松本智津夫被告 第54回公判
1997/10/17
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫被告の第54回公判は17日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件の実行役とされる岡崎一明被告に対する7回目の弁護側反対尋問が前日に引き続いて行われた。また、坂本弁護士の妻都子(さとこ)さん、地下鉄サリン事件の犠牲者4人のそれぞれの死因を鑑定した大学法医学教室教授2人の検察側主尋問が行われた。傍聴希望者は169人だった。
◆出廷者◆
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官(48)
陪席裁判官(39)
補充裁判官(35)
検 察 官:山本 信一(48)=東京地検公判部副部長ら5人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(63)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:栗原 克由(47)=北里大法医学教室教授
高取 健彦(58)=東京大法医学教室教授
岡崎 一明(37)=元教団幹部
(敬称・呼称略)
栗原克由証人尋問
午前10時、紺色スウェットシャツ姿の松本被告が入廷。北里大法医学教室の栗原克由教授が証言台に立った。
栗原氏は、富山県魚津市の山中で1995年9月6日に発見された坂本弁護士の妻都子さんとみられる遺体の鑑定書を作成した。
検察官が尋問を始める。栗原氏は、都子さんの八重歯の特徴や歯の治療記録から都子さんと遺体について「同一人物と思う。(確率は)100%」と自信をもって断言した。しかし6年近く埋められた遺体の臓器はなくなり、死因は特定できなかった。
検察官「死因が、けい部圧迫による窒息死である、という可能性はどうですか」
証人「それは否定できない」
検察官「矛盾しない、ということですか」
証人「はい」
松本被告が突然「あっ」と声を上げ、右手を頭に左手を胸に当てた奇妙なポーズを取る。
栗原氏への尋問が終了。
岡崎被告証人尋問
10時34分、入れ替わりに前日と同じ紺のスーツを着た岡崎被告が入った。
弁護人は、坂本弁護士宅から教団富士山総本部に戻った経緯を尋ねる。
弁護人「村井(秀夫・元幹部=故人)さんから帰る時間をどう聞いたか」
証人「尊師から何時までに帰れと言われたが、私はその時間を今は覚えていない」
松本被告が身を乗り出し、「ケンブンだけだから」と意味不明の言葉をつぶやく。
弁護人「(教団に着く)指定時間は何時だったと思うか」
証人「(午前)6時半か6時45分とか……」
弁護人「指定があったわけですか。そう推測する理由は?」
証人「シッシャ(信者)が起きていない時に帰るということで……」
弁護人「ほかの理由は思い付かないか」
岡崎被告は声を強め、「一番強いのは、尊師の意思ですから」と答える。
苦笑した松本被告は背筋を伸ばし「つまり坂本さんが……」などとつぶやきはじめ、裁判長は「妨害になる」とたしなめた。
弁護人「東名横浜インターから高速道路を走るのが一番早いルートだ。なぜこのルートを取らなかったのか」
証人「高速道路では、料金所を通らなければならないし、カメラシステムもある。だから下の道(一般道)を通ったのだと思う」
弁護人「道案内は」
証人「村井(秀夫・元幹部=故人)さんです」
弁護人「村井さんは運転は?」
証人「できません」
弁護人「一方通行など交通の知識は?」
岡崎被告は「最低限のルールは小学校でも教えるでしょう」
細かい尋問にやや投げやりに答える。
弁護人は、富士山総本部への複数のルートを示し、「なぜこの道を通らなかったのか」と繰り返し尋ねる。
検察官「被告人は、記憶にないと言っている」
「細かすぎますね」と阿部裁判長も注文する。「これから本題です」と弁護人は切り返した。
弁護人が交代。
弁護人「現場で家に入ろうと決めた時、遺体を持ち帰ろうと自分たちで決めたんじゃないですか」
証人「違います」
弁護人「きのうの尋問でもグルの意思とか尊師の指示を強調していたが、車を運転して総本部に向かう時、尊師の指示をどう考えていたか」
証人「気が動転しているから、事故しないで帰ることだけ」
弁護人「尊師の指示を超えた(行動の)ようにも見えるが」
証人「村井さんが電話で麻原に伝達した時、指示に反していれば怒られたでしょうが、そんなことはなかった」
弁護人「じゃあ、ほめられたことは」
証人「ありません」
弁護人が質問を続けようとすると、検察官が「誤導です」と異議をはさんだ。弁護団が反発する。「ばかげた質問」「ばかげてるとは何だ」と言い合い、騒然となる。裁判長が「もっと整理して」とおさめた。
弁護人「村井さんは本当に電話していたのか」
証人「何度も申し述べています」やや憮然(ぶぜん)とした口調になった。
弁護人は、総本部に到着した後の行動の概略説明を求めた。検察官は「それは主尋問で(尋問している)」と異議。裁判長が「あまりいい尋問じゃないですね」と言うと、弁護団席から「聞いてから言ってほしい」と声が飛ぶ。松本被告が「これは恐らく……」と話し出したが、真後ろの弁護人がシャツを引っ張り、黙らせた。
裁判長は「それでは答えてあげて下さい」と岡崎被告に証言を促した。
岡崎被告は、総本部4階で遺体の処分を話し合った「謀議」に参加したことを証言。
弁護人は他の実行役の供述との食い違いを突こうとする。
弁護人「総本部道場に到着する手前の直線道路で早川(紀代秀被告)さんが待っていたのではないかと話していたが、端本(悟被告)さんは記憶がないと言っている」
証人「その記憶は私はある」
弁護人「端本さんは敷地の門に石井(久子被告)さんが立っていたのでは、と証言しているが」
証人「記憶にない」
11時58分、休廷。
高取健彦証人尋問
午後1時15分再開。地下鉄サリン事件の犠牲者4人の死因を鑑定した東大医学部法医学教室の高取健彦教授が入廷した。
検察官「4人とも死因はサリン中毒死でよろしいか」
証人「はい」
渡辺弁護団長が「(尋問で)答えを出しちゃだめでしょう」と批判した。
「きちんと聞いて下さいよ。鑑定書(の内容)を言っているだけではないですか」
裁判長「そこまで厳密にやる必要がありますか」
弁護人「私は普通の尋問をやってくれっつってるんです」
検察官「薬物検査の結果、死体血から何が検出されたのか」
証人「イソプロピルメチルホスホン酸とメチルホスホン酸」
検察官「コリンエステラーゼ活性値は」
証人「4人は基準値より低い」
松本被告は首を右に傾け眠っている。化学の講義のような専門用語が並ぶ証言が続く。高取氏は身ぶり手ぶりで説明するが、裁判長はニコニコしながら「今の状況は記録に残らないので検察官にまとめさせます」。傍聴席からも笑いがもれた。
検察官は鑑定でイソプロピルメチルホスホン酸とメチルホスホン酸の二つが検出された過程を尋ねる。
証人「二つが同時に出るということは、知っている限りの神経剤はサリンしかない」
検察官「ところで、脳内のコリンエステラーゼは、脳組織を洗ったくらいでは取れないが」
高取氏は脳からサリンを検出する方法を説明し始める。
弁護人「脳組織の検査についての尋問が続いているが、鑑定を超えた、鑑定後の検査方法について立証するのか」
検察官が認めると、弁護団は「こちらに資料を示すべきだ」と要求する。
裁判長が「今日反対尋問するわけではないですから」となだめるが、弁護人は反発した。
裁判長「主尋問の追加ということで……」
弁護人「鑑定後の研究は重大な問題。研究資料を見ていないのでどういう結びつきがあるか、分からない」
弁護団も譲らなかった。
検察官「脳組織からのメチルホスホン酸検出は、脳にサリンがあることの証明と言っていいか」
証人「はい」
検察官「4人はサリンが作用して死んでいったのか」
証人「さっき言った通り」
やりとりを見守る弁護人が突然立ちあがり、「あなたは、脳をホルマリンにつけて残していた」と言い出した。「遺体は遺族に返すべきだ。切り刻んでおくことはない」と追及する。
証人「鑑定では(臓器を)伝統的に保存している。15年ぐらい保存し、何かがあったときに確認できるように。私は刑事訴訟法に基づいて(鑑定業務を)行っているつもりだ」
弁護人「脳を残すことまで裁判所は許可していないだろう」
証人「いや、私はそういうふうに理解している」
弁護人「刑事訴訟法による鑑定は終わっているのに残す必要はない」
3時5分。裁判長が休廷を告げる。
岡崎被告証人尋問
同25分再開。「I am fine」「Killed by」。松本被告が英語の独り言をつぶやく中、再び岡崎被告が入廷し、反対尋問が行われた。
弁護人は坂本弁護士宅から富士山総本部に戻った場面を尋ねる。
弁護人「すぐにどうした」
証人「帰ってきた報告を(松本被告に)しなければいけない」
弁護人「(村井元幹部が)電話で言ってあるし、他の人が報告すれば足りるんではないか」
証人「顔を見て、尊師を安心させなくてはいけない。そのまま部屋に戻ったのでは『あいつどこだ』と呼び出される」
弁護人「顔を見せて安心させたい、というのは岡崎さんの気持ちか」
証人「それもあるが、少しでも(松本被告に)接したい気持ちもあった」
岡崎被告が遅れて総本部4階の図書室に行くと、松本被告のほか中川智正被告、村井元幹部、石井被告、早川被告らがそろっていたという。
弁護人「麻原さんがいてどう思った」
証人「この事件のことを話していると思った」
弁護人「どうして」
証人「それ以外考えられない」
弁護人「そばに松本知子(被告)さんもいたんでしょ」
証人「途中からかもしれないが、慌てていなかった。死体をどうするか皆で話し合っていて、その後奥さん(知子被告)が『どこに埋める? 道場敷地内はやめて』と言っていた記憶がある」
弁護人「石井さんがいたことについては」
証人「彼女の場合、田口(修二)さんの(殺人)事件のことも知っているから……」
弁護人は「あなたは証言の中で、石井さんは田口さんの事件だけでなく坂本事件についても状況を知っていたといっているが」
証人「そうです」
弁護人「それで、石井さんがその場にいても驚かなかったんですね」
証人「はい」
弁護人「結果として(殺害で)グルの意思を実現した。ほめられるのが当たり前だが」 証人「そういう状況ではなかった。それでも(不満は)感じなかった」
岡崎被告はその時の雰囲気を「一刻を争う、切羽詰まったというか張り詰めていた」と振り返る。
弁護人「松本知子さんはいきり立っていたのか」
証人「叫ぶように『私は絶対反対だ』というような言い方をしていた」
弁護人「遺体を樹海に埋める意見は」
証人「あった」
弁護人「だれが提案したのか」
証人「村井か新実(智光被告)かな。『ミイラ取りがミイラになる』との発言を新実の声として覚えている。尊師の『山に捨てるんだったら遠くへ捨てろ』との発言もあった」
弁護人「遺体を捨てる場所として総本部の床や海、山という提案があって、みんなで問題点を検討したのではないか」
証人「決めるのは麻原だから」。ここで急に語気を強め、断定した。
弁護人「最終的にみんなで決めたのでは」
証人「そうではない。麻原の決定や指示がなければ行動に移せない」
弁護人「あなたは自分の意思で動いていたではないか」
証人「そうではない。麻原からは遺体を車で運んで海に捨てろという指示もあった」
岡崎被告は自分のアリバイを作るため、「オウム出版」の信者に「2、3日帰れない」と電話をかけたことなどを述べた。
弁護人「アリバイ工作したけど、教団を守るために何かしようと提案しなかったか」
証人「記憶にない」
弁護人「自分のアリバイしか考えていないのではないか」
証人「最低限のこと」
弁護人「教団を守るためではない?」
証人「教団のためで、自分のためではない」
弁護人「(殺害時に着た)服をどうするか、という話は」
証人「記憶にないが、(遺体遺棄に)出かけるときは全員が違う服だった」
弁護人「麻原さんから『焼け』と指示はあったか」
証人「聞いていない」
弁護人は遺体をドラム缶に入れる状況を確認し、5時4分、閉廷。