松本公判第38回 (97年5月23日)
(毎日新聞より)
松本智津夫被告に対する第38回公判は23日、東京地裁で開かれた。
地下鉄サリン事件の被害者を救助した会社員と、坂本堤弁護士一家殺害事件に関して、元信者と青山被告に対する証人尋問が行われた。
坂本弁護士のインタビュービデオを放映前に教団側に見せたTBS問題については、青山被告はあいまいな証言に終始した。傍聴希望者は417人。
松本被告の入廷は、午前9時58分。前後を8人の刑務官に囲まれている。22日と同じ紺色のトレーナー姿。着席するなり、「今お話ししたように……」と不規則発言を始めた。
伊藤証人
会社員の伊藤和男氏が、陳述席につく。伊藤氏は地下鉄サリン事件当日の一昨年3月20日、自家用車で出勤途中に日比谷線小伝馬町駅付近を通り、男性1人、女性2人の被害者を聖路加国際病院に運んだ。
検察官「小伝馬町駅付近の状況は」
証人「30〜40人が横たわり、ハンカチで顔をふさぎ、一見して病人と分かる人が大勢いました」
検察官「3人の様子は」
証人「後部座席の女性は意識がありませんでした。助手席の女性もぐったりしていたが意識はあるようで、男性は後部座席に自力で乗れました」
検察官「途中で乗ったレスキュー隊員に3人を診察してもらいましたね。隊員は何といってましたか」
証人「後部座席の女性は脈がない、死んでいるのではと」
検察官「その女性の名前を知っていますか」
証人「岩田孝子さんです」
松本被告は「ネバー キル エブリボディー」「ハウ メニー……えーと」「知識というものは……」と独り言を続けていた。
検察官「なぜ、岩田さんと分かったんですか」
証人「当日か翌日にレスキュー隊員から自宅に電話があって、聞きました」
検察官「岩田さんの顔を今でも覚えていますか」
証人「はい」
続いて、反対尋問に移り、岩田さんの様子について細かな質問が続く。
弁護人「岩田さんはぐったりして意識がないように見えたわけですね」
証人「はい」
弁護人「手足に触ってみましたか」
証人「はい」
弁護人「どうでしたか」
証人「冷たかった」
弁護人「顔色は」
証人「真っ白でした」
10時51分、尋問終了。
元信者証人
22日に続き、元信者の男性が証人として入廷した。
「サンデー毎日」の取材や、同誌記者を通じて持ち込まれたテレビ出演の経緯を説明。
「平成元(1989)年10月20日の夜、上祐(史浩被告)ら5人ぐらいから『マスコミに話した内容を訂正しろ』と脅された」などと証言していく。
弁護人「テレビ朝日の番組に出演された晩、(サンデー毎日の)広岩(近広)記者と会ってますね」
証人「ちょっと記憶にない」
弁護人「広岩記者から『血のイニシエーションで払った100万円が取り戻せるかもしれない。坂本弁護士と会ってみないか』と言われましたね」
証人「はい」
弁護人「それで(89年の)11月1日に坂本弁護士を訪ねた?」
証人「はい」
弁護人「話し合いの末、刑事事件と民事事件の二つを依頼した?」
証人「はい」
弁護人「坂本さん一家が行方不明になったのを知ったのは」
証人「新聞でです」
弁護人「前回の法廷で、教団に殺されたと思ったというが、どうしてか」
証人「仕事をほっぽってどこかへ行く人ではないし、もしやったとしたら教団だろうと」
陳述席のマイクを通して、証人の「フーッ」というため息が聞こえる。かなり疲れているようだ。
弁護人「その年の12月ごろ、警視庁の北沢署に行って話をしていませんか」
証人「ちょっと記憶がはっきりしないんですが」
弁護人「こちらで調べたところでは、12月18日ということですが」
証人が上祐被告から謝罪文を書くよう強要されたとして、同署に届けを出した経緯について、弁護人が確認していく。
尋問者が渡辺団長に交代した。質問は証人と上祐被告ら教団側との間で起こった「謝罪依頼書」をめぐるやりとりから始まった。
弁護人「5人ぐらいに囲まれ怖かったろうが、殺されるような怖さじゃないでしょ」
証人「拉致(らち)される恐怖感はあった」
弁護人「その経緯を坂本弁護士に話したか」
証人「謝罪依頼書を無理やり書かされたと話した」
弁護人は質問を、北沢署の聴取の件に戻す。
松本被告は時折、「そんなこというな、バカヤロー」と小声でののしる。
弁護人「どうして1度は聴取に応じながら、平成2(90)年1月の聴取は応じなかったのか」
証人「巻き込まれるのが嫌だった。警察は事件として扱ってくれても、個人を守ってくれることはないと思った」
弁護人「上祐(被告)らを本気で訴追する意思があったか」
証人「最初はイニシエーションの金を取り戻したかった。告訴はついで、という感じだった」
別の弁護人が尋問に立ち、再び7年半前の10月20日の夜に戻る。
弁護士「車は5人乗りでしょ。あなたが車に乗せられた時、1人の信者は車の外にいた。もし、あなたを拉致しようとしたら、彼は置いてきぼりを食ってしまう。拉致はありえない、と思わなかったか」
証人は戸惑いながら答える。「彼も交通費をもっているでしょうし……」
傍聴席で失笑が漏れる。
弁護人「あなたが恐怖を味わった、というのは実感できない」
「でも」。証人は必死に言う。「味わったものは味わったんです。当時の恐怖感を説明しろ、といわれても……」
弁護人「あなたが後から、怖かったと説明しているんじゃないの?」
証人は答える。「5人、というのは、それだけではなく、その裏にオウム真理教のバックが付いていると感じたんです」
午後0時3分、休廷。証人は壁ぎわのいすに座ると、気持ちを落ち着かせるかのように、じっと壁を見つめた。
1時40分、再開。
松本被告は着席するなり、つぶやき始めた。「ですから……」「ここでこういうことを……」。裁判長は無視して、「じゃあ」と尋問を促す。ワイシャツのそでをまくった主任弁護人が尋問を再開した。
弁護人「坂本弁護士がいなくなって、あなたの裁判がますます重要になったのではないか。裁判を続けることで、救出の手がかりができたのではないか」
弁護人の言葉にうなずく証人。坂本弁護士と元信者が進める予定だった民事裁判と刑事告発は、結局、行われなかった。元信者も行方をくらましてしまう。
証人から「うーん」という言葉が漏れた。
証人「逃げ出したということもありました……」
うめくように話した。
弁護人は、教団で受けた「シャクティパット」という儀式について、元信者の印象を確認する。
弁護人「錯覚だというのなら真実は何だったのか。エネルギーが上がってくる、体は熱くなってくる。それは何ですか。薬物ですか」
証人「違います。実際、光を見たのは確かだが、悟りや解脱に近づいたという気持ちではなかった」
弁護人「今のあなたはどう思うのか。錯覚か」
証人「錯覚です」
弁護人「どうして、錯覚を覚えた?」
証人「それは、麻原に聞いてもらわないと、何か分からない」
ぶつぶつつぶやいていた松本被告が、証人の答えを受ける形で、「何が」と大きな声を出した。傍聴席から、笑いが漏れる。弁護人の質問は続く。
弁護人「あなた自身、シャクティパットは偽物と言い切れる?」
証人「言い切れます」
弁護人「根拠を示せますか」
証人「それはちょっとできないですけど」
弁護人「『(偽物と)信じているだけ』と言われても、おかしくない」
証人が絶句したところで、2時8分、尋問が終わった。証人は大きなため息をつき、検察側の後ろでコップの水をごくりと飲んだ。松本被告は「できないなあ」「ひとつ言っていいかな」などとつぶやき続けた。
青山証人
2時12分、青山被告が3人の刑務官に付き添われ、法廷に姿を見せた。白のシャツにグレーの背広姿。表情はあまりない。
つぶやき続ける松本被告が、「静かに」と弁護人に注意を受ける。
検察官「あなたがオウム真理教に入信したのは」
証人「昭和63(88)年2月です」
検察官「出家は」
証人「平成元(89)年12月です」
検察官「脱会は」
証人「一昨年の10月」
検察官「横浜法律事務所に勤務していた坂本堤さんをご存じですか」
証人「はい」
検察官「一番最初に、坂本弁護士を知ったのは」
証人「平成元年6月くらいです」
検察官「どのようにして知った」
証人「電話で橋本明弁護士から聞きました。当時、宗教法人の認証問題で、教団側の代理人として私と一緒にやっていた方です」
「1995年12月23日」と松本被告が大声を上げる。
検察官「橋本(弁護士)は坂本弁護士をどのように説明した」
証人「教団に出家した子供の親御さんの代理人ということです」
検察官「平成元年当時、教団は法人になっていましたか」
証人「まだ、途中だったと思います」
東京都が宗教法人として認証した経緯に関する質問に、淡々と答える青山被告。顔は検察官に向けたままで、松本被告の方はまったく見ようとしない。松本被告は依然、つぶやき続ける。
検察官「認証が止まった原因について」
証人「聞いたのは、大阪の代議士が都に電話して、それで止まったと。信者のお母さんが代議士に相談してと聞いています」
尋問は坂本弁護士との会談に移っていく。
検察官「坂本弁護士と会われたときは何の話を」
証人「信者のお母さんが娘に会いたがっていると」
検察官「坂本弁護士にどのように返事を」
証人「私だけでは決められないので、上と相談したい、と言いました」
検察官「会わせることになったのですね」
証人「はい」
検察官「日付は、8月3日では」
証人「分かりません」
検察官「親子が会ったのはどこですか」
証人「(静岡県)富士市か富士宮市の公民館だったと思います」
検察官「証人が立ち会ったとおっしゃったが、ほかに教団側からはだれが」
証人「新実(智光被告)さんか早川(紀代秀被告)さんのどちらか、または両方だったと思います」
検察官「ほかにだれかいたのでは」
証人「運転手がいました」
再び、松本被告がぶつぶつ話し出した。傍聴席前列に陣取った若い男女が身を乗り出し、食い入るように被告の表情を見詰めた。
証人「(他の信者の)両親もいたと思う」
検察官「坂本弁護士とはこれで2回目」
証人「はい」
検察官「その状況は」
証人「(女性信者は)あまり会いたくないという雰囲気だった」
検察官「母親の言葉とか覚えている?」
証人「一生懸命語りかけようとしていた」
検察官「(別の信者の)両親から話は」
証人「娘を捜してくれということだった。私は知らなかったが写真を預かった」
検察官「証人はその後、坂本弁護士と」
証人「電話で、9月か11月だった」
検察官「何回あった」
証人「1回か2回」
検察官「電話の話題は」
証人「本の内容で聞いてきた。京大医学部でDNAのイニシエーションを研究しているということだった。本当ですかと」
検察官「教団でどなたに相談した」
証人「大師だと思うが、覚えていない」
検察官「その結論は」
証人「聞いたのは京大医学部でなく京大の大学院生が個人的に研究しているということ。編集で誤解があって間違って書いた」
検察官「だれのこと」
証人「遠藤(誠一被告)さんだと思う」
検察官「坂本弁護士に伝えましたか」
証人「率直にそのとおり伝えました」
検察官「不適切だったことも伝えたの」
証人「はい」
検察官「坂本弁護士と3回目に会ったのはいつ」
証人「10月31日だと思う」
検察官「平成元(89)年」
証人「はい」
検察官「場所は」
証人「横浜法律事務所です」
検察官「10月31日の何時」
証人「夜、約束の時間に遅れて行った。8時の約束が8時20分に着いたと思う」
検察官「1人で」
証人「確か3人です」
検察官「だれですか」
証人「早川さんと上祐さんの3人です」
早川被告の名に反応したのか、麻原被告が眉間(みけん)にシワを寄せてぶつぶつしゃべり出した。検察官は無視して質問を続ける。
検察官「上祐(被告)はどういうことで一緒だったの」
証人「DNAについて調べたのが上祐さんだったから」
検察官「早川(被告)は」
証人「必然性はなかったが、来る前に週刊誌の話で早川さんも参加していて、その流れで来たと思う」
検察官「3人一緒に話したのですか」
証人「DNAの時は上祐(被告)さんと一緒。それ以外は私と坂本弁護士の2人で話した」
検察官「坂本(弁護士)と2人のとき、坂本弁護士はどういう話をした」
証人「よく覚えていない。目新しい主張はなかった。冷静で簡単な内容だった。子のことを心配していて、会いたいとか、返してほしいということだった」
検察官「坂本弁護士からオウム真理教被害者の会について聞かれたことは」
証人「あまり印象には残っていない」
検察官「坂本弁護士と被害者の会の関係は」
証人「坂本さんのほかに2人の弁護士がいると聞いていたし、相談役かと」
尋問は、上祐被告が加わった時の会談内容に移った。
証人は、上祐被告が坂本弁護士に、多くの信者が神秘世界の体験をしたことなどを説明したと証言。「一般の人には聞いて分かる内容と思わなかった。坂本弁護士は一生懸命聞いておられたが、どこまで理解できたか分からない」と話す。
検察官「坂本弁護士はその場で納得してくれたか」
証人「無理なことだったと思う。別のアプローチをしようと思いました。直接、子供の生の声を聞いてもらうとか考えていました」
青山被告の落ち着きぶりとは対照的に、松本被告は、顔をクシャクシャにして、首を激しく上下させる。その奇妙な動作は2分ほど続いた。証人に何かを伝えようとしているのか。
検察官「坂本弁護士の方に、教団の側から訴えを起こすというような話をしたことはないですか」
証人「法的手続きを考えていました。信教の自由の侵害、監禁に対しての損害賠償ということです」
検察官「上祐被告はどのように(坂本弁護士に)話していましたか」
証人「上祐さんは『もし自分の親が先生に相談したら、家に帰れと言うんでしょうか』と言ってました。坂本弁護士は、『親の立場になれば帰ってもらいたいんじゃないか』と」
検察官「3回目に会った時の状況は(松本被告に)報告に行ったのですか」
証人「記憶にない。当時、私はまだ在家信徒でしたので、私は家に帰って、2人と別れたと思います」
検察官「サンデー毎日の記事はあなたから見てどのような印象ですか」
証人「親の心配が前面に出て、子供を返せという感じです」
「サンデー毎日の記事ですが」「ゼン、……ゼイ、ウォーキン」。検察官の質問が変わった途端、松本被告のつぶやきが英語に変わった。両側に座った刑務官2人が顔をしかめる。
検察官「証人はサンデー毎日に抗議に行ったことはありますか」
証人「抗議に行ったことはないですが、子供の(信者の)取材に立ち会ったことがあります」
検察官「他のマスコミ、テレビに行かれたことは」
証人「テレビは上祐さんが中心に対応していました。私も上祐さんに言われて行ったことがあります」
検察官「どこのテレビ局に行きましたか」
証人「1社だったか数社だったか」
検察官「TBSじゃないですか」
検察官は突然、オウム側に坂本弁護士のインタビュービデオを放映前に見せたTBSの「ビデオ問題」に切り込んだ。
証人「TBSだったかどうか」
青山被告の証言が途端にあいまいになる。
検察官「どっかに行ったというのは、上祐(被告)のほかにはだれと」
証人「記憶がはっきりしません」
検察官「早川(被告)は」
証人「あるかもしれませんが、記憶があいまいです」
検察官「目的は」
証人「はっきり分かりません。上祐さんが主体となっていましたから。はっきりと理解しないままついて行っていました」
突然、松本被告が右手を上げ、人さし指と中指を宙に突き出した。何かつぶやくと空を切り、元の姿勢に戻った。法廷の時計は3時32分を指していた。
検察官「放映される前のビデオを見たことは」
証人「見ているのかもしれませんが、記憶があいまいではっきりしません」
しばらくして検察官が交代、同じ趣旨の問いを青山証人に投げかけた。
検察官「さきほど、TBSに交渉に行ったと言われましたね」
証人「はっきりとした記憶はないんです」
検察官「交渉内容は」
証人「はっきり覚えていないものですから」
検察官「教団にとって都合の悪いものの放映をやめてくれとか」
証人「過去に放映されたビデオへのクレームもある。どっちかはっきりしません」
検察官が席に着くと、阿部裁判長は「きょうはこの程度にして、反対尋問についてはまた連絡します」と青山被告に語りかけた。
3時42分、証人は陳述席から立ち上がり、松本被告の方には一切、視線を向けずに、法廷を出た。
阿部裁判長が次回期日を6月5日に指定。3時43分、閉廷した。