Back Numbers : 映画ログ No.38



前回に引き続きビデオリリース : 【ゴッドandモンスター】は、人生の黄昏に向かう同性愛者の老人の孤独とエレガンスを活写した傑作だった ! 私生活でもカミングアウトしているらしい名優イアン・マッケランが嬉々としてはまり役を演じているのも見事だったが、いつもと一味違うブレンダン・フレイザー君の好演や、物語により一層の深みを与えているリン・レッドグレイブの名演も見逃せない。淀川長治さんが御健在なら、この映画が一般公開されないなんてことは絶対になかったろうに ! 本当に残念だなぁ。他に、ジョン・セイルズ監督の1996年作品【真実の囁き】(原題 : 【Lone Star】)も噂に違わぬ見事な作品で、これも出来れば映画館のスクリーンで見たかった。

【アデュー、ぼくたちの入江】三星半
てゆーか、“アデュー”と来ると引くでしょフツー ? 原題の『マリー、天使の入江』で良かったんじゃないの ? どうしてわざわざこんな邦題にしたのか、全くもってよく分からない。とはいえお話の方はまるで、古きよき時代(60~70年代くらい ? ……今と較べてってこと)のヨーロッパ映画みたいで、特に、壊れやすいが故に一瞬だけきらめく少年少女的世界のクラシカルな美しさがフィーチャーされているのが、大変好ましいと思った。今時、こういった映画を創ろうと思ってもなかなか創れるもんじゃないからねぇ。
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【アメリカン・ヒストリーX】二つ星
エドワード・ノートンは確かに上手い。けど、例えばデ・ニーロが【ジャッキー・ブラウン】で自らのスターのオーラを完璧に消し去ってしまうという離れ業を見せたほどの域にはまだ至っていないようで、どう転んでもカシコイ人だというオーラがやっぱり漂ってしまうんだもの。だから、極端に偏った思想に簡単に傾倒するようなタイプの人にはどうしても見えなくて、そこのところからして私は話に入っていけなかったのよね。加えて、彼がネオナチもどきの思想にかぶれていく過程も逆にそこから目が覚めていく過程も、描かれているエピソードがいちいちどこかで見たことがあるような通り一遍さでありきたり過ぎ。ノートン君とファーロング君の共演にはまぁ一見の価値があるとしても、“社会派ドラマ”としての説得力のある力強さには今一歩欠けていて、どうしても物足りなさが残ってしまったのだった。
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【オーディション】二星半
そんなに若い女の人なのに物事をあきらめるということのつらさが分かってるなんて云々。う~ん、これぐらい若い女をなめくさっとるセリフがあるかいね ? 中年男がそんな理由で女に執着する過程を延々と見せつけられる前半にはすっかりしらけてしまい、もう帰ろうかと思ってしまうほど退屈なこと極まりなかった。後半になってやっと少し三池崇史監督らしさが出てきて、最後のキリキリキリ……(って耳に残ってしょうがない ! )の辺りでようやく真骨頂が発揮されたので、ちょっとほっとした感じ。しかし、現実とも悪夢ともつかない場面の積み重ねによる物語の構成は、試みとしては面白いと思ったけど、結局どっちつかずの不全感が残ってしまったので、私はあまり好きではなかったかも。
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【親指スター・ウォーズ/親指タイタニック】三星半
これってノリとしては、映画科の学生が親指に目鼻を描いてやっていた宴会芸をちょっと金掛けてそのまま映画にしてしまった、って感じだな。しつこいギャグに時折うっとなってしまうこともあったが、全体を通じて相当に辛口で容赦のないパロディになっているところはかなり笑える。こういったものも原作を相当研究・分析してないと出来ないはずで、それを成立させうる技術的な基礎体力とか、既に“権威”として出来上がりつつある原作を茶化すような内容でも許容されうる文化的な寛容さとか、いろんな意味で妙に感じ入ってしまった。
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【火星のわが家】三星半
介護の問題とか、親きょうだい・あるいは自分自身との積年のオトシマエの付け方とかいった難しいテーマを、余分な力の入らない自然なタッチで折角上手に扱っているのに、かなり突飛なこのタイトルからはそういった内容が見えてきにくいのがちょっと残念だったかも。あと、老婆心かもしれないが、大嶋拓監督はセックス絡みのエピソードの描き方がどうも上手じゃないというか、お話の上では余分に見えてしまうことがあるなぁと、確か前作の【カナカナ】のラストを見た際にもそう思ったのだが(今回はお姉さんが絡んでくる辺りね)。監督としてはそうしたシーンに何か執着があるのかもしれないが、場合によってはいっそ削ってみたりした方が、話の流れがすっきりと美しくなってより分かりやすくなるのではないかと思われるのだが。
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【玻璃の城】二星半
昔【誰かがあなたを愛してる】を観た時にはそりゃあもう感激したものだったが、今回同じメイベル・チャン監督の恋愛映画を見ても全然ときめかなかったというのは、私がトシとったせいなのか、それともこの映画自体が、香港のトレンディ・ドラマ流行り(日本からの影響による)という状況を受けて製作されたものだという説を裏打ちしているのか、どっちなんだろう ? トレンディ・ドラマ嫌いのとしては、とりあえず後者ということにしといてもいいでしょうか ?
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【カリスマ】四つ星
いつかは森の中にもカリスマの毒に耐えられる奴が出てくるでしょ ? あるいはカリスマが自分の出す毒を弱めるようになればいいのであって、そうやって適応していくことが出来なければまぁお互い滅びていってしまうだけだよね。地球上の生物(人間も含めて)が一つや二つ滅びたところで宇宙の大勢には大して影響ないんだし、それはそれでしょうがないんじゃないの。このお話はしようと思えばいくらでも深読みすることが可能だろうが、敢えて深読みを奨励する為に難解にしてあるきらいが無い訳でもない。巷に溢れる反吐が出るような分かりやすさに迎合するつもりもない黒沢清監督の潔さはそれとして賞賛したい気持ちもあるが、彼がこれ以上独自の文法を極める方向性に傾いてしまったら、私のような者にはもうついて行くのが難しいのではないだろうか。そのぎりぎりの線上でこの映画からはまだ何かを受け取ることが出来たと思えるから、この映画については評価しておきたいと思うのだが、次作以降でどのような状況になるのかは、今のところはまだ全く分からないでいる。どこかで“黒沢のゴダール化”と書いていたライターさんがいらっしゃったが、私にはそもそもゴダールを読み解くつもりは全然無いのである。
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【キッドナッパー】一つ星
【ドーベルマン】の製作チームが再結集、との触れ込みの本作だったが、コミックタッチを生かしたイキのよさがそれなりに楽しめた前作とは違い、今回は、チームの若さや経験の浅さがそのまま悪い方に露呈してしまった感がある。お話を次に進めるためだけに、通常なら起こりそうもないトラブルが無理矢理起きてしまったり、登場人物が普通の人ならまず取らないだろうといった行動を何の説明もなく取ってしまったりで、あちこちで不自然さばかりが目についてしまい、ただ漠然と見ているのさえつらい展開になってしまっていたのが、かなり残念だった。
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【救命士】二つ星
ニコラス・ケイジを主演にした『ER』もどきのドラマを、スコセッシ監督自身の往年の傑作【タクシードライバー】風に味付けしてみました、という以上の何がこの映画にあるというの ? 以前なら胸を踊らせたかもしれないこの組合せは最早何のマジックを創り出すこともなく、何の新たな感動を生み出すことも出来ない。ニコラス・ケイジは何作か前から代わり映えのしない表情が顔に貼りついてしまったみたいで、持てる感覚の全領域ではなく上っ面の何%かくらいのところでこなすルーティーンを演技だとカンチガイしているのではないか、という疑念を本格的に抱かざるをえなくなってしまった。スコセッシ監督については今のところ保留だが、もしかしたら今回が、彼等の映画を見に行った最後となるのだろうか。
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【クッキー・フォーチュン】四つ星
ささやかな不満があるとすれば、グレン・クロース演じる悪役のオバサンをそこまでヤな奴にしなくてもいいだろうに、といったことくらいか。(御本人は嬉々として演じているようだから別にいーんだけどね。)ロバート・アルトマン監督って、古いタイプの社会の偽善的な道徳ってやつに余程恨みでもあるんじゃないのだろうか。ともあれ、ベストの配役に、多すぎも少なすぎもしない見事なエピソードの配列は、ただもう名人芸の一言である。
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【グリーンマイル】四つ星
同じ内容でも、他の監督ならもしかして2時間の長さで作れたかもしれない、と思わないでもない。しかし、観終わってみると無駄なシーンがあったという印象は全くしていなくて、丁寧すぎるほどに丁寧に描き込まれたエピソードの丹念な積み重ねは、全てが物語を語るために必要なディテールだったのと思わせる説得力があるのである。これこそがフランク・ダラボン監督の独特の描き方、ダラボン節の真骨頂と言えるのかもしれない。本物の刑務所というのはもっと荒んでいて、普通こんなにほのぼのとはしていないんじゃないだろうか、というどこかで小耳にした疑問がちらと頭をよぎらない訳ではなかったのだが、ま、これはお話自体が、文字通りの奇跡を引き起こす男を中心に描いたフェアリーテイルなんだから。生きているのが辛いと言った彼等(死を待ち望むとはよく考えると反キリスト教的なラストなのでは)の眠りが安らかでありますように !
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【GO ! GO ! L.A.】三星半
もっとアート系映画にありがちな雰囲気重視の映画なのかと勝手に思っていたのだが、案外ストーリーラインが明確な、輪郭のはっきりした映画だったのが意外といえば意外だった。しかし、イギリスの田舎出身であるカタブツの主人公(ヴィンセント・ギャロではありません)が、ヒップな大都会のロサンジェルスで右往左往している姿は、同じイナカモノの身としては、同病相憐れむといった感じで、見ていてちとつらかったかな。
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【サンデイドライブ】三星半
本作がコメディだと書いている人がどこかにいたのだが、息が詰まりそうになるくらい緊密に構築されたこの張り詰めた空気感のどこら辺りがそう映るので !? 私の目にはこれはどちらかというとサスペンスにしか見えないんですけども。大人、と位置づけられながら結局やっていることは若いカレシとそれほど違っている訳でもない役を演じている塚本晋也氏の背中に、何だか中年男の悲哀を感じてしまった。塚本晋也が中年 ! 言われてみればもうとっくにその通りなんだけどさ。後半は、メッキが剥がれた彼の元から女の子が逃れようとしている様に映ったのが、何とも痛々しくって。
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【歯科医】四つ星
SとMが高じて、ついには相手に殺されるのもよしとするか。中原俊監督がこういった相当エグい内容の映画を創るとは、正直言って意外だった。しかし、昨年の【金融腐食列島…】などでもいい切れ味を見せていた主演の遠藤憲一さんの迫真の演技などが相当の説得力を持った上で、最後まで観終わってみると、一本の作品としての力強い芯や折り目の正しさ、といったようなものが印象として残っていたのはさすがであった。ただ、最後の説明的なナレーションは言わずもがなといった感じで、ちょっと余計だったかな ?
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【ストレイト・ストーリー】四星半
世の中の全てが狂ったような速さでスピードアップされている時代であればこそ、現実に存在する乖離の大きさを自分の生理が要求する速度で確認しながら進む、といった作業は非常に重要になってくるのではないだろうか。う~んさすがデヴィッド・リンチは時代の一歩先を行っているぜ。しかし本編はまた、我々が人生で最も大切にするべきものについて(それが何かということは観る人それぞれの読み取り方に委ねられていると思う)の非常に思慮深い考察でもある。彼は、実人生ではともかく少なくとも映画の表現の上では、もっと奇矯な形のものにしか興味がないのだと勝手に決め付けていた。こんな明白な形で示してもらうまで、彼の表現者としての引き出しの真の豊かさに気がつかなかったとは、私もまだまだ全然修行が足りませんね。
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【スリーピー・ホロウ】四つ星
ティム・バートン監督は最近リサ・マリーちゃんとすっかり幸せになってしまい、内側に向かう孤独が否応なしに浮き彫りになってくる昔の作品のような先鋭さが薄らいでしまっているのが物足りない、という意見を聞かない訳ではない。しかしまぁ、何事も移り変わっていくのが世の習いだし、私としてはティム君の孤独の深淵をそれほどまでに偏愛していた訳でもないしねぇ。暗闇と会話する禍々しさをどこかに残しながらもバランスよくやわらかくこなれた、民話調の血みどろのメルヘンによく似合うこういった作風も、これはこれとして私はとっても好きなんだけどなぁ。
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【戦争のはらわた】三星半
ホラー嫌いなものでどうもこのB級スプラッタみたいな邦題に偏見を持ってしまい、今回リバイバルされるまで永らく未見だったサム・ペキンパー監督作品。戦争云々というよりも個人間の憎しみが前面に浮かび上がってくる内容にこの邦題は言い得て妙ではあったが、この映画を“戦争もの”として観てしまった場合には(その見方自体が間違いなのかもしれないが)、その辺りが逆にスケール感に今一歩物足りなさを感じてしまった原因なのかも。ともあれ、ジェームズ・コバーンさんが持つ(いささか古典的ではある)男くさいかっこよさが初めて分かったことだけでも、この映画を観た収穫はあったかなぁっと。
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【タイムレス メロディ】三つ星
この規模の映画にしてはやたらいい音楽を使っているなぁと思ったら、LITTLE CREATURESの方が出ていらっしゃったんですね、失礼しました。まるで懐かしい記憶を辿るようなこういった世界をかっちりと創り上げる手腕は評価したいところだが、しかし“青春映画の佳作”というのは得てして、どこかで見たことがあるような感じになってしまう傾向があるのを避けられないような気もする。出来れば、他の人には出せない監督ならではのこれぞ ! というカラーの端緒を、更にはっきりした形で見せてもらえるともっとよかったかもしれない。
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【トイ・ストーリー2】四星半
前作よりも技術的にも更に進歩を遂げ、細かいディテールにもますます磨きを掛け、主人公達のおもちゃらしさも倍増している本作。しかし、技術が進めば進むほど、結局はストーリーの出来不出来が重要な要素になってくるのだな、というお話作りのシンプルな原則に立ち返らせてくれる一作でもある。まぁ難しいことを四の五の言ってないで、二十世紀が到達したエンターテイメントの一つの究極の形だと思って、どんな人でもいっぺんぐらいは観賞しておいたらいいんじゃないでしょうか。
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【ハズバンズ】三つ星
大・大・大好きなジョン・カサヴェデス監督の映画なのに何故かお話に入って行けない。どうしてなんだろう ? と思っていたら、一番最後のシーンでその理由が判明した。年の頃からすると、私は丁度あの主人公の子供達と同年代なのである。フェイドアウトする主人公の後ろ姿は、そんなにイヤなら最初っから結婚なんてしなきゃいいだろう、子供なんか作らなきゃいいだろう、と思いながら見ていた父親の背中そのものなのだ。おかげで私は、三十路半ばになっても未だに生まれてきたことを呪っているような愚かな人間になってしまった。そんな人は親になったら駄目なんざますよ(って、そんな映画じゃなかったような気が……)。
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【破線のマリス】三つ星
話が事件として見えて来るよりも全然前から、おいおいそこは絶対裏付取材が必要だろうとか、そのくらいの内容では最終的な判断材料としては足りなさすぎるとかいった、報道のプロなら当然持っていてしかるべきだろうと思われる認識や手順の欠如のオンパレードなので、いざなんかヤバい展開になってきても、そんなじゃあトラブルが起きるのも当然でしょ、といった感慨しか持てなかったりして。いくらマスメディアの歪みを題材にしているからって、これじゃあまりにもウソ臭すぎるいうか、仕掛けが全体的に甘すぎるので、井坂聡監督の抜群の構成力によってものされる骨太のサスペンス仕立てにも全然酔うことが出来ない。それとも、そもそも彼女が“プロ”でも一流でもないんだという前提で見ればよかったのかな ? しかし物語の最初の方には彼女がやり手だという描写こそあれ、思慮の浅い人間であるという描写は少し希薄だったように思われるのだが。最後の辺り、ヒロインが短絡的な思い込みによって墓穴を掘る(いくら性格や生活習慣に問題があるからってそれを根拠に犯罪者扱いするなんて愚の骨頂でしょ ? )といった展開に至っては、もうあーあといった歎息しか出てこないし。黒木瞳さんを始めとする俳優陣の折角の熱演も、ひたすら勿体ないっていうか。
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【はつ恋】四つ星
思い出というのはほとんどの場合、手付かずのまま放っておくからこそ美しいんじゃないのか。ましてやそれが二度と触れられたくないような思い出だったら一体どーするつもりなんだ。いくら母親の病気が重いからって初恋の相手に会わせようと画策するなんて何をするねんなこのお嬢ちゃんは。といった感じで前半は推移していったのだが、話が進むにつれ、恋愛にまだロマンチックな憧れしか抱いていないような娘も、人はそれぞれいろんな経緯を抱えて生きているものなんだということを何となく悟り、大人達の方も、彼女のおせっかいをきっかけに自分の人生を見つめ直す。その多層的なドラマの綾が決して押しつけがましくないタッチで織り成され、交錯する様が実に見事である。これは田中麗奈のみずみずしさがあってこそ成立し得た企画だったろうが、彼女を支えて守り立てる原田美枝子、真田広之、平田満といった一流の役者陣の素晴らしい演技なしには、またこれほど確かな手応えのある出来にもならなかった筈である。少し気になったのが音楽で、いくら久石譲にせつないいい曲を創ってもらったからって、ちょっと鳴らし過ぎじゃないのかなぁ。もう少し控え目に使うくらいの方が更に芝居が引き立って、更にすっきりと上品な仕上がりになっていたのではないかと思うのだが。
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【BULLET BALLET バレット・バレエ】四星半
オヤジ狩りに遭った経験がどうしてこのような映画へと昇華されるのだ。全く才能のある人というのは、どこから何を発想するのか分かったもんじゃない。塚本晋也監督が暴力というモチーフを描くのなんて目新しくもなんともない、といったような批評もどこかで目にしたのだが、種々のインタビューなどから考え併せてみてもこの映画のテーマはむしろ、都市生活を送る人間が感じてしまう所在感の希薄さとか、根無し草的な感覚につきまとう不安感とかいった部分ではないかと思う。袋小路で行き詰まったとしても、結局は、そんな閉塞した状況自体を、力いっぱい、踊るように走り抜けるしかないのだ(わーい、『ファンシィダンス』(by岡野玲子)みたーい ! )。暴力と死と再生の“バレエ”。塚本監督の映画を観て“美しい”と感じたのは、正直、初めてのことだった。
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【ヒマラヤ杉に降る雪】四つ星
アメリカでも今流行っているらしい“銀のこし”の手法(フィルムの現像の時に少しくすみを残しておく方法で、【スリーピー・ホロウ】などでも使われているそうだ)を使用した画面は美しく、ある日系人が容疑者とされた裁判を追ったドラマ、そして平行して語られる、イーサン・ホーク演じる主人公の失恋や父親との葛藤を経た成長の物語を、よりしっとりと落ち着いたものに見せるのに一役買っている。また抑制の効いた物語の絡め方が実に巧い。私は同スコット・ヒックス監督の【シャイン】よりもこちらの方がずっと好きだと思った。そして、ハリウッドの日本人描写のヒサンな歴史において、日本人自身が観てもそれほど違和感のない描写が達成されているのはやっぱりエラかった ! 純然たる日本育ちの工藤夕貴が出ているというのは何と言っても大きいと思うが、監督を始めとするスタッフが独善的な視点に陥らないかなりフェアな姿勢で臨んでくれていた(ように見える)ことも好ましい結果を生んだのではないだろうか。それにしても工藤夕貴は凄い。アジア系の女性がハリウッド・メジャーで主役級の役を演じることの快挙、そのために彼女がこれまで払ってきたあらゆる努力は、どれだけ賞賛してもし過ぎということはない。
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【フェリシアの旅】四つ星
こりゃどう見たって変態殺人鬼役のボブ・ホプキンスの方が主役だと思うのだが、一応女の子の方が主役だという体裁を取らないと映画を成立させること自体が難しいという事情は、今日び万国共通なのだろうか(……私ゃ女の子の成長物語とかにはあんまり興味がないもんでさぁ)。どんなに許しがたい犯罪でも、そこまでに至る経緯というものは必ず存在しているのだ、ということを象徴している彼の館は、グロテスクで残酷でありながら奇妙なまでに甘美でもある、昔日の孤独な記憶の吹き溜まりである。彼や彼の館のような“悪いもの”を“正常に営まれている社会生活”から隔離して見えないところに押し込めてしまえば問題は全て解決するのだ、とでも言いたげな風潮が強くなってきている気がする昨今なのだが、そうして関係のないふりをしていてもそれらはそこに存在したままになっているのだという事実を、この映画は白日の元に引き摺りだすのである。
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【ホームシック】二星半
ぱっと見ほのぼの系に見えてもシュールでブラックな味わいもある独特な作風はちょっと面白いかも、と思った。が、特に前半、少し静かすぎたきらいはあるかもしれない。個人的には、同時上映されていた【脳の休日】の方がよりタイトな感じがして好きである。
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【ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ】二星半
平凡であることの幸福と非凡であることの不幸を、実在の姉妹の物語に映し込んで描こうとする発想自体は悪くないと思った。しかし、天才であるジャクリーヌの抱える逃れようのない因業のようなものの描き方が、エミリー・ワトソンのエキセントリックな演技力を以ってしても救えないほどにありきたりで不十分なので、結局、平凡と非凡の落差の間に期待するほどのドラマが成立せず、お話としてそれほど引き立ちもしないままに終わってしまっていたように思う。あと、折角本物のジャクリーヌ・デュ・プレの演奏を劇中で使うことが出来たのだから、音楽をもっと丁寧に扱って、ドラマを昂揚させるための重要な一助にするべきではなかったのだろうか。音楽が一番盛り上がりかけたところでぶっちぎれてしまう編集方法では、せめて曲くらいもちょっと聴かせてくれようという欲求不満感ばかりが募ってしまったのだが。
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【マグノリア】四星半
群像劇というもの自体は昔からあるジャンルでも、ほんの少しずつだけ関わりを持つ12人の主役それぞれのストーリーが全体として一つの大きな物語を構築する、といったスタイルは、今までに観たことがないように思う。“人生、何が起こるか分かりゃしません”ということを示唆する例のあのシーンのインパクトも強烈。確か30になるかならないかというお歳なのに、老成した大作家も顔負けのこんな見事に血の通った物語を構築できるとは、ポール・トーマス・アンダーソン監督は、前作の【ブギーナイツ】を観て思っていた以上の確かな才能の持ち主だったようだ ! また、ハリウッドのメインストリームに限りなく近い位置からこのように表現として新しいものが出てくるということも、純然たる驚きであった。そんな冒険が許されるなんて、やっぱりアメリカはまだまだ景気がいいのだろうなぁ。
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【ミフネ】四つ星
日本人だと、見る前からこの邦題にどうしたってカルチャーギャップ的な偏見を抱いてしまいそうなのが勿体ないではないか。ソーレン・クラウ・ヤコブセン監督は三船敏郎死去のニュースに一定のインスパイアを受けたとの話ではあるが、主人公達が小さい頃に“七人の侍ごっこ”をしたというエピソードはちょっと無理矢理つなげてみた感がしないでもなく、北欧の夏の陽光を思わせる美しさを湛えた案外、というかいかにもベテランらしいしっかりとした人間再生のドラマである本作の本質に、この題名がそれほど絡んでくる訳ではない。いっそ全く違った邦題を考えるか、せめて原題の『ミフネの最後の歌』をそのまま採用した方が良かったのではないのだろうか。ところで、主演のかっこいいおにいさんアナス・ベアテルセンはキャサリン・ビグロー監督の新作に、マブいおねえさんイーベン・ヤイレはスティーブン・フリアーズ監督の新作に出演しているんだそうな。さすがに最近のハリウッドってば、やることが早いわねぇ~。
ところで : 本作はドグマ95の3作目なのだそうだが、ドグマ2作目のラース・フォン・トリアー監督の(問題作との誉れ高い)【The Idiots】は、日本に来る予定は全く無いんでしょうかしら……。
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【ラビナス】三つ星
アントニア・バード監督は何でまたわざわざ、どういう意図があって、物議を醸し出すことになると分かり切っているカニバリズムなんてテーマの映画を創ろうと思ったのかは、映画を観て終わってもやはり全然分からないままである。でも、マイケル・ナイマン(とデーモン・アルバート)の音楽が、ピーター・グリーナウェイが一番ノっていた時代のグロテスクかつ知性的な美しさを妙に彷彿とさせ、一瞬ちょっとしたデジャヴーに捉われたのであった。しかしラストシーンまで来たところで、実は彼女はロバート・カーライルとガイ・ピアースという二人のお気にいりの男優さんの心中シーンを撮りたかっただけなんじゃないのか ? といった疑念も沸々と湧いてきたのだが……。
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【理想の結婚】四つ星
こういう古典を決して古びた感じでなく、現代的な息吹を持たせて生き生きと創り上げることができるのは、それだけ古典がしっかり勉強されているってことなんだろうなぁ。長期的に見た場合、そういったところが次世代の創造性をしっかりと再生産していける底力とかそういうものに繋がっていくのではあるまいか。本作では、ルパート・エヴェレットの伊達男役へのはまり方なども良かったが、特に悪女役のジュリアン・ムーア、そして、悪女を向こうに回すと通常なら霞んでしまいがちな賢婦人役を演じても全くひけを取らなかったケイト・ブランシェットの演技合戦がまことに壮絶で、そこの部分だけでも一見の価値があるのではないかと思われた。しかし、キャラクターを徹頭徹尾創り込むというよりはどちらかと言うと素材の魅力で勝負するタイプに見えるミニー・ドライヴァーは、彼女達の間に挟まれてしまうとちょっと気の毒だったかな。
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