平成七年(フ)第三六九四号、同第三七一四号
申立人 高橋シズエ 外
破産者 オウム真理教
破産管財人 弁護士 阿部 三郎
平成九年二月一九日
右申立人ら代理人
弁護士 宇都宮健児
同 武井 共夫
同 飯田 正剛
同 瀧澤 秀俊
同 伊藤 芳朗
同 大川 康平
同 横松 昌典
担当同 中村 裕二
東京地方裁判所民事第二〇部 御中
意 見 書
一、
破産管財人が本日提出した貸借対照表によると、資産合計が金一二億一七六三万二四七六円、負債合計が金五一億二二〇三万七八五九円となっている。
これによると、被害者らに対する配当率は約一九%となるが、未売却の不動産が簿価よりも低額で売却される可能性があること、破産管財業務の費用が今後控除されることなどから、配当率は更に低下するすることが確実である。
本日付け貸借対照表は、前回示された平成八年三月二八日現在の貸借対照表と比較して、次の点が注目される。
1、山梨県の上九一色村と富沢町、群馬県の長野原町へ不動産を それぞれ無償で譲り渡した点。
2、建物の解体費の見積もりの変更。
3、公租公課等交付要求額の増加や、その他国や自治体など個人被害者以外からの追加的債権届。
4、その他。
二、
これによると、オウム真理教の拠点となっていた山梨県上九一色村などの建物群の解体費を軽減することができたものの、固定資産評価額で見積もって、上九一色村は約三億一三〇〇万円相当の土地を、富沢町は一二万七三三九円の土地を、長野原町は一億二一五五万五四六二円の土地建物をそれぞれ無償で取得している。
しかも、これら地方自治体は、国から各建物解体費に関する補助金の交付を受けるため、本件破産手続によって固定資産評価額上約四億三四〇〇万円相当の更地を無償で取得したに等しいこととなると解せる。
これは、地下鉄サリン事件や松本サリン事件などオウム真理教の犯罪被害者たちがわずかな配当を受けるに過ぎないという厳しい状況下において、地方自治体が約金四億三四〇〇万円相当の不動産を無償で取得するということであり、莫大な利得を何らの犠牲も払わずに得ることとなって、極めて不公平な事態である。
これは、一人一人の国民よりも、国や自治体が大事であるとの集団主義的な、旧態依然とした対応であって、一般の国民感情に照らしても、断じて許し難い不平等な取扱である。
従って、地方自治体としての上九一色村、富沢町及び長野原町は、破産財団に対し、不当に利得した土地の固定資産評価額に相当する金員(約金四億三四〇〇万円)を支払い、これが被害者の平等に配当を受くべき資産に組み入れられるべきと考える。
そもそも、本件が通常の破産手続だったならば、これら建物群を解体する必要はなく、従って国から建物群解体費の補助金の交付を受ける理由もなく、破産管財人は、本件土地を建物ごと民間の第三者に売却し、本件土地の固定資産評価額である約金四億三四〇〇万円を優に上回る財団財産を形成できたはずである。
しかしながら、本件は通常の破産手続ではなく、オウム真理教の将来の犯罪の芽を完全に摘み取るという、もう一つの重要な公益目的を課せられた、テロの再発を防ぐための法律上の措置であった。このことは、先日公安審査委員会がオウム真理教に対する破壊活動防止法適用申請を棄却した決定書の理由からも明かである。
そのため、国が建物解体費を補助してまで、建物群をすべて解体処分する必要があったのであり、オウム真理教への転売の危険性がある民間の第三者でなく、地方自治体など公の機関がオウム真理教の所有する土地を取得する必要があったものである。
そして、右建物群の解体は、同時に地元自治体及び地元住民の強い要請に基づくものであったといえる。上九一色村などは、オウムの建物群解体が自らの要請の実現であるとともに、地元住民の要望の実現という行政目的に沿う行為であることからしても、その負担を破産財団に転嫁するのではなく、自ら相当の負担をなすべきである。
それならばこそ、上九一色村、富沢町及び長野原町は、破産財団に対し、不当に利得した土地の固定資産評価額に相当する金員(約金四億三四〇〇万円)を支払い、山梨県など地方自治体は、その交付要求をすべて撤回すべきである。
また、東京都は金三八〇万円を、大阪府は金三六〇万円を、それぞれ超える交付要求を行っている。
しかし、東京都はオウム真理教の宗教法人化を認め、教団を指導監督すべき立場にあったにも拘わらず、平成七年三月二二日の強制捜査まで、何らの調査もせずまた対策もたてないまま、ただ怠慢とこれを放置し続けてきたものである。
一方、山梨県や大阪府などの地方自治体も、事実上教団の増長を黙認してきたものであって、教団の数々の凶悪犯罪について責任の一端を痛感すべきである。
従って、東京都、山梨県その他の自治体は、これら固定資産税などに基づく交付要求をすべて撤回すべきである。
三、
国は、労働者災害補償保険や公務員共済組合、健康保険及び国民健康保険などの求償債権とオウム真理教に対する解散命令に基づく清算手続の予納金などで、金五億円を超える債権届出を行っている。
そもそも、労働者災害補償保険法第一条によれば、同法の目的は、労働者の通勤災害等を補償し、労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することである。
また、健康保険制度も国民に対する社会保障及び国民保険の向上に寄与することを目的としている(国民健康保険法第一条)。
地下鉄サリン事件や松本サリン事件その他オウム真理教の犯罪行為によって甚大な被害を受けた多数の債権者たちが、一〇〇%の配当を受けた場合ならばともかく、その被害回復として、冒頭述べたとおりのわずかな配当を受けるにしか過ぎない状況で、これら求償債権を国が行使するというのは、右法制度の趣旨に反するものである。
そもそも、国がオウム真理教に対する破産申立を行った目的は、これら求償債権を回収することではなく、その時行われていたオウム真理教の資産隠しを防ぎ、或いは既に隠されてしまったオウムの資産を、破産管財人らの権限で取り戻し、教団がその財力にものをいわせて再びテロを行う危険性を一刻も早く除去することであったはずである。
そして、オウム真理教の責任を基礎づける犯罪捜査資料のすべてを国が独占していたという本件の特殊事情から、国も破産の申立を行ったに過ぎず、国の債権回収が当初からの目的だったわけではないはずである。
従って、国がこれら求償債権を破産手続の中で行使するということは、当初の右目的を逸脱しており、まして、危険を省みず、自らの名前を出して破産手続の申立を行ったサリン事件の被害者らの司法的救済にとって大きな障害となるものである。
サリン事件の被害者の多くは、化学兵器として開発されたサリンにより、今まで日本において誰も経験をしたことがない未知の症状と闘い、現在も肉体的・精神的苦痛を強いられ、併せて経済的打撃を受け苦しんでいる。その被害者らが、本件破産手続によって得られる配当金はわずかであって、交通事故の被害者が通常受けられる損害賠償金をはるかに下回っているといっても過言ではない。
そのような厳しい状況で、国が被害者らとともに配当に預かるということになれば、被害者の健康回復を遅らせ、経済的打撃に拍車をかけるものである。
国民の福祉を向上させるための制度が、被害者を圧迫することがないよう、国は、健康保険等に基づく求償債権の届出を直ちに撤回すべきである。
四、
また、国は、オウム真理教の清算手続における予納金として一億円の債権届をしたがすべて撤回すべきである。そして、本破産手続における予納金も含めてすべてその返還を辞退すべきである。
オウム犯罪の原点といわれている坂本弁護士一家殺害事件について、事件直後から教団幹部らが犯行に及んだ可能性が極めて濃厚であるという状況の下で、しかもその後の救出運動で一八〇万人もの国民が署名により捜査態勢の強化を求めていたにも拘わらず、当局は怠慢な捜査を続け、結果的に松本サリン事件や地下鉄サリン事件など大惨事が引き起こされたものである。
坂本事件に関する殺人罪で現在起訴されている岡崎(旧姓佐伯)一明被告は、一九九〇年二月、神奈川県警磯子署気付古賀県警本部長宛及び坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所宛に、長野県大町市に坂本龍彦ちゃんを埋めたという地図入りの手紙を送付してきた。そして、同県警は、まもなく手紙の差出人が岡崎被告であることを突き止め、その年の九月岡崎被告に対しポリグラフ検査まで行った様子であるが、追いつめることができなかった。
また、坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会の弁護士が、一九九一年一一月、岡崎被告から直接事情を聴取したところ、神奈川県警より、同人との接触及び「その他の脱会者への調査」を今後止めるよう強く要請を受けた。その際、同県警は担当弁護士に対し、岡崎被告に対する徹底捜査は同県警が行うとまで約束していた。
先日の公判で、岡崎被告がオウム真理教の脱会後近しい人たちに対し坂本事件の犯行を吐露していた事実が明かとなったが、それにも拘わらず、国や神奈川県警は坂本事件の犯行を捕捉することができなかったものである。
その後、国や警察は、オウム真理教を追いつめることができず、漫然と時間を浪費していたところ、一九九四年六月松本サリン事件が発生した。そして、同年七月に上九一色村で異臭事件が発生し、同年九月オウム真理教を追求していた女性ジャーナリストの自宅に毒ガスが散布された。更に、翌九五年一月オウム真理「被害者の会」の会長が毒ガス攻撃を受け、同年二月目黒区公証役場事務長が拉致されて、同年三月二〇日に地下鉄サリン事件が発生した。
国や警察がオウム真理教に対し強制捜査をようやく開始するのは、その二日後の三月二二日であった。
もし、国や警察が坂本弁護士一家殺害事件の捜査を順当に進めていれば、松本サリン事件も、假谷事件も、地下鉄サリン事件も、その他の犯罪も引き起こされなかったはずである。
国は、これらの経過についての責任を十分認識し、サリン事件の被害者に対する司法的救済について全面的に協力すべきである。 国が予納金の返還を求めるということは、被害者より優先して配当を受けることに等しく、被害者らの司法的救済を著しく阻害するものである。
国には、教団の解散命令申立及び破産申立の初心である、オウム真理教の財産散逸防止と被害者救済の目的とをもう一度思い出して頂きたい。
よって、国は、解散命令に基づく清算手続の予納金一億円の債権届出を撤回し、また本件破産手続の予納金もオウム解体のための必要経費と考え、坂本事件以来の被害拡大にあたっての国の責任を認めて、その返還請求権をすべて放棄すべきものと考える。
五、
サリン事件の被害者らは、本日管財人より示された配当率に基づけば、交通事故以下の救済しか得られないものである。
これは、本件が殺人事件である点に鑑み極めて不合理な事態である。
松本サリン事件は裁判官をねらった事件であり、地下鉄サリン事件は国や警察に対する捜査の攪乱を目的とした犯行であって、いずれも国や自治体がその標的であった。
それにも拘わらず、何ら落ち度のない莫大な数の善良な市民が、その生命や健康を奪われる結果となったものである。
坂本事件やその後のオウム犯罪の捜査を長期間怠っていた国や地方自治体は、松本サリン事件や地下鉄サリン事件などのオウム犯罪が引き起こされた経過についての責任を自覚して、次の点を実行していただきたい。
1、上九一色村、富沢町及び長野原町は、それぞれ無償で取得す るに至った不動産も固定資産評価額に相当する金員(約三億四 三〇〇万円)を破産管財人に支払い、これが破産財団へ組み入 れられること。
2、東京都、山梨県、大阪府、上九一色村など自治体は租税債権 に基づく交付要求をすべて撤回すること。
3、国は、健康保険などに基づく求償債権や解散命令に基づく清 算手続の予納金などの債権届を撤回するとともに破産手続の予 納金返還請求権を放棄すること。
4、その他、国や地方自治体は、被害者の司法的救済の障害とな るような権利行使を一切行わないこと。
なお、上九一色村は、簿価で約金一億六二〇〇万円と評価されている第七上九及び第八上九の不動産を、その価額を値切って約金六五〇〇万円で購入した。上九一色村は、高い評価額で固定資産税を賦課して交付要求を行っておきながら、自ら買い取るときは約六割も値段を下げている。これは、国や地方自治体が被害者の救済を何ら考慮していないことを物語る象徴的事実である。
六、
国は、地方自治体とも協力の上、一九九五年一二月、異例にもオウム真理教の破産を申し立てた。そもそもその意図は教団の財産隠匿を防止し、且つ既に隠匿した財産を取り戻し、もって公共の安全を確保しようとした点、及び破産手続による配当によって被害者の司法的救済を実現しようとした点にあったはずである。
国や自治体はそのこと再度思い出し、右のとおりすべての措置を講じていただきたい。 また、裁判所におかれては、国及び自治体に対し、右のとおりのすべての措置が実現するよう強く要請されたい。
以上