松本智津夫被告第58回公判
1997/11/21
(毎日新聞より)
松本智津夫被告第58回公判は21日、東京地裁で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件の実行役とされる岡崎一明、早川紀代秀両被告に対する弁護側反対尋問が行われた。計10回、50時間余に及ぶ反対尋問を受けた岡崎被告は、最後に「(事件前の)オウムはアットホームな雰囲気で、私の人生の中で最高だった」と語り涙した。
傍聴希望者は147人だった。
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(39)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(48)
=東京地検公判部副部長ら5人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(63)=副弁護団長
ら11人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:岡崎 一明(37)
早川紀代秀(48)元オウム真理教幹部
(敬称・呼称略)
坂本弁護士一家殺害事件
岡崎被告反対尋問
午前9時59分、松本被告は前日の公判と同じ青のジャンパー、白のスエットパンツ姿で入廷した。続いて岡崎被告が現れた途端、松本被告は意味不明の言葉をつぶやき、足で机を押し出した。
弁護人は製薬会社に勤務した経験のある岡崎被告が、坂本弁護士殺害に使おうとした塩化カリウムを入手したのではないかと追及したが、岡崎被告は塩化カリウム自体を「知らない」と述べ、事件での使用についても「記憶にない」と言い張った。
松本被告は低い声でつぶやき続け、頭を右手でかき、首を回す。隣の刑務官が不審そうに見る。
弁護人「都子さんのお母さんが言うには、(1989年)11月2日午後6時ごろ、電話をしていたら『ブツブツ』と音がして切れた。あとは電話しても話し中だった、という。電話についておかしい点がある。思い当たることはないか」
「あなたがたね」「名前も……」。松本被告が割って入る。
証人「ありませんね」
弁護人「盗聴とか」
証人「分かりません」
弁護人は矛先を変え、88年5月と89年10月、松本被告が長時間の水中修行に失敗したことを引き合いに出した。
弁護人「麻原さんのそういう状態を見て、教団幹部には、自分たちで何とかしようという気持ちがあったのではないの」
証人「当時は選挙活動にまい進していました」
弁護人「麻原さんの予知能力を信じていたというが、坂本弁護士は(見張っていた場所に)現れなかった。予知は当たらなかった」
証人「その時はどう思っていたか、思い出せませんね」
弁護団は、岡崎被告らが、松本被告の能力の限界を察して勝手に事件を起こしたという構図を描こうとしている。
弁護人は、岡崎被告が坂本弁護士宅の玄関の施錠を確認に行った理由を、これまでの公判と同様にしつこく問いただす。
弁護人「麻原さんの指示に反するのではないの」
証人「反するとは思っていない」
いらだたしそうに答える岡崎被告に、弁護人は再び質問する。検察側が異議を唱え、裁判長は「もういいです」と質問を遮った。
松本被告は「ここをゼロとして、X軸とY軸が……」などと今度は“数学的”な独り言を言った。
弁護人「坂本さん一家殺害時ですが、麻原さんから具体的な指示を仰ぐ必要があったでしょう」
証人「そこまで考えていなかった」
弁護人「指示を仰がなかったということは、自分たちで考えて行動したということでしょう」
証人「指示をもとに行動したが、具体的な内容はなかったということです」
松本被告は、机の上に図のようなものをなぞり始めた。
弁護人「麻原さんは、坂本さん一家の殺害を望んでいなかったんじゃないですか」
証人「直接聞いていません」
弁護人「あなたは実行行為後、坂本一家の魂はどうなったと」
証人「ポアしてもらったんだなあ、と」
松本被告は「トランスフォー セーフティー ユージュアル サーベイス」と英語をつぶやく。
弁護人「あなたは後で坂本さんらが地獄に落ちたと聞いたわけでしょう。ポアの意味が伴っていないではないですか」
「はい」。岡崎被告は消え入りそうな声で答える。
弁護人「具体的に転生するには、麻原さんの儀式なり、めい想が必要ではないのか」
証人「そのような指導はなかった」
弁護人「麻原さんもしなかったのか」
証人「それは知らない。グル(松本被告)はいつもめい想状態ですから」。傍聴席から失笑が漏れた。
弁護人は、89年2月の信者殺害事件で、殺害後に岡崎被告らが松本被告に「地獄に落ちてもいい」というマントラを唱えることを指示された点を聞き始めた。
裁判長が「そこはいいでしょう」と再三止めたが、弁護人は「坂本事件と関連する」と食い下がった。
弁護人「坂本事件を実行した時、そのマントラを意識していたのか」
証人「はい。そらんじていました」
弁護人「(自分の)魂が地獄に落ちるとはどういうことか」
証人「救済活動は利他行為ですから、相手の魂を引き上げ、自分は地獄に落ちることも構わない、自己犠牲も覚悟ということです」
弁護人「犠牲にしても守らなければならないものは」
証人「グルの意思です。神秘体験をして、それを信じてきた過程があった」
岡崎被告は、松本被告が教義を変えたため、教団の雰囲気がアットホームなものから無機質に変わったと証言した。
弁護人「あなた方幹部がそうしたのではないか」
証人「そうではない。できたのは麻原だけ。グルは一人だけだ」
弁護人「麻原さんに、あなた方がついていかなければならないでしょう」
証人「グルに従うのは仕方ない。『組織にしない』と言っていたのに宗教法人にしてしまう。名前も皆が『宗教的なのは嫌だ』と言っても、『オウム真理教』にしたのは麻原だ」
弁護人「坂本一家殺害は結果的に救済になったと思うか」
証人「ウーン。グルの判断であれば……」
弁護人「マイナスになったことは」
証人「坂本さんもせっかく麻原と巡り合ったのに真理には巡り合えなかった。そういう面で寂しい、残念という気持ちはあった」
弁護人は90年2月の衆院選期間中に教団を脱走した理由を確認する。
弁護人「選挙に負けると、責任を問われると思ったからか」
証人「早川(紀代秀被告)や上祐(史浩被告)の方が責任は重かったと思う」
弁護人「坂本事件以降、麻原さんは(岡崎被告を)信頼できずに軽んじるようになったのではないか」
証人「分かりません」
主任弁護人に交代。
弁護人「『グルの指示は絶対だ』なんてどこに書いてあるのか」
証人「本にも書いてるし、説法でも言っている」
弁護人「平成元(89)年10月の説法では『善は善、悪は悪。君たちは自分の内側にある最も信頼できる部分で判断しなさい』と言っているが」
証人「一部分を引用しただけでしょう」
弁護人「ポアせよと言われて逆らえなかったというが、具体的にいつ、どこの説法で言っているのか」
岡崎被告は黙りこくる。
検察側の再主尋問に入る。
検察官「今は帰依していないようだが」
岡崎被告は脱走後、元出家信者に「麻原は解脱していない」と聞かされるなどして、「超能力がないエセ修行者だと思った」と述べ、声を詰まらせた。
証人「(オウムにいた)3年半の初めの2年は、皆まじめに修行をやっていた。人生の中であの2年間が最高だった。それまでは信じていましたよ、麻原を。(松本被告は)早く正直に(事件)当時の状況を話してほしい」。岡崎被告は左手で目をぬぐった。
今度は主任弁護人が立った。
弁護人「麻原さんがエセとなれば、あなたもエセじゃないの。うまく世渡りしてたんじゃないの」
岡崎被告は沈黙した。弁護人は「時間ですから」と言って尋問を終えた。
午後0時22分、休廷。
1時32分、再開。
早川被告反対尋問
9月5日の第48回公判以来の出廷になる早川被告は、グレー系のチェックのジャケットに黒っぽいスラックス姿。
「この宇宙にあるすべてのものは……」。松本被告が傍聴席に向かってつぶやく。
早川被告に対する弁護側反対尋問は3回目。弁護人は、坂本弁護士一家3人殺害のために89年11月4日午前3時ごろ、待機していた駐車場から弁護士宅に向かった状況から尋ねた。
弁護人「殺害するには(玄関の)ドアのカギが開いていることが重要だったはず。その確認に6人も行くのか。殺害目的だったのではないか」
証人「ドアの前に行くまでに『ドアが開いている』と聞いた気がする」
弁護人「それはだれか」
証人「岡崎さん以外いない」
弁護人は、坂本弁護士宅の見取り図を早川被告に示し、侵入経路を確認する。さらに、早川被告に弁護士夫妻が寝ていた位置を図面に描かせた。
弁護人「ここには(長男)龍彦ちゃんもいたが、気が付かなかった」
証人「分からなかったですね。(坂本弁護士)本人かどうか確認するのに精いっぱいで、余裕がなかった」
早川被告は坂本弁護士が寝ているのを確認し、他のメンバーに教えた。
証人「身ぶりで、首を縦に振ったり、『いるいる』と言ったかもしれない」
阿部文洋裁判長が「眠らないでください」と、小声で松本被告を諭した。両わきの刑務官にわき腹をつつかれた松本被告は、姿勢をただすが、再び目を閉じてうつむいた。
弁護人「メンバーはあなたの指示を待っていたのですね」
証人「確かめるのは私だけです。注目していたはずでしょう」
弁護人「合図した時、ちゅうちょはありましたか」
証人「合図をすればメンバーは動く。ちょっとためらいがありました。ただ、指示を出すのにうそつくわけにいかないし」
弁護人「ちゅうちょする人はいましたか」
証人「全員が一斉にサッと動いたので、驚きました」
弁護人「やめたければやめよう、というような、ちょっとうそつこうという気はなかったですか」
証人「正直言ってちょっと迷いました。でも、グルの指示を守らないことになります」
弁護人「あなたの責任で、あなたがやらなきゃ、と思ったんですね」
証人「私は自分できちっとやらなきゃ、と思いました」
弁護人「最初の計画では、端本(悟)被告が一発で倒して、車に連れ込むということになっていましたね。殺害方法も分からずに、入っちゃったんですか」
証人「私も『アッ』と思いましたけど。いっぺんにドドッと入って、驚いたのは確かです」
3時、休廷。
3時22分再開。
弁護人は、捜査段階で早川被告が図面に描いた寝室の一家3人の位置について確認する。
弁護人「大人(坂本弁護士夫婦)の間に龍彦ちゃんがいる。最初はこう認識していたのか」
証人「それ、想像です。どこかに寝ていないとおかしいのでそうかいた。実際は分からない」
さらに、弁護人は早川被告らが寝室に入った時の様子をただし、役割分担を決めたのは早川被告ではないか、と追及した。
証人「私は決められない。他人になすりつけるようでいやなんですが、村井(秀夫元幹部)さんか岡崎さんの指示で動いてますよ」
現場の指揮役を否定する早川被告の言葉に、弁護人はジッと考え込んだ後、坂本弁護士を襲った状況を尋ねる。
弁護人が、早川被告が坂本弁護士の足を押さえにいく様子を聞き始めると、松本被告が「そんなことを……」とぼやくようにつぶやき始めた。早川被告は驚いたように右側の松本被告に目を向けた。
坂本弁護士の抵抗にあった状況について細かなやり取りが続き、弁護人、早川被告に疲れが見える。
「小さいお母さんがカナダで……」。松本被告の意味不明の声が聞こえてきた。
5時4分、閉廷。