平成オカルト業界紳士録(その1)

オカルト業界大変動

 平成七年のオウム真理教事件、マスコミの狂騒の中でしばしば槍玉に挙げられたものの
一つにオカルトがある。ここでいうオカルトとは哲学上の課題としてのオカルティズムで
はなく、「UFO・超能力・心霊・古代文明・超科学」(『ムー』のキャッチコピーより
)などの話題を意味していると考えていただきたい。かつて、オカルトは好事家の趣味の
域を出なかったのだが、七十年代のオカルトブームを機会に出版、通販などの業者が参入
し、一部のカルト教団が信者集めにオカルトを利用するなどということもあって、少規模
ながらもオカルト業界というべきものが形成されることになった。その象徴的存在が間も
なく十九年目を迎えようとしているオカルト雑誌の老舗『ムー』(学研、昭和五四年創刊
)である。この雑誌を初めて手にとる方は記事の内容以上に、オカルト関連商品通販や自
己啓発セミナーの類の広告の数々に驚かれることだろう。

 さて、オウムの教義がチベット密教、ノストラダムスからUFOまで何でもござれのオ
カルト見本市だった上に、教団が成長する上でオカルト雑誌が利用されたことから、その
道になじみの薄い人々がオカルト=オウムという図式を思い描いたとしても仕方のない面
はあった。では、この騒動はオカルト業界にどのような傷跡を残したであろうか。

 それが驚いたことにほとんど影響を残していないのである。『ムー』(学研)は何事も
なかったかのように毎号十八万五千の部数を保ち、徳間書店のオカルト叢書「超知ライブ
ラリー」や各社の新書版オカルト本も相変わらず書店の店頭を飾り続けている。

 それどころかオウム真理教事件の前後、従来ならオカルト本に分類されていたような書
籍が相次いでベストセラーになっている。平成九年一月時点で五百五十万部を優に超え、
平成最大のベストセラーとの呼び声も高い春山茂雄『脳内革命』および『脳内革命』2(
サンマーク出版)を筆頭に、二四〇万分を超えたグラハム=ハンコック『神々の指紋』上
下巻(翔泳社)、さらにジェームズ=レッドフィールド『聖なる予言』『第十の予言』(
角川書店)、サイババ=ブームを生んだ青山圭秀『理性のゆらぎ』『アガスティアの葉』
(三五館)、従来のオカルト本を笑いとばす『トンデモ本の世界』『トンデモ本の逆襲』
(と学会編、洋泉社)など、ここ一、二年ほどのブックチャートを賑わわせたオカルト本
は少なくない。

 また、オカルト「実話」のパターンをフィクションに取り入れた劇画『MMR』(石垣
ゆうき作、講談社)やアメリカ製のテレビドラマ『Xファイル』も好評を博している。

 もっとも久々にオカルト本のベストセラーが続くということ自体、この業界の内部に何
らかの変動が起きようとしている徴候と見なすこともできる。オウム真理教事件さえ、そ
うした変動の一角とみなすことも可能なのである。

 このオカルト業界変動において、旗手的役割を担っているのは、『脳内革命』の実質的
プロデュースを務め、自らも多くのベストセラーがある船井幸雄氏(船井総合研究所会長
)だが、その他にも従来のオカルト業界人とは異なるスタンスに立つ人物が最近台頭しつ
つあるのも確かである。彼らはいずれも平成に入ってからオカルト業界の表舞台にいきな
り登場してきた人々だ。そして、彼らの活動はオカルトなんぞに関心がないという方々に
もビジネス上のヒントを与えうる可能性がある。そんなオカルト業界のニュースターたち
の一部をこれから紹介していきたい。

高橋良典

 平成六年九月、徳島県美馬郡貞光町の商工会青年部はいささか興味深い催しを開いた。
四国の霊峰・剣山にある古代ユダヤ遺跡を調査しようというのである。剣山に古代ユダヤ
の秘宝が埋まっているという話は戦前、地元の聖書研究家・高根正教なる人物によって唱
えられたことがあり、元海軍大将・山本英輔が音頭をとっての発掘調査が行われたことも
あった。もっともその発掘はめぼしい成果もないまま中止され、以来、ユダヤの秘宝など
という非常識な話は地元でもろくに相手にされないままになっていた。

 ところが九〇年代に入ってから、古代のロマンを村おこしに利用しようとする人々によ
ってふたたび注目され、マスコミで著名なユダヤ問題研究家にも関心を示す人が現れた。
そこでこの機会に本格的な調査を行おうという声が上がったというわけである。

 かくして現地では遺跡の調査見学会ならびに講演会「剣山の古代ロマンと地域振興につ
いて」が開かれることになった。その講師こそ高橋良典氏その人である。

 高橋氏は昭和二〇年、東京都狛江市生まれ。著書『超古代世界王朝の謎』(日本文芸社
)によると、中学生の時、歴史の教科書に載っていたタージマハルの写真を見たのがきっ
かけでインド、さらにひいては世界の古代文明に興味を持つ。東京大学経済学部を卒業後
、すべての古代文明に共通の起源があったという仮説を実証するべく、世界各地の遺跡を
巡り、神話・伝説・叙事詩の比較研究を進めたという。

 八十年代、高橋氏は数多くのオカルト本の翻訳・監修や雑誌の企画などに携わっている
。日本では手に入りにくい原書や遺跡の写真を所蔵する高橋氏は出版社にとって重宝な存
在だったということは言えるだろう。しかし、高橋氏が自ら表舞台に立ち、本格的に活動
を始めるのは平成二年、著書『謎の新撰姓氏録』(徳間書店)を発表してからだ。

 平安時代の系図書『新撰姓氏録』を調べれば、日本人の祖先がアフリカやインドから来
たことがわかるとするこの書籍はマーケティングの成績こそ良くなかったものの一部のオ
カルト・古代史ファンの間で話題を呼び、高橋氏は人脈を広げることになる。

 その人脈を生かして高橋氏は地球文化研究所を設立、さらに世界各地の遺跡調査をさら
に推進するため、日本探検協会を発足、その会長に納まった。

 平成四年十一月二一日、東京国立博物館大講堂で地球文化研究所・日本探検協会主宰に
よる公開シンポジウム「古代日本の大航海時代」を開催。パネリストに茂在寅男東京商船
大学名誉教授、大野晋学習院大学名誉教授、古田武彦昭和薬科大学名誉教授(当時)を招
き、高橋氏は司会役を務めた。当時の雑誌からシンポジウムの模様を示せば−
「茂在氏は、古代においても遠洋航海が可能であることを船と航海術から具体的に論述、
大野氏は南インドの巨石文化と日本の弥生文化の類似性を考古学と言語学の両面から指摘
し、南インドから日本への文化の伝播を示唆した。一方、古田氏は、文献の厳密な解読か
ら到達した古代アンデスと古代日本との関係を裏付ける新たな資料を紹介し、縄文土器文
化が大陸へ伝播した可能性を強調した」(『別冊歴史読本特別増刊』第十八巻第十二号)

 ちなみに当日のパネリストの内、古田氏はこの前後から、古代東北地方に超古代文明が
栄えたとする偽書『東日流外三郡誌』を信奉し、あるいは『ムー』のインタビューに応え
て高知県足摺岬にある自然の奇景・唐人馬場を古代人の建造物だと言い張るなど、急激に
オカルトへの傾斜を強めつつ、現在に至っている。

 それはともかく、高橋氏はその後もしばしば高名なゲストを招いてのシンポジウム、講
演会を開き、アカデミックな方面での人脈を固めることに力を入れてきた。

 とはいえ、高橋氏は自らの主張について学界と妥協する気はさらさらないようである。
高橋氏および日本探検協会はここ二〜三年の間に日本文芸社(『縄文宇宙文明の謎』他)
、徳間書店(『太古、日本の王は世界を治めた!』『超図解・縄文日本の宇宙文字』他)
、飛鳥新社(『地球文明は太古日本の地下都市から生まれた!!』『古代日本、カラ族の黄
金都市を発見せよ!!』他) といくつもの出版社からそれぞれ幾冊もの編著書を出している
。それらによると、古代日本人(高橋氏はカラ族と呼ぶ)は、ヴィマナといわれる飛行艇
を駆使し、シャンバラといわれる地下都市を建造して、地球全土のみならず宇宙規模の一
大文明を築いていたという。両米大陸・南太平洋の原住民やアジアの諸民族、ユダヤ人な
どは皆、カラ族の地を引いており、その意味では日本人と兄弟である。カラ族の文明は起
源前七世紀の天変地異と白人の祖先であるアヤ族の侵略のために崩壊し、以来、現代まで
続く白人優位の時代が始まった(この点、明らかにモンゴロイド系原住民の手になる中南
米文明を白人と黒人の手になるものと言い張るグラハム=ハンコックとは好一対である)
。しかし、古代文明の遺産を見出すことによって白人の支配は覆り、カラ族の子孫はふた
たびその栄光を取り戻すという。

 何やら戦前の大東亜共栄圏構想を思い起こさせる話だが、この高橋氏の主張がアカデミ
ックな歴史解釈と相いれないことは言うまでもない。しかし、日本にはこの手の話に雄大
なロマンが感じるであろう人が少なからずいるのも確かなのだ。
「ともあれ、日本探検協会は、四国の剣山にたいへんな秘密が隠されているらしいという
ことで調査を開始したところである。四国は日本太古史の究極の秘密の鍵を握るところで
はないか。そこには太古の地下都市シャンバラがあり、また、そのシャンバラには忌部一
族の祖・天日鷲翔矢命が使用した空艇ヴィマナが眠っているのではないか?私たちの住む
この地球の真実の歴史を探検する旅は、いま始まったばかりである。四国の剣山調査はそ
のケース・スタディの第一目標である」(日本文芸社『日本超古代文明のすべて』平成八
年四月、高橋氏担当箇所より)

 剣山調査を皮切りに高橋氏の調査は必ずや第二、第三のケース・スタディを見出してい
くことだろう。そして、その調査がそれぞれの地元における村おこし、町おこしと結びつ
いたものになるであろうことも容易に予測できるのである。

中矢伸一

 高橋良典氏がいわゆる超古代史の知識を観光産業のために消費しているのに対して、超
古代史を参考にしつつ、より応用の広い経営論を展開しようとしている人々もある。その
筆頭に挙げられるのが中矢伸一氏である。中矢氏は昭和三六年、東京生まれ。アメリカは
ワシントン州立コロンビア・ベースン・カレッジに三年間留学したこともある。

 帰国後は英会話講師、翻訳、通訳など英語関係の仕事につきつつ、東西の予言書と歴史
、宗教を研究、一時は「神典アナリスト」なる肩書を用いていた。
 彼がオカルトの世界で頭角を現すきっかけとなったのは、平成二年の八月、川尻徹なる
人物のインタビューを行ったことである。

 川尻の本業は精神科医。いくつかの病院に勤務しつつ、ノストラダムスの予言書解読に
生涯を捧げた人であった。川尻によると、ノストラダムスの予言が当たるのは、その予言
書に基づいて歴史を操作する「影の組織」が暗躍しているためであり、松尾芭蕉、ヒトラ
ー、山本五十六、はてはケネディやマリリン=モンローなど多くの歴史上の人物がその「
影の組織」に参加して、それぞれの使命を果たしたのだという。

 昭和五九年、『週間プレイボーイ』が川尻のインタビューを数週にわたって連載して以
来、この破天荒な説はオカルト=ファンの間で話題となり、あの麻原彰晃氏も川尻の著書
の熱心な読者の一人だったことが知られている。

 さて、川尻とあった中矢氏はたちまちその説に心酔し、さっそく川尻の言行をまとめて
『ノストラダムス戦争黙示』『ノストラダムス複合解釈』『芭蕉隠れキリシタンの暗号』
(いずれも徳間書店)という三冊の本を著し、川尻名義で発表された。

 しかし、この三冊の著書を著している間、中矢は、歴史がすべて人為的に操作されうる
という川尻の考え方に疑問を抱かずにはいられなかった。
「近い将来、「五畿七道超巨大地震」クラスの大地震が発生するということだが、博士に
よれば、これも「影の組織」−即ち人間が起こすのだという。(中略)博士はまた、西暦
二〇〇〇年にポールシフト(極移動)が起こると指摘している。(中略)この極移動も「
影の組織」により実行に移されるというわけだが、果たして今の人間に、そこまでの技術
があるだろうか」(『ノストラダムス戦争黙示』あとがきより)

 中矢は歴史を動かす主体として、人為的な「影の組織」などではなく「人間的な段階を
超越した無限意識実体」すなわち「神」を想定するべきだとの考えを示すようになる。

 平成五年、川尻の死とともに中矢氏はその持論を全面的に展開しはじめる。彼は、元大
本教信者の岡本天明が戦時中、神示を受けて著したという予言書『日月神示』に基づき日
本経済の動向を予測するという本を幾冊も著した(『ユダヤの救世主が日本に現われる』
『日月神示とプラウト光輝の書』徳間書店、『神道経済救国論』KKベストセラーズ、他
)。また、平成六年には「真正日本を考える会」を結成。中矢氏の最近の著書によると、
この会のテーマは「日常の衣食住から医療、経済、教育、歴史といった広範囲のものです
が、すべて神を中心に置く神道的価値観を根幹に据えております」という。

 また中矢氏は「古代人は、現代の日本人よりもはるかに純真で、身魂が清らかであった
ために、神霊との交流が容易に行われていたと推察される」という考えから、古代史にア
プローチし『神々が明かす日本古代史の秘密』『神示が明かす超古代文明の秘密』『封印
された日本建国の秘密』(いずれも日本文芸社)などの著書も著している。

 中矢氏の最近の著書を見ていると、その内容は予言や古代史に関する着想をそのまま著
すものから、次第に応用としての経営コンサルタント的なものに移りつつあるようだ。

 中矢氏の動向は、経営コンサルタントから次第にオカルト的な言動を連発するようにな
った船井幸雄氏とちょうど逆方向に向けて進行しつつあるようである。その結果が吉と出
るか否か、それこそ神のみぞ知るところであろう。

深野一幸

 深野一幸氏は昭和十六年生まれ、東京工業大学応用物理学科卒の工学博士で現在の肩書
は21世紀研究所所長。九〇年代に入ってから『199X年地球大破局』『地球大破局から
の脱出』(廣済堂出版)『「超真相」宇宙人!』『超科学書「カタカムナ」の謎』(徳間
書店)など、多くのオカルト関係書籍を著している。

 それらの著書によると、地球の科学文明と精神文明は宇宙の他の星にくらべてたいへん
遅れている。その原因は地球人が「宇宙のしくみ」「宇宙エネルギーの存在」「人間の二
重構造(霊魂+肉体)」を知らないためである。そして、その遅れた地球人を啓蒙するた
め、先進宇宙人はUFOに乗って地球を訪れているのだという。

 その深野氏が最近、力を入れているのが宇宙エネルギーの実用化とその普及である。ち
なみにこの「宇宙エネルギー」とは多くの論者がいうところのフリーエネルギーに相当す
る概念だが、深野氏はフリーエネルギーという語彙は別の意味の物理学用語と紛らわしい
ということで、その語を用いることを避けているのだという。

 フリーエネルギーとは空中に満ちていると考えられている無尽蔵のエネルギーのことで
あり、そのエネルギーを取り出すフリーエネルギーマシーンの実用化に成功すれば、エネ
ルギー危機や環境汚染のような問題が一挙に解決するであろうことは間違いない。だが、
科学評論家の久保田裕氏によると、「フリーエネルギーマシーンを完成したという噂は何
度も聞くのに、その噂が公に確認されたことは一度もない」

 本当に宇宙に偏在するエネルギーを取り出すためには既存の物理法則を覆さなければな
らず、その理論は限りなく永久機関に近いものにならざるをえないだろう。

 ところが深野氏の著書『地球を救う21世紀の超技術』(廣済堂出版)『宇宙エネルギー
が導く文明の超転換』(徳間書店)を見ると、深野氏言うところの「宇宙エネルギー」を
利用した新技術・新製品がこれでもかとばかりに列挙されているのである。

 それはたとえば宇宙エネルギーを取り込んで電力に変えるという常温超電導材料だった
り、入れた燃料分以上の熱量を発生するアルコール燃焼装置だったりする。中にはプラス
チックを還元して灯油に変えるなどという、なぜその原理を説明するのにわざわざ宇宙エ
ネルギーを持ち出さなければならないのか首をかしげるものもある。

 また深野氏によると宇宙エネルギーは動力として用いられるだけではなく、人体にも良
い影響を与える。気功やヨガは宇宙エネルギーを体に取り込むための鍛練法である。また
漢方薬や温泉が効くのも、植物や湯が吸収した宇宙エネルギーが人体に作用するからなの
だという。深野氏は宇宙エネルギーの人体への応用という観点から『難病を癒す奇蹟の超
医療』(徳間書店)という本まで著している。

 宇宙エネルギーが実用化しさえすればすべての難問は解決するという態の楽観的性格、
自らのオリジナルな研究成果よりも他の研究者の業績(?)を紹介することに力を入れ、
巻末には関連企業の連絡先を列挙するという構成など、深野氏の著書には一見、船井幸雄
氏のそれを連想させるようなところがある。

 実際、船井氏は著書の中で深野氏の文章をしばしば引用しており、船井・深野共編著に
よる『21世紀への超技術』(ビジネス社)という本もある。

 だからといって深野氏を船井ファミリーの一員、船井亜流とみなすのは間違いだろう。
第一、深野氏の著書には船井氏の引用は見られないのである。影響関係から言えば深野氏
の方が船井氏に影響を与えているのであり、その逆ではない。

 山本弘氏は『トンデモ本の世界』で次のように指摘する。
「深野博士の本はどれも売れている。九一年に出た『宇宙エネルギーの超革命』は三年間
で十八刷に達したし、『「超真相」宇宙人!』も着実に版を重ねているようだ。書店でも
サラリーマンらしい人が真剣に深野博士の本を読んでいる姿をよく目にする」

 船井幸雄現象は孤立したものではなく、深野氏を初めとする多くのオカルト研究家たち
の市場開拓にも支えられているのである。

平成オカルト業界の特徴

 七十年代以降に形成されたオカルト業界とそれ以前、特に戦後、雨後の筍のように林立
したいわゆる新興宗教のもっとも大きな違い、それは信奉者にとっての第一目標の設定で
あった。いわゆる新興宗教が貧困や病苦といった日常生活に関わる苦悩からの脱却を説い
たのに対して、オカルト業界では宇宙人との交流、超古代文明の復興などの空想的なテー
ゼや「自分探し」など日常生活から遊離した目的が掲げられる傾向がある。だからといっ
て一昔前の新興宗教が今のオカルトよりも真面目だとも言い切れない。オカルトの信奉者
にとっては一見、浮世離れした命題が衣食住、生老病死などに関わる問題以上に切実で深
刻なものだったりするのである。

 八十年代にはそうしたオカルトへの関心を吸収する新・新宗教と呼ばれるような教団が
次々と現れた。新・新宗教の特徴としては、その教義の影響範囲が教団組織内に留まらな
いことが挙げられる。

 それらの教団はいずれも教義の媒体のマルチメディア化(テレビのオカルト番組、オカ
ルト雑誌、単行本、講演会、ラジオ番組など)を進めており、その結果、特定の教団に属
していないものでも、教義に触れる機会が多くなったのである。

 また、一方では、何らかの教団組織に属している者でも、教祖の人格に絶対的に帰依し
ているとは限らない傾向が生じた。

 教祖の権威はマスメディアによって相対化され、他の「救世主」との比較によって自ら
の正統性を主張するといった倒錯が生じる。そのため、他の教祖の宣伝に相乗りして自ら
の教団をアピールするような珍妙な情況も生じる。特に大本教祖・出口王仁三郎は大本と
いう教団のワクを離れ、統一協会、オウム真理教、幸福の科学など多くの教団にその権威
を利用されてきた。そのため、教祖のキャラクターや教義の内容はドングリのせいくらべ
となってしまうのである。また、富士皇朝なる団体の総帥で一九九四年に東京壊滅クーデ
ター計画を発表した万師露観氏は、教団機関誌の中で「麻原彰晃は私に代わって蜂起した
」と説き、オウム真理教事件までちゃっかり宣伝に取り込んでしまった。
その意味では、オウム真理教が急激に教祖の絶対化を進めようとしたのは時代の流れに逆
行する行為だった)。

 また、教団の形をとることなく、オカルトグッズ・書籍の通販や自己啓発セミナーの募
集を通してオカルト的なイデオロギーを切り売りする団体が増加したのも八〇年代のこと
だった。その宣伝媒体として重要な役割を果たしたのが『ムー』などのオカルト雑誌であ
る。また、すでに教団組織を固めている団体が資金や信者を集めるために通販などを始め
た例も多い。先述した富士皇朝もその活動の中心となっているのはオカルトグッズの販売
である。

 このような状況だから、八〇年代以降、何らかの教団に属していても、その一員として
の自覚が薄い、あるいはそんな自覚など最初から持ち合わせていないという人も増えてき
た。こうした傾向は九〇年代に入ってさらに加速した感がある。その意味では、教祖の絶
対化・神格化を進め、教団組織内の結束を教化しようとしたオウム真理教は時代の流れに
逆行していたのである。結局のところ、その無理があの事件を招いたともいえよう。

 そして九〇年代、オカルト業界の新興勢力は教団組織に頼ろうとはしない。また、オカ
ルト的な商品の宣伝にたずさわることはあっても、自ら販売主となるわけではない。本稿
で見てきたように、彼らが本領を発揮するのはコンサルタント的な業務である。言い換え
れば、彼らはモノではなく無形のチエを売るのだ(現在、その筆頭にいるのが船井幸雄氏
であることは言うまでもない)。

 だが、本来ならば最も実利的な発想に立たなければならないはずの経営の場に、浮世離
れしたオカルト知識が求められるというのも奇妙な話である。日本経済の内実が「実業」
から「虚業」に変容しつつある、その徴候がオカルト業界の変動に現れているというのは
いささかうがちすぎであろうか。

                       97年2月20日  原田 実