トマトの駐車場


駐車場で鈍い音がしたので覗いてみると、白いステーションワゴンが一台出て行くところ。運転手はこちらを見ている。またうちの車がぶつけられたかと思い、外に出てみるがどれも異常はない。聞こえた音も車同士のものではないと、周りのフェンスなどを見るが、その車がいたと思えるあたりには特に異常はみつからない。気のせいかと思い店に入ろうとしたときに、なんだか見慣れた風景と違う様子が目に入った。歩道側の大きな「マテバシイ」が一本倒れているのである。倒れた木は歩道を道幅いっぱいにふさぎ、人が通れない状態になっている。車はコンクリートの車止めを乗り越えて、木を倒してようやく止まったようである。

電話で夫に報告すると、良くしたもので彼はすぐにのこぎりを手に現れた。二人で何とか立て直そうとするが、しっかり根を張っている木はちょっとやそっとでは動かない。あきらめて切ることにする。マテバシイはものの10分ほどで、あえなく解体されてしまった。まるで運命をトマトと共にしているようで、思わず「ご苦労様」と心の中で手を合わせた。

幸い今回は無事だったが、我が家のスペクトロンは過去に3回トマトの駐車場でぶつけられている。2度は相手がわからないままだが、1度だけは私がその瞬間を目撃し「犯人」を追求した。

おしぼりを捨てに行こうと、裏口から外に出たとき「ガッシャーン」と大きな音がした。振り向くとちょうど我が家のスペクトロンのあたりに車が1台止まって、まさに運転手が降りてくるところだった。彼はちょっと前に205号室から帰ったお客様で、顔見知りの人である。私には気がついているはずだから、何か声をかけてくるだろうと裏階段のところで待っていた。

ほかの仲間たちもそれぞれの車から降りてきて、2台の車を見比べていた。しばらくしていっせいに車に乗りこむと、私の目の前を素通りして行こうとする。唖然として眺めている私を尻目に、そのまま駐車場を出ていってしまった。ほかの車も後に続き、もう一台も残っていない。後には傷ついたスペクトロンが残されている。私は事態がはっきり飲み込めないまま、しばらく立ちすくんでいた。

顔見知りだけでなく勤めている会社も、その上司も知っている。当然何か言ってくるだろうと思い、車をそのままの状態にして翌日の午前中いっぱい待った。が、何の連絡もない。プライベートな時間の出来事なので、会社に連絡するのは本意ではない。しかし、いつまでもスペクトロンをそのままにしておくわけにもいかないし、状況によっては警察に届けるようになるかもしれない。というわけで、会社に連絡して調べてもらうことにした。

その会社はトマトの近くにある。当然のことだろうが、電話を受けた人は私の言うことが信じられないようで「うちの会社のものに間違いなのですね」と、何度も念を押す。間違いはないはずであるが、もし違っていたら警察に届けなくてはならないので、至急調べて欲しいと頼んで待つことしばし。至急と言ったにもかかわらず、2時間ほどして現れたのは紛れもなく昨夜の人。

「申し訳ありませんでした。どのようにしたらよろしいでしょう」と平身低頭である。ちょっぴりいたずら心が芽生えなかったわけではないが、かわいそうなので車をきちんと修理すれば良い。ということで許してやった。翌日再び上司を伴って、不二家の菓子折りを持って謝りに来た。もう少し上等な菓子だったら良かったのに......。

それから一ヶ月ほどして、彼らは再びトマトの客になった。彼らの振る舞いは、まるであの出来事が私たちの間の距離を縮めたかのようにフレンドリーになっていた。冗談じゃない!私が温情を示したのは、決して私が怒っていなかったわけではない。車関係の会社だから、そんなことが公になって首にでもなったらかわいそうと我慢したのである。あーあ、それなのになんということであろうか....。世間知らずの私が招いた結果なのだろうが、改めて怒りがこみ上げてきた。