松本被告公判第61回
1997/12/18
(毎日新聞より)
松本智津夫被告第61回公判は18日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件の実行役の一人とされる元教団幹部、早川紀代秀被告(48)に対する6回目の弁護側反対尋問が行われた。尋問は広範囲にわたり、早川被告の学生時代の行動にまで及んだ。検察側は再三異議を申し立て、裁判長も尋問を止める場面が目立った。傍聴希望者は165人だった。
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら4人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(63)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:早川紀代秀(48)=元教団「建設省」大臣
今年最後の公判。師走の慌ただしさは法廷への関心をそぐのか、傍聴席に空席が目立つ。
午前9時58分、青のジャンパー、ジャージー姿の松本被告が入廷。被告人席に座るなり、「12月は30日……」。この日もつぶやきは「快調」だ。
続いて早川被告が入廷した。弁護人は女性信者の名前を挙げ、1989年8月に静岡県富士宮市の公民館で、早川被告らが女性信者の両親、坂本堤弁護士と会った時のことを尋ねる。
弁護人「信者のお母さんは調書で、証人が『娘さんは絶対帰しません。死んでも帰しません』と言った、とありますが」
「そんなこと言っていませんっ」。淡々としていた早川被告が声を荒げた。
証人「(他人の)調書では、私が言っていないことが幾つも『言った』とされています。『成就するまで辛抱して下さい』ぐらいは言ったかもしれませんが、けんかするために言ってるわけではない」
語気の激しさに、何か言いかけた松本被告も言葉をのんだ。
弁護人「女性信者の調書では、(早川被告らは)『死んでも帰さない』と言った、とありますが」
証人「彼女がそう言うのなら、そうかも知れませんね。親子で言うのなら」
早川被告は拍子抜けするほどあっさりと前言を翻した。
弁護人は、別の出家信者の家族、高校の同級生らが89年10月初め、東京の教団施設に来た時のことを尋ねる。
証人「テレビ局までいて驚いた。円陣を組んで迫るようで、上祐さん(史浩被告)が応戦していた」
弁護人「オウム真理教被害者の会(現・家族の会)会長も行っていたようだが」
証人「記憶にない」
弁護人「会長の調書ですが、早川(被告)が『うるせー』『お前らなんか抹殺するのはわけない』と言っていた、と」
証人「そんなことは絶対にない。非常に腹が立つ」
早川被告が大声を上げると、松本被告も何やら言い始めた。
証人「教団の幹部として対応していたんですよ。全くのねつ造。名誉棄損で訴えたいくらいだ」
声がひときわ大きくなった。
証人「事情も知らないのにそんなこと言うわけがない。中傷です」
弁護人「みんな、早川さんは威圧的、暴力団のようだと言っている」
早川被告は「ハハッ」と声を出して苦笑した。
弁護人「なんでそういうことを言われるの?」
証人「私はさんざんマスコミにたたかれた。一番悪いやつと。全部、悪いのはあいつや、あいつやと」
憤まんやる方ないといった様子だ。
90年2月の総選挙に向けた選挙運動で、早川被告は岡崎一明被告と2人で運動全体をとりまとめた。
証人「選対、つまり後援会事務所ですが、杉並、中野に各3、4カ所。すべての選対の(松本被告への)報告が終わるまで一緒にいたということです」
弁護人「なぜ(選挙に)失敗したか、教団内で話し合いは?」
証人「票をすり替えられた。(松本被告の当選ラインの)10万票は取れていた。(すり替えを)予測できなかったのはわしの責任。代表をやめてもいい、と(松本被告が言った)」
検察官がゆっくりと立ち上がり、「尋問の意図は分かるが、すべてを聞くのは際限がない」と異議を申し立て、阿部裁判長は「今の尋問はやめてください」と認めた。
早川被告は89年10月31日、「週刊大衆」編集部に抗議に行った後、坂本弁護士に面会するため横浜法律事務所に向かった。
弁護人「何を話し合うつもりでしたか」
証人「青山さん(吉伸被告)に『何か問題になっているんですか』と尋ねました。青山さんはDNAイニシエーションが問題になっている、と言いました」
弁護人「当時のあなたの認識は」
証人「京大の大学院生が実験室でやったことは事実という認識でした」
弁護人「院生とは」
証人「遠藤(誠一被告)君です。麻原被告が『遠藤が素晴らしいイニシエーションを発明してくれた』と言ってました」
坂本弁護士とのやり取りに移る。頭を前に倒して眠る松本被告。裁判長が「被告人、ちゃんと聞いていなさい」と注意した。
弁護人「坂本弁護士の同僚の調書を読みます。上祐さんは(法律事務所から引き揚げる時に)『子供にも信教の自由はある』と。坂本さんは『人を不幸にする自由はない』と言い、数秒間にらみ合ったとなっているが」
証人「そんなふうには感じなかった」
弁護人「早川さんの検事調書では、上祐さんは『親が言えば、私でも帰らなければいけないのか』と言うと、坂本さんは『そうだ』と言った、と。坂本さんは『徹底的にやりますよ』と興奮していた、と」
証人「それ、私の調書ですか?」「いろんな情報が入っている」
心外だと言わんばかりの口ぶりで早川被告は否定した。
被害者の会は11月1日ごろ、教団に公開質問状を提出し、早川被告ら幹部は選挙のミーティングの際にそのことを知った。
弁護人「空中浮揚をやれとか無茶(むちゃ)なことを言っている、と」
証人「見せ物じゃないですから、我々弟子としてはとんでもないと思いました」
弁護人「麻原さんは」
証人「あきれたように『あーあ』という感じ」
松本被告は居眠りを決め込んでいる。
11時55分、休廷。
午後1時17分、再開。
弁護人「事件までに坂本さんとは2回会っている。8月の(富士宮の)公民館での坂本さんの印象は」
証人「活動的、精力的というか積極的な人と思った。青山弁護士が『静』という感じなので、タイプが違うと感じた」
別の弁護人に交代し、早川被告が「陰の指導者」「ナンバー2」と称された理由を尋ねる。
証人「私に憎まれるカルマ(業)があるのだろう」
弁護人「信徒の前で麻原さんをしかったりしたからでしょう?」
「ウソです」。早川被告はぶぜんとした。
弁護人「麻原さんのビラの折り方に、ば声を浴びせたところを信徒が見ている」
証人「作り話だ。グルは目が悪いからビラなんか折れない」
弁護人「ロシアに行った時、あなたの方が態度が大きかった……」
証人「そんなことはないですよ」
弁護人はさらに、松本被告の指示に納得がいかないこともあっただろうと指摘した。
証人は「納得いかなくても従った。それが弟子。最後は従ってよかったと信をさらに深めた」
次に質問は早川被告の学生時代に及んだ。裁判長が「そんなこといいんじゃないですか」と止めたが、「まあ、まあ」と弁護人はかわした。裁判長と検察官は一瞬、チラッと目を合わせた。
質問は執ようだった。
弁護人「自分のことを過激派の落ちこぼれ、と言ったことは」
証人「ありません」
弁護人「麻原さんから聞いたんですよ」
証人「そんなことを麻原さんが言うはずがない」
弁護人「私が直接聞いたことです」
むっとして弁護人は同じ質問を繰り返したが、早川被告も「ありません」と言い返した。裁判長にいらだちの表情が浮かぶ。
検察官が異議を唱えた。
弁護人「あと一問。一問だけ」
裁判長「じゃあ、一問だけ許してあげる」
法廷に苦笑が漏れた。
弁護人「あなた、実質的に教団の権力を握ろうとしていたんじゃないの」
証人「そんなことは一切考えていません」
「一切」の部分にアクセントを置き、早川被告は早口で言い切った。
弁護人「地下鉄サリン事件で麻原さんが起訴され、あなたは『もう救済計画は終わり』と考えたというが、なぜ」
証人「それはそうでしょ。今までのような宗教活動はできなくなる」
弁護人「キリスト教はイエスがはりつけになった後、世界的宗教になった」
証人「救済はそんな簡単なことじゃない。麻原さんが進めていかないとできるものではない」
早川被告は「最終的な救済は解脱。私たちは社会的に見れば非合法に犯罪を起こしており、宗教でないと言われてもしようがないが」とも付け加えた。
弁護人「教団の武装化を推進していた早川さんは革命を……」
松本被告が突然「革命はレボリューションだね」とさえぎり、傍聴席から失笑が起きた。
弁護人が代わる。
弁護人「調書では、家族まで殺せと言う麻原の指示に消極的な態度をとると告げ口の恐れがあるから、と言っているが」
証人「告げ口ではなく、事実を正直に麻原被告へ連絡することはあるでしょう。私について、その時こういう様子でした、と岡崎さんに報告される可能性はある。しっと心や功名心は教団の教えに反するが、抜け切らない部分もある」
3時1分、休廷。
3時21分、再開。
弁護人は事件直前や殺害時の行動を再び確認するが、早川被告は「はい、はい」と受け流した。
弁護人「村井さん(秀夫元幹部=故人)は準備から実行行為まで積極的だったが、それは競争心や功名心からか」
証人「是が非でも成功させたいという熱い気持ちからでしょう」
弁護人「あなたは反対尋問で『自供しているので助からない』と言っているが、そう思っているか。本当は助かりたいと思っているのではないか」
被告人「事実以外のことをいろいろ言われているので、事実に基づいて裁かれたい。最近の判例は厳しいし、助からないと思っている。弁護士からも『有罪なら極刑』と言われている」
弁護人「指紋消していますね。見せてくれる」
弁護人3人が陳述席に集まり、早川被告の指をのぞき込んだ。
弁護人「(坂本弁護士の妻)都子(さとこ)さんの首を絞めたのでは。だから指紋を消したのでしょう」
証人「違う。指紋を消したのはグルの指示。痛いし、嫌だった」
「あなた、怒ることある?」。弁護人が唐突に尋ねた。
早川被告は困惑しながら「あります」と答えた。
弁護人「でも、あなたは笑いながら証言したりして、良いオジサン風だ。にらみつけたりもするの」
証人「します」
弁護人「逮捕された時のビデオを見たが、激しい物言いをしているね」
証人「今出ているのが私の地ですから」
とぼけた様子に傍聴席から笑いが漏れる。
別の弁護人に交代。再び、坂本弁護士殺害の事前謀議について質問を続けた。
5時、尋問を終えた。この日で終わる可能性もあったが、裁判長は残りの見込み時間を尋ね、弁護人は「4時間」と答えた。
裁判長「どこに意味があるのか分からない尋問や重複尋問もある。反対尋問は十分尽くされていると思うが、検察官どうですか」
検察官「1、2時間に短縮できるのではないか」
主任弁護人が「できるだけ短くやりたい」と折れた。
裁判長は次回公判で、検察側が申し立てたサリン事件の被害立証を絞り込む訴因変更の手続きをすると告げた。松本被告は独り言を言い、後ろの弁護人がなだめる。
裁判長「被告人、聞いていなさいよ。事件について(裁判所が松本被告の)意見を聞く機会がある。準備しておきなさい」
松本被告は黙り込んだ。裁判長がもう一度繰り返すと、今度は無視するようにぶつぶ
つと独り言を言い続けた。
5時7分、閉廷。