省)の仕事で忙しかったと調べに答えているが、その通りか」
 証人「はい」
 弁護人「仕事の中身は信徒の獲得か。諜報省だから情報の収集もあるのか」
 証人「近未来問題会を組織して、オウムの名を隠して主に学生を対象に勧誘をしていた」
 弁護人「ほかの仕事は」
 証人「現職自衛官への勧誘で、主に三沢、金沢、習志野などで」
 弁護人「全国に何人?」
 証人「20人くらいです」
 弁護人「自衛隊内部ではどんな情報を集めたか」
 証人「兵器や兵隊の運用の仕方のマニュアルがあり、購入できた」
 弁護人「ほかには」
 証人「会社を作り(社員の)一部を信徒にして、一般の人に入社してもらい信徒にする」
 弁護人「どんな会社か」
 証人「結婚相談所を作れと言われたができなくて、医療機関を作ろうとした」
 弁護人は仮谷さん監禁致死事件について質問する。
 弁護人「麻原さんが仮谷さんをポア(殺害)するしかないといったなら、事件はポアのためか」
 証人「ポアしかない、拉致(らち)しろと言ったのはその通りだが、妹のお布施が欲しいので、居場所を聞き出すため」
 弁護人「平成6(1994)年暮れごろから、警察の強制捜査を受けるかもしれないとうわさがありましたね」
 証人「はい」
 弁護人「情報収集は諜報省でやっていたのか」
 証人「信者だった警察官から入らないかとやったが、入らなかった」
 弁護人「強制捜査が入るかもという不安な状態の中で……」
 井上被告は「ご質問はなんですか」と聞き返す。弁護人と論点が合わない。
 裁判長も「前提はいいですから」と質問を促す。
 弁護人「お布施は麻原さんはいつごろから言われたのか」
 証人「平成5(93)年暮れごろ」
 弁護人「以前のお布施集めと違いはあったか」
 証人「もっと集めろとプレッシャーかけられました」
 弁護人「なぜですか」
 井上被告は「断片的」と断りながら、教団が武装化し、クーデターを起こすため、資金が必要だと述べた。
 弁護人「お布施を集める手段は強引だが、本人の意思でということでは」
 証人「理想はそうだが、イニシエーションを受ければ心が変わるから、無理やりお布施をしてもいいんだと」
 弁護人は信者だった有名女優の娘の拉致事件などについても概要を聞いた。
 11時58分、休廷。


仮谷さんの妹 
午後1時16分、仮谷さんの妹が入廷し、再開。

 弁護人「4000万円のお布施のことをお伺いします。会員権を売ってお布施して下さいと、幹部信者らに言われたんですね」
 証人「して下さいではなく、するようにと」
 弁護人はゴルフ会員権の売買について、細かく尋ねた。
 弁護人「4000万円のお布施は、直接麻原さんに渡していますね」
 証人「はい」
 弁護人「感想は? うれしいとか」
 証人「ぜんぜん。だってお布施する気持ちは自分からはなかったんですから」
 弁護人「オウムの世話になるつもりでゴルフの会員権を売却するといったことはありませんか」
 妹は少し考えた後「はっきり覚えていません」と小さな声で答えた。
 弁護人「仮谷さんの誘拐は予測できたのか」
 証人「それはずっと思っていた。自分一人だったら何とでもできるけど、私が思っていた恐ろしいことは兄には心配ではっきりとは言えませんでした」
 松本被告は下を向いたまま、時おり右手を上げて髪を整える。
 弁護人は、妹が脱会を決意した後、仮谷さんへの連絡について質問した。
 弁護人「(95年2月)28日、友人から(仮谷さんに)連絡をとってもらいましたね」
 証人「元気でいるということと、オウムをやめるということを伝えておかないといけないと思い、友人を通じて兄に伝えようとした」
 弁護人「その時、お兄さんがいなくなったと知ったんですね。それで(オウムの)道場に電話した。電話を受けた女性幹部は『知らない』と答えた」
 証人「私は知ってると思った」
 弁護人「警察は当てにならない。検察も」
 証人「ええ」
 弁護人「オウムはそんなに力があると思っていたんですか」
 証人「(警察などの組織の)中にいるだろうと」
 弁護人「漏れると。伝わるだろうと思っていた」
 証人「そうです」
 3時3分、休廷。


 同23分、再開。

 弁護人「(人を殺しても良いという教えを)最初に聞いた時にどう思いましたか」
 証人「すごく恐ろしいと……今でも怖い。何をされるか分からないし、私が言ったことで仮谷一家に災いが起きるのではないかという恐怖心は今でも続いています」
 弁護人「刑法が定める刑罰を求めるわけですね」
 証人「兄がなされたように、苦しんで恐怖を与えて死なせたい。ですから、死刑を、というのがいけませんか」
 裁判長は、うつむいて動かなかった松本被告に「聞いてなさいよ」と注意をした。検察官が補充の質問を始めた。
 検察官「被告に対する処罰感情で付け足すことは」
 証人「松本智津夫(被告)には私は死刑を望みます。もう一つ、私のために殺されてしまった兄の死を無駄にしないで、被害者の方が安心して生活出来るようにオウム真理教、殺人軍団が1日も早くこの世からなくなりますことを心から願っています」

 弁護人の1人が立ち上がって地検の姿勢を批判した。「処罰を繰り返し求めることは事実を認定しようという法廷にいたずらに感情を持ち込むものではないか。撤回か削除を求める」。裁判長は「ご意見として聞いておきましょう」と、審理を続けさせた。
 裁判長が「言いたいことはたくさんあるけれど、言えないんだとおっしゃっていましたが、それでいいんですか」と証人に水を向ける。

 証人「兄は私のために殺されたけれど、まだ若い子たちが安心して生活していける状態ではないと思います。私は殺されようと何されようと仕方がないという心境だから恐れることはありませんが、若い人たちが心配です。そういう私をお笑いになるかもしれませんが、オウムは人間ではないと思っているし、人間の常識が通らないところだと思っていますから」
 裁判長が「長い間ご苦労さまでした」と言葉をかけ、証人は裁判長に一礼した。
 4時29分、閉廷。