不定期通信 オウム法廷番外編
麻原彰晃(松本智津夫)被告公判 第59、60回(12月4、5日)
師走を迎えても遅々として進まない麻原公判は、ついに60回を迎えた。坂本弁護士一家殺害事件の審理が続けられる中、前回までで岡崎一明被告に対する弁護側の反対尋問が10回を数えてようやく終了。再び早川紀代秀被告に対する反対尋問に“戻った”。
だが、早川被告に対する反対尋問だけでもすでに4回目。事件の前後を行ったりきり。死体遺棄後の状況を淡々と「もう覚えてません」を多用しながらの証言が続いた。
その中で、事件後に坂本弁護士の同僚が富士山総本部を訪れた際の、麻原被告の指示、神奈川県警の取調などについての証言が飛び出した。
弁護人「戻ってから、麻原のところへ行ったか」
早川 「ハイ。でも『帰ってきました』というだけで、すぐに『修行に入れ』といわれましたので、ポアルームに入りました」
弁護人「修行中に弁護士が来たのか」
早川 「私は会っていませんが、杉浦実(幹部・当時編集担当)さんが来て『ディローパ師に会いたいと言っていますが、尊師が会わなくていいと言ってました』ときいた」
弁護人「その際に『修行をやっていたことにしろ』と指示されたのか」
早川 「いいえ。ずっと後です。翌年の5月、警察が調べるというときです」
弁護人「警察の調べでは」
早川 「神奈川県警が坂本事件のことで。東京本部の近くで教団施設だったと思いますが、はっきり覚えてません」
弁護人「期間は何日ぐらい」
早川 「いや、そんなのないです。2時間ぐらいでした」
弁護人「『警察がここまで知ってるのか』と思ったか」
早川 「そんな印象はなかったと思います。覚えてないぐらいですから」
弁護人「岡崎(一明被告)の金の持ち逃げや、龍彦ちゃんを埋めた場所の手紙などの話などは」
早川 「出ていないように思うが」
すでに、当時からオウム犯人説を唱えていた神奈川県警。しかし、真っ先に疑わしい人物1人として浮かんだ早川被告に厳しい突っ込みをすることもなかったのか。それとも、老獪な早川被告に手玉に取られたのか。
一方、検察側が2日にサリン2事件の訴因変更を請求した直後の4日の公判では、地下鉄サリン事件で死亡者をのぞき最も重い被害を受けた会社員女性Aさん(当時31歳)の主治医が出廷。世間が忘れかけそうになる中、あらためて被害の大きさ、重さを感じさせた。
東京医大の救急医療センターに勤務する牧野美文医師が、最初に連絡を受けたのは平成7年3月20日、午前9時すぎ。消防庁からの要請に「重傷者を」と返答したという。しかし、その後はAさんら重傷者にかかわらず、地下鉄丸の内線中野坂上駅での受症者15〜16人の救護を受け持った。
Aさんの初診は「アセトニトリルを検出したので、シアン中毒と判断した」という。午前9時45分。しかし、縮瞳の症状に疑問があった。11時30分、病院を訪れた警官の「サリンを疑っている」のひとこと。処置をパムと硫酸アトロピンに変更した。血圧、脈拍は回復した。しかし、意識はもどらない。
その後も治療を続け、赤血球のコリンエステラーゼ活性値も回復。しかし、肺炎を併発するなど、まばたきで反応する6月までは時間を要した。
だが、「手足は動かせず、食事もできない状態はかわらなかった」という。
理由は「脳に損傷を受けた」からだった。
救急医療の性質上、容体に変化がなければ転院となる。だが、受け入れ先が見つからない。
同医師は「@自宅から近いA高圧酸素治療ができるBリハビリができる」の条件を満たす転院先をようやく見つけた。現在も、1週間に1度、その病院をたずね治療を手伝っているという。
Aさんは現在、「介助があれば座れるが、1人で食事をすることは不可能。あいさつはできるが、知能は2〜3歳程度。サリン中毒と低酸素脳症の結果だという。最後に、治癒期間を聞かれたが、答えは「不詳」だった。
Aさんは訴因変更で残った14人に入っている重度被害者。検察の決断は、実質の審理を進める上では、仕方ない判断だったという声もある。ただ、それほど簡単に『訴因変更』だけで済まされる問題ではない。
麻原公判では、来年1月16日の公判で訴因変更の手続が行われ、改めて認否が行われる。3日の土屋正実被告の公判では、初めて手続が取られた。
もちろん、土屋被告は「言うことはありません」と素っ気ない認否だった。弁護人も異議はなかったが、検察側にひとくさり。
「第1回公判で我々は検察に立証責任があると言った。検察は我々の手法(黙秘、すべての尋問と反対尋問を要求)を非難した。しかし、2年6カ月もたって、この時期に被害を取り下げるなど理解できない。理由は報道に接して知っているが、法廷でその見解を明らかにしていただきたい。いえないのなら、本件起訴自体がおかしい。変更の意義はない」
これに対する検察側の対応はお粗末だった。「検討して次回答えます」。
地下鉄サリン事件の審理は、こうして続いている。