松本智津夫被告第28回公判傍聴記
松本智津夫被告に対する第28回公判が、28日、東京地裁で開かれた。
新実智光被告が初めて証言に立った他、端本悟、中川智正各被告など、坂本弁護士一家殺害事件の実行犯3人の証人尋問が行われた。
端本被告は、松本被告の不規則発言の影響をもろに受け、そのたびに言葉に詰まっていた。
中川被告は、表面上は松本被告の独り言をさして気にする風ももなかったが、証言の中では「私自身の中に壁があります」などとして、松本被告をかばう気持ちがにじみ出ていた。
新實被告は、「尊師」の方をじっと見つめ、全ての証言を拒否。
この日の傍聴希望者は515人。
横浜事務所傍聴担当 三木恵美子
午前10時1分、松本被告が入廷。紺色の上着に白のズボン姿。
被告人席で立ったまま裁判長に向かっていきなり「麻原彰晃ですが、刑事被告人として意見陳述をさせていただきたい」。
阿部裁判長「ちょっと座って」
松本被告は、検察側が証人申請をする間も「意見陳述したいんですよ」と繰り返す。
裁判長「意見を言いたいのは分かる。しかるべき時期が来ているのは承知しているが、今日はその機会ではない。今日は証人尋問をするから、静かに聞いていなさい」
裁判長「(証人の採否に関する)弁護士側のご意見は今日の証人尋問終了後に」
主任弁護人「弁護人としては、責任を持って意見を述べることはできない!」
裁判長「ご意見は証人尋問終了後に」
主任弁護人「責任を持って意見を述べることはできないと言っているんです!」
不規則発言を続け退廷を繰り返す松本被告は、弁護団との接見も拒否している。弁護団は被告人との信頼関係修復のためには3月と4月に各4回ずつ予定されている公判期日を取り消す必要があるとしており、「解任」の言葉も飛び出すほどの深刻な状況にある。
この日の冒頭の緊迫したやりとりはこのような経緯が背景にある。
端本 悟証人
10時8分、端本悟被告入廷。
まず検察官から出家の時期などを聞かれ、答え始めたが、松本被告が「サリンは全然知らないよ・・・」などとぶつぶつと独り言を続けると、端本被告はうつむいて黙り込んでしまった。
裁判長「被告人は静かに。証言しづらくなりますから」
松本被告(大きな声で)、「全体の事件について明確な・・・」と、しゃべり続ける。
端本被告は差し出された水を飲み、陳述台に額を押し当て、おえつを漏らして涙を流し、ハンカチで何度も目をぬぐった。
検察官の尋問にも言葉を詰まらせる。弁護人が松本被告に「静かに」と耳打ち。
裁判長「被告人、聞きなさい。証人尋問が終わったら、期日、認否の問題を含めて裁判所から話をしますから、それまで静かに聞きなさい」
しかし松本被告はやめない。
松本被告「それですから、阿部裁判長の存在がないわけですから」
検察官「あなたは実行メンバーの一人ですか」
端本被告(以下証人といいます)「そうです」
検察官「実行犯はだれですか」
証人「・・・早川紀代秀さん、当時佐伯といった岡崎一明さん、故村井秀夫さん、新実智光さん、中川智正、私です」
検察官「あなたが本件に加わったのはなぜですか」
証人「早川さんから指示を受けました」
松本被告「だから早川が……」
弁護人席から「もう一度、声が聞こえない」
端本被告は終始うつむき、時折すすり泣くような声が聞こえる。
検察官「ポアの意味は」
証人「実質的には殺害ということです」
検察官「あなたは殺害と理解したのですか」
証人「はい、悪業を積んでいる場合はそれ以上積ませないという説法がありました」
検察官「説法はだれがしましたか」
証人「麻原彰晃です」
検察官「この法廷に麻原彰晃はいますか」
証人「はい」
検察官「被告人である麻原彰晃こと松本智津夫ですね」
証人「そうです」
松本被告のつぶやきが次第に大きくなる。
証人「もう一回お願いします」
検察官が質問を繰返しても、端本被告は首をかしげ「ちょっとうるさいんでもう一回」
三たび検察官が繰り返した。
裁判長「ちょっと被告人、静かになさい。いいですか。今日終了後に認否の問題を含めて裁判所の見解を明らかにしますから。いいですね」
検察官「意味は分かりますか」
証人「もう一回お願いします」
検察官「悪業の殺害をしても、場合によっては許されるのですか」
証人「そういう説法もありました」
検察官「だれの説法ですか」
証人「麻原彰晃です」
松本被告は身を乗り出して、証人に話しかけるようにつぶやく。
検察官「被告以外に殺害を許す人はいないということですね」
証人「そうです」
検察官「早川から坂本弁護士をポアすると聞いた時、だれがそれを決定したか考えたのですか」
証人「麻原彰晃それ以外にありません」
検察官「なぜ、断らなかったのか」
証人「出家した時点で、グルにすべてをゆだねるという踏ん切りがついている。」
松本被告の声が大きくなり、端本被告は検察官に質問を聞き返した。
裁判長「被告人は静かにしていなさい。証人尋問の妨害になりますから」
検察官「断らなかった理由は」
証人「グルの意思の実践がオウムのすべてだから」
検察官「グルとは」
証人「麻原彰晃です」
検察官「坂本弁護士のポアが早川だけの判断とは思わなかったか」
証人「ポアということを言えるのは最終解脱者の麻原彰晃以外いません」「とにかく倒せばいいと思っていました。乗用車で待って、早川さんから連絡があって、それを受けて私が倒すという手順だったと思います」
検察官「坂本弁護士を倒すということが、どういう意味があると思っていましたか」
証人「・・・・・」
この間も松本被告は絶え間なく独り言を続ける。
裁判長「発言しないように、証言できなくなりますからね」
証人「ポアのおぜん立てみたいな意識でした」
検察官「倒せなかったらどうなると思っていましたか」
証人「失敗したらどうなるか、余り考えていませんでした。むしろいろんなことが行き当たりばったりで、例えば……」
松本被告は、傍聴席の方を向いて、手ぶりを交えながらブツブツと話し続ける。
裁判長「そんなことをやっていると退廷させることになりますよ」
証人「申し訳ありませんが、自分の法廷もあるので、証言は拒否します」
検察官「だれを殺害する?」「家族についてはどうするつもりだったか」
検察官「それでは、自宅に入れという指示はだれからのものですか」
証人(大きな声ではっきりと)「すべての指示は、教団の最高責任者で最終解脱者と自称していた麻原彰晃しかありません」
検察官「早川が部屋を確認した後はどうなった」
証人「ふすまを開けた記憶はあります」
検察官「時間の前後関係は」
証人「犯行を終わった後、みんな時間を確認する余裕はありませんでした」
検察官「坂本弁護士の寝室に入りましたか」
証人「はい。おそらく自分は新実さんに続いて入った記憶がある。新実さんが最初とほかのメンバーも言っていますから、新実さん、次は私です」
検察官「部屋の中の明るさは?」
証人「暗いですけど、完全に何も見えないということではない」
検察官「その時に部屋にだれかいましたか」
証人「坂本弁護士がいたのは間違いありません」
検察官「奥さんや子供さんは?」
証人「申し訳ないんですが、それは先ほど申し上げた理由で証言拒否です」
検察官「その部屋に入ってからどうしました?」
証人「坂本弁護士を殴ったのは間違いないです」
検察官「どのように」
証人「馬乗りかそれに近い形です」
検察官「平手ですかこぶしですか」
証人「こぶしです」
検察官「どの辺を殴ったのですか」
証人「顔の辺りです」
検察官「何回」
証人「6、7発は間違いありません」
検察官「坂本弁護士はどうしました?」
証人「ちょっと・・・思い出せません」
検察官「ほかのメンバーが、子供に何かしていましたか」
証人「証言拒否させていただく」
検察官「あなたが坂本弁護士を殴った以外は、証言拒否するということか」
証人「そうです」
検察官「寝室で攻撃をやめた時、坂本弁護士はどういう状態だったのか」
証人「死んでいました」
検察官「奥さんの都子さんは」
証人「死んでいたのは、もちろんです」
検察官「龍彦ちゃんの様子は見ているか」
証人「・・・・」
検察官「子供さんの様子を見ていませんか。これも拒否されますか」
証人「すみません。それも証言拒否します」
検察官「遺体を4WDに積んでどこに行ったのか」
証人「オウム真理教富士山総本部へ」
検察官「本部に着いた時、だれかいましたか」
証人「石井久子さんが、麻原教祖の車の車庫の入り口に立っていて、手招きしていた」
検察官「石井久子を見た時、何か思いましたか」
証人「ほかの人たちに見られないように手招きしていると思いました」
検察官「遺体をどうするかについて、指示を受けたのですか」
証人「結局、遺体の遺棄に行くことになり、ドラム缶に入れる作業をした」
検察官「それはだれかの指示か」
証人「だれかは分からない」
検察官「一家3人を埋め終わる前に、被告と連絡を取っていたか、知っていますか」
証人「早川さんが何回か麻原被告と連絡を取っていたのは間違いありません。絶対に間違いない一つは、『京都ナンバーの車は京都方面に向かわないとまずい』と村井さんが言ったのに対し、『なるべく早く場所を探すのが先だ』と早川さんが言い、その後早川さんが『わしの言った通りだったぜ』と麻原被告が早川さんの案を受け入れたのを記憶しております」
検察官「坂本弁護士の転生先について聞いたことがありますか」
証人「帰ってすぐか、1日置いて同じ時間に、サティアン4階の麻原被告の部屋で聞きました。坂本弁護士は地獄へ転生した。奥さんと龍彦ちゃんも、どちらに対応させていたか忘れましたが、動物界と餓鬼界に、仏教用語でいう三悪趣に対応させて言っていました」
検察官「なぜ本件のメンバーに選ばれたか、被告から言われたことはありますか」
証人「『お前を選んだのはシバ大神の意思だ』というのは、転生先を聞いた時に聞い
たと思います」
<ここで12時となり休廷>
午後1時17分、再開。
松本被告は被告人席に座るやいなや、裁判長に対して何かつぶやく。
検察官「あなたの記憶は断片的か。映画のようにつながっているのか」
証人「完全なものではない。普通の人間だって7、8年前のことを完全に覚えていることはない」
検察官「証人は平成7年10月2日の調書で、『事件に加わったのは早川からの指示だったと思うが、麻原に直接言われた記憶がある』と言っているが」
証人「私の記憶は一貫しています」
検察官「供述調書でウソを言ったことがあるのか」「調書の内容を承知しているのか」
証人「・・・・」
裁判官「証人どうなんですか」
証人「調書がすべて正しいとは限りません」
裁判長「証言を拒否したのは、自己の裁判において有罪になるからですか」
証人「はい」
裁判長「事実関係を明らかにしたいという意思はありますか」
証人「時期が来たら話します」
弁護側の反対尋問は後日の予定だったが、弁護人が立ち上がり、調書と証言の食い違いを確認する。
弁護人「あなたが言いたいことと調書に書いてあることが違うんですね」
証人「違うんです」
弁護人「分からないままに調書を作られた?」
証人「そういう部分もあります。察して下さい」
弁護人「自分の裁判で何とか訂正したいと思っていますか」
証人「のちに述べるかも知れません」
中川智正証人尋問
1時44分、中川智正被告が証言台につく。紺の上着、グレーのズボン。
松本被告のブツブツは絶えることなく続く。
検察官「あなたは坂本弁護士殺害に関与しましたか」
証人「今日、それについてはお答えできません」
検察官「その理由は」
証人「自己の裁判で有罪判決を受ける恐れがあるからです」
検察官「将来もするつもりがないということですか」
証人「ええと、全くないというわけではありません。弁護士に相談のうえ」
検察官「必ず話すということではないんですか」
証人「絶対話すとはお約束できません」
検察官「被告人の前で被告人の行動について答えられますか」
・・・20秒近い沈黙が続く・・・
中川証人の「フー」というため息がマイクを通じて法廷に流れた。
証人「そ、それはあの・・・・・全くないと現段階で言うことはできない、と・・・」
検察側は、95年9月26日から10月11日までに取られた検察官調書8通を1通ずつ示す。
検察官「末尾の署名、指印は証人がしたものですか」
証人「それも今日は確認できません」
8通について同じことを繰り返し、主尋問はわずか9分で終わった。
主任弁護人「え、もう終わりですか」と言いながら、反対尋問に入る。
弁護人「この前はいくつか話してくれたんですが、今日は話してもらえないんですか」
松本被告「話せばいいんだよ」と証人をけん制。中川被告下を向き、黙り込む。
弁護人「今日は、証言するのをやめようと思って法廷にみえたんですか」
松本被告「弁護人がそんなこと聞くのがおかしいんだよ」 法廷内に失笑
弁護人「証言するかどうか、葛藤があるんですか」
証人「それは常にあるんですけど」「地下鉄サリン事件についてもそうだったが、すべてを話したわけではない。坂本事件に関しても、どうしようかと思っているところがある」
松本被告「あなたがたは何を・・・」。天井を見上げブツブツつぶやく。テーブルを手でパンパンたたく。刑務官に向かって説教するように話しかける。
その間も、弁護人は中川被告を説得する。
弁護人「取調べで検事が質問するしつこさと、私が質問するのとでは、どちらがしつこいかなあ」
中川被告「それはもう、比べものにならないくらい・・・」
弁護人「私の方がしつこい」(法定内爆笑)
弁護人「でもね、あなたに本当のことを証言してほしいんだよ。ここは取調室より自由に話せると思うが」
証人「それは、話しやすいと思う」
松本被告「何を聞いているのか。私は意見陳述したいんだ」
裁判所「弁護人の質問が続いているのだから」
松本被告「私が弁護人だ。私が麻原彰晃ですから」
後ろの弁護人が松本被告の肩をつかんで制止した。
弁護人「調書に矛盾はありますか」
証人「齟齬はあると思います」
弁護人「その時期になれば証言できますか」
証人「私自身の中に壁があります。事件全体に対してどういう立場をとるのかという壁です。それは真剣に考えているんですけど」
弁護人「将来にわたって証言を拒否するつもりは」
証人「そうとられたら困ります」
弁護人「あなた自身の被告人質問が終わったら、ということですか」
証人「そうです」
裁判長「それでは尋問を終わります」
弁護人「ちょっと一つだけ」
弁護人「この前も今日も、何か書き物(便せん)を持って来てるけど、何に使うの」
証人「記憶が混乱しないように」
裁判長「ついでに聞くけど、さっきメモ取ってたのは、何を書いてたの」
証人「さっきはあの、時期を思い出すため。それから弁護人が『こっちを向いてしゃべるように』と言ったのを、メモ取るつもりもなく書いてしまいました」(法廷内爆笑)
2時49分から休廷。
新實智光証人
3時10分、再開。
新実智光被告が証人として入廷。白のトレーニングウエア、長く伸びた髪の毛を後ろで縛っている。
検察官「あなたはオウム真理教に所属していたことがあるか」
証人「私自身、麻原尊師と共犯に問われている。ここで話したことで有罪を受ける恐れがあり証言を拒否します」
検察官「坂本弁護士一家事件で起訴されていますよね」
証人「・・・・・・」
裁判長「証人、検察官の質問を聞いて下さい」「聞こえていますか」
検察官「起訴されているかどうかは答えてもいいのでは」「証言拒否はどういうことか」質問の意味が分かってますか」
証人「・・・・・・」
裁判長「証人、聞いていますか。被告人席の方ばかり見てて、聞いてないの」
証人「・・・・・・」
検察官「質問に答える意思がない、ということですか」
証人「私自身の裁判で被告人質問に答えた後なら証言できますが、ここで話すことはすべて、有罪判決を受ける恐れがあるので証言を拒否します」
検察官「なぜ答えないのか。正当な理由がなければ証言を拒絶できないのは分かっているのか」
証人「・・・・・・」
新実被告は、なおも松本被告の方をじっと見つめる。
反対尋問。
弁護人「あなたは今ノートを持ってきていますね。今回話すことを書いてきたんではないですか。もっとほかのことに関心がいっているのかな。話せる範囲のことを話してくれませんか」
証人「自分の法廷で被告人質問に答え、事実を述べた後には話してもいいと思いますが、今話すことはすべて有罪判決につながりますので」
松本被告は、満足げな顔を新實証人に向けた。
裁判長は、用意した書面を見ながら「裁判所の既定方針」を読み上げる。
「打ち合わせができないのは被告人の責めに帰されるものだ。」「不規則発言が繰り返されるようになったのは井上嘉浩証人に対する反対尋問からで、その原因は開廷ペースではない。」「三月四月は弁護人の負担の少ない証人を調べる」「認否についての問題が、被告人の不規則発言の要因になっていると思われます。近い時期に、争点整理的な認否を行い、4月の適当な時期を取って認否させたいと思います」 「弁護人からの取り消し請求を却下し、4月から7月の公判期日を次のように指定します」
4月10日から7月18日まで、月4回の期日を告げた。
主任弁護人がぶぜんとした表情で立ち上がる。
弁護人「被告人がいつ認否するかということは弁護の根幹にかかわるもので、まだ時期も熟していない」
松本被告「今日にでも言いたいんだよ」
弁護人「月4回の公判も、過酷な労働を課している。これでは責任ある刑事弁護ができない」
しかし裁判長は、次回の期日を淡々と告げ、ちらりと主任弁護人を見た。
裁判長「では、次回は3月13日午前10時」
3時54分、閉廷。
最後までブツブツ言う松本被告を刑務官がさっと取り囲んだ。