松本智津夫被告 第66回公判
1998.2.13
(毎日新聞より)
裁 判 長:阿部 文洋(52)
陪席裁判官:(48)
陪席裁判官:(40)
補充裁判官:(35)
検 察 官:山本 信一(49)=東京地検公判部副部長ら5人
弁 護 人:渡辺 脩(64)=弁護団長
大崎 康博(64)=副弁護団長ら12人
被 告:松本智津夫(42)
検察側証人:浜部 祐一(41)=東京都立墨東病院医師
林 泰男(40)=元「科学技術省」次官
(敬称・呼称略)
オウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)被告(42)の第66回公判は13日、東京地裁(阿部文洋裁判長)で開かれ、地下鉄サリン事件に関して、負傷者の治療に当たった医師と、実行役の一人とされる元教団幹部、林泰男被告(40)に対する検察側の初の主尋問が行われた。傍聴希望者は238人だった。
午前9時59分、松本被告が入廷。前日と同じ紺のジャンパー姿。10時開廷。
証人浜部祐一医師
まず、地下鉄サリン事件の重傷者の治療に当たった東京都立墨東病院救命救急センター医長、浜部祐一氏が証言に立ち、10時26分まで続けた。
証人林泰男被告
10時30分、林泰男被告が入廷する。グレーのブレザー姿。短い髪に白髪も交じる。1987年春ごろに入信し、翌年12月に出家したこと、村井秀夫元幹部(故人)が責任者だった科学技術省の次官だったことなどを、問われるままに答えていく。
検察官「現在教団との関係は?」
証人「無関係です。(脱会届は)出していないが、心の中では平成7(95)年7月ごろから、心が離れた状態でした」
林被告は95年3月18日、第6サティアンの村井元幹部の部屋に、林郁夫、広瀬健一、横山真人の3被告とともに行く。
証人「『君たちにやってもらいたいことがある。地下鉄の中にサリンをまくことだ』と言われた。強制捜査妨害のためと」
検察官「どう考えた?」
証人「多くの人が傷つくからしたくない、と」
検察官「サリンがどのようなものか知ってたか」
証人「湾岸戦争の報道や、麻原の説法にも出てきた。私自身も製造プラントに携わりました」
検察官「拒絶したか」
証人「いいえ。村井さんが承諾を促してきたので、ほかの者がうなずくのを見てうなずいた」
検察官「その前に村井は何か言ったか」
証人「断りたかったら断ればいいんだよ、と」
検察官「どう思った」
証人「残酷だと。断ったら必ず報復がある。命令は麻原の意思だから断れない」
検察官「麻原の指示と判断した根拠は」
証人「麻原から変装用のカツラをかぶれと指示があった、と村井さんが言っていた」
検察官「承諾後は?」
証人「具体的な指示があった。まくべき目標を、警視庁のある霞が関。そこを通る三つの路線。犯行日時を20日朝の通勤時間と」
検察官「実行方法は」
証人「村井さんからジュースの缶を振り回してと話したら、麻原から『ばかだなあ、自分がやられちゃうじゃないか』と言われた話がありました」
検察官「サリンはできていたのですか」
証人「村井さんの話の感じはできていない感じ」
自室に戻った林被告を、井上嘉浩被告が訪ねる。井上被告は「車は5台必要。自分でないと手配できない」と話をしてきた。
証人「運転手は平田信(容疑者)、杉本(繁郎被告)君ら3人がいいと言われた。3人とは親しく、教団の方針に否定的なことを言い合った仲で、巻き込むのは嫌だと思いました」
林被告はまず平田容疑者ら2人について反対するが、井上被告は受け入れず、杉本被告については反対も言い出せなかった。
検察官「車と運転手以外の話はありましたか」
証人「サリンをまく方法。その前にVXガスを被害者の会会長の永岡(弘行)さんにかけた。もっと大きい注射器が必要で、林郁夫(被告)さんに聞きに行こうと話があった」
松本被告が時々身を乗り出してつぶやくが、林被告はうつむきがちの姿勢を変えず、淡々と証言する。
井上被告とともに林郁夫被告を訪ねた証人に対し、林郁夫被告が提案する。
証人「点滴の袋にサリンを入れてチューブを伸ばし、ズボンの中を通し足元まで伸ばす。袋をつぶして足元から出させればいいと」
検察官「その後は」
証人「村井さんの部屋に行った。井上君に報告するよう言われたからです」
検察官「1人でか」
証人「はい。のぞくと、村井さんと広瀬君、豊田(亨被告)君、横山君が畳に地図を広げて話していた。サリンの計画を話しているんだろうと思い、ドアの所に立っていた」
検察官「その後は」
証人「井上君が現れた。部屋をのぞき、地図を見て、『そんなんじゃだめだよ』と言って、バッグから大きな路線図を出して、部屋に入った。私もつられるように部屋に入った」
検察官「村井の反応は?」
証人「普通に話を進めた感じでした。発案の段階から、井上君が加わっているんだと思った」
検察官「そして?」
証人「犯行時間、乗降駅などが決められました」
検察官「車はどのように調達したのか」
証人「井上君が東京近郊ナンバーを調達すると。村井さんが『この件について麻原に確認する』と」
検察官「サリンは?」
証人「サリンができたら村井さんか遠藤(誠一被告)君が東京に届けると」
検察官「井上と強制捜査の話はしたか」
証人「阪神大震災で1カ月延びた。また大災害があれば1カ月延びると麻原が言っている、と」
検察官「東京に着いたのは?」
証人「3月19日午前10時から11時。高井戸インターを降り、環8を北上し、杉並の一軒家に入った」
11時59分、休廷。
午後1時13分、再開。検察官が「証人は」と言いかけると、弁護団後列の弁護人が「もう少し大きな声で言ってもらえませんか」と大きな声を出した。
杉並アジトでの様子を検察官は確認する。井上被告がいない間、実行役4人はカツラや服の調達を話し始め、運転役3人も加わった。乗降駅について、広瀬被告が「座ってサリンをまくと目立たない。始発駅から乗った方がいい」と提案したが、「降車駅から離れ、車が渋滞に巻き込まれて、実行犯を迎えに行けないかも」との意見が出た。
その後、7人で新宿にカツラなどを買いに出た。暗くなり、新宿に残るメンバー3人と下見に行くメンバー4人に分かれた。林被告は新宿に残った。
検察官「証人が下見をしなかった理由は」
証人「このような計画がどんどん進むことへの抵抗感。現実的に実行に移される思いがなく、下見の必要がないのではと思った」
検察官「計画が現実味を帯びたのはいつか」
証人「その後、渋谷に集まるが、サリンの量が1リットルとか、運転役が全部そろうとかで、もう逃れられないな、との思いがあった」
林被告は、平田容疑者、豊田被告と午後6時半か7時ごろ、杉並アジトに戻る。下見の4人は戻っていた。
証人「7時前後、井上君が来て、計画の確認、指示があった。運転役が代わったことも知らされた」
検察官「なぜ代わったか説明はありましたか」
証人「『尊師が決めたんだ』と言っていた」
松本被告は不満そうに口をもぐもぐさせる。
林被告は井上被告から誘われ、宗教学者の元自宅爆破事件現場を見る。そして、杉並アジトにいたほかの実行役とともに車2台で渋谷のアジトに移動した。
井上被告は午後10時ごろ、再び全員に指示をした。
証人「後は下見に行くようにと。井上君の携帯電話の番号を教え、『困った時のために』と5万円を渡されたのを覚えています」
検察官「あなたも?」
証人「いえ。その時は5万円以上の所持金があったように思います」
検察官「指示後は?」
証人「杉本君と一緒に下見に行き……車でです。午後10時半ごろです」
車の乗降場所、電車の時刻、駅の出入り口……。下見の様子の説明が続く。
検察官「下見の後はどうしましたか」
証人「渋谷に帰りました。12時前後、深夜です。その後は杉本君らと4人で、犯行に使う車の引き取りに行きました」
検察官「どこへ?」
証人「新宿御苑より少し先に行ったあたりです」
検察「サリンは届いたか」
証人「いいえ。村井さんから電話があり、井上君がサリンを取りに上九一色村に行くことになった」
検察官「電話はだれに」
証人「私の携帯にかかってきました」
裁判長が松本被告に注意する。「起きて聞いていますか」。松本被告はうつむいた頭を少し上下に動かし、何かつぶやく。
検察官「ほかのメンバーにどう話しましたか」
証人「村井さんが帰って来いと言っているがどうしよう、と。井上君が向かっているからいいという意見が出た。私の携帯で電話したら圏外となり、井上君は教団近くにいると理解した。結局、戻らなくていいんじゃないかとなった」
検察官「そして?」
証人「再度、電話がありました。村井さんは非常に立腹していて、『何やってんだ、すぐ戻ってこい』と。アーナンダ(井上被告)が向かっていると答えたが、村井さんは『言う事を聞け。そんなことでは失敗するぞ』と。『はい、戻ります』と答えた」
検察官「どう思った」
証人「これまで聞いたことないような怒りを含んでいて、少し脅されているような感じがした」
検察官「上九に向かったのは実行役5人と運転手計7人ということですね」
証人「そうなります」
検察官「着いた先は」
証人「第7サティアン。午前3時ごろと思う。1階の部屋に連れていかれた」
裁判長が再度、「被告人、ちゃんと起きて聞いていますか」と注意する。
証人「サリンをまく方法が教えられ、まく練習。村井さんからです。ビニール袋に入れて、傘の先端で突き刺す方法でした」
検察官「その後は?」
証人「サリンの分配。11袋あり、1人だけが3袋になる。だれか3袋、持って行ってくれないかと」
検察官「どう感じた」
証人「嫌だなと」
検察官「断ることは」
証人「自分としては断れないと思いました」
検察官「(承諾した)動作は?」
証人「右手を上げたというか折り曲げたという方が正確だと思います。これは複雑で、承諾だけではなかったと思います」
検察官「村井は何か言いませんでしたか」
証人「『麻原もそうなるのではないかと言っていた』というようなことを」
検察官「『麻原』と言ったのですか」
証人「いえ、敬称を使ってました」
検察官「どう感じた?」
証人「村井さんは私が取ることを承知のうえで偽善的な態度を取り、まわりくどく最終的に私に押しつけた。麻原または村井に憤りを感じました」
2時55分、休廷。
3時15分、再開。
検察官「渋谷に何時ごろ到着しましたか」
証人「午前5時前後だったと思います」
検察官「サリン分配の時、何か起こりましたか」
証人「袋を取り出そうとしたところ、だれかが『中袋からサリンが漏れているものがある』と言い、私が手に取り確認した」
検察官「その袋は?」
証人「私が引き受けることになりました」
検察官「分配後は?」
証人「着替えをしました。この時点で変装し、カツラもかぶったと思います」
検察官「何時ごろ、渋谷を出たのですか?」
証人「6時ちょうどだと思います」
検察官「袋の特徴は?」
証人「正四角形に近く、シーラーというビニールを溶かす道具で留めてあり、一辺が20から25センチぐらいだったと思います」
検察官「上野駅には?」
証人「7時ごろと」
検察官「証人が乗った電車は?」
証人「3両目。周りの人と体が接触するような込み具合と記憶しています」
検察官「秋葉原駅に近づく中で何をしましたか」
証人「サリンの袋を突き刺しています」
検察官「何回?」
証人「捜査段階で袋を見せていただいた時に四つの穴が開いていました」
検察官「傘で刺す時、何か考えましたか」
証人「自分が持っているサリンが効力の薄いもの、またはないもので、周りの人に被害がないものであれば、と思いました」
検察官「秋葉原駅の改札を出た後は?」
証人「杉本君の車にすぐに乗り込み、渋谷区役所の地下駐車場に行きました。トイレの中と思いますが、傘を折って捨てました」
検察官「傘を捨てた後、どうしましたか」
証人「8時半前後、渋谷に戻りました」
渋谷のアジトには実行役の一部が戻っていた。前日までなかったテレビが、事件を報じていた。林被告は呼吸がしづらく、暗く感じるようになり、林郁夫被告から注射を受けた。最後に戻った広瀬被告も、異常を訴え、治療を受けた。
着ていた服や傘を燃やすことを井上被告や新実(智光)被告が提案、場所を林被告が提案した。この3人を含む5人が証拠物を燃やしに行くことになり、ほかのメンバーはそれぞれの場所に戻ることになった。
検察官「焼却の間は」
証人「新実被告にどこかマスコミから電話がありました。近くの土手をジョギングしている人がいて、嫌だなと思いました」
焼却後、5人は八王子のファミリーレストランで食事する。林被告は車のラジオで死者が出たことを知り、「動揺していた」。
林被告らは松本被告に報告のため、上九一色村に午後5時か6時ごろ到着した。
検察官「まずどこへ」
証人「第6サティアンの麻原の自宅です。新実、杉本さんと3人で部屋に入りました。新実さんが、麻原に報告をしたと思います。
検察官「どんな部屋?」
証人「ドアから入ると、左手にベッド、正面にベンツのシートを改造したいす。それとルームランナー、空気清浄器が二つ。麻原はいすに座っていたように思います。新実さんの報告は『私たちの成したことによって、大きな被害が出ている。死者も出ている』。そんな内容と思います」
検察官「麻原からは?」
証人「『いいな、分かっているな、これはポアだからな』と、マントラを唱えるように言われました」
つぶやき始める松本被告。検察官が「なぜ、あなたはこれらのことを話そうと思ったのか」と尋ねる。
「私たちの成した行為により、多くの人を殺害し、多くの人を傷つけました。誠に申し訳ない、という気持ちで。それが一番の理由です」。絞り出すような声で、林被告は語る。「自分の心を、これ以上汚したくなく、すべてをお話ししようと思っています」
主尋問が終わり、4時半、閉廷。