A作戦

RYO

序章

その日、僕らは、かねてから計画していた”A作戦”を実行することにした。
太平洋にがんばっている高気圧のおかげで東海岸はまったくのベタ凪だったが、小さな気圧の谷のため、少し雨が降っていた。
三本のシングルタンクとダブル24Lタンクブロックをチャージし、僕らは車を北部に走らせた。ベースを越えてしばらくいった所で、横転した車と、粘っこい反射をする溜まりに出くわした。

見たか、今の? と俺はハンドルを取る塚原に聞いた。
それがどうした。と塚原は言った。
いずれこの界隈じゃああの程度の事故はめずらしくなくなるさ。
それはおれへの当てつけかい。俺は言った。
いや。
あれはあれでがんばったんだろうよ。塚原が言った。
つまらねえことを言うもんじゃねえぞ。俺が言った。
そうだ。
つまらねえことには違いねえ。塚原はそう言ってタバコをさぐり火を付けた。

その海岸へ通ずる道には迂回標識が立っていたが、誰もとがめる者もいないので、我々はいつもそこを通ることにしていた。

うんざりするぬかるみに足を取られながらも先に波を見に行った塚原が小牧に言った。
おまえは運のいい野郎だぜ、え?
まったくだ。俺が言った。
今度は競馬でもやってみるんだな。
おまえは口数が多すぎるぜ。小牧が言った。
つべこべ言うなよ。俺が言った。
どうせ退屈しのぎにやることじゃねえか。
それにしてもしゃべりすぎるぜ。小牧が言った。
彼は手に入れたばかりの水中銃のトリガーをかけたままでシャフトに浮いたわずかなサビをナイフで削っていた。
塚原と俺は車の後ろ扉を開け、ブーツのないタンクに砂が付かぬよう草地におろした。

どうだい。塚原が言った。前祝いに一杯やってから行くかい。
いや、だめだ。小牧が言った。
おめえみたいに気の弱いお人好しと一緒じゃあ労働者の団結なんてこともどうなるかわかりゃしねえな。塚原が言った。
なんだって。小牧が言った。
いいか。塚原が言った。ダイバーはいつだって海をこわがるもんだ、ただ、自分がわかると思っているから自分の恐怖をおさえることができるんだ。おれも海でおぼれかかったことがあったさ、みんなはそれをおもしろがったがね。おまえも本当の怖さがわかるようになるさ、そうでなけりゃ泳げるやつらはみんなダイバーになっているぜ。
俺はびびっちゃいないぜ。小牧が言った。
びびる方がまだましだぜ。塚原が言った。
お前は自分の水中銃が魚を突き刺すことばかり考えて自分にかみつく魚のことはちっとも考えちゃいない、だから奴等が俺達を紙切れみたいに思っていることがわからねえんだ。
ふん。と言ったまま、小牧は自分のタンクにハーネスを付け始めた。

先にめしにしないか。俺が言った。
そいつはいい考えだ。塚原が言った。めしになる前にめしを食っておけば思い残すことも少なくてすむからな。
いいかげんにしろよ。小牧が言った。いやならやめたっていいんだぜ。
そんなつもりじゃないさ。塚原が言った。ただそう思っただけさ。そう言って塚原はバルブを戻し、タンクブロックを地面に横にした。
さあ、めしにしようぜ。俺が言った。その言葉で、小牧もしぶしぶ手を止め、ワゴンににじり入ってから自分のバックを開き、彼の言うところの”お手製”のランチボックスを開いた。

めしを食いながら僕はA地点のことを考えていた。
A地点などとたいそうな呼び名も別に大した理由があるわけでもなく、ただ、塚原がある日、この洞窟が牛の肛門に似ていると一人で言っては、えらくそれが気に入ったらしく、その日の午後中言い続けたのに敬意を表して決定した名前なのだから、、、

序章終