Back Numbers : 映画ログ No.40



【インサイダー】四星半
言わずと知れたことだが、“資本主義社会”というのはあくまでも“資本”が主役だからその名があるのであって、つまりはそれを擁する“資本家”と、それを動かすための装置である“金”と“企業”のためにある世の中だと言っても全く過言ではない。そしてその“資本”の利益のためには、時に人間の尊厳なんて塵にも等しいものになってしまうのも、当然の道理なのである。巨大な“資本”のシステムは、やーさんも赤ん坊に見えてしまうくらいの巧妙かつエゲツないあの手この手を使って、その利益に歯向かう者を潰しに掛かる。そんなビッグ・ブラザーを相手に人間は、自らが拠って立つ信条を守るために、どこまで戦うことが出来るのか。……てな展開に非常に感じ入ってしまったのは、それがここ何年かの私自身にとっての一大テーマとかなり共通した部分があったこととも、無関係ではなかっただろう。一つ面白かったのは、かように社会のしくみそのものを鋭く批評している作品が、それ自体も巨大な“資本”による“企業”の活動であるはずのハリウッドのような場所から生まれてきたのだということ。社会に歪みはあっても、それを正面から見つめて立ち向かい、正当な手続きを以て少しずつでも変えていこうとする姿勢、またそういったことが可能だとするシステム自体に寄せる信頼感が、アメリカという国の一方には厳然と存在しているのだと証言しているかのようだった。それは、今もってアメリカという国の健全さであり、強みでもあるのだろう。国家の成立の過程自体が違っているのだから本来比べようの無いこととは言え、日本人にはそんな芸当、逆立ちしたって出来そうもない。そんな映画を背負って立つアル・パチーノとラッセル・クロウは、とにかくぐうの音も出ないほどに超絶カッコよかった。
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【エニイ・ギブン・サンデー】二星半
自ら解説者役なんて買って出るくらいだもの、オリバー・ストーン監督という人がどれだけアメリカン・フットボールというスポーツを愛しているのか、その熱意だけはよく分かったような気がした。しかし、しばらくぶりに見た彼の映画でも、その演出ぶりたるや、相変わらずガチャガチャとうるさくて品がない。かのスポーツの熱狂を伝えるのには、もしかしてこういった作風も合っていなくはないのかもしれない、が、スポーツ好きでも何でもないこの身には、ついていくのはやはり辛かったりして。話自体はありきたりで先はすぐに見えてきてしまうし、例えば折角のアル・パチーノさんのダミ声の熱演をもってしてもキャラが立ってこず、見てると何か平坦な感じがしてきてしまったのには、一体どう対処したらよかったのでしょう。
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【エリン・ブロコビッチ】四つ星
ある程度以上の年齢になると、世間のお題目はどうあれ人生のルートというのはかなり明確に区分けがなされてしまって、そこから一発逆転をするなんて実際にはほとんど不可能に近いくらい難しいことになってしまう。そして、何のかんの言いながら、実際には一部のエリート層(“運が良かった”人達 ! )が世の中を牛耳っているという構造が出来上がっているのは、今更誰も言い立てもしない周知の事実なのだ。だからこそ、実は厳然として存在するそんな“階級差”を跳ね返し、その持ち前の誠意としたたかさをもって“非エリート”側からの言い分を貫き通したエリン・ブロコビッチさんは、とてつもない英雄的行為を成し遂げたように映るのであろう。この映画では何もかもうまく行くのがお伽話的すぎると評した人もいたが、その通り、これは現代のお伽話なのだし、むしろその側面を強調するために、現実にはもっとスムーズに行かなかったであろう部分も敢えてほとんど端折って、彼女の成功にこそ多くスポットがあたるような作りにしてあるのではないだろうか。このような形にまとめたスティーブン・ソダーバーグ監督の演出は成功していると私は思う。そこにまた、エリンさんを演じたジュリア・ロバーツの抜群の魅力が加わって、この映画は目を離せないような引力を持つ作品になったのだろう。
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【喜劇王】三つ星
チャウ・シンチーといえば抱腹絶倒の喜劇 ? と期待していたらあに図らんや、基本的にはコメディのテイストはあるものの、意外に王道を行っているマジメな青春物語だったので、かなり驚かされてしまった。でも、コメディ俳優としての道を愚直に歩こうとする青年を演じるシンチー様もまたキュート。アナーキーなスラップステックよりもペーソスに寄ったこういった作風も、また彼の新たな魅力の側面を見せてくれているかもしれない。
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【クロスファイア】三つ星
炎の演出はかなり良かったし、お話も大筋としてはなかなか面白かった。が、例えば主人公の性格設定の統一性(やたらと暗かったりそうでもなかったりする)や、ちょっとしたストーリーの運び方(時間が足りなくてしょうがないのだろうが、主人公と殺される女の子が仲良くなるところはいきなりすぎる気がした)や、突っ込み不足の悪者の組織の描き方など、あちこちの細部のツメが甘いみたいなのがどうにも気になってしまったのだが。あと、相手役その他の何人かの男の子の演技があまりにも棒状だったのが如何ともしがたかったかなぁ……。悪くはないのかもしれないけれど、観客に我を忘れさせ無我夢中で楽しませるためには、【ガメラ】の域まで凝れとまでは言わないまでも、今少し練って戴きたかったところである。
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【クワイエット・ファミリー】三つ星
頑張ってお勉強して作ってみました、といった趣きのある、何故か懐かしい風合いを感じさせる韓国製のファミリー・サスペンス・コメディ(何だそりゃ ? )。しかしその生真面目さがやけにシュールで、一度見てしまうとどうにも忘れられなくなってしまいそうな妙な味わいがあるのが不気味だ。これも実は計算してのことなのだろうか ? 万が一そうだとしたらそりゃ凄いけど。
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【Coffy/コフィ】三星半
整合性があるようでないようなストーリーといい、数々のアクションシーンといい、ほとんど無節操なまでに意味もなく突然さらけ出されるでっかいおっぱいといい、ヒロインのブラック・ビューティーぶりを讃えまくるかっこいい音楽といい、全編これ、いかにパム・グリアーの魅力を最大限に引き出すかということだけに主眼が置かれて作られたような、掛け値なしの娯楽映画である。そういうのってきっと、かの時代のブラックスプロイテーション・フィルムの方向性としては、激しく正しかったのでしょうね。確かにパム様には、一人でも充分間を持たせられるような若い女の人離れしたちょっと図抜けた存在感があるし。お星様の半分は、そんな伝説的なヒロインを擁した伝説的な映画をやっと目の当たりに出来た感動に対して捧げたい。
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【ショー・ミー・ラヴ】三星半
よくあるタイプの青春時代のお悩みムービーかと思って、見る前はあんまり気乗りがしなかったのだが、開けてビックリ ! ある女の子達が本来あるべき自分の姿を見いだして遂にカミングアウトする ! という内容だった。そう思って見てみれば、これは確かに女の子達の心の動きをビビッドに活写した映画だと思えてきたのだが、しかし宣伝では全然そんなことは言っていなかったのは、レズビアンものだということを隠蔽してフツーの爽やかな青春映画として売り抜けたかったのか、それとも今時ホモだのヘテロだのなんて取り沙汰するにもあたらないとした進んだ認識からだったのか、一体どっちなの !? 後者であることを祈りつつ、それでもその辺りははっきりさせておいた方が、この映画の魅力をもっと事前に明確に伝えることが出来ていたんじゃないのかなぁ、などと思った次第。
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【人狼】三星半
のっけから「ケルベロス」という単語が出てくるんだもの。こりゃ完全に、押井守監督の実写版の旧作【ケルベロス/地獄の番犬】(&【紅い眼鏡】)のリベンジじゃん ! 「可能性としての戦後史」なんて大仰なコピーがついていたので、日本の戦後史そのものを洗い直すような壮大な構想に基づいた映画なのか ? とか思っていたら全然そんなことはなくて、昭和30年代を念頭に置いた設定というのはあくまでも「ケルベロス的世界」を描き出すために用意した舞台というのに過ぎず、描かれているものもあくまでも、組織の「犬」として逡巡する個人の姿でしかなかった。以前何かの本には、“この(ケルベロス的な)世界が分からないと本物の押井ファンとは言えない”などと書いてあったのだが、いやだから、私ゃそんなにファンという訳じゃあないんですし。はっきし言えば、「犬」として滅私奉公するために自分の人間性を犠牲にしようという人のメンタリティなんてよく分からんというか、私の人生のテーマからすると激しく逆を行っているそんなもん、分かりたくもないというか。沖浦啓之監督による構成や演出は、質が高いと言われる日本のアニメーションの中でも超一級を行く、これが初監督作品とはとても思えないレベルの高さなのだが、だからといって手放しで評価するのには、私的にはちょっと引っ掛かりのある内容だった。
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【小さな赤いビー玉】三星半
ナチス占領下の南フランスのユダヤ系の少年達を描いた、ジャック・ドワイヨン監督の1975年作品。すごく突出した作品という訳でもないだろうが、誠意を以て創られたであろう、安心して見ることが出来る秀作である。こんなふうなクラシックな感じのヨーロッパ映画って、たまに凄く観たくなるのよねぇ。
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【ナインスゲート】二星半
ジョニー・デップ君の稀覯本ハンターという役柄はなかなかはまっていてかっこよかった。また、ヨーロッパを主な舞台とした暗く重たい感じの画面には、それなりに期待させるものがあった。が、実際にお話が始まってみると、悪魔の正体はミエミエだし、謎解き自体は大したことないし、最後は尻切れトンボだし(彼はその後どうなっちゃったのよ ? という部分の方が、誰しもまだ興味があると思う)で、あまりにも拍子抜け。ポランスキー監督の名作【ローズマリーの赤ちゃん】などとは違って、これはゆめゆめホラーだとは呼べない代物だし、普通のお話として考えてもどうにも迫力を欠く。逆に、一見したそれらしさは全て稀覯本コレクターの因業深い世界を垣間見せてもらうための舞台装置に過ぎないのだとでも思ってしまった方が、まだしも本作を楽しめるのかもしれない。
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【プランケット&マクレーン】二星半
市民革命もいち早く終焉し、既に産業革命が進行中で、近代への時代の変わり目を真っ先に突っ走っていた18世紀のイギリス。現代的なスピード感のあるコスチューム・プレイにはぴったりな時代設定だし、正義漢と遊び人の二人の紳士強盗という主人公達の設定も興味深く、ロバート・カーライルさんも久々にハマッている感じの役柄だった。なのに、無駄なカット割りや溜めなんかが必要以上に多い演出のせいでテンポがすっかり削がれてしまい、本来期待されるべき勢いが死んでしまっていた。うまくすれば大変面白くなりそうな題材だったのに。本当に惜しい。
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【フリーズ・ミー】一星半
女が強姦されるところに嗜虐的なドラマを見るなんて21世紀には完全に時代遅れになることだろう、などと石井隆監督相手に言ってみてもせんないことかもしれない。実際に監督は、そういった思考停止を踏み越えてまでも人間の感性の極北に強烈にアピールしてくるような劇画や映画を、これまでにいくつも残してきたのだし。しかしこの映画に関しては、殺したいほど恐れ憎んでいる人達を相手に女がそんな行動を取る訳がないだろう ! といったような不可解な描写が多すぎて、それはあんまりにも嘘臭いだろうと感じざるを得なくなってしまうのだ。また、そんな粗雑な作りのお話でも観客を否応なしにドラマに引き摺り込み、無理矢理納得させてしまうほどの説得力は、残念ながら今回の主演の彼女の演技には不足していた。思うに石井ドラマのヒロインには、体当たりの熱演ということだけではどうしようもない、ぞっとするほどに底知れないような暗い情念の深淵が必要とされるのではないか。私の大好きな男優さん達が大挙して出演し、凄まじいまでの演技合戦を繰り広げてもどうにもならない。本作は映画としては成功しなかったと言わざるを得まい。
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【マン・オン・ザ・ムーン】四つ星
ありていに言えば私の感性が鈍いということなのかも知れないが、ダウンタウンの松本人志さんの作り出すお笑いの世界は、時に引きつってしまいそうなほどシュールに過ぎて、ついて行くのが難しくなってしまうことがたまにある。それは、最早私達が通常見知っているお笑いの概念の限界を越えてしまっていて、人間の感性にいかにして衝撃を与えるか、ということに重きが置かれた何か別種のパフォーマンスになりつつあるからなのではないかと思うのだがどうだろう。(笑いとは日常のパラダイムとの落差により引き起こされる緊張の緩和作用である、というベルクソン的定義によれば、そういったものも笑いの一種であると言えなくもないのかもしれないが。)で、この映画の主人公のアンディ・カフマンという人の、お笑いというにはあまりにも行き過ぎている行状を見ていると、そのようなことがどうしても思い出されてしまったのだ。私はこの映画を見るまではカフマンさんについては何も知らなかったのだが、それでも主演のジム・キャリーにはまるで本物の彼の魂が乗り移っていたかのようで、実際の彼もきっとこんなだったのではないか ? という姿を彷彿とさせてくれる。渾身の演技というのはこういうのをいうのだろう、ジム・キャリーという人は本っ当に凄い。(彼がノミネートすらされない某国の映画賞は本当にどうかしている。)そして気がつけば、ミロシュ・フォアマン監督の既にあまりにも輝かしい映画歴に、またひとつ名作が加わってしまっていたのだ。
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【ミッション・トゥ・マーズ】四つ星
よくコアーな感じの映画ファンの人達が、ブライアン・デ・パルマ監督の映像の美学がどーのこーのと言っているのを見掛けることがあったりするのだが、感性の鈍いらしい私は今まで同監督のどの映画を見ても、その辺り、どうもよく分からなかったのよねぇ……で、監督の演出にしては平凡だということでコアーな人達には評判が今一つのこの映画を見ても、私にはどこがどう足りないのやらさっぱりなのであった。そんなことより、ゲイリー・シニーズ主演、ティム・ロビンス共演っていうだけで、私的にはもう充分OKだったんですけど。ストーリー自体は、なーんだ結局【未知との遭遇】じゃん、といった感慨はどうしても免れ得ないが、火星の上ってこんな感じなんだ、とかいった小学生の理科の時間的な興味が割と新鮮で(実際にこの映画は、アメリカのどこかで課外授業の教材に使われていたという話も聞く)、意識的にリキを入れて作られたであろう数々の宇宙の映像を見ているだけでも結構損はしていないような気分になってしまったのだが、これってもしかして彼等の思うツボってことかしら ?
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【ミラクル・ペティント】四つ星
そんなもん気がつけよ~ !! 的な展開が延々と繰り広げられるタイプの話はどちらかと言えば苦手なのを差し引いても、じーさんばーさんやら、双子の小人の火星人やら、精神病院を遁走した天涯孤独の男やらがスペインの片田舎で疑似家族を作り、宇宙船だかタイムマシンだかに乗って時空を駆け巡る、妙にほのぼのとしつつも不条理としか言いようのないこの光景は、脳裏にしっかりと焼き付いてしまい、そう簡単には消えてくれそうもない。とにかくこんな映画、今まで世界中のどこにも無かった ! 特に90年代以降、スペインからは時々すっごいヘンな映画が出てくることがあるのだが、今、世界の前衛なるものの最前線は、もしかしたらスペインという国に存在しているのかもしれない(……ていうか、そういえばこの国にはピカソとダリとブニュエルを生んだ歴史があるんだよね、恐ろしや)。
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