眠れぬ夜のひつじたち

眠れない夜には「ひつじがいっぴき、ひつじがにひき」とかぞえると、誰もが言う。私もこの方法は何度か試したことがある。しかしほとんどの場合、いくらかぞえても眠れない、そんな時にはほとほと困りはててしまう。この程度で簡単に眠れる人がうらやましい。ただでさえ眠れないところに「ひゃくごじゅういち、ひゃくごじゅうに、えーと、ひゃくごじゅうさん」などと考えながらかぞえていたのでは、ますます頭が冴えてきてしまう。しかも辺り一面ひつじだらけになって、押しつぶされそうになったり、目の前に恐いひつじが迫ってきて、それがもっと恐ろしいものに変身したりもする。

時には「ひつじといってもいろいろな種類がある。確か、このあいだ見た本のひつじの足は黒かった。あれはなんという種類?そういえばあのひつじは空を飛んでいた.......。空にはどんな雲が?」などと考えてしまう。その上、ひつじが遊ぶ様などを想像しはじめたら、ますますたまらない。さまざまな種類のひつじたちが、空を飛んだり、広い牧場を飛び跳ねたりしはじめる。それでもひつじでとどまっているうちは、まだましなのである。

ひつじが遊んでいるのは牧場だろうから、周りには柵があるはず。柵----ぼくじょう----「OK牧場の決闘」の歌では柵のある小さな牧場は、「コーレル」と歌われていた。----スペルは?----他の映画ではもう少し大きい牧場を、ランチと言っていた。Bはレンジとも。レンジは辞書で調べたらかなり大きな放牧地のことを言うらしい。----アメリカの牧場は広いらしいが、いったいどの程度の広さなのか。南米では藤沢市くらいの広さの牧場もあると聞いたことがある。----藤沢市ってどのくらいの面積?----人口は30万人ほどだった?----こうなってくるともう止まらない。ほとんど連想ゲームの世界である。子供のときから空想癖の強かった私は、その辺りからどんどん別の物語の世界へ入ってしまう。気がつくとカーテンの隙間から朝日が射し込み、表の通りは行き交う車の音で騒々しくなっている。時計を見ると7時。その後1時間ほどとろとろとまどろんで、目が覚める。こんなことが続くと恐くてひつじを数えることなどできない。

そこで私は自分なりの方法を編み出した。「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、しち、はち」と、1から8までのかずをひたすら繰り返すのである。これは単純だから、何も考えなくてよい。せいぜい布団の中で、「はち」と言い終わるたびに指を折って、何回数えたか考える程度である。仮にここからいつもの空想癖が始まったとしても、頭の中を数字が飛び交う程度で、さして実害はない。これはあまりにも単調すぎるのがよい。あまりの単調さに、さしもの私もつい眠くなってしまうのである。翌朝「何回かぞえたかしら」といくら考えても思い出せないところをみると、きっとすぐに眠っているのだろう。