トマトのママが一番焦った日




6時半から忘年会の予約が一組入っていたが、「明日は大口が入っているから忙しくなるが、今日はたいしとこはない」と、のんびり構えていた。ところが6時に「湘南XXです」と何人かのお客様が入ってきた。予約は6日、明日のはずである。最近かなりぼけてきたと感じている私は、「とんでもないミスを犯してしまったか」と一瞬うろたえた。気を取り直して、予約を受けたときの状況を思い出してみる。社長が来店されて、予約表で空いている日を確認して、日時を決定したものである。どう考えても日にちを間違うことはない。さらに、2日前の人数の最終確認のさいも「日にちはいつでしたっけ」との社長に、「6日です」と答えてある。自信を持って「湘南XXさんは明日、6日の6時のご予約のはずですが」と答えた。念のため6日の予約表を出してみると、受付の際に書いた予約票が貼ってある。そこへ入ってきた社長に、社員たちは「いったいどうなっているのか」といっせいに詰め寄った。社長は「私は確かに5日と言った。社内連絡でも5日と流したろう?」と言えば社員たちも「そのとおり」と同調してくる。 

ここでどちらが正しいか争っても仕方ない。何より21人もの社員を連れてきているお客様の顔をつぶすわけにはいかない。私は強く主張することをあきらめて、善後策を考え提案した。二部屋に別れれば入れること、料理は何とかなるが時間がかかることなどを説明し、お客様の決定を待った。そうしている間にも別口の予約のお客様が次つぎに到着し、フロントの前は収拾のつかない状態になっている。湘南XXさんは、急遽他の店を探してはみたが、今日の今日、20人からの人数になるとどこも受けてはくれない。結局205.206の二部屋を使うということで何とかおさまった。 

ほぼ同時に大きな宴会が二つ、まして一つは計算外。しかし幸いなことに、仕入れは済んでいるはずである。調理場に事情を話して、「仕込みがまだだからできない」と言うのを強引に承知してもらった。ただちに寿司の手配、なにより人の手配をしなくてはならない。瀧川さんは夕食の準備の最中だろうから、呼び出すわけにはいかない。椎野はもう自宅に帰っている頃だが、茅ヶ崎からでは時間がかかりすぎる。マサグチはまだ学校から帰ってきていないはず。思いあぐねて駐車場に目をやると、近くの会社で働く妹の車があった。急いで会社に居る彼女に電話をし、仕事を途中で切り上げて手伝ってもらうことにした。 

一通りの手配が終わって客室にグラスや皿を運ぼうとすると、お客様は「どうしても一部屋が良い」と206号室の椅子、テーブルを205号室に運び入れている。10名用の部屋に22人はどう考えても無理である。まして「料理があるのだから」と説明しても「料理はこっちの部屋においてくれれば良い」と206号室を指さす。どうしても一部屋と言うのなら仕方がない、304号室を使うことにして大移動。304号室も椅子やテーブルが足りないので、303号室から移動する。ようやくお客様が部屋におさまった時には、すでに7時近くになっていた。 

はじめに説明しておいたように、料理はなかなか出てこない。空腹にいらいらするお客様は、入れ替わり立ち代わりお菓子を買いに来る。とりあえずのつまみにとサービスで出しておいたもの程度では、どこにも足りないようである。とうとう居たたまれなくなって、社長まで部屋を出てきて「やっぱり無理だったかな」とつぶやく始末である。調理場は大変なことになっているのが手に取るようにわかるが、手伝いに行くこともできない。そうこうしているうちに、寿司が届き、料理も少しずつ出来上がってきた。8時過ぎには一種類を残して料理もそろい、マサグチも出勤してきてようやく落ち着いてきた。 

しばらくすると社長がフロントに来て「まあ、こういうことはお互いの責任だから...」と言う。私としてはこの言葉には大いに不満ではあるが、彼としては精一杯の譲歩のつもりなのだろう。社員の目の前では「君の勘違いじゃないの?私は5日と言ったはずだよ」と私を責めていたのだから。 

トマト最大の「勘違い事件」も何とか乗り越えて、お客様は一応満足げな様子で帰っていった。しかし、トマトとしてはまだこれで終わったわけではない。湘南XXさんの予約の料理には、刺し身もあった。これは「当日では間に合わないから」とお客様には説明をして、一応キャンセルという形を取った。しかし、大口の予約をキャンセルするのは、魚屋に申し訳ない。幸い3日後に私が友人と忘年会をする予定があるので、その時に日にちを変更してもらうということにしたのである。 

以前トマトの旅行で御殿場の中華料理店を予約したが、都合で3日前にキャンセルしたことがある。ところが、先方の連絡ミスでキャンセルの手続きができておらず、旅行の翌日に「予約の日に、お見えにならなかったのですが」と抗議の電話があった。その時は予約解消の電話を入れた旨説明し、なっとくしてもらったが、ひとごとながらさぞ大変だったろうと心配したものだった。今回のトマトの出来事はそれに比べたら、材料などが無駄になることがなかっただけ幸いである。