おまわりがこわくって........



Bbさんは、私たちがその存在を忘れかけた頃に、ふらっと一人で歌いに来る。まだあったことのないアルバイトのマサグチでさえ、その名を知るほどの人である。彼は45歳くらいで、独身の職人、開店当初から何かと私たちを困らせ続けている。

もう5年ほど前になるだろうか、時間が来て次のお客さまが待っているのに、マイクを離さないで歌っている。見かねたアルバイトの黒岩が、部屋に入っていき、Bbさんが歌っている曲を途中で切ってしまった。怒ったBbさんは、持っていたグラスのビールを、黒岩にかけたのである。それからが大騒動。とうとうマスターが登場して、Bbさんを外に連れ出し、2時間近くかけてなんとかなだめて帰ってもらった。終わってからマスターは黒岩を「よくやった、えらい」とほめていた。お客さんと揉め事を起こして「よくやった」もないものだが、そこは、何といってもトマトである。客のわがままな振る舞いには、断固として立ち向かう。

その後もBbさんは、酔ってなかなか帰らなくて困ったことがあったが、そのつどマスターのお出ましで、なんとかなっていた。

ある日のこと、夜中の12時ころ警官が「電話を貸してください」とトマトに入ってきた。聞くともなしに聞いていると104でBbさんの電話を調べているが、登録されていなくてわからないらしい。ほかでもないBbさんのことである。私は警官に声を掛け、Bbさんの勤務先などを教えた。なぜBbさんの電話番号を調べていたかというと、これが何ともたいへんなことであった。

その警官がパトロール中に、道幅いっぱいに蛇行して走る、軽トラックを発見した。停止させようとしたところ、振り切って逃げたというのである。そのトラックは、ある場所に逃げ込み、警官が車のドアを開けて降りてくるよう、説得したが降りてこない。そこで、家族を呼んで説得させようと、電話番号を調べる次第となったのである。結局家族には連絡が付かなかったので、Bbさんの勤務先の社長の出番になったらしい。

警官が帰ってから1時間後。店を閉めようと、入り口の鍵を掛けに行ったら、外で話し声が聞こえた。「お客さんだったら、断らなくてはと」思い、ドアを開けると..!!!!!!!!!...Bbさんが酔っぱらって、ふらふらと揺れながら立っていた。彼は「ママちゃん、たばこ買いてェんだよ」とふるえる手で、財布の小銭をだそうとした。私は焦って「Bbさん、いったいどうしたの、さっきお巡りさんが来たよ」と叫んだ。彼は「おまわりがこわくってこんなかぎょうやってられっかよ」と訳のわからないことを言って、相変わらず財布をまさぐっていた。ごうをにやした私は、彼の財布を取り上げ、小銭を出して、自動販売機のたばこを買って渡した。彼はその間も決して中に入って来ようとはしない。

私はなおも「いったいどういうことなの」などと、くどくどと言い続けながら、「警察に通報しなくては......どうしたものだろう......」と、思案していた。そのときふと見ると、Bbさんの後ろに若いお巡りさんが苦い顔をして控えていた。二度目のびっくりである。暗い上に、気が動転している私の目には、Bbさんしか見えていなかったのである。たばこを手に入れたBbさんは、お巡りさんと一緒に、闇の中へ去っていった。

私はとにかくすごい体験をしたと思い、翌朝さっそく夫に一部始終を報告した。何といっても、捕まえられる瞬間こそ見ることができなかったが、知り合いが警官に連行されていくのに遭遇したのである。こんなことは、一生に一度あるかないかという出来事である。夫も一緒に驚いてくれると思いきや、「あいつ、この間も一晩留置場にはいって、社長が迎えに行ったばかりだよ」の一言で片づけられてしまった。わたしたちにとっては、警察の世話になるのは、交通違反か事故、ほかには何かの被害に遭ったときくらいしか考えられない。何のことはない、Bbさんにとって、こんなことは日常茶飯事のことなのである。彼の「おまわりがこわくて.................」の迷せりふも、うなずける。それでも私は、アルバイトの子たちを捕まえては、この話をし、彼らが例外なく目をテンにし、驚く様を見て喜んでいたのである。

Bbさんおそるべし。