はじめに
平成9年3月20日
私たちは、オウム真理教の凶悪な犯罪による被害者です。
オウム真理教は、平成7年3月20日、営団地下鉄の複数の電車内において、サリンガスを散布し、私達および私達の家族を含む12人を殺害し、5700人以上に重軽傷を負わせました。
オウム真理教は、平成元年11月に横浜市内で坂本弁護士一家3人を殺害し、平成6年6月に松本市内でサリンを散布して7人を殺害するとともに500人以上に重軽傷を負わせ、平成7年2月には目黒区内で公証役場事務長の假谷氏を拉致し監禁の末死亡させるなど、数々の凶悪犯罪を引き起こしました。そして、私達を含む多数の被害者に現在も、そして、生涯決して消える事のない被害を与えました。
私達は、私達に対し癒しきれない身体的、精神的、経済的損害を与えたオウム真理教を許すことは出来ません。
死亡者は、家族と言葉を交わすことなく生命を奪われました。
遺族は、頼りにしていた一家の大黒柱である主人を亡くし、大事に慈しんで育てた我が子を亡くし、今でもその悲しみに打ちひしがれています。また生命を失わないまでも意識が戻らない被害者や、懸命なリハビリを受けている被害者の家族は、収入源が絶たれる中、看護の日々を強いられ、経済的にも時間的にも多大な負担を抱えさせられています。
受傷者は、サリン中毒の後遺症について、その症状と原因が医学的に解明されていないため、なかなか後遺症とも認められず、また効果的な治療も受けられないでいます。
そのため、受傷者は、今も、そしてこれからも様々な症状と闘いながら、「このまま一生治らないのではないか。」という不安を抱えて生活していかなければなりません。
オウム真理教は、人を幸福に導く目的であるはずの宗教とはおよそかけ離れた「教義」により、国家転覆を視野に入れ、官公庁を攻撃目標として、地下鉄サリン事件を引き起こしました。そして、たまたま、その時その場所に居合わせたに過ぎない私達、および私達の家族が、被害を受ける結果となりました。なぜ、私達がこのような被害を受け、苦しまなければならないのかと思うと、地獄に突き落とされたような絶望感に襲われます。
このような悲惨な事態を招いたことについて、国や警察にも責任の一端があります。それにも拘わらず、国は、サリン被害の実態調査や健康調査を行わず、被害者が健康を回復するための治療方法すら検討していません。例えば、被害者にとって、精神的な支えとなる「カウンセリング制度」が今必要とされているにも拘わらず、そのような制度すら用意されていないのです。
また、経済的に困窮しているサリン被害者に対する補償も一切行われていません。
私達被害者は、事件の日の事を思い出す事はおろか、自分の体験を話す事、オウム関係のニュースを聞く事にさえ大変つらいのです。そのような厳しい精神的、肉体的状況のなか、やっとの思いで被害者が手記を書きました。この事件を風化させたくないという一心で、気持ちを奮い立たせ書いたものです。
どうか、この機会に被害者の声に耳を傾けて下さい。そして、このような悲惨な事件が2度と起こらないようにするため、皆様でもう一度この事件のことを思い出して下さい。この手記集がそのきっかけとなれば幸いです。