松本智津夫被告第50回公判詳報
(1997/9/20 毎日新聞より)
初公判から1年半。東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれているオウム真理教の松智津夫被告の公判は19日、50回目を迎えた。坂本堤弁護士一家殺害事件について、前日に続き、元教団「自治省」所属、端本悟被告に対する2回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は194人。
◆出廷者◆
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(39)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(48)=東京地検公判部副部長ら4人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(63)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:端本 悟(30)=元教団「自治省」所属
前日と同じ紺のトレーナー姿の松本被告は、着席すると後ろにいる弁護人に話しかけられた。不機嫌そうに答える松本被告。弁護人は困惑した表情だ。白いシャツとベージュのスラックス姿の端本被告も着席。午前10時1分、開廷した。
弁護人「今回の事件について、あなたはとんでもない間違いをしてしまったと思っているんでしょう」
証人「もちろんです」
「ジャパニーズ・スピーク……、ソー・ユー・マスト……」。松本被告が英語でつぶ
やき始めた。
端本被告が、「クンダリーニ」という言葉の意味について説明する。エネルギーの上昇、光の体験、化身の体験……。弁護人が「それは解脱の体験と認識していたのか」と尋ねると、端本被告は「そうです」と答えた。仏教の教義についてやりとりが続く。
弁護人「あなた方は実体を想定したところに誤りがあった。高みに立ち、世の中を批評してきた」
証人「きのう十字軍の話も出たが、宗教は殺生の原動力になることもある。目に見えないこと、善や徳を実践しようとしてこうなってしまった」
弁護人「ブッダは、自分が絶対的支配者であることを否定しているが」
突然、松本被告が弁護人の方を向き、「日本語に訳しているのだから。完全に理解している」と口出しし、別の弁護人がなだめる。
10時21分、弁護人が交代する。
弁護人「坂本弁護士のポアについて、早川(紀代秀被告)から聞いた日が、11月2日夜というのと、2日夜から3日にかけてと、2種類、調書に出てくるが、どちらが正確なの?」
証人「時間の感覚があまりないので……」
松本被告が「無理だよな」と笑い、「アイ キャン イクスプレイン……」と英語を
話し始める。
弁護人「話を聞いたのはどこで?」
証人「サティアン1階」
弁護人がその1階の見取り図と、早川被告から命じられた部屋の図の2枚を書くように求める。
傍聴席前方にはこの日も、裁判の進行にまったく関心を寄せず、ただ松本被告の言葉だけに耳をかたむける若者たち。最後列では、坂本弁護士の妻都(さと)子さんの父、大山友之さんや、オウム真理教家族の会会長の永岡弘行さん夫妻がじっと公判の様子を見守る。
5分間かけ、端本被告が図面を書き上げた。
弁護人「その部屋の大きさは、6畳くらいか」
証人「もうちょっと小さいかもしれない」
弁護人「早川さんから聞いたときの室内の様子を覚えていますか」
証人「言葉があまりに衝撃だったので、周りの状況まで覚えていない」
弁護人「早川さんが『坂本弁護士をポアする。おまえは倒してくれりゃええ。後はおれらがやる』と。命令口調だったか」
証人「うーん。ちょっと嫌な言い方だが、ノーチョイスと言っておきます」
弁護人「ノーチョイス?あなたね、供述調書で『うむをも言わせない』と言っているではないですか」
証人「そうなっているかもしれません。ただ命令されているというのは嫌なので、ノーチョイスです」
弁護人は質問の矛先を変えた。
弁護人「早川さんの頼みは、あなたの空手の腕をあてにし、坂本弁護士を一発で倒してほしい、という受け止め方をしたと述べたことはないか」
証人「一発と、調書に入っているのですか」
弁護人「はい」
証人「そんなに簡単に決まるものではない。一発とは自分の言葉ではない」
弁護人「早川さんの証言で、あなたは『歩いている男性を一発で気絶させることができる』と」
証人「早川さんのキャラクターの問題もあるが、歩いている人を倒すところを想像できますか? 早川さんは漫画チックなところがあるんですよ」
弁護人「早川さんが『後はおれらでやるから』と。何をやると思ったのか」
証人「ポアですよ」
弁護人「何をするのか、質問はしなかったのか」
証人「しません。教団には理不尽なことはたくさんあった。それに半ば目をつぶって生きていくことが、ステージが上がること」
そんな端本被告の言葉を、法廷にいる現役信者らはどう聞いたか。
弁護人「麻原さんの指示という言葉は?」
証人「言葉としてはなかったですね」
坂本弁護士の自宅に向けて出発した時の様子を、弁護人が細かく尋ねる。
弁護人「連絡は?」
証人「朝方、早川さんか、ひょっとしたら新実(智光被告)さんが『出発するぞ』と」 弁護人「それでわかったわけですね」
証人「前日に言われていたので」
弁護人「どこで何をするかと」
証人「要するにポアということで」
弁護人「それでわかったわけですか」
証人「だから何か言われていたかもしれないと言っているじゃないですか」
弁護人のしつような質問に、端本被告はいらだちを隠さない。
弁護人「襲撃はうまくいくと思った?」
証人「正直言ってうまくいくわけないと思っていました」
続いて、故・村井秀夫元幹部と東京・荻窪の書店に地図を買いに行った時の様子などが質問された。
弁護人「早川さんの証言と違う。本当に自分で運転した記憶あるの?」
証人「あります。運転して行ってますよ、絶対」
弁護人「タクシーで行ったりしてるとか」
証人「タクシー乗るなんて、教団で1回もありませんよ」
弁護人「車はどこに止めたの」
証人「荻窪のタウンセブンと思う。地下です」
突然、松本被告の声が大きくなる。「フレンチ カントリー、チャイニーズ カントリー……」。弁護人が背をたたき止める。
弁護人「(教団のマンション)カーサ上荻であなただけが変装しなかった理由はあるのか」
証人「変な道具しか残っていなかった。変装してる人を見ても、かえって変かなというのもあるし」
弁護人「あなたは坂本弁護士を倒す役目。見られちゃ困るんでしょ」
証人は苦笑いしながら、弁護人に同意を求めるように語る。「普通、上の人がいいのを渡してくれるとかあるでしょ。そんなのないんですよ。ちょっと悪口になっちゃったけど」。
弁護人の質問は、渡された10万円を使い、新宿でジャケット、ズボン、シャツ、靴下、ベルト、靴を買いそろえたことに移る。
また突然、松本被告が呪文のような言葉を大声で続ける。尋問がストップ。被告の左後ろの主任弁護人が松本被告の背をたたき止めようとするが、止まらない。ちょっと間をおき、「高尾山にずいぶんボウフラが出てですね」などとしゃべる。裁判長が2度、「静かにしなさい」と注意する。
弁護人「買い物したとき、緊張感はなかった?」
端本被告は少し沈黙した後、一気に話し始めた。「緊張しなかったら人間じゃないです。服買ったときだって、10万円持って、出てしまえばおしまいじゃないですか。それを縛りつけるのは何かなと、ぼーっと思ったりした。新宿なら電車乗れば自分の家に帰れるんですよ。一方、救済とか修行への思いもあるし。そこでかっとうがないと言われたら、ちょっと違います」。訴えかける口調に、さすがに松本被告も黙り込む。
弁護人「坂本弁護士のお宅に着いた時間は、供述が分かれている。あなたはある程度暗くなった6、7時ころと言っていますね」
証人「今考えても間違いないと思う」
弁護人「新宿を出てから坂本さん宅まで、どのくらいかかったか」
証人「小1時間かな」
「アイ ハブ ア クエスション……」と松本被告が割って入るが、端本被告に動揺はない。
弁護人「車の中では、坂本弁護士をポアするといった話題は出ていたか」
証人「あったと思う」
弁護人「どんな話か」
証人「初めに言ったと思うが、そんな説明はないんですよ。『おまえ倒せばええ』と言われれば、それはグルの指示。疑問をぶつけられる組織なら、こんなばかげた事件は起きてませんよ。こんな事件が成功すると思ってません。まるで漫画じゃないですか」
端本被告は一気に大声で話した。怒りを弁護人にぶつけるように。
弁護人「車中でほかの行動は?」
証人「オウムですと、時間が空いているとマントラ(呪文)を唱えます。『グルに帰依します』と。言い訳みたいだが、あえて言えば唱えていた。あとは景色を見てました」
弁護人「その程度?」
証人「疑念とか話す感じじゃないんですよ。話せばお互いに疑問が出てつぶれますよ」
11時56分、休廷。松本被告は、なおも弁護団席を向き何かつぶやいていた。
午後1時15分、再開。
弁護人は坂本弁護士宅付近の地図を示し、車の待機場所に印をつけさせた。
弁護人「早川さんがブルーバードのリーダーで、早川さんと新実さんが洋光台駅に行ったのですね」
証人「そうです」
松本被告は、つまらなそうに顔をなでたり鼻をつまんだりしている。
弁護人「駅に行ったのはなぜ」
証人「弁護士さんが出てくるのを見るためでは」
弁護人「車内では?」
証人「ドキドキしながら硬直していました」
弁護人「ビッグホーンではだれがリーダー?」
証人「岡崎さんでは」
弁護人「どうして」
証人「大師ですよ」
弁護人「村井さんも大師ではないですか」
証人「教団で2番目に解脱した人だから。まあ、両方でもいいですよ」
弁護人「どうして」
証人「村井さんと岡崎さんの2人がリーダーでいいですよ。あなたがそういうならそれでいい」。投げやりな口調になる。
裁判長「分からないなら分からないと答えればいい」
証人「分からない」
弁護人「実行者6人の間ではだれがリーダー?」
証人「岡崎さんと早川さんではないでしょうか」
弁護人「村井さんは麻原さんの信頼が厚かったというが」
証人「村井さんは理系おたくで人付き合いができない人だったから、リーダーからちょっとずれているが、入れてもいいとも思う」
弁護人「実行することをどう考えていたのか」
証人「うまくいくわけないと思った。ただ、これで失敗しても、ステージが上がる。そこまで考えるからできるのです」
弁護人「帰り道を襲って倒すということですか」
証人「そうです」
弁護人「坂本さんの写真を見たり、情報を得ていたのか」
証人「見ていない。聞いていない」
弁護人「人違いになるかもしれないね」
端本被告は「本当に教団は、ばかで無計画」と、いら立った様子で答える。
端本被告の空手の実力についての質問に移る。
裁判長が松本被告に「被告人、証人尋問を聞きなさい」とやや大きな声で告げる。眠っているようだ。
弁護人「(事件)当時の空手の実力は」
証人「10カ月間ぐらい、菜食でトレーニングもやっていない。体重も67〜68キロぐらいに落ちて、腕立て伏せができないことにびっくりしたぐらいだ」
弁護人「正拳でやれば相手を倒せると、あなたは早川さんに言わなかったか」
証人「それは、早川さんの発想でしょう」
弁護人「待機している間の夜10時ごろ、証人が坂本弁護士に電話をかけた?」
証人「間違いない」
弁護人「いきさつは」
証人「早川さんが『行くぞ』という感じで自分が運転をしました」
松本被告は、右側に首を曲げて寝ている。時折、刑務官が顔をのぞきこむ。
凶行直前の様子に話が進むと、眼鏡に時折手をやりながら、弁護人の質問は次第に熱が入った。
弁護人「岡崎被告が坂本宅の様子を見に行く時、目的を告げて車を出たか」
証人「カギが開いていることは後で聞いたが、目的を聞いたかまでは……」
弁護人「カギ以外のことは聞いてないの? 調書で家族3人全員がいる、と聞いたとまで述べてますが」
証人「ああ、そのことは証言拒否したい」
弁護人は突然、証言拒否に転じたことに驚いたのか、一瞬、間をおいた。
「この際だからしゃべっちゃいましょうよ」。証言を促したが、端本被告は譲らない。
弁護人「午前3時に坂本宅に入る、という話を聞いたのは何時ごろ」
証人「夜中という記憶しかないんですよ」
事件直前の緊迫した状況が、証言から浮かび上がらない。弁護人はやや失望したような様子も見せた。
弁護人が交代。
弁護人「坂本さんを倒した後は何もしなくてよかったのか」
証人「教団は友人同士で肩をたたくことも許されなかった。暴力は徹底して否定されていた。自分のカルマとしては殴ることだってしてはいけないこと」
弁護人「特別にグルから許しを得た時だけということですか」
証人「そうです」
端本被告は「現場での指示はグルの指示だと思っていた」と、詳しい内容を証言しない。弁護人がいらだち、「坂本さん一家3人が殺害されたことは、いいことではないと思っていますか」と問いかける。
証人「当たり前です」
弁護人「反省はしているのか」
証人「反省しない人間はいない」
弁護人「だったら、正直に話すべきだ。法廷で証言しなければ、検察の供述内容がそのまま証拠になる可能性がある。それは、あなたの気持ちが正確に反映されていますか?」
証人は答えず、法廷には約10秒の沈黙。2時52分、裁判長が休廷を告げる。
3時10分、再開。
着席した松本被告がぶつぶつ言い始めたが、証人が姿を現すと口をつぐむ。
弁護人「坂本さんの名も早川さんに言われるまで聞いていなかった?」
証人「はい」
捜査段階から最大のナゾとされてきたカギのことに質問が及ぶと、端本被告は証言拒否を続けた。
弁護人「カギが開いていると岡崎被告が言った時、『何て余計なことを』と思ったでしょ」
証人「拒否します」
弁護人「何か感情が起きたのは事実だね」
証人「拒否します」
主任弁護人は、気にかけず、尋問を続けた。
弁護人「毒薬を用意していることは君だけ知らなかったんだよね」
端本証人がうなずくと、主任弁護人は「うん」と引き取り、「そういうことも知らされず、毒薬を注射しやすくするためだけに選ばれたということを知ったとき、『何ということだ』と思わなかったか」。
やや間が空き、端本証人は突然、叫ぶように「思っているから、今こうなっているんですよ」と大声になった。青いハンカチを取り出し、しきりに目にあてる。改めて激しい悔悟の念に襲われたのか。耳たぶが真っ赤に染まっている。法廷は沈黙に包まれた。
弁護人「一発で倒せるとか、万にひとつの条件がクリアされて始めて実行できる計画。どうして実行までいったのか」
証人は鼻をすすりながら首を横に振るだけだ。
弁護人「あなたが巻き込まれのは?」
証人「岡崎さんではないですか。2回行っているのですから。どうして2回目を確認に行ったのか理解できないですよ」。
涙声で言葉がとぎれる。端本被告が鼻をかむ音が法廷に響く。別の弁護人がティッシュペーパーを差し出す。松本被告はつぶやき続ける。
弁護人「オウムを抜けることはできなかった?」
証人「だから今、ここにいる。今思えば、引くも勇気だったなと思う」
弁護人「言える範囲で実行した時の様子を話してくれないか」
証人は下を向き、黙り続ける。
弁護人「坂本さんについての殺意を争っているのか」
証人「争っていない」
弁護人「都子さんとか龍彦ちゃんへの殺意は」
証人「それは拒否しています」
弁護人が変わる。
弁護人「早川さんから指示があったとき、殺すと理解していたのか」
証人「話し振りが真剣だった。本気だなと」
弁護人「早川さんが『ポアする』といった言葉は殺害と受け取ったのか」
証人「はい」
弁護人「サンデー毎日で連載され、教団が危機にひんしていた時、ポアはデータの入れ替え、意識を移し変える、そういう意味で使われているんですよ」
証人がうなずく
弁護人「早川さんから聞いた時、ポア・イコール・殺人とどうして理解したのか分からない」
証人「そこが宗教の怖いところではないですか」
弁護人が交替。
「教祖はできないことを承知で修行のため決行を命じた。しかし、偶然と弟子の暴走が原因で事件が起きてしまった」――。そんな構図を描きたいのか、弁護人は「実現不可能なことを命じられた事例」を証言するよう求めた。
端本被告は、村井元幹部がイニシエーションのため、部屋の3面に多数のスピーカーを取り付けたが効果がなかった話や、自身も村井元幹部が作った潜水艦に乗り、危うく水死しそうになったことを明かした。
弁護人「そういうことでも指示されたら、一生懸命やると。マハームドラーになるということだね」
証人はうなずいたあと、マハームドラーについて、「いろいろな苦しみ、喜びをすべて見切ったグルが弟子に体験させ、早く成就させる、ということ」と加えた。
弁護人「結果として失敗したとしてもグルがそれを見越して指示したと」
証人「例えば、これで何もなく終わったとしたら、麻原さんが『お前を試したんだよ』と言えばそれで済んだこと」
弁護人「待機中は疑念はあったのか」
証人は法廷の天井を見上げ、話し始めた。「疑念という意味では教団、今回のポアについてもありましたよ。自分がやってきた修行、自分では、恥ずかしいけれど救済だと思っていた」
弁護人「具体的に何でちゅうちょがありながらやってしまったのか」
証人「自分だってわからない。悪夢が今でも覚めるのではないかと思う」
松本被告が「恥ずかしくないのか。恥を知れ。監禁して。無罪だといっているのに」。裁判長が「静かにしなさい」と注意する。
弁護人「なぜ、自分がしてしまったか、今の時点で説明できることは」
証人「麻原さんを信じたからとしか」
また弁護人が変わる。
弁護人「事前に遺体を持ち帰る話し合いはなかったというが、現場でもなかったのか」
証人「行為の流れとしてしか言えない」
弁護人「具体的な指示は」
証人「なんとなく岡崎さんが立ち回っていたイメージがある」
弁護人「端本さんは坂本さんの遺体を車に運んだというが、どういうふうに運んだのか」
証人「上半身を持ち、先に(階段を)下りた」
裁判長が「今日で終わる予定だったんですが、あとどのくらいかかりますか」と弁護団に聞く。「よく準備はしているんですが」と言う裁判長に、「それは皮肉ですか」と弁護団の一人がやり返す。
裁判長から端本被告に10月2日の再出廷が告げられる。5時2分、端本被告が退廷。5分後、岡崎被告が入る。「朝から待ってもらいましたが、端本被告の質問が長引きました。申し訳ない」と裁判長。「10月3日に来てください」と告げ、岡崎被告は退廷する。
午後5時8分、閉廷。信者とみられる若者たちが、去りがたい様子で松本被告を何度も振り返る。松本被告は眠っているようだ。