松本智津夫被告 第60回公判
1997/12/5
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(42)の第60回公判は5日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件について、早川紀代秀被告(48)に対する5回目の弁護側反対尋問が行われた。傍聴希望者は165人だった。
午前10時、法廷の向かって右側から弁護団、左側から松本被告がほぼ同時に入廷する。
少し後から入った早川被告は、席につくなり紙コップの水をごくりと飲んだ。10時1分、開廷。
早川紀代秀証人
ワイシャツを腕まくりした弁護人が立つ。
前回、遺体処理方法の相談状況に関する岡崎一明被告の証言について、早川被告が「別の事件と勘違いしている」と証言した点を追及する。
証人「岡崎さんもこんがらがっているんじゃないか。道場の下がコンクリートで埋めにくいという話をしたのは、別の事件だ」
松本被告が「ユア カントリー……」とつぶやき始める。裁判長はぼやくように「静かになさい」と声をかけるが、止まらない。
弁護人は続いて、遺体の埋め場所について故村井秀夫元幹部らが松本被告に電話で報告したことを尋ねる。
記憶の不確かさを問い詰める質問が続き、早川被告は「検事さんと同じこと言われてますよ。こういうことを報告したはずだって」と、かわす。弁護人は「検事と同じことを聞いているわけじゃない。証言に矛盾があるから」と苦笑した。
弁護人「埋める場所を決めたのは、村井さんと岡崎さんとあなた?」
証人「はい」
弁護人「麻原さんの指示と違うではないか。埋め場所を探すのは村井さんという指示ではなかったか」
証人「岡崎さんがいろいろ意見を言うのを止めるわけにはいかない。先輩の大師ですし」
弁護人は、龍彦ちゃんの遺体を埋めた現場付近の見取り図を早川被告に書かせ、尋問を続ける。
弁護人「『ここに埋めよう』と言ったのは?」
証人「私です」
弁護人「掘ったのは中川(智正被告)さんたち」
証人「僕や村井さんも掘りましたから。最後は水が出て服がぐじゃぐじゃ」
穴は縦1メートル20〜50センチ、横1メートル、深さ1メートルだった。
弁護人「昨日の証言では2メートルは掘らなければいけない、と言っていたが」
証人「あれ以上は掘れなかった。水が出てきて」
弁護人「水が出ることは分かっていたでしょうに。あなたは土木の専門家じゃなかったっけ」
早川被告は少し笑いながら「どのあたりから水が出るか分からなかった」。
弁護人「穴の大きさからすれば坂本弁護士を埋めるのは無理。いつから別の人を埋めようとなった?」
証人「水が出てから」
龍彦ちゃんを横穴に隠し、石でふたをして“作業”は終わった。午後9時か10時ごろになっていた。
坂本弁護士の妻都子さんの父、大山友之さんは、じっと腕を組み、早川被告の後ろ姿を見詰めている。
弁護人「次は新潟に行くのは、いつ聞いたの」
証人「作業が終わってからです」
弁護人「岡崎さんはどこに行くか分からず、ついて行くしかなかったと」
証人「いやあ、先導してますよ。村井さん乗ってますから。ついて行くなんてことはないですね」
弁護人「岡崎さんは新潟に行くまでに2回、あなたが麻原さんに電話してサウナに行くことの許可を受けたと証言したが」
証人「覚えてません」
弁護人「新潟の駐車場で仮眠してからは」
証人「服が泥だらけで、買いに行こうと。サウナに行っていたら、着替えてますよ。それと初日からサウナに入っていない。気分的に余裕ないですわ」
早川被告は、次々と岡崎被告の証言を否定する。
弁護人「坂本堤さんをどこに埋めるという指示は、あなたが?」
証人「はい」
弁護人「穴の大きさ、位置を指示したのは?」
証人「中川さんと端本(悟被告)さんが掘ることになり、『この辺を掘って』と指示したのは私」
弁護人「山を下り、どこまで行ったのか」
証人「国道まで下りて、カニの出店があったので買った。さらに遺体をワゴンからビッグホーンに移した。時間が遅くなるのでパンなど食料を買い込み、別の店でまたカニを買った」
弁護人「上に行ったとき、どの程度掘れていたか」
証人「そんなに期待してなかったが、期待してなかった以上に掘れてなかった。10センチとか15センチ」
弁護人「怒った?」
証人「はい。罵声(ばせい)を」
弁護人「どの程度」
証人「どないなっとんじゃ。何してたの、と」
弁護人「それ罵声ではない」
裁判長が「そんなこといいじゃない」と口をはさむ。
弁護人「その後は」
証人「一生懸命掘った。2人には『休みなさい』とカニを渡した。深さ2メートルくらい掘った」
松本被告は黙ったまま、身動き一つしない。
弁護人「遺体の歯型をつぶしましたね。実際にやったのは?」
証人「村井さん。岡崎さんも(穴の)上からやっていたのを覚えています」
弁護人「村井さんはどのようにやった?」
証人「穴に下りて、ツルハシでつぶしていた。ツルハシを頭の上まで振り上げて下ろしたので、額のあたりに当たっていました」
弁護人「村井さんは何回ツルハシを?」
証人「2回くらい。途中から石でつぶしていた」
弁護人「ほかの人は」
証人「穴の上から棒のようなもの、ツルハシの柄でつついていました」
弁護人「あなたは?」
証人「あれでは歯型はなくなりませんから」
居眠りする傍聴人の姿が目立つ法廷で、早川被告が淡々とむごたらしい場面を再現していく。
「午前中はこれまで。あんまり細かいことを根掘り葉掘り聞かず、要点だけに絞って聞いて下さい」。11時57分、くたびれた表情で裁判長が休廷を告げた。
午後1時15分、再開。都子さんの遺体遺棄場所についての質問に移る。
「40〜50センチの石がごろごろしていてなかなか掘れず、へとへとになった」と早川被告。1メートル80センチの深さで「妥協した」という。
弁護人が代わる。
弁護人「都子さんが眼鏡をかけていたことは知っているか」
証人「知らない」
弁護人「現場であなたは眼鏡をかけてましたか」
証人「覚えていない。運転中はかけていただろうが、穴掘りにはじゃまになるので外していたかも」
弁護人は現場検証で見つかった眼鏡の写真を示す。早川被告は「どこにでもある眼鏡ですねえ」と、含み笑いをしながら答えた。
弁護人「あなたの今かけている眼鏡は当時からずっとかけているものなの」
証人「忘れました。でも私、眼鏡をなくしたことはないんですよ」
弁護人「6人の実行犯の中で、眼鏡をなくしたと言っていた人は?」
証人「記憶にある限りではないですね」
弁護人が交代し、遺体遺棄後の行動を尋ねる。
弁護人「遺体を埋めてから、最初にしたことは」
証人「まず(松本被告に)電話で報告しました。『若い人はおなかを減らしているだろうから、たくさん食べさせて上げなさい』『温泉があるだろうから、ゆっくり休みなさい』。二つの指示がありました」
弁護人「それから?」
証人「食事に行った。あ、ひょっとしたらその前に何か食べていたかも。電話で言われた時、『もう食べましたよ』と言ったようにも思います。『若い人はもっと食べないと、おなか減らしているから』と言われ、もう一度食事に行った」
弁護人が「もう一度食事したの?」と驚いたような声を上げた。
弁護人「片山津温泉でふろには入った?」
証人「入ったろうと思います。グルの許可を得ているから抵抗はなかった」
松本被告が早川被告に話しかけるように「ふろは……」とつぶやく。
弁護人「(岡山県)津山市で電話をしてますね」
証人「怒られた。車が処分できていないことに加え、プルシャを坂本弁護士宅に落としたやつはいないかと聞かれた。中川君がなくしたかもしれないと言ったので、電話を代わった。私は気が動転して、その場のことは覚えていない」
「ドジな3人はすぐ帰れ。車は海に捨てなくていい」。松本被告の指示があり、早川被告はブルーバードを運転し、村井元幹部、中川被告とともに教団本部に向かう。「車をへこませろという話もあった。ポールに車をこすったりした」
弁護人「戻った後、どういう話があったのか」
証人「すぐに修行に入りなさいと、サティアンの4階で言われた」
弁護人「サティアン4階の金庫室で24時間修行をしたのは」
証人「それは警察の調べを受ける前、翌年(1990年)の5月ごろですね」
弁護人「何の調べ?」
証人「そりゃ坂本弁護士ですよ」
2時58分、休廷。
3時18分、再開。
弁護人「警察の事情聴取はどこの警察の何という人から受けたの」
証人「神奈川県警というのは分かったが、どなたかは知りません」
弁護人「事件当時のアリバイを聞かれた?」
証人「はい」
弁護人「ほかには?」
証人「覚えてない」
弁護人「岡崎被告が下向した後でしょ。龍彦ちゃんの遺体の場所を書いた手紙の件とか、全然?」
証人「なかったと思う」
松本被告が英語のつぶやきを繰り返し、裁判長が「くだらないこと言ってんじゃない」と制した。
弁護人「坂本事件について、右翼か過激派の犯行声明を流したらどうかと指示したようだが」
証人「岡崎さんが警察に情報を流した後のこと」
弁護人「村井が警察に疑似情報を流したと」
証人「岡崎が警察に情報を流した後、遺体を埋めた場所の疑似情報をたくさん流せと示があった」
松本被告の英語のつぶやきがどんどん大きくなる。弁護人、証人、被告の声が交錯す
る。弁護人は声を張り上げ、尋問を続けた。
弁護人「あなたの偽装自殺の話も出たわけですね」
証人「はい。90年4月の石垣島セミナーの帰りの船に(松本被告から)船舶電話がかかってきた。そんなことでマスコミの騒ぎが収まりますかねと言いました。1時間後ぐらいにまた電話がかかってきて、中止と。理由は聞いてません」
身を乗り出していた松本被告は「やってられん」と言って、背もたれに寄りかかった。弁護人が交代、早川被告の経歴や関連会社について聞く。「質問は簡単にね」。裁判長は不機嫌そうな顔で注意した。
質問は坂本弁護士事件の動機部分に移っていく。
弁護人「あなたは主尋問で、89年10月の水中クンバカの時、イベントのビデオだけでなく教団を批判するインタビューも放映すると分かったと答えた。あなたが直接TBSから聞いたのか。TBS社員の証言では、あなたと面識のある記者が現場に行っていたというが」
証人「彼が来ていたのなら、聞いたのでしょう」
弁護人「その後、10月半ばか末にTBSに行った時に放映するビデオを見せてもらった?」
証人「そうです」
弁護人「10月26日ですか」
証人「そうだと思います」
弁護人「ビデオには坂本弁護士と被害者の会の永岡弘行会長、牧(太郎・サンデー毎日編集長=当時)さんの3人が出ていたが、3人は知ってましたか」
証人「はい」
弁護人「3人で、もっとも脅威に思ったのは」
証人「その時は判断してません。できませんから、私では。ああ牧さんがまた出ているな、という感じぐらいです」
弁護人「なぜ坂本弁護士が、とは思いませんでしたか」
証人「出家に反対する人たちの相談に乗っている人、ぐらいに思った」
弁護人「坂本弁護士は『オウムは場合によっては詐欺にかかわるもので、断罪すべきだ』と言っていた。腹は立たなかったの?」
証人「そんなん散々言われとるから。私らも『なかなか誤解が解けんなあ』と思ってましたよ」
弁護人「弁護士から言われた、ということに脅威は感じませんでしたか」
証人「ないですよ」
笑い出した。弁護人の挑発にまったく乗らない。
弁護人「なぜTBSに上祐(史浩被告)、青山(吉伸被告)と早川さんの3人で行ったのか」
証人「(TBS記者の)話を入れたのは私だったし担当していたので。青山さんは弁護士で法律問題をやっていたし、上祐さんは外報部長だった」
弁護人「早川さんは総務部長ということだったが」
証人「官庁との交渉やテナント探しで名刺に肩書がないと困るのでそう入れていたが、部下もなく実体はなかった」
弁護人「(TBS部長の調書の)早川さんに対する感想では、『私を殺してやるといわんばかりににらみつけ、暴力団以上と思った』とあるが」
証人「私の裁判でも読み上げられ、ひどい人だと思った。私が目が細くてきついのは生まれつきです」
弁護団が爆笑する。
裁判長が「どういう目的や意味があって聞いておられるのか測りかねる質問がある。
いたずらに時間を消費するのでは困る。次回は要領よく終わらせて下さい」と疲れた様子で告げた。
5時5分、閉廷。