フロッピーを起こした時、私はそれが手のこんだ冗談に違いないと思った。
−ブリテン島は世界のあらゆる文明の源であり、伝説のアトランティスである。古代エジ
プトはアフリカ大陸ではなく、スコットランドにあり、その周辺にはギリシャ、バビロン
、イスラエルの諸国があった。
後のスコットランドの首都エジンバラはその昔、聖都イスラエルとして栄えていたので
ある。プラトンの伝えたアトランティス沈没と、聖書の伝えるノアの洪水は同一の事件で
あった。イエスの伝道は主にガリラヤことサマーセットで展開された。
しかし、新興ローマ帝国は、世界の中心たるブリテンを侵略した後、その歴史を抹殺し
、古代の聖地を自らの安定した領土内に置き換えようとした。数多くの神殿が地中海や中
近東に移築され、あたかもそこが古くからの都市であったかのように見せ掛けられた。
中でも最大のトリックはコンスタンティヌス帝によるエレサレム移動であった。コンス
タンティヌス帝は聖地を自らの首都の所在たる小アジアに近づけるべく、パレスティナの
地に贋の十字架を埋めるなどの策を労して、まんまと全キリスト教徒を騙してしまったの
である。−
これはロンドンのある雑誌編集者が引退後に書いた大部の著書の梗概なのだそうだ。文
書案内によると、このフロッピーには、梗概だけではなく、その書籍の翻訳そのものも収
められていたようだが、私はわざわざそれを開いて読んでみようという気にはならなかっ
た。
私がこの薬科大学の講師の職を得てから早や半年になる。前任者が学年末に急死したと
かで、この学校の学長とつきあいのあった私の恩師に後任の打診があり、さっそく母校の
研究室でくすぶっていた私が紹介されたというわけだ。
同僚の講師や助手から茶飲み話に聞いたところでは、前任の古河という講師は、研究室
の窓から落ちて事故死したらしい。人が死んだ研究室をあてがわれるというのも妙なもの
だが、幸い私は、それを気に病むほどナイーブではなかった。
それに名目上は主任教授のものだとはいえ、一人で管理できる研究室を持てるのは、あ
りがたい話である。なにしろ歴史学の研究者にとって、手元に増えるばかりの文献を収め
る場所を確保するのは大変なのだ。
前任者は膨大な原書のコレクションを翻訳して叢書にする計画を進めていたとかで、そ
の原書と原稿は遺族が持ち帰り、私が着任した時の研究室は閑散としていた。ただ、窓に
高い手すりのようなものがとりつけられ、いささか息苦しい印象を与えていたが、それは
おそらく事故の再発を恐れて急遽とりつけたものだったのだろう。
いつもは講義の時間の直前に職場につくのが常なのだが、今朝はいつになく天気がよく
、つい早めに出て研究室を片づけようと思い立ってしまった。そして、ふだんは開けたこ
とのない戸棚の片隅でこのフロッピーの束を見つけたというわけである。
どうやら古河氏がすすめていたという叢書の翻訳らしい。このフロッピーに対応するワ
ープロは薬大の備品だから、遺族も持ち帰ろうとはしなかったのだろう。
私は書類や文献を片づけるのに一息ついてコーヒーを入れ、そのフロッピーを読んでみ
ることにした。そして、カップを手にしたままあきれかえったというわけである。コーヒ
ーを口に含む前に文書が出てきたのは幸いだった。出なければワープロに向かって吹き出
し、大学に備品の弁償を迫られていたかも知れない。
いったい、古河という人は何を考えてこんなイギリスの変人の寝言を翻訳しようなどと
思い立ったのだろうか。
私はそのフロッピーのことはいったん忘れて、その日の講義の準備にとりかかることに
した。貴重な時間は有意義に使うべきなのである。
古河氏のフロッピーを見つけた二日後、私は午前の講義を終え、学内の食堂で昼飯を食
っていた。その日は午後からの講義はないので、午後はまるまる研究にふりむけることが
できる。その時、後ろから声をかけられた。私が振り向いて挨拶をかわすと、その男はテ
ーブルの向かいに回って相席の許しを求める。生化学の助手の鈴木、つねづね実験も教育
も肉体労働だ、を口癖にしている巨漢で、その両手で抱えた盆には定食1セット分の他に
ラーメンの丼が鎮座ましましている。
「あい変わらずよく食うなぁ、二人前か」
「ああ、郊外のキャンパスは空気がいいからね。仕事もきついし、腹もへると」
「ふーん、鈴木さん、この大学が都心近くにあったころを知っているんだよねぇ」
「そう、通勤は遠くなったけど、研究室は広くなったし、環境はいいからね。ただ困るの
は虫が研究室に飛び込んでくること。でも、鳥に飛び込まれるよりはましだけどさ、ほら
、この大学、全部の研究室の窓に柵がついているから」
鈴木は話好きな性格で同年配だということもあり、新人の私にとっては良い情報源にな
ってくれている。おしゃべりにこれほど口を動かしながら、盆の上の食べ物は順調になく
なっていくのだから、大したものだ。
「じゃ、あの窓の柵ができる前は鳥で大変だったんだ」
「何いってんの。ここじゃ鳥の被害がありそうだ、ってんであの窓の柵、学舎の設計段階
から付けるようになっていたんだよ」
「じゃ、五年前から?」
「そう、五年前から」
どうもおかしい。それでは、古河氏の事故をきっかけに柵ができたというのは、私のは
やとちりだったのか。しかし、そうなると、古河氏はわざわざ柵をよじのぼり窓の上方の
やっと体が享ほどの隙間から外へと身を踊らせたことになる。そんな事故があるものだろ
うか。
こんなことを考えながらでは研究が手につくはずもない。私は研究室に戻ると戸棚を開
け、例の束から別のフロッピーを取り出した。もちろん、そのフロッピーに疑問の答えが
書いてあると思ったわけではないが、古河氏という人物が何を考えていたのか気になって
きたのだ。
そのフロッピーに収められていたのは、戦争前夜、ドイツで刊行されたという書籍の梗
概と全訳だった。
−広大な宇宙の歴史は氷と火の闘争によって綴られており、人類の歴史はその中の一頁に
すぎない。天空に浮かぶ星々は太陽と巨大な氷の塊の衝突から生じたカケラであり、地球
では火と氷の要素がかろうじてバランスをとっている。地球に最も近い氷塊は月だが、現
在の月は四番目のものであり、すでに三つの月が地球に向かって落ちてきた。そして、そ
のたびに地球上の生命は大絶滅を迎えたのである。三番目の月の時代、人類は世界的規模
の文明を築き、黄金時代を誇っていた。アンデス、ニューギニア、チベットに残る謎の遺
跡はその時代の遺産である。第三の月が落下した時、黄金時代の文明は衰亡に向かった。
そして地球が現在の月を捕捉した時、その引力による水位の上昇でかろうじて残っていた
文明も水没し、人類はゼロからやり直すことになった。それがアトランティス沈没、ノア
の洪水、そして北欧神話『エッダ』のいう「神々のたそがれ」の真相である。−
これまた壮大なヨタ話である。あのヒトラー総統のお膝元でこんな内容の本が刊行され
ていたとは奇妙なものだ。もっともあの狂信的なアーリア至上主義を唱えた総統のことだ
から、同じくらい気違いじみたこの説を暗に支持するくらいのことはやったかも知れない
。私はそれまで不思議に思っていたことがあった。遺族が持って行ったという古河氏の膨
大な遺稿はその後、どうなったのかということだ。
それがどこかの出版社から刊行されるということになれば、狭い学界のこと、噂が耳に
入らないはずはない。それがまったく出版の気配がないのはなぜか。無名の研究者とはい
え、故人の最後の業績なのである。
なるほど、このような内容でしかも膨大な叢書となれば、出版社に持ち込んだとしても
二の足を踏むだろう。いや、その前に遺族がこれを読めば、恥ずかしくて出版社に持ち込
む気にもなれないだろう。
ひょっとして古河氏は冗談のつもりでこの翻訳をすすめたのだろうか。しかし、冗談と
してはこの翻訳にかけたであろう労力は大きすぎる。それになにより、それほど冗談に凝
るタイプの人物に、研究室の窓から身を投げるほど悩んでいたことがあろうとは思えない
のである。
フロッピーを見つけてはや二週間、古河氏が何を考えて膨大な翻訳を残したのか、そし
てその死は本当に事故死だったのか、講義中にその疑問が沸き上がるのを抑えるのは大変
だった。少ないデータで悩んでいてもキリがない。
古河氏の事故死(?)の状況をくわしく聞いてみようと午後の講義が終わり次第、生化
学の研究室に急ぐ。今までにも当時を知っている同僚の講師や他の助手にもそれとなく聞
いてみたのだが、皆、特に不審なことはないというばかりだった。やはり一番腹を割って
話してくれそうなのは、鈴木しかいない。
生化学研究室のガス台の一つで湯を沸かし、備品の急須で茶をたてると周囲に芳香が広
がる。鈴木は大食漢だが、酒は一滴も飲めない。そのかわりお茶には凝るたちなのだそう
だ。
「古河さんは本当に事故だったのかって?そりゃ警察でもそれでケリをつけてしまったか
らなぁ。何、殺されたんじゃないかと疑っているの」
「まさか、二時間ドラマじゃあるまいし。ただ、あんな高い柵を越えて、どうやって窓か
ら落ちたのか、おかしくはないか」
「うん、たしか警察でもそれは疑ったらしいよ。しばらく刑事が学内に出入りしてたから
ね。ただ、この大学の廊下には防犯カメラがいくつも設置されていてね。ほら、三、四年
程前に宗教がらみのテロ事件があったでしょ。この大学でも放射性物質とか細菌とか、ア
ブナイ連中が欲しがりそうな化学物質とか扱う研究があるから、防犯体制を強化している
わけよ。で、古河さんが落っこちた前後、歴史学研究室に近づいた不審な人影はなかった
らしいんだよね」
「だから、別に殺されたと思っているわけじゃないんだって」
「それに言っちゃなんだけど、歴史学の先生が専門のことで人に殺されるような動機を抱
えるって考えにくいじゃない。高価な物とか危険物とか扱うようなジャンルじゃなし、あ
の先生は宗教や思想関係のアブナイ団体ともつきあいなかったからね。プライベートの方
でも人に殺されるほど恨み買うようなこともなかったんだろうね。警察が手をひいたって
ことは」
「でも自殺という可能性はなかったんだろうか。くりかえすけど、あの窓の構造だぞ」
「そりゃ、いかに狭くても隙間がある以上、何かのはずみで身を乗り出すことだってある
だろう。それこそ窓の軒にとまった鳥を捕まえようとしたとかさ。自殺については考えな
くていいと思う。現場には遺書もなかったわけだし、それに古河さん、膨大な遺稿を残し
ていたわけだろう。研究者の心理として、その遺稿が無事世に出るのを見届けるまで死の
うという気にはならない。君も研究者だから、そのへんはわかるだろう」
私はなぜか鈴木にフロッピーをみつけたことを話す気にはならなかった。話をしている
内に、なにかあのフロッピーのどこかに古河氏の死の真相を解く鍵が隠されているような
気がしてきたからだ。
私は帰宅する前にまた新しいフロッピーを取り出してみた。今度は十九世紀のあるイギ
リス貴族がその刊行のために全財産を費やし、ついにはそれが払い切れぬ借金を抱えたま
ま獄死したという、曰く付きの書物だという。
−紀元前七二一年、アッシリアがイスラエルを征服した際、イスラエル十二支族のうち十 支族が歴史の表層から姿を消した。彼らはユーラシア大陸を東に進み、ベーリング海峡を 経てアメリカ大陸を南下した後、古代メキシコ文明を建てた。すなわちメキシコ・インデ ィアンこそ「失われた十支族」の直系の子孫であり、さらに彼らの兄弟ともいうべき十支 族の末裔は今もペルシャ以東のアジア各地に暮らしているのである。−
今日で二学期の講義も最後、フロッピーを見つけてからはや三月、あの時、紅葉だった
木々はすっかり葉を落とし、学舎にもときおり白いものがちらつくようになった。
フロッピーの束から、古河氏の遺書なり、自殺の動機なりを見つけだそうとする試みは
まったく無駄だったといってよい。
出てくるのは、たちの悪い冗談か、本気だとすれば狂人のたわ言としか思えない文章ば
かりである。
なにしろ、その著者どもときたら、白人以外の人種には文明を造り出す能力はないと信
じているか、聖書は絶対正しいという前提にたってそれまでに判明していた考古学的・人
類学式事実を(さらには地質学・天文学的事実まで)歪めて解釈しようという連中ばかり
である。つまり、ナチスの狂人どもと同類なのだ。
これらの著書を読んでいると、西欧人の人種的偏見がいかに根強いか、よく判る、とい
いたいところだが、こんな特殊な連中ばかりをサンプルに選んでも、一般的な人々の意識
を推し量れるはずはあるまい。
それにこんな特殊な連中を紹介するだけなら、著書の梗概をまとめ、古河氏自身の著書
として書きおろした方がよっぽど賢いというものだ。私には、古河氏がどういう問題意識
からこんな叢書を編纂しようとしたのかわからないのである。
ただ、古河氏が各文献の翻訳本文と梗概の他に、古河氏自身が叢書全体の序文として準
備した文章を見つけだすことはできた。
「歴史に絶対の真実を求めるは困難にして、時に誤伝謬説の広まるは避けがたし。我叢書
にて採りたる諸説、ことごとく錯誤と判明せりといえども、その発祥国にては信奉者少な
からず、或いは機を得て再び邪説の広まること無しとはいえず、或いは古き説に新たな趣
向を凝らしたる異説の新説と称して諸人の持て囃す処となりたるも決して杞憂とはいえざ
るなり。此処に学界の警戒を促すべく、あえて西欧諸国の誤伝謬説を蒐集して世に問う者
と為す。又、終戦より五十余年、我国の歴史学は格段の進歩を遂げたりといえども、いか
なる処に錯誤の陥穽あるやも知れず。江湖の諸賢よ、先人の誤伝謬説を以て他山の石と為
さしめよ」
どうも古河氏は考えすぎのようだ。かりにこれらの奇説に潜在的な人気があるとしても
、それが流行して正しい説を覆い尽くすほど人間がおろかになれるとは思えない。人間、
特に学者というものは正しさを求めるものであり、あからさまにおかしな説はおのずと排
除されていくはずのものである。
それに古河氏が言う通り、戦後、歴史学は考古学・人類学の要素をも取り込んで格段の
発展をとげた。いまさら、おかしな説が流行ろうはずはない。そう、もしも私があのイギ
リス文明発祥説やインディアン=失われた十支族説と同じような奇説を弄する輩であり、
それまで学生に教えてきたことが間違いだったと気付けば、死ぬほど悩むかも知れない。
しかし、恩師から聞いたところによると、古河氏は穏健な学風だったという。また、昨年
、古河氏の講義を受け、今年は私の講義を受けた学生の話では、「歴史学」と「文明史」
という科目内容の差こそあれ、歴史の大筋にきわだった差はないという。もちろん、どち
らも実際の歴史について講義しているのだから、大きな差がないのはあたりまえだ。
とすれば古河氏が、誤った説を教えたことを悩んで自殺したなどということもありえな
いだろう。古河氏はやはり事故死だったに違いない。
私はワープロを切って、今読んでいたフロッピーを取り出した。来年度の予算で新機種
のワープロを入れることが認められれば、このフロッピーの束はそのまま燃えないゴミと
して出すことにしよう。
私は講義予定のノートを開き、今学期のまとめについて読み合わせを始めた。
−大東亜解放戦争が終わって後、世界各地での考古学的発見の数々により、エジプト、メ
ソポタミア、ギリシャ、ローマ、インダス、シナ、ユカタン、アンデスの古代文明はすべ
て日本人によって建設されたことが明らかになった。たとえば古代ギリシャの女神アテー
ナイは我が神典の天照大御神であり、ローマ建国者イナイ(アイネウス)とは神武天皇の
御皇兄・稲飯命である。またエジプト歴代のファラオにも日本の皇室から出られた方が含
まれていることはすでに実証されている。
なお、日本と共に先の戦争において戦勝国となったドイツでは古代文明の建設者をアー
リア民族とする説が流行したことがあるが我国学界においては認められていない。−
そう、このように次第に正しい歴史が明らかになってきた以上、今後、誤った説が大き な力を奮うようなことは二度と起きないはずなのである。
1998 原田 実