弁護士の使命は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することにある。それ故に正義と人権を踏みにじろうとする者にとって、弁護士の献身的な活動は脅威であり障害となる。坂本堤弁護士(横浜弁護士会所属)は、オウム真理教に出家させられた子供らの救出活動及びその反社会性を告発する活動に取り組んでいた。その最中の一九八九年一一月四日未明、オウム真理教幹部らによって、その家族ともども自宅にて殺害された。
当初から、この事件はオウム真理教による犯行ではないかと強く疑われていたが、同教団に対する捜査は遅々として進まなかった。一方、全国の弁護士は、坂本弁護士の正当な業務活動を妨害するために同弁護士一家が拉致されたとみて、日本弁護士連合会、各地弁護士会、「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」等を中心に大規模な救出活動を展開した。救出活動は、市民の中にも広がり、「坂本弁護士と家族をさがす会」の活動、
署名運動 ・ 請願運動、全国キャラバンなどにより、事件は全国的な関心事となっていった。
事件発生から五年を経た一九九五年三月、世界を震撼させた地下鉄サリン事件が発生し、その直後から、オウム真理教に対する大規模な強制捜査が開始された。その過程で、坂本弁護士一家事件も、オウム真理教による組織的犯行であることが明らかになった。
同年九月六日、坂本弁護士の妻都子さん(死亡当時二九歳)はこの地から、坂本弁護士(死亡当時三三歳)は同日新潟県名立町の大毛無山山中から、長男龍彦ちゃん(死亡当時一歳二ケ月)は同月一〇日長野県大町市の湿地帯から、それぞれ発見された。都子さんは、大学生の時に、ボランティア活動を通じて当時大学生だった坂本弁護士と知り合い、社会的に弱い立場の人達とともに生きる姿勢に共感して、一九八四年に結婚した。小さな幸福も見落とさず大切に育てる姿を見て「幸福さがしの名人」と友人達から言われた都子さんとその家族を、無事救出できなかったことは、私達にとって痛恨の極みである。
しかし、坂本弁護士が先駆的にオウム真理教を追及することがなければ、もっと多くの犠牲者が出たであろう。そして何よりも坂本弁護士一家の救出活動を通じ、弁護士活動への暴力的妨害は背後にある国民の基本的人権に対する侵害であり、司法制度ひいては民主主義への挑戦であるという共通の理解が、弁護士と市民の中に根を下ろした。
私達は、坂本弁護士がその使命を命懸けで遂行し、その志半ばで倒されたことを永く忘れることなく、その遺志を引き継ぐことを誓って、ここにメモリアルを建立する。
坂本弁護士一家は、五年一〇ケ月もの間三ケ所に離れ離れにされていたが、今は、ともに鎌倉円覚寺境内松嶺院に眠る。
一九九七年九月
日 本 弁 護 士 連 合 会
富 山 県 弁 護 士 会
横 浜 弁 護 士 会
坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会