松本智津夫被告第48回公判詳報
(毎日新聞より)
1997/9/6
坂本弁護士事件 早川被告尋問
殺害はグルの指示なのか?弟子からの進言はあったのか?実行中止の可能性もあったのか?なぜ家族まで殺害したのか?・・・尋問はいよいよ実行の核心部分へ。
それにつけても、弁護人の尋問に割って入り、弁護人と激しくやり合うのは、いつも訴追責任者である検察官ではなく最終的判断者たる裁判官である。日本の刑事裁判の実態がここに端的に現れている。
オウム真理教の松本智津夫被告の第48回公判は、5日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件について、元教団「建設省」大臣の早川紀代秀被告に対する2回目の反対尋問が行われた。松本被告の関与を薄めようとする弁護側の追及に対して、早川被告は「(坂本弁護士殺害の)ご決意が固いという印象を受けました」と述べて、事件が松本被告主導だったことを改めて証言した。
傍聴希望者は243人だった。
午前10時開廷。前日と同じ紫色のズボンに白いシャツ姿の松本被告が姿を現す。着席するとすぐに小声で独り言をつぶやき始めた。続いて入廷した早川被告に対して、弁護人の反対尋問が始まる。
「ヴァジラヤーナ」と「ポア」。教団内で使われ、一連の事件でキーワードとなった用語について、弁護人は改めて確認する。早川被告は、オウム法廷で何度も繰り返された説明を続けた。
弁護人「あなたは、全部麻原さんの指示を強調なさるけど」
証人「事実ですからね。ポアがいい救済手段と決定できる人は限られる」「最終解脱者でないと。ブッダでないと言えない。私は麻原さんをブッダそのものと信じていたので」
弁護人「真理とは?」
証人「ブッダの教え。我々からすれば、麻原被告の教えです」「世俗の論理と真理の論理があれば、真理が優先する」「こういう風に裁かれるし、何の罪もない人を殺すのは苦しい。しかし、真理の眼からみればブッダの修行となる」
倒錯した論理の連続に、弁護人はしばしば考え、黙り込む。1989年11月2日深夜から3日未明にかけて行われた坂本堤弁護士一家への「殺害謀議」に質問をつなげていく。
弁護人「会議の席上で、麻原さんが『ポアしなければならない人物はだれか』と言った?」
証人「はい」
弁護人「他の人が言ったのでは」
証人「それは違います」
弁護人「ポアを弟子から言うことはないのか」
証人「ありませんよ。しつこくお聞きになりたいでしょうけど」
検察側主尋問で証言した「松本被告の指示」を維持し続ける早川被告。弁護人はぶぜんとした表情で、「しつこくはないですよ。謀議で一番大事なところじゃないですか」と切り返す。
弁護人「横浜法律事務所に行ったのは、青山さんと上祐さんとあなたの3人でしょう。坂本弁護士が問題という情報を伝えたのではないか」
証人「可能性は高いが、他の幹部だってある」
弁護人「松本被告に報告をしたのは」
証人「青山さんと上祐さんです」
弟子の側から殺害を進言したのではないか。松本被告は殺害の指示をしていないのではないか。弁護人の質問は、この1点に集中して延々と続く。
弁護人「あなたの方から麻原さんに『坂本さんをなんとかしなきゃいかん』という話はしなかった?」
証人「そんなことありません。断言、もちろんできます。私のことですから」「失礼な話ですよ、弁護士さん。そりゃお聞きになるのはしょうがないですけど」
弁護人「私が失礼?」
早川被告は「私も(坂本弁護士殺害の指示は)意外な話だったんですから」と答え、さらに補足する。「坂本さんは弁護士で、雇われてやってるんですから。雇い主の被害続き者の会の会長(の殺害)なら、まだ分かりますけど、根っこをやらずに弁護士をやってもしょうがないなと思いました」
弁護人「悪い冗談だということは、麻原さんは言わなかったですか」
証人「ありません。このときはグルの内部で非常に決めておられたというか、ご決意が固いという印象を受けましたね」
弁護人「村井さんあたりが、麻原さんがやめにしようと言ったのに、やらして下さいと言ったのでは?」
早川被告は大きなため息をつく。「聞いた覚えないですけどね。ほかで言われたのかどうか、分かりませんけど」と、やや投げやりに答える。
弁護人「麻原さんが決めたことも具体的に実行する責任は弟子にあるのでは」
証人「自分たちの責任じゃできませんね。細かいところまでグルの意思がどうか聞かないとできません。薬もどういうふうに使うんですかという話が出て、それで端本(悟被告)君が入ることになったんですから」
早川被告は薬物について、「殺すのではなく、全身が動かないようにするもの」と説明を受けたという。
弁護人がすかさず、「じゃあ必ずしも殺すという指示でなかったの続きでは?」と質問するが、早川被告は「全身が動かなくなり、呼吸できなくなると聞いた。眠らせて連れて行くというんじゃないですね。そうだったらよかったんですけどね」。松本被告の指示が「殺害」だったことを強調する。
弁護人「会議は30分から1時間。死体をどうするかとか決まったのですか」
証人「いいえ」
弁護人「それじゃ何も決まってないようなものですね」
証人「そうですね。計画的な感じはしませんね。また打ち合わせをすると思っていた。ところが、寝て、起きたら『行くぞ』と」
弁護人「計画は冗談で済まされるような次元じゃなかったの」
証人「ストップがかかればね。でもかからなかった。(毎日新聞社)爆破計画と違うのは、薬がもうある、ということ。爆弾の話とレベルは違いましたね」
11時半近くなり、別の弁護人が質問する。
弁護人「あなた方が独自に価値判断し、松本被告に報告することは?」
証人「しません。教え、説法の内容をベースに価値判断する」
弁護人「しかし、個々の事象について判断することはあるでしょう」
証人「はい」
弁護人「上祐さんが『私も(坂本弁護士から)親元に帰れと言われた』と(松本被告に)報告した。これも判断でしょう。しかし、上祐さんの言うことはうそですね。坂本弁護士は未成年者には言っていたが、成人の上祐さんに『帰れ』と言うはずがない」
証人「何で自信を持ってそう言えるのか、私には理解できないが、事実を報告したまで」「坂本弁護士は上祐さんに『あなたも帰るべき』と言ったんです。何も上祐さんはうそを言ってませんよ」
3人目の弁護人が立ち上がった。
弁護人「会議の時の座り方が、岡崎さんとあなたの証言では違うが」
証人「それは人の記憶ですから。明確には覚えていない」
弁護人「岡崎さんはポアの理由を、麻原さんから『坂本弁護士にこれ以上悪業を積ませてはいけない』と言われたという。あなたの供述と少し違うが」
証人「私は、なぜ坂本弁護士なのかという話を記憶している」
弁護人「岡崎さんは、早川さんから役割分担の話が出たと」
証人「具体的には言っていない」
弁護人「アングリマーラ(岡崎被告)は運転手、マンジュシュリー(村井元幹部)は無線係、中川(智正被告)さんは注射役と……」
証人「記憶にないですけどね。それでだれが襲うんですかね」
法廷から失笑がもれた。
主任弁護人に交代。
弁護人「先程の話だと、いつ出発するか決まっていなかった。出発の条件とかは決まっていたのか」
証人「特にないですが、住所が分かったら出発するということくらい」
弁護人「下見なし?」
証人「分かりませんでしたよ。結果としては住所が分かれば下見なしに行ってしまいましたけど」
弁護人「なぜ?」
証人「岡崎さんが行くと行ったから。当然、上からの指示と思いました」
弁護人「あなた、麻原被告から実行せよと聞いていないでしょ」
証人「その朝は、(聞いて)ないです。行くぞと岡崎さんに寝てる我々が起こされて、行ったんです」
弁護人「11月2日から3日にかけいきなり坂本さんの話が出てきたという。サンデー毎日編集長だった牧太郎さんについて、何かするという話は出ていないんですか。きりで刺すとか」
証人「牧さんについては決定されていなかったようです」
裁判長が「それはさっきの話で」と割って入る。主任弁護人が激しく反発する。
弁護人「人の話を取ったんじゃだめです」
裁判長「あなたが間違ったことを聞いているからですよ」
弁護人「何が間違っているのか言ってみなさい」
裁判長「いいですよ、じゃあ聞いてみなさい。間違ってるから」
早川被告が「何か暴力的なことができないかということは言っていましたが……」と答えると、主任弁護人は裁判長を指さしながら「あなたの理解が間違っていたんだ」と強く抗議する。裁判長は、苦笑しながら、何かつぶやく。
主任弁護人は、中川被告が10月26日に大阪まで薬物を取りに行っていることを挙げ、標的が牧氏から坂本弁護士に変わった経緯について、早川被告を追及する。早川被告は「薬は牧さんをポアするために用意されたけど、急に坂本さんのために変わったと思う。坂本さんの話はそれまで出てませんでしたから」と、他の被告の供述内容を読んだうえでの推測として答える。
弁護人「なぜ坂本さんに標的が変わったのか」
証人「(被害者の会から教団にあてられた)公開質問状と(10月)31日の(坂本弁護士と面会した)報告内容ですね。報告の後、公開質問状でここまでやるならとなったんだと……。でも公開質問状を見たときも麻原被告はあきれた感じだけで、不思議でした」
弁護人「納得いかない」
証人「坂本さんが被害者の会の実質的リーダーと麻原被告は言っておられたし、将来にわたって障害になると話しておられたから」
弁護人「動機は?」
証人「本人の救済を含めてポアしろと、現世的に邪魔者だから消せというんじゃないんです」
弁護人「それならなぜ証拠隠滅などしたのか」
証人「教団がダメージを受け、救済活動が遅れるから」
独自の理論の展開に傍聴席がざわめくなか、11時58分、休廷。
午後1時15分、再開。
89年11月3日、村井元幹部と岡崎、早川、新実智光、中川、端本悟の各被告の計6人が、横浜市の坂本弁護士宅へ向かう場面が再現されていく。
弁護人「岡崎さんから『さあ、いくぞ』と言われ、出発したと」
証人「はい。午前8時か9時ごろ」
6人は、四輪駆動車「ビッグホーン」と「ブルーバード」の2台に分乗して富士山総本部を出ている。出発時の車の配置などを地図に描くよう弁護人が要請した。静けさの中、松本被告のつぶやきが大きくなる。「相対性理論、そしてもう一つが……」「月以外の火星、木星、土星……」。架空の相手に説法しているようでもある。
無線機の取り付け、昼食、変装用の洋服購入……。途中、どこに寄って、何をしたかを、弁護人は細かく確認していく。
弁護人「(かつらは)新実さんと村井さんがかぶったのか」
証人「坊主頭の人はみんなかぶった」
弁護人「新実さんのかつらは変だったようだが、アフロヘアのような」
証人「そうでしたね」
弁護人「かえって目立ってしまうのではとだれか注意はしなかったのですか」
証人「だれも注意しなかった」
弁護人は、早川被告が手袋をつけた理由も聞く。
証人「もみ合いになったら助けに入らなければならないから」
弁護人「では、注射したり、拉致(らち)に協力する可能性を認識していたのか」
証人「『来てくれ』と言われたら拒否できない」
坂本弁護士宅周辺の見取り図を、弁護人が示す。早川被告は、車を止めた位置などを書き込んでいく。
2時すぎ。傍聴席では頭を垂れる人の姿が目につく。ちょうど眠くなるころだ。2時23分、松本被告は右手で左肩のあたりをつかみ、払いのけるようなしぐさを繰り返す。ついで机の下で、2〜3度剣道の素振りのような格好をした。
3日夕方、坂本弁護士宅近くまでやって来た6人。早川被告は、帰宅する坂本弁護士を確認しようと、駐車場と最寄りのJR洋光台駅を幾度となく車で往復。結局、確認できず駐車場に戻る。周囲が漆黒に包まれたころ、弁護士宅の窓から漏れるオレンジ色の明かりを認めた、という。
坂本弁護士が在宅しているかどうか確かめるため、端本被告が坂本弁護士宅に電話を入れる。早川被告も一緒について行った。
弁護人「電話にはだれも出なかったのですね」
証人「だれも出なかったか留守番電話だったか」
弁護人「聞いてどうだったの」
証人「しようがないな、確認ができないなと、また待つしかないなと。ご本人が家にいるのなら終わり。指示を仰ぐはずだった」
2時58分、休廷。
3時18分再開。
「端本の電話に坂本弁護士が出たらどうするつもりだったか」と弁護人。
「その日は中止。それ以上待っても仕方ないから」と早川被告。
その答えを聞いて「じゃあ坂本さんが電話に出てたら、この事件はなかったの?」と弁護人は絶句する。
質問は、岡崎被告が弁護士宅を「偵察」した結果を、早川被告が松本被告に報告するくだりへ。松本被告の指示が再び焦点となる場面だ。
弁護人「あなたの証言では、麻原さんの専用電話に電話を入れ、『カギが開いています』と報告したと」
証人「『今、近所に来ています、でもお会いできていません』と言いまして、その後に、今おっしゃられたことを伝えました」
「本当に、電話したの?」。念を押す弁護人に早川被告は笑って「しましたよ。間違いないです」。
弁護人「電話の目的は、状況の中間報告?」
証人「いや、カギが開いている、という状況をグルに内証にしていてはまずい、ということです」
弁護人「開いているというのは報告すること?」
証人「非常に重要な情報ですから、それを秘密にしているのはまずいと」
弁護人「しかし、窓に明かりがついて、人がいることは分かっていたんでしょ。カギが開いていても不思議ではないじゃないかなあ」
早川被告は何を言っているんだといわんばかりに「家のドアですよ。普通は閉まってるんじゃないですか」。
弁護人「かぎが開いていることは、麻原さんの判断を仰ぐような情報なの」
証人「そう思いますね。村井さんも、岡崎さんも、新実さんも、私もそう思いました」
弁護人「あなたの証言だと、坂本さん一人を殺害する話が家族を巻き込む話になってしまう」「麻原さんは何も指示していないのではないですか」
弁護側は、妻都子さん、長男龍彦ちゃんをも殺害する指示が、松本被告からのものではなかったことを、引き出そうとする。
納得できないというように早川被告は「私は記憶に基づいて話しています」と語気を強めた。
その時、松本被告がつぶやく。「指示していない」
弁護人「あなたが、進言したのではないですか」
証人「それはないです。していません」
弁護人「電話のやり取りの中で、お父さんとお母さんが泊まっていたら、止めたかったという話がありましたね」
証人「止めたかったではなくて、止めろという指示です。お父さん、お母さんに限らず、家族以外の人が泊まっていたら計画は中止ということです」
弁護人「それじゃ、奥さん、お子さんも同じじゃないの」
証人「奥さん、子供さんならやれという指示です。かぎが開いているということを電話で話しました。そしたら、『すぐに入ればいいじゃないか』と言われた。『一緒にいる人たちはどうなるんですか』と聞いたんです。『やむを得ないじゃないか』といわれたので、人数の話になって、『家族だけなら今のおまえたちの人数でやれる』と。『お母さん、お父さんがいたら無理じゃないですか』とうかがったら、『その時は中止だ』と」
弁護人「(午前)5時まで待てという指示は」
証人「ないです。あれば5時まで待っています」
弁護人「そうなれば、新聞配達も来るし、社会が動き出して、目撃される恐れもあるでしょ」
証人「勝手に変更はできません。待てと言われれば、5時まで待っていました」
弁護人「そこまで決意していた」
証人「決意ではなく、素直に指示に従うということです。宗教的に修行として入っていますから」「みんなそうです。村井さんも、新実さんも、岡崎さんもそうですよ」
「実行」までの経過が確認されていく。
弁護人「(午前)3時と決めたのはあなた?」
証人「違います。2時か3時か、あまり遅くなると新聞配達や牛乳配達が来るので3時ごろがいいのではという議論だったと思います」
車の中での仮眠。寝過ごした早川被告は新実被告に起こされ、歩いて坂本弁護士宅へ。
弁護人「だれが先導したの」
証人「岡崎さんが先導したと思う」
弁護人が交代する。
弁護人「午前3時にスタートする時、かぎが開いているという認識はあったのか」
証人「それがはっきりしない」
弁護人「確認に行ったとしたらだれなのか」
証人「岡崎さんでしょう」
弁護人「かぎが開いているかどうか分からないまま行ったのか。かぎが開いていてはじめて実行ということになるのでは」
証人「私たちが入る時に開いていたのかという驚きはなかった。そうすると前もって聞かされていたのではないかな」
弁護人「あなたの役割は」
証人「確認です。本人がいるかどうか。家族がいたのかということ」
弁護人「手を出す気はなかったのか」
証人「私が功徳を積むのは確認するということでしたから」
松本被告に電話した理由に質問が戻る。
早川被告は「村井さんなら積極的に『入りま続しょう』と話を進めるでしょう。カギが開いているのを発見した岡崎さんは、このチャンスを生かしたかったはず。私は自分自身でグルのニュアンスを確認したかったんです」と説明した。
次に弁護人は「村井は薬やカツラを早い段階で用意している。どの時点で実行を知っていたと思うか」と尋ねる。
「村井さんは先にグルに指示を受けていた可能性があります」と早川被告。
弁護人「なぜ家族も巻き添えにした? 坂本さん一人と大分違うが……」
証人「確かに違う。だから非常に難しいと思った」
弁護人「では、なぜ」
証人「グルから、家族も同罪だと聞いたから」
弁護人「それは後で説明されたのでしょう」
証人「いえ、電話でもそう聞いたと思う」
さらに弁護人がいくつか確認したあと、裁判長が「今日はこれで終わります」と告げた。5時3分、閉廷。
傍聴人の一人の青年が退廷の際、さくに近付き、松本被告に何か続き言おうとして、裁判所職員に制止された。