Back Numbers : 映画ログ No.45



【アヴァロン】三星半
ポーランドで撮影したという実写映像を全てデジタル加工し直したスタイリッシュで美しい独特の画面(うぎゃーものすごい手間 ! )は、見たことも無い不思議な世界を形成する。バーチャル・リアリティにはまだ時間が掛かるとしても、TVゲームは映像的に、数年以内にこのくらいのレベルに達するようになるのだろうか ? しかしいくら画がよく出来ているとしても、あくまでもこれはゲームの話でしょ ? いくらそこに主人公達なりの思惑や感情が存在しているのだとしても、自らを現実の世界から解離させ誰か他人が創ったクローズド・サーキットの中に没入させて、その手のひらの上で踊らされ続けることをよしとするゲーム・ジャンキー達のモラルというものに何の説明のないままで、果たしてどれだけ一般の人に遡及することが出来るのかな ? それとも、そういったことはあらかじめ通過した、前提を踏まえちゃってるコアなファンの人達だけが分かることが出来ればいいや、というある種の選民思想的なスタンスが最初から意図されていたりするのだろうか ?
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【アンブレイカブル】一星半
てゆーか皆さん、これホントに面白かったんですか ? マジすか ? 私ゃ全っ然乗れんかったのですけれども。大体がのっけから、やたらと勿体つけてだらだら、ぼそぼそ展開していた時点で、物語に入り込む呼吸を完全に削がれてしまったし。(大した意図がある訳でもないのにやたら意味ありげに長回しにするなんて、もろ初心者が犯してしまいやすいワナじゃん ! )エピソードもただ思いつくままに並べてみました、って感じでどれも有機的な繋がりや膨らみがなくぺったんこ、練りの足りなさばかりが印象に残ったし。特にサミュエル・L・ジャクソンの演じたコミック収集家なんて、ありゃとても素人には入り込めない因業深い世界なんだってニオイが全く稀薄だったのは、描写力が決定的に不足してる証拠なんじゃないのだろうか ? 最後も、何ソレ ? 的なありがちなオチでがーっくり。1時間半以上もこの程度の結末のために見てただなんてナンジャソラ。最後にびっくりできるかどうかでこの映画の評価は別れる、という説をどこかで読んだのだが、そうですね、私はモロに駄目な方でしたね。面白かったと思った人には本当にごめんなさい、でも私の見方では、現時点ではまだまだ発展途上のM・ナイト・シャマラン監督が過剰に評価されてしまっているのは、天才の出現を信じたいという心理の方が強く働いているせいなのだと思われて仕方がなかったのだ。
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【狗神<イヌガミ>】三つ星
【弟切草<おとぎりそう>】二つ星
【弟切草】の方は、オリジナルのゲームの感覚を設定の方にもそれなりに生かしつつ、デジタルっぽい映像も多用して、今っぽくそれらしくパッケージングしている感じ。元がゲームだったものを映画にするという無理難題を最初から押し付けられている訳だから、そこそこまとめ上げているという点はそれなりに評価するべきかもしれない。が、気持ち悪そげな映像の作り方とかインサートの方法、音楽の付け方など、TV等に頻出するごく一般的な恐がらせ方のセオリーそのまんま。そんなんじゃ、そういった手法にもほとんど出会ったことがないようなティーンエージャーくらいにしか通用しないだろう。エピソードなどもありきたりな上にあまり膨らまず、正直、ぬるい出来という印象は否めない。【狗神】の方は、日本一明解で論理的な作風を得意とする原田眞人監督が、人智では制御し得ない、地獄の底に続いていくかのような田舎の真の暗闇のおどろおどろしさをどこまで表現できるかという一点に興味があったのだけれど……因習とか閉鎖的な人間関係とか情念といったものがやはり予想通り大変分かりやすく説明されていて、せいぜいデジタルな闇といった印象。おまけに最後の決着の付け方も中途半端で尻すぼみ。圧倒的なカタルシス感にはどうにも乏しいように思われて残念だった。で、明らかに中学生以下くらいを対象にしてるんじゃないかといった趣きの【弟切草】と、R-15指定になっていて実際年配の客も多く見受けられた【狗神】を併映することの意味は、一体どこにあるの ? 何でもかんでも二本立てにすればいいってもんじゃないと思うんだけど、角川さんも。
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【溺れる魚】四つ星
ゆっては何だが、この映画にはあんまり深い文脈だとか、メッセージ性なんちゅうものがある訳ではないと思う。むしろ薄っぺら~い表層に、アートだの、インターネットだの、女装だの、宍戸錠だの、モー娘。だの、新興宗教だの……といったあらゆる記号を詰め込めるだけ詰め込み、局部的に肥大したあまり人生には役立ちそうもない“情報”の洪水だけでとにかくガンガン押しまくる。ストーリーラインはどんでん返しの連続でまるでチープなジェットコースターみたい、そして後にはほとんど何も残らない。だが、その圧倒的なキワキワのドライブ感は、今の時代の日本、あるいは東京のある一部の人々のメンタリティの在り様を、何よりも正確にフィルムに映し取っているのではないだろうか。今までの映画史の文脈からすればこれは映画ではないと言う人がもしかしたらいるのかもしれないが、未だかつて誰も見たことのないようなエイリアンのような何物かを許容するのも、また映画というものの懐の深さなのではないか。エ ? そんなこた堤幸彦監督の旧作を観ててもう充分わかってるよ、今頃何を言ってんだって ? そりゃどうも失礼しましたと言う他ないんですが……。
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【回路】四つ星
本物の幽霊を見るとすればきっとこんな感じ。超絶恐すぎ。シャレにならん。これと較べると【リング】ですら、まだ作り物であることを想起させる僅かな余地があったのではないだろうか ? 帰りのエレベーターの中の空気がどれだけどんよりしていたことか……いくらホラー流行りだとか言ったって、これはあまりに気持ち悪すぎるから流行らなかったりして。こんな映像を創り上げるというのは、黒沢清監督の手腕はいよいよ凄すぎる。でも私は一方で、死とか狂気とか絶望といったものを、人間が決して乗り越えることが出来ない絶対的な恐怖だという前提で描く傾向のある世界観に、いよいよはっきりとした違和感を覚えてきたのも確かなのだけれども。希望の持てるラストは好きだったけど、助けて助けてと他力本願に陥ることもなく人を道連れにしない覚悟を持っている人も、そもそも、どんな事態が起ころうともっと冷静に受けとめられるだけの度量と強さを持っている人も、私の実感からすればもっと世間に沢山いると思うのだが。必然的に、生き残れた人の数ももう少しは多かったはず、何もわざわざ南米くんだりまで行くこたないだろうに……。
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【風花】四つ星
浅野忠信さんは、特に役を作り込んで演じるといったふうではないのだけれど、役の雰囲気のオーラをすーっとまとっていつのまにか役にはまってしまっているのが独特である。(女性では鈴木京香さんとかもそういった印象だ。)本作でも、人格に難ありの文部省官僚の雰囲気をごく自然にまとっている。実際いそうだ、こういうヤな奴。でもってそんなヤな奴の、人に好かれなくて内心傷ついていることの悲哀まで観る側に感じさせるというのが凄い。小泉今日子さんの演技は、今までそんなにたくさん見ていないかもしれないけれど、キョンキョンが演じてる何か、ではなくてその役の女性そのものとして見えたきたのは初めてのような気がする。この映画はそんな二人の、正に風に舞う断片のように儚く移ろいやすい、一瞬しか成立し得ないような他人同士の関係性を映し出す。この微妙な感触をフィルムに収めているというのは希有なことだと思う。ただあんまりにも儚すぎて、それこそ雪片が溶けてしまうかように、そのまま忘れ去られてしまいそうなきらいもなきにしもあらずのような気もするのだけれど……。
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【ギャラクシー・クエスト】四つ星
『スター・トレック』の出演者はマンネリに陥ったりしないのか ? その疑念だけでこんな映画を一本こしらえ上げてしまえるところに、ハリウッドの計り知れない底力を感じる。豊かなシチュエーションやエピソードを発想してそれを組み上げ、ドラマに厚みを持たせる作劇力が段違いなのだろう。日本人がこれをやると通常薄っぺらいものしか出来上がらないような気がする(出来そうなのは三谷幸喜さんくらいしか思いつかない)。また、ティム・アレン、シガーニー・ウィーバーを始めとする、アメリカのショウビズ界の裏も表も知り尽くしていらっしゃる俳優さんたちがこれを真正面から大真面目にやっているからこそ、こんな一見とんでもない設定のお話が作品として成立するのだろう。これに4つ星をつけるのは何だかシャクな気もするが、文句の付けようがなく良く出来ているのだからしょうがない。それにしても、これがかのドリームワークスの作品だというのがビックリ ! う~ん、そんなに懐の深い会社だったとは。
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【ザ・カップ 夢のアンテナ】三星半
しばらく前にテレビでブータン王国の小学校の映像を流しているのを見た。義務教育は完全に無償で教育程度もそれなりに高いそうなのだが、着物の親戚のような独特の民族衣装(公式の場での着用が義務付けられている)を着た子供達が、皆一様に大変おだやかな顔をしていたのが印象的だった。本編の監督さんはそんなブータンでも相当高名なチベット仏教の僧侶(無論、偉いお坊さんの生まれ変わり)。ベルトリッチが【リトル・ブッダ】を撮影した時にアドバイザーとして同行したのが映画作りのきっかけだったのだそうな。映画の舞台はチベットから亡命した少年僧達が修行しているインドの僧院、やんちゃ盛りの男の子達はどうしてもサッカーのワールドカップの決勝を見たくって……という可愛らしいお話である。背景にはチベット仏教の置かれている厳しい状況も透けて見えたりするが、てらいや辛気臭さは全くなく、全編素直で伸びやかなユーモアに溢れている。修行僧の人間臭い面を知って欲しかった、というのは監督の弁なのだが、宗教者としての地歩や昔ながらの生活スタイルを守りつつも、世界の流れを無視することもなく自然体のゆるやかな形で向き合っている彼等(ダライ・ラマに象徴されるような ! )は、なんて人間的な魅力に溢れていることか。そんな彼等の中にこそ、これからの世界を牽引するための叡知の大いなるヒントがあるのではないだろうか。
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【サディスティック&マゾヒスティック】三星半
ポルノグラフィに描かれている女の人って、所詮、男性から見た手前勝手な理想像であることがほとんど。だから、これは監督独自のビジョンが創り上げた想像の世界なのだということを前提にしつつ、そのフィルターを同時進行で逆修正しながら見るというワンクッション置いた作業は、実のところかなりしんどかったりする。例えば日活ロマンポルノが日本の映画史の中で確かに果たした役割があったことは事実だろうし、その歴史の再検証を進めることも基本的には良いことだとは思うのだけど、日本映画史のそうした評論は得てして男性側からの一方的な視点に陥りがちな傾向があることも忘れないで戴きたいと、女性映画ファンとしては思うのだ。さてこの映画は、当のロマンポルノの巨匠の一人である小沼勝監督の歩みを、かつて小沼組の助監督であった中田秀夫監督がドキュメンタリーにしたもの。とある形の映画創りに懸けた人達の記録、またある一つの時代の証言としては大変に面白く、これは貴重な仕事の成果といえるのではないだろうか。
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【東京★ざんすっ】三つ星
テレビや音楽などという華々しい業界で成功した人が、なんだってわざわざ映画みたいな落日のメディアを手掛けたいと思うのか ? まるで学芸会みたいなモーニング娘。が何で売れるのか未だによく分からない私に、つんくさんの意図なんてものが分かろう筈もないのだが、ま、どんな理由であれカネが動き映画が作られるなら、中からびっくりするようなものがたまたま出てきてしまう可能性も皆無ではないかもしれないし……。しかし今回のこのオムニバスは、どれもそれなりだった代わりに、どれもどこかで見たことがあるような想像の範囲内の出来だったかなぁ、という印象。一人アート路線を突っ走っていた日比野克彦監督や、昔懐かしい自主製作映画の色があまりに濃くて思わずデジャヴに襲われてしまった野沢直子監督や飯田かずな監督などが多少は異彩を放っていたとはいえ、総じて言えばどの人も、映画監督がやりたいというよりは映画監督“みたいな”ことがやりたかったというレベルなんじゃないのかなぁ、と思わされるに終始した。7つの違った映画を見比べることが出来るから、それなりの楽しみ方が出来なくはないかもしれないけれど、それだけのためにわざわざ映画館まで行かなくてもね。
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【時の支配者】三星半
【ファンタスティック・プラネット】のルネ・ラルー監督と、フランスのビジュアル・アート界の第一人者であるメビウスさんが組んだというフランス製のアニメーション。普段見慣れているアニメのように、合理的で統一感のある筋書きや、暴力的なまでに圧倒的なカタルシスがあったりする訳ではなく、どちらかといえばそれぞれのイメージの断片をゆるやかなストーリーで繋ぎ合わせたといった趣き。が、一つ一つの要素が不思議で奥深く、どこか懐かしい感じがする。派手な評価がふさわしいような風情ではないのだけれど、手元に長く置いていつでも好きな時に眺めてみたいようないとおしさが残る作品である。
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【24時間4万回の奇跡】四つ星
24時間で4万回+αというのはギネスブックに載っている扉開閉の世界記録なのだそう。でも、そこんところのエピソードは邦題にしてあるほど中心的な比重を占めている訳ではなく、むしろ、“いい暮らし”には一生縁のなさそうな閉塞感、そんなコミュニティでの日常、そこに訪れるささやかな人生の奇跡、などが描かれているのが話の本筋である。この映画の少しうら寂しい風景はヨーロッパのある階層のものの筈だけれど、似たような景色はほどなく日本の一部にも現出するのではあるまいか(あるいはもうしているのかもしれないが)。親の癇癪だけは今世紀中になんとかして欲しいものだが、ともあれ、こういったちょっと地味めなイギリス・フランス以外のヨーロッパ産の映画を、もっと観たいという衝動に駆られてしまったので。
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【ハムレット】一つ星
古今東西やりつくされている『ハムレット』を敢えてやろうというのなら、どうしても何かしらの新機軸が必要だろう。でもこの作品は、舞台を現代のニューヨークに移し、小手先の道具立てをちょこちょこっと変えてみたというだけ。今の時代にはそのままだと違和感のありすぎる設定(今時王子様なんてありえるかいっ ! とか、殺人の疑いに警察のケの字も出てこないとか)にほとんど何の工夫もなければ、例えば単に根暗っぽくボソボソと喋っているというだけの主人公など、役柄その他に何の斬新な解釈も見られない。カッコよさげというだけで凡てをゴマかせるとでも思ったのだとしたら、なめているとしか思えないよな。
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【張り込み】三星半
どうしてあんな胡散臭い男をやすやすと部屋に上げるのだ ? せめて速攻所轄署に電話して刑事かどうかの身分照会をするくらい、今日びアタリマエなんじゃない ? そんなちょっとイージーな設定を納得させるだけの演技や演出の工夫も乏しくて、前半の展開には違和感があり過ぎ、半ば本気で帰りたくもなった。がラスト20分、正義も悪も背徳もとっくに意味を成さなくなった彼岸の果てでぶつかり合う二人の登場人物の、どうにも交わりようもない孤独、絶望、ディスコミュニケーション。こんな生々しく剥出しの“事件現場”の描写を、久々に目の当たりにした気がする。そこを目撃するためだけにこの映画を観たとしても、決して損ではないかもしれない。
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【ファストフード・ファストウーマン】三星半
“FAST”というとお手軽なイメージ。ずばり、身持ちが悪いといった意味合いもあるそうだ。自らの欲っするところに忠実な女の人達って、普通はもっと嫌味っぽい描き方をされ易いものだろうに、このお話ではとてもキュートに可愛らしく描かれているのが印象的。本作のアモス・コレック監督はニューヨークのインディーズ界では名を馳せている方なのだそうだが、本作以外ではもっとシリアスな作風のものが中心というのがウソみたいに、どこかひとクセある登場人物達を、目配りを効かせつつも暖かく軽やかなタッチで描いている。しかし、ヒロインの年令設定が筆者のそれに近いことを下手に意識して見てしまったのは、個人的にはちと失敗だったかな ? いくらその日暮しに近い立場が似ていると言っても、考えてることも引き摺っているものも人によって全く違うだろうなんてこと、30も過ぎれば尚更自明のことじゃない。
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【ふたりの男とひとりの女】三星半
やっぱり一番の見どころは一人二役(?)を演じるジム・キャリー。特に二人目の人格が出現するシーンのどアップなんて凄かった ! でもくだんの二人の性格づけが中途半端でどっちもあんまり好きになれなかったのが、いまいち盛り上がれなかった大きな理由だったのかも。蓮っ葉なおねーちゃんを演じてもどこかチャーミングなレニー・ゼルウィガー、上品さのカケラもないスラングを連発しながらその会話内容がやたらとハイブロウな落差が笑える三人息子達、相も変わらぬキワどいネタの数々など、それぞれの要素はいい感じだったのに、それらが全体として大きな爆発力を醸し出すまでには、残念ながら今回は至らなかったみたい。
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【BROTHER】三星半
北野武監督が、外国に行っても今までと変わり無いそのまんまの映画作りをしているところには感銘を受けた。で、お話の方は……北野映画のオールスター・キャストに、アフロ・アメリカンのブラザー達まで巻き込んで、単なる友情とはちょっと異質の(少ぉしだけホモセクシュアルな匂いもするような ? )様々な形のアニキ気質(かたぎ)を展開する。それって、未だに軍団を引き連れて頑張っているような監督にはものすごくリアルな何かなんだろうけど、男でない私には正直言ってよく分からないテーマだったかも。あと、予算が何倍にもなった分何倍も死んでおりま~す、ってくらいに、今まで以上に人がコロコロと、虫ケラみたいによく死ぬんだわ。吹けばあっさりと飛んでしまうような、まるでペラペラの紙か何かのような、生きてることの虚無性・無意味性みたいなものを描きたかったのだろうか ? でも、主人公が滅びへの道を突き進むのに、そんなにぞろぞろ人身御供を引き連れる必要はないじゃないの。死ぬなら一人で死ね、というのが十代の頃からの私のテーゼだったので、そこのところにどうしても違和感を感じてしまったのだが。でも、そこで皆一蓮托生に滅びの道を選び取るというのが、監督が理想とするようなBROTHERHOODの美学なのかもしれないってことなのね、もしかしたら。
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【ペイ・フォワード 可能の王国】三星半
原題は“受けた恩を先送りする”といった意味。要するに善意のネズミ講って訳。そうは言っても人間、古い考え方や馴れ親しんだ枠組みに囚われてしまい易いもの、そうそう変わることは難しいよな。そんなことは百も二百も承知だろうに、ましてやハリウッド映画という枠組みの中で敢えて“人間がよりよい方向に変わっていく可能性”を描こうとしたミミ・レダー監督の心意気だけは、この際買っておきたいと思う。主人公の三人もそんなテーマに応える見事な演技を見せており、特にケヴィン・スペイシーとヘレン・ハントのワケあり中年カップルのなかなか進展しないもどかしさだけでも、一見する価値はあるんじゃないだろうか。しかし、彼等以外の人々の輪にまで広げてみた時の全体の話の持って行き方としては、必ずしもテーマを充分に表せたかどうか ? また、いくら現実にはリスクがつきものだということを表したかったのだとしても、この唐突で押しつけがましいラストにはちょっと納得できないよな。ミミ・レダー監督の話っていつも、パーツはなかなかいいんだけど全体のバランスが今一つなんだよなぁ、と思ってしまったのは私だけだろうか ?
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【僕たちのアナ・バナナ】四つ星
キリスト教はユダヤ教から派生したものだからどっちも似たようなものなんじゃないの ? と昔は漠然と思っていたのだがこれが全然違うらしい。キリストが生まれる遥か以前から存在していたユダヤ教は、いわばキリストの出現を全く認めていない訳だから、キリスト教側からしてみればこれはとんでもない異端ということになるのである。そこのところが分かれば、西洋史の中でユダヤ人が伝統的に置かれてきた微妙な立場を推し測るヒントになるんじゃないのかな。かようにキリスト教とユダヤ教は水と油の存在なのだということがちょっとだけでも分かっていないと、このお話の面白さは半減してしまう可能性があるのである。初監督作品としてもっとシリアスな物語を選ぶことだって出来ただろうに、立場の異る人間同士の理解と融和を願う思いを(白人男性から見た範囲、という限界はあるにせよ)幼馴染を巡る三角関係に絡めて肩の凝らないコメディ仕立てで描くという路線を選んだ辺りに、エドワード・ノートンの非常にソフィスティケイトされた教養や頭の良さが感じられる。ベン・スティラーに敢えて二の線を譲った心遣いがまたニクイ。今までも上手い俳優さんという認識はあったけれど、この作品を観て本当にもうすっかりファンになってしまった。これは次回作もとても期待できそう。何年後になるか分からないけど、今からとても楽しみにしています !
おまけ : 本作のヒロインのジェナ・エルフマンは、コメディドラマ『ダーマ&グレッグ』で一躍名前が売れた人なのだそう。この番組は現在、土曜日の夜11時55分からNHK総合で放映されています。私も人から教えてもらったのだけど、なかなかオススメなので、一度お試しあれ !
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【ぼくの国、パパの国】四つ星
殴って言うことを聞かせようとする親というものには多大なトラウマがあるので、一部の評にあるようなしみじみ・ほのぼのとしたコメディだとはとても思うことは出来なかった……。それでも、子供達をまっとうなパキスタン人・まっとうなイスラム教徒にしたいと願っているパキスタン人のパパと、イギリスに生まれ育って自分達をイギリス人だと見做している当の子供達の間のカルチャーギャップという非常に分かりやすい形で示されているものは、実は現代に存在する全ての共同体に共通している世代間ギャップという問題に通じているのではないかと思う。一人一人を幸福にしないような家族の絆なら要らないし、意味もない。そこんとこにカッコをつけた上、この後親父も少しは考えを改めてマシになったはずだと思うことにすれば、自分自身の似たような問題に思いを馳せつつまぁ楽しめる一編なのではないだろうか。
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【ホテル・スプレンディッド】四つ星
一見したテイストは【デリカテッセン】【ロスト・チルドレン】のジュネ&キャロに近いと言われているらしい。確かにそんな印象もあるのだが、でも彼等の場合はそのスタイルそのものが一種の主張だったのに比べると、このテレンス・グロス監督の意匠はあくまでも表現したかったことの従属物であるように思われる。監督がイギリス人であることを考え併せても、古くさいホテルは旧弊した伝統そのものの比喩であると読み取ることには、多分無理が無い。そうなると、古くさい習慣でもって総てを支配していた母親の影に取り憑かれ(終盤近く、ちょっとだけ【サイコ】を思い出しちゃったな)、トリックスターのヒロインに総てを変えられてしまってもなおかつしぶとく生き残るお兄さんのキャラには、特に何とも言えない味わいがあった。家族の義務と体面という観念に縛られるところは日本の社会とも共通するところがあるはず、とは監督の弁である。アラよく御存じ、どこでそんなことをお知りになったので ?
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【ホフマン物語】三星半
英国人のマイケル・パウエルとハンガリー人のエメリック・プレスバーガーは、1940年代から1950年代に掛けて多くの映画を創った黄金コンビだったのだそうだ。その二人が、オッフェンバッハ(『天国と地獄』の曲は聞いたことがあるはず ! )のオペレッタを元にして、オペラとバレエという二大古典舞台芸術を融合させて創り上げたのが本作。まぁ元が古典なのだし、筋がどうとかいうことじゃなくて、歌や踊りや、豪華絢爛な衣装や凝った舞台デザインなどが綾なす芳潤な世界を、絵巻物でも見るように楽しむのがいいのではないだろうか。
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【EUREKA<ユリイカ>】五つ星
癒しの過程の描写が平凡だ、と書いてる人がどこかにいた。でもそういった要素はそれほど重要ではないんじゃないかと思う。癒しに至る道筋はそこにいる人間の数だけ存在するが(といった台詞が本編内にもある)、これは癒しの方法の解説とかではなく、苦難の果てに癒しに至ろうとする意志そのものを描こうとした映画なのだから。とは言っても、いわゆる“癒し系”みたいなものとは絶対に一緒にしないで欲しい。“癒し系”なるものの胡散臭さは、受け身で何にもしなくても自然に傷が埋められていくようなラクチンで安易な印象を与えるところだ。でもその程度のことで埋められるくらいの傷なんて、はっきり言って大した傷じゃない。引き裂かれたあげくに原形を留めなくなってしまうほどの亀裂や断層を埋める(あるいはそういったものと向き合う)方法なんて、文字通り血反吐を吐くほどの思いをしなければ掴み取れないもの。でも人はそこに至る道のりを選ぶことが出来るのだ。それは新しい時代の福音なのではないかと思う。世紀の始めにこのような映画を観ることが出来て嬉しい。私も、あるいは生まれた時からずっと、未だに色つきの風景を探し続けているのかもしれないが、彼等の道行きの行き先を見た時に、まだ少しは生きていられるような気がしたのだ。
一口メモ : 本編が【Helpless】の続編だったとは知らなかった ! 私は本当に正直を言うと、今までの青山真治監督の作品で【Helpless】以上に面白いと思ったものが無かったのだが、今回の映画を観て初めて、監督が映画を通じてやりたいことが少しは分かったような気がする。
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【楽園をください】三星半
どちらが正しいという訳でもない、不毛な殺し合いが延々と続く。それはある意味、南北戦争(もしくはあらゆる戦争というもの)の内実を正確に表したものなのかもしれない、が、ただひたすらにこんなんじゃ観てる方はげんなりとさせられてしまう。やっと面白くなってきたのが2時間近くたってからというのでは、エンジン掛かるの遅すぎだよー ! でも最後まで観ると、主人公達の変遷や成長の過程が話に詳細に散りばめられていることが分かってきて、これは骨太な大河ドラマだったのねと確かに納得させられたけど。もしかしてもう一回観ることが出来れば今度は面白く観られるかもしれないが、しかし2回目を見る機会ってなかなかあるもんじゃないのよね……。さて、本作には若手の注目株が大挙出演しているのが一つのウリになっているのだが、中でも特に注目しておきたいのは、元黒人奴隷役のジェフリー・ライトさん。去年の【シャフト】に引き続き、思わず目が行ってしまうような光った演技を見せているから、今後、お呼びが掛かることも多くなるんじゃないだろうか。
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【リトル・ダンサー】三星半
話題のジェイミー・ベル君を始め、パパ役のグレイ・ルイス、先生役のジュリー・ウォルターズらの役者さん達の存在感には、それだけで充分何かを物語ってしまうくらいの凄い説得力がある。が、筋の方は、バレエに興味を抱く男の子が主人公という以外は、かなりありがちなステレオタイプ。泣かせるシーンも用意されているけど、予想される以上の展開までにはどうも至ってくれない。音楽などのチョイスも今一つ疑問。年代の違うグラム・ロックを使うのはまだ許すとしても、地方の炭坑都市の話に『ロンドン・コーリング』を使うセンスだけはどうしても解せないんだけど……(“川のほとり”じゃないんだからさー)。総じて言えば、いかにもなイギリスっぽさをピックアップして適当に詰め合せた、といった印象が残ってしまった。決して悪くはなかったんだけど、素材の良さからすればもっと良くなってもよかったはずなのに、と思わずにはいられなかったのだ。
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