松本智津夫被第64回公判
1998/1/30
(毎日新聞より)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(42)の第64回公判は30日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、坂本堤弁護士一家殺害事件について、坂本弁護士の妻都子(さとこ)さんの遺体を鑑定した法医学者への弁護側反対尋問と、元教団顧問弁護士の青山吉伸被告に対する2回目の反対尋問が行われた。傍聴希望者は176人だった。
<出廷者
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら5人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(64)=副弁護団長ら11人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:栗原 克由(47)=北里大法医学教室教授
青山 吉伸(37)=元教団顧問弁護士
(敬称・呼称略)
午前9時58分、前日と同じ紺色ジャンパーに白いスエットズボン姿の松本被告が入廷。都子さんの遺体の鑑定をした北里大法医学教室の栗原克由教授が証言台に立つ。
10時ちょうどに開廷。冒頭、検察官が捜査報告書の基になった鑑定基礎資料の証拠提出と栗原証人への主尋問の補充を申請した。
検察官「都子さんの歯科診療録を鑑定書に添付しなかった理由は何ですか」
証人「私が作成したものではないので」
松本被告の声が大きくなり、後ろに座っている弁護人が肩をたたく。
10時15分、弁護人が反対尋問を始める。
弁護人「遺体発掘に立ち会いましたね」
証人「はい」
弁護人「人骨が一部出たので鑑定したと主尋問で言ったが、どういうことを鑑定と」
証人「人骨か否か。鑑定書作成とは意味が違います」
弁護人「頭がい骨、骨盤などの特徴から女性としていますが、頭がい骨と骨盤を採用した理由は」
証人「人間の骨の中で最も性差が出るので」
松本被告は被告席のテーブルの上で、両腕で大きなものを抱きかかえるような仕草を繰り返す。
人骨の年齢は21歳以上で上限は30歳、と推定した根拠に関する質問が続いた。
静かな法廷で、弁護人と証人が専門用語を交えて淡々とやり取りする。弁護人がB4判ぐらいの紙を証人に示し、骨の部位に関して尋ねる。証人が示した位置を、弁護人がペンで書き込んでいく。数分間の「作業」が終わり、弁護人がその紙を裁判長に提出した。
証人「どんな書物にも書いてあることなんで、ちょっとそういう質問は考えてもらえないでしょうか」
裁判長もうなずく。
「調べれば分かるんでしょうが、調べないと分からない鑑定書なんで、あえてお聞きしました」。弁護人の説明に、裁判長は首をかしげるが、再び弁護人と証人のやり取りが続く。
11時になって、弁護人の質問はようやく「骨」から「歯」に移った。
弁護人「歯は年齢を知るうえで重要ですね」
証人「推定資料の一つにはなりますね」
弁護人「推定年齢は29・83歳となっていますが、計算式で出した数字ですね」
証人「そうです」
弁護人「ほかのと合わせて25から30歳と結論された」
証人「はい、そうです」
弁護人「次に死体が都子さんであるかどうかについてですが、八重歯の特徴は確認できましたか」
証人「できました。逆にそれ以外特徴がない」
弁護人「同一性の確率は100%とおっしゃっているが、一番判断の根拠になったのは」
証人「歯の治療歴だと思いますが。それと身長、年齢を推定して幅を持った結論を出し、全く矛盾していない」
都子さんの父、大山友之さんは傍聴席最後列で熱心にメモを取る。きちょうめんな文字が並ぶ。時折顔を上げ、口元を引き締めて聴き入っていた。
弁護人「死後3年以上ということはどういうことか」
証人「死ろう化がなくても白骨化の状況などから3年かなと。死ろう化しているので以上かなと。3年以上何年かは推定できない」
弁護人「死因について主尋問で、検察官に『けい部圧迫はどうか』と聞かれ、『否定できない』とおっしゃっていますが……」
証人「否定できるものとそうでないものがあります。たとえば、致死的な頭がい骨折とかはありません」
弁護人「鑑定書に全部の骨の写真がまとめて掲載されていますが、舌骨の写真は。43ページの写真を見て下さい。写ってますか」
証人「19の写真であごの右、20であごの左に写っています」
弁護人「三日月形の小さい骨?」
証人「これが舌骨」
正午、阿部裁判長が休廷を告げる。
証人「まだたくさん聞かれますか?」
裁判長「もう少し」
午後1時16分、再開。
弁護人「『死因不詳』とあるのは、つまり結論が出せない、ということか」
証人「すべての臓器が融解、消失し、死因の特定に必要な情報が得られなかった、という結論だ」
2時5分、栗原証人への尋問が終わった。
青山証人
2時6分、青山被告が伏し目がちに入廷する。白いシャツと灰色の背広。
弁護人がB4判の紙を示し、「見覚えがあるか」と聞く。「はい」と青山被告は答え、紙に見入った。
証人「当時たぶん金沢支部にいて、送ってくれたのを見ていると思います」
弁護人「当時とは」
証人「(1989年)11月3日の夕方です」
弁護人「この文はだれに頼まれ、(女性信者が)書いたものか。だれが命じたのでしょう」
証人「私と言ってもいいかもしれないが、直接はだれかを経由して書かせたかもしれません」
弁護人「言い出したのはあなたですね」
青山被告はしばらく沈黙した後、「そうだと思う」と答え、親に入信を反対されているほかの信者にも頼んだことを認めた。
弁護人「これは何に使う目的でしたか」
証人「坂本先生に会う時に持っていく作文集の意味があった。子供が親を訴える参考資料でもあった」
弁護人「実際に親を訴えたのですね」
証人「はい」
青山被告は、信者が親を訴える訴訟を2件起こしたことを証言した。
弁護人「結末は?」
証人「2人ともオウムをやめて家に戻ったので取り下げた」
弁護人が、5枚1セットになったコピーを裁判長、青山被告に配る。
弁護人「フクシマ様という文書に見覚えある?」
証人「私が作成しました」
弁護人「フクシマ様とはだれ?」
証人「磯子署の方」
弁護人「あなたが昨日言っていた、行動をまとめたものか」
弁護人が文書を読み上げる。89年11月初旬の証人の行動が書かれている。
弁護人「事務所に行くと、坂本弁護士の代わりに6人の弁護士が対応した?」
証人「はい」
弁護人「坂本さんが行方不明と聞き、上祐(史浩被告)さんに電話した?」
証人「はい」
弁護人「上祐さんは『全く関知しない』と?」
証人「はい」
目を閉じていた松本被告が、次第に机に伏せ始めた。裁判長が「眠っちゃだめだ」と注意する。
3時5分、休廷。
3時24分、再開。
弁護人「警察に提出したワープロ文書。『親元に帰すことは応じがたいが、被害者の会のすべての親が同意しているわけでなく、坂本弁護士から次回の話し合いの申し込みがあったことからすれば、弁護士間の話し合いを持つ必要がある』。これが次に会う目的?」
証人「はい」
弁護人が交代する。
弁護人は別の書類を取り出す。「冒頭に京大医学部施設と富士の研究所での研究と書いてあるが」
証人「遠藤(誠一被告)さんの研究について上祐さんの説明のことと思う」
弁護人「麻原の血液について構造科学的にアプローチしていないとあるが」
証人「DNAの科学的分析でなく、実証的な説明ではないか」
次の弁護人が質問に立った。「11月9日朝6時半、女性信者が母親に電話し『私のプルシャをここに送って』と言ったという。女性信者はこの時、上祐さんに話す内容をメモで示され、録音もされた、と言っている。知っていたか」
青山被告は「私が直接体験した事実ではない」と前置きし、「録音テープは警察に提出したと思う」と続けた。さらに弁護人から提出物の内容を問われ、「ワープロの文書、ファクス、録音テープの3点」と答えた。
弁護人は、岡崎(一明)被告の当時の手帳のコピーを示した。「11月1日午前0時30分」と書かれた部分を読み上げる。青山被告と坂本弁護士との会談後の報告内容のようだ。
弁護人「『被害者は親より子供の方。こちらも子供から親を告訴しますよ。全面戦争だ(青山)』とある。証人が話したことか」
証人「私は『全面戦争』など言わない。また聞きの内容を書いたのでは」
弁護人は「あなたは坂本弁護士とは平穏に『今度また会いましょう』と別れた、と言う。メモの『全面戦争』とはずいぶん違いますね」と追及。証人は「メモは私の書いたものではない」と繰り返した。
弁護人「あなたの昨日、今日の証言は実は脚色で、本当は『全面戦争』や『告訴』という言葉が本物だとも理解できるが」
証人「私は自分の記憶を述べるだけ」
弁護人は「『告訴します』というのは、決別の言葉でしょ」と迫る。青山被告は「ケース・バイ・ケース。強気に出て、落としどころを探ることもある」と答えた。
「こんな脅し言葉、私は使いませんよ」。弁護人が言うと、傍聴席から苦笑が漏れた。
弁護人「違う話をしましょう。あなたの逮捕はいつですか」
証人「平成7(95)年5月3日」
弁護人「罪名は」
証人「その前に国土法違反があって、あとは名誉棄損、国土法に絡んだ偽証や偽造、殺人未遂」
弁護人「坂本事件で、参考人としての取り調べはいつからか」
証人「覚えていない」
弁護人「平成7(95)年11月7日付のあなたの調書ではTBSに行ったことを思い出した、とあるが」
証人「見せてもらわないと分かりません」
弁護人と裁判長が目配せする。裁判長は「見せても意味がないでしょう」。
弁護人「(89年)10月下旬、北の丸公園内にあるTBSに行ったと記載されている。記憶はあるか」
証人「古い記憶だからあいまい」
弁護人「ビデオを見た記憶ある? 捜査で見せられてない?」
証人「見てます。坂本弁護士が登場するビデオ」
弁護人「放送予定の? 検察庁で? それはないでしょ。(TBS社員の)調書ではビデオは再利用のため消したと、場所移転でなくなったといっている」
証人「かなり後になって見せられました」
弁護人「ないと言ってるものが出てくるかなあ」
証人「見ました」
弁護人「キツネにつままれたような感じだなあ」
証人「そうですか」
弁護人「そもそもないって言ってんだから。何しゃべってました?」
証人「印象に残っていない」
弁護人「そんな冷たい」
法廷に笑いが起こる。
弁護人「子どもを取り戻すのが被害者の会から坂本弁護士への依頼の一番の眼目だが、金の問題も出てきていた。インチキ商法で詐欺になる。オウムは断罪されてしかるべきだ、というような内容」
証人「全体としてはそんな印象受けなかった」
弁護人「DNAのイニシエーションについてオウムの本では『麻原の血を京大で調べたらDNAに秘密があると分かった』とあるが、京大に確認したら事実はない。京大の院生が富士に施設を造って調べたものだった、と」
証人「早川(紀代秀被告)さんのメモがあると聞いた。あのビデオでしょ。早川さんのメモは裁判所に出てないんですか」
弁護人「知らない、そんなん。そのビデオは問題の放送予定ということで見せられた?」
証人「はい。思い出したか、と」
弁護人「(TBS社員の)調書では、上祐は命に代えても放映させない、と言った。早川さんはにらみつけていたと」
証人「ちょっと不思議な感じがしますね。早川さんは普段からそんな態度見せたことない」
松本被告の声が再び大きくなる。「坂本堤が言ったことが異常だ。それが日本のインテリゲンチャの…」。裁判長が「しゃべらないで」と制する。
質問が変わる。
弁護人「相互理解を深める会を開いたことを坂本弁護士に話したと聞いたが、開いたのは10月28、29日の2日間?」
証人「多分そうです」
弁護人「なぜ28日だったのか。被害者の会の総会に出席させないようにするためではないか」
証人「被害者の会の総会はいつでも設定できるはず。たまたまではないか」
弁護人は、青山被告が坂本弁護士の事務所に行ったのは、だれの指示かを尋ねた。証人は「基本的には私が決めた。ただ上祐さんの意思に反して、ということでもなかった」。
5時5分、閉廷。