松本智津夫被告第40回公判傍聴記
1997/6/6
遅い遅いと国選弁護団ばかり非難される松本公判も、昨年4月から回を重ねて今日で40回目。回数と密度だけからいうと、他の刑事裁判に比べて異例のペースである。渡辺弁護士団長が、「こんなに早い審理は他にない」と言い切るのも、確かに言えている。
6月6日、蒸し暑い雨模様の東京地方裁判所。私も早起きして抽選に並んで見たが、またもやハズレ。江川紹子さんから1枚分けてもらって、何とか入廷。ちなみに、あれだけ連日傍聴している江川さんですら、自分で抽選に当たったのは2回しかないそうである。この日も報道機関が動員したアルバイトが8〜9割位はいたであろうか。
さて、開廷前ぞろぞろと入ってきた弁護団メンバーの雰囲気がいつもとちょっと違う。ラフな旅行スタイルの人が多い。そう、この日弁護団は、坂本弁護士一家の遺体発見現場(大町、魚津、名立)に調査旅行に行くのである。
しかし今日の法定内の緊張感が今ひとつ足りないのは、弁護団の服装のせいばかりではなかった。
当初の予定では、今日は青山吉伸元教団顧問弁護士の反対尋問が行われる予定であったが、裁判所と弁護団との今日の公判期日の取り消し要求交渉の中で、内容が弁護団に負担のないものに変更になったらしい。後記の通り、証人は2時間で5名。神奈川県警の捜査員や国立衛生試験所の薬理部長などが、検察側証人として代わる代わる登場し、細切れで、しかも中身のほとんどない形式的主尋問で終わったのである。つまり弁護団は何もやることがない。そしてついでに、午後から調査旅行に行けるように、今日の審理は午前中だけにする、ということに決められていたらしい。昼12時に裁判長から「休廷」ではなく「閉廷」が宣言されたときは、傍聴席は皆ちょっと呆気にとられた感じだった。
10時ちょうど開廷。松本被告は紺色のスウェットの上下、胸に「MINT BEANS」とプリントされている。
被告人席に着くやいなや「ブツブツ」が始まった。が、今日はトーンが低い。私は傍聴席の前から2番目で、松本被告の顔もよく見える位置であるが、ほとんど聞き取れない。今日の法廷の緊張感のなさが被告人も解るのであろう。私の前の席(最前列)では若い男性信者が2名身を乗り出すようにして松本被告のブツブツを聞き取ろうとしている。証人などどうでもいいという感じ。そのうちその信者らも「マントラ」なのか、ブツブツ言いだし、廷吏から注意される。私の後ろの席でも、若い女性信者らしき人が何かやらかしたのか、廷吏から怒られていた。
この日は松本被告のブツブツは休むことなくずーっと言いっぱなし。英語混じりで「ウィーキャン・・・」「ゼイキャンゲット・・・」「えーっと」「サムタイム・・・」「あーそうか」「ヒー トライ トゥー・・・」。時々傍聴席の方を指さしながら身振り混じりである。
以下まず、神奈川県警捜査員4人の証人尋問
非常に気になったのは、証人らが「さとこ」「たつひこ」と呼び捨てにしていたこと。人間として被害者にもう少し敬意を払うことはできないのか。遺体として物のように捜査の対象としてしか見ていないからなのだろうか。気分が悪かった。
それから、調書の訂正が多すぎる。捜査のいい加減さが顕著である。
証人岩崎ただお
神奈川県警捜査員(鑑識係長)岡崎一明被告の供述に基づき富山県魚津の僧ヶ岳山中から都子さんの遺体を発見した経緯を証言。
9月6日に体の一部、7日に全体が発見された。最初スコップで手堀りしていたが、岩盤に当たったので油圧ショベルにした。発掘には魚津消防署の宮田消防士と北里大学の栗原教授が立ち会った。司法解剖が北里大学で行われた。
検証調書の誤記の訂正4ヶ所。(距離・方位など単純ミスが多い)
証人遠藤ゆずる
神奈川県警捜査員(鑑識)
都子さんの司法解剖に立ち会い写真撮影報告書を作成。
まずそのままの概況を撮影、その後付着した土砂を取り除き、解剖の経過を150枚撮影した。
証人大野ひとし
神奈川県警捜査員(鑑識)
大町の龍彦君の遺体発見の状況。岡崎被告の供述から位置の目星はつけていたが、なかなか発見できず、2度にわたり発掘区域を広げていって、ようやく9月11日発見した。
検証調書の訂正3ヶ所。
証人富田かつとし
神奈川県警捜査員
龍彦君の司法解剖に立ち会い写真撮影報告書を作成。東海大学医学部法医学教室で司法解剖。人骨か否か、人骨として性別、年齢、死後経過年数はどうかなどを調べるために行った。
報告書の訂正3ヶ所。
証人大野やすお
国立衛生試験所薬理課長
これまでの警官4名と異なり、ちょっと猫背で髪ぼさぼさ、いかにも研究者という風貌。
証言前に「真実を述べ・・・・」と型通り宣誓したところで、この証人が突然
「私が話すことは真実かどうか判りません」
としゃべりだした。「真実と信じていることは述べますが」。これには裁判長も傍聴席も笑ってしまった。非常に律儀でまじめな人である。
この証人のテーマは「塩化カリウムの致死量」。実行犯の一人とされる中川被告が坂本弁護士らに注射器で塩化カリウム溶液を注射したことについて、科学的に裏づけようというものであるらしい。
以下は化学の講義。
塩化カリウムとは、アルカリ金属のイオン化したもので、塩との結合。白い結晶性の粉末である。
塩化カリウム自体は薬局で誰でも買える。毒物には指定されていない。
実験に使うほか、治療として血中カリウム濃度の調整に使用される。
心臓などが正常に動くためには体内のカリウム・ナトリウムなどのイオン濃度が適正に保たれていなければならない。
カリウムを大量投与すると、めまいがおき、心臓の活動に影響を及ぼす。心臓停止もあり得る。大量投与により殺人は可能である。オランダで安楽死に使われたというデータがあった。動物事件では安楽死に塩化カリウムが使われる。
薬学部医学部を出たものであればそれくらいのことは常識として知っている。
治療行為において。投与する場合は、点滴を使う。注射器により投与すると言うことはあり得ない。局所的に濃度が上がるので危険である。
筋肉注射、皮下注射は、血中濃度の調整が正確にできないので、これも治療としてやることはない。刺激性が高いので皮下注射などでは痛みを伴う。
静脈注射の場合のカリウムの致死量は溶液100cc中40mg。通常体内には20rが含まれているから、さらに20rを追加すれば死ぬと言うこと。
ここで、証人、電卓を借りて、証人席でパカパカとたたき始めた。致死量の計算である。
モルモット事件では、体重1sあたり77rで死亡する。
人間のデータはない。
体重60sの人の場合、4.62gが最低致死量となるが、人間の場合には体重にしめる血液の比率がモルモットよりも少ないので、もっと少ない量で致死量に達すると思われる。
体重75s(坂本さん?)の場合には計算上5.7g、55s(都子さん)には4.2gが致死量となる。
ただし皮下注射の場合には、体重75s場合191g、55sの場合140gが致死量となる。
飽和水溶液には、水温15度Cの時、100cc中24.65gが溶けている。
5cc入りの注射器の場合1.2325gが含まれている。
これを急激に静脈注射すれば、死ぬ可能性は十分ある。
筋肉注射の場合には、死ぬ可能性はまずない。
次回は6月19日 今日の続き
岡崎・早川・青山各被告に対する反対尋問はその先であろうか?