Back Numbers : 映画ログ No.58



【アザーズ】四つ星

一言で言うと :
古い屋敷で、夫が戦争から帰ってくるのを二人の子供達と待っている女主人(ニコール・キッドマン)は、自分達ではない何者かが屋敷の中にいるらしいことを徐々に感じ始めたのだが……。
トム・クルーズがその才能に惚れ込んでプロデュースを買って出た、スペインのアレハンドロ・アメナーバルの監督作品。ちなみにトムは最初は同監督の【オープン・ユア・アイズ】のハリウッド・リメイクの話を持ちかけたそうだが、監督にその気がなくて断られ、代わりに馴染みのキャメロン・クロウに撮ってもらったのが【バニラ・スカイ】という訳です。
すごくよかったところ :
外界と隔絶した環境、怪しい使用人達、いかにも古いお屋敷の中で、ろうそくの灯りに照らし出される暗がり(子供達が光アレルギーという無理矢理な設定なので(笑))、と仕掛けは充分。
オチは途中でそうかなと思った通りだったのだが、でもばらまかれた幾つもの謎に話をひっぱられ、結局、最後のシーンを観るまでは分からなかったことも多く、興味が削がれることはなかった。
ニコール・キッドマンが演じているのは、真面目で愛情も深いが、線が細くて神経質なところもあり、夫の留守を気丈に守ろうとするあまり時にヒステリックにもなってしまう、といった役どころ。ニコールの演技も勿論絶品だったが(彼女は【ムーラン・ルージュ】よりもこっちでアカデミー賞にノミネートされるべきだったのでは ? )、このヒロインの性格設定自体が話の筋に深く関わっているというのが、実に見事だった。
音楽の緩急や急な場面転換でギョッとさせられるようなシーンも一応あるが、本作はホラーとして恐がってみたりするよりは、ストーリーテリングの抜群の上手さを楽しむべき映画なんじゃないかと思う。
その他のみどころ :
本作では監督は音楽まで御自分でおつけになっていらっしゃるとか。全く、才能あり余ってますなー。
監督さんへの思い入れ度 : 75%
コメント :
ということで最近は日本でもあちこちで注目されているアメナーバル監督だけど、ほんの数年前、彼の長編デビュー作の【テシス・次に私が殺される】(ビデオの題名は【殺人論文】)を最初に中野武蔵野ホールでやっていた時なんて客席ガラガラで、どうしてこんな面白い映画にマスコミは誰も注目しないんだ~ ! と歯噛みをしたものだ。忘れもしないが、キネマ旬報のその年のベストテン発表号でこの映画を取り上げていた評論家は、塩田時敏さんただ一人だったもんね。皆、ホントに映画をちゃんと見てんのかよって思ったものだ。

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【穴】三星半

一言で言うと :
イギリスの名門プレップスクールで4人の男女が行方不明になった。自力で脱出してきた少女(ソーラ・バーチ)の証言により、残りの3人は戦時中の防壕と思しき穴の中で死体で発見され、同級生の男子が容疑者として取り調べを受けるが、ことの真相は……。ティーンの闇をテーマにしたというガイ・バート原作の小説を、新鋭ニック・ハム監督(【マーサ・ミーツ・ボーイズ】)が映画化。
かなりよかったところ・個人的にニガテだったところ :
バカな高校生達がバカなことをしでかして自業自得、って映画なのかなぁ、う~むあんまり入っていけない、と思いつつ、どんより見ていたのだが……
ラスト近く、ソーラ・バーチ(【アメリカン・ビューティ】【ゴーストワールド】他)が真相を告白するシーンでちょっと背筋が寒くなり、暗くて嫌~な気持ちになってしまった。世の中には自分を守るためなら嘘をつくのも仕方がないと思っている信じ難いタイプの人間がいたりするものだが(昔そういうタイプの人が上司で大変難儀をした覚えがあります……)、コイツが悪知恵の働く演技派で、加えて、当人の世界が狭いゆえの自己中心主義とワガママが重なると、一体どんなことになってしまうのか……。セリフに出てくる“愛”という言葉の浅薄さ、そらぞらしさが、一瞬、悲劇的だと思った。
ちょっと惜しかったところ :
しかし周りの大人達の詰めの甘さは、笑えてしまうくらい嘘くさすぎやしないか…… ?
コメント :
ちょっと大騒ぎになっちゃったか、くらいの本人の認識と、ことのあんまりな重大さとのギャップが、それこそホラーじみている。
この名状し難い邪悪さを現出させている点を買いたいと思うが、これはソーラ・バーチの演技に負っている部分が小さくないと思う。この人はこれからどんなどえらい女優さんになるのやら……目が離せません。

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【アリ】三つ星

一言で言うと :
アメリカの生ける伝説モハメド・アリの苦難の時代、ヘビー級チャンピオンになってからベトナム戦争での兵役拒否による王座剥奪、その後の名誉回復からザイールのキンシャサでの王座奪還に至るまでの、1964年から1974年までの姿を綴る。
モハメド・アリを演じるのは【メン・イン・ブラック】他のウィル・スミス。監督は【インサイダー】【ヒート】他で“闘う男”を描くことに定評のあるマイケル・マン。
かなりよかったところ :
当時のモハメド・アリを巡る一連の事象が過不足なく、誠意をもって綴られているのではないかと思われる。
必ずしもモハメド・アリの顔には見えないながらも、ウィル・スミスではない誰かに見える瞬間は多々あって、彼の役者魂はしっかり感じることが出来たように思う。
個人的にスキだったところ :
ジョン・ボイトを始めとする他の役者さんの演技も概ねよかったが、特にマリオ・ヴァン・ピープルズの演じるマルコムXは素晴らしかった。マルコムXと言えば、スパイク・リー監督の映画でのデンゼル・ワシントンの一世一代の演技があまりにも有名だが、それとはまた微妙に違うマルコムX像を提出できる人がいるとは思わなかった。うーむさすがはマリオさんだ。(注 : マリオ・ヴァン・ピープルズはブラック・ムービーのゴッドファーザー=メルヴィン・ヴァン・ピープルズの息子さんで、自身でもブラック・テイストの強い監督・出演作が何本かあります。)
そのマルコムXとモハメド・アリがネイション・オブ・イスラムつながりで交際があったというのは、言われてみればなるほどといった感じ。マルコムの訃報を聞いてアリが涙するシーンは、個人的には最も心に残った。
その他のみどころ :
本作にはウィル・スミスの奥方のジェイダ・ピンケット・スミスが出演しているが、女優という触れ込みの彼女は今までどんな出演作があるんだろーと思ってちょっと調べてみたら……以前よく聞いていたラッパーのクィーン・ラティファの出演作【セット・イット・オフ】で主演をやっていらっしゃるではありませんか ! (観たはずなのに全然顔を覚えてない……。)黒人の女の子4人が主役の映画なんてハリウッドでは非常に珍しいはずなので、これはなかなか立派なキャリアと言えるのでは。他に、今度の【マトリックス】の続編などにも御出演なさるようですが、変わったところでは【もののけ姫】の英語吹き替え版でのおトキさんの声なんてのもありました。
個人的にニガテだったところ :
かようになかなか素晴らしそうな内容であるにも関わらず、私は見ながら、全編凄まじい眠気に襲われて仕方がなかった。これは一体何故なのだろうと考えてみるに、この映画は私にとってはほとんど新鮮な部分が無かったのではなかろうか、という結論に思い至った。
ウィル・スミスが実は演技派だというのは今更驚くにあたらないし(お疑いの向きは、彼が本格ブレイクする前に出演していた【私に近い6人の他人】という映画を見てみて下さい ! )、マイケル・マン監督の十八番の“闘う男”っていうテーマも個人的には全然遡及しない。(【インサイダー】は例外だけど、これも違った側面から観た楽しみ方をしていたように思う。)時代背景や話の流れは【モハメド・アリ かけがえのない日々】というドキュメンタリーを観ているからおおよそのところは分かってしまっているし、ましてや本物の“キンシャサの奇跡”の映像と較べてしまうと、この映画のシーンはやはり作り物に他ならないし。
更に、当時のソウル・ミュージックのヒット曲などを後ろで大人しく流しているような演出がどうにも生ぬるく感じられたりして。そんなつもりは毛頭無かったのだが、モハメド・アリが特にブラック・カルチャーの文脈の中では大変に重要な存在だということからか、私はどうも無意識のうちに、件のメルヴィン・ヴァン・ピープルズだの一番激しくアジってた頃のスパイク・リーだのといった、叩きつけるようなビート感のあるギラギラと熱い黒人映画監督の映画達と引き較べてしまっているようなのだ。勿論、白人が黒人のヒーローを描いて悪いという法などあるはずもないのだが、実際どちらの映像が強烈だったかと言えば……。
コメント :
とは言っても、一般的な評判それほど悪くないようですので、私の評などはあまりあてにせず御自分の目で確かめてみられたほうがいいかもしれません。
ちなみに、文中にもあった【モハメド・アリ かけがえのない日々】や【マルコムX】は、この映画を見るためのみならず、当時の時代背景や公民権運動などに対する理解をまた別の角度から深めるためのサブテキストとしてお奨め致します。

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【UNLOVED】二つ星

一言で言うと :
上昇志向を持たない市役所勤めの30代の独身女(森口瑤子)は、若くして会社を成功させている実業家(仲村トオル)から申し込まれた交際を承諾するが、社会的ステイタスに対する価値観のあまりの違いから別れを決意する。一方、同じアパートに越してきた年下のフリーターもどきの男(松岡俊介)に安らぎを覚え、二人はつきあい始めたが……。
万田邦敏監督は、WOWOWのJ-MOVIE WARSで【宇宙貨物船レムナント6】を発表した後、同じ仙頭武則氏のプロデュースによって本作を手掛けた。
かなりよかったところ ? :
いわゆる一般的な社会通念よりも自分の価値観を大事にする30過ぎの独身女っていうのが面白い……のかなぁ。私の周りではそんなの珍しくも何ともないのだが。
個人的にニガテだったところ :
お仕着せのおハイソなライフスタイルより自分のボロアパートが好きというような、自分の感性や主義主張にこだわるのは結構なことだが、だからって自分の好きな相手が自分と同じように考えているはず、と押し付けるなんて、一体どういう神経なのだか分からない。
つき合うことを決めたのが自分自身なら、その人が実際はどんな人なのか見抜けなかった甘さや落ち度は自分にもあるでしょう。なのに自分はまるで悪くない、みたいな傲慢不遜な態度は一体何なのか。
で、後になってその元恋人が“自分のことを見下している”だの何だのと怒るのは勝手だけど(しかし、たかだかライフスタイルの違いくらいのことで人間として見下すの見下さないのという言葉をわざわざ持ってくるなんて、そっちの方が逆によっぽど物質主義に拘泥してるってことなんじゃないのか)、自分の現恋人に対する態度だって充分、自分の価値観で人を見下している態度なんじゃないのか。それともその見下したふうな接し方が出来るってことが“自然に振る舞える”ってことなのか ?
終盤、現恋人が「あなたは誰にも愛されない人だ」と言い放つシーンで、そのとおり ! とやっと胸にすーっと溜飲が下りたのだが、それから何分も経たないラスト・シーンでいきなり日和っててどうすんのよ !
コメント :
個人的な好みでここまで評を低くしてしまって申し訳ありません。一般的に見ればそこまで壊滅的な映画という訳でもないのかもしれませんが、しかし私は全編、何だか微妙に神経を逆撫でられ続け、もう勘弁してくれという感じでした。

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【ウイークエンド】四つ星

一言で言うと :
ゴダール監督の1967年作品。
かなりよかったところ :
大筋は、週末に車で出掛けたはいいが、なかなか目的地に辿りつけないカップルの話。途中で『皆殺しの天使』というテロップが出てくるが、これはルイス・ブニュエル監督の同名の映画のことを指しているのかな ? だとすれば、なかなか目的地に辿りつけない人達というのは、自分達では閉塞的状況から抜け出せないブルジョワジーのことを示唆しているのだろうか ?
で、映画は後半から、ブルジョワを揶揄する難解なアジテーション的言説の羅列になっていく……これは、ゴダールがこの後の時期くらいから陥っていく、過度に政治的でワケワカラン作風の走りであるように見えてしまう。(でも本作では、全体を通しての筋道らしきものがまだ何とかかろうじて感じられるのだが。)つまり本作は、【勝手にしやがれ】や【気狂いピエロ】なんかで一世を風靡し、ある意味頂点を極めてしまった才能のありすぎる天才監督が、独自の道を行こうとするあまり否応なしに誰にも手の届かない境地に行ってしまった、丁度まさにその端境期にある作品であるように思われたのである。
その他のみどころ :
ブルジョワを揶揄しながらあまり実効性の無い演説を自己陶酔的に長々とぶっている、そのスタンス自体が、端から見れば充分ブルジョワ的じゃん。というか、60年代の政治の季節に於ける彼等の言説が、あちこちにシビアな軋轢を擁していた国際的な政治状況そのものに対しては大した影響を与えられなかったことは、今となっては歴史的に証明されてしまっているでしょ ?
こんなので革命が出来る思っていたナイーヴさを、ゴダールさん本人も今観ると苦笑してしまうのではないかな ? しかし、かように今見ると歴史的遺物となってしまった本作も、そういった当時の時代の空気がフリーズドライされてパッケージングされているという点で、既に逆に貴重なのかもしれない。
コメント :
ということで本作は、私にとっては、今まで観たゴダールの作品の中で、様々な意味で一番面白く感じられた。日本ではここしばらくは公開されていなったという本作は、私にとってはもしかしたら、ゴダールのフィルモグラフィ上の重要なミッシング・リンクだったのかもしれない。

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【鬼が来た ! 】四星半

一言で言うと :
第二次大戦末期の中国奥地、謎の人物に脅されて村人(チアン・ウェン)が引き取った2つの麻袋には捕虜の日本兵(香川照之)と中国人通訳が入っていた。恐々ながらもその面倒をみることにした村人達の親切さに、日本兵もほんの少しずつ心を開きかけていたのだが……。
俳優としても既に高名な中国のチアン・ウェン(姜文)が、戦争をモチーフに、極限状況に置かれた時に剥き出しになる人間の本質を描こうとした作品。監督第二作目にあたる本作は、2000年のカンヌ映画祭のグランプリを受賞した。
すごくよかったところ :
チアン・ウェン監督は実際日本のことが嫌いなのかなぁ ? と思えてしまうほど、終盤の日本軍の蛮行は凄まじいし、捕虜だった日本兵の豹変も目を覆いたくなるほどに卑小だ。とはいえ監督は、相手が日本だからどうとかというよりも、人間という存在が極限状態の中で陥る可能性のある振れ幅という点に主眼を置いて、彼等の行動をかなり客観的に見詰めて描いているのではないかと思う。中国で近年の戦争を舞台にして描く話なら、日本人がカウンターパートナーとして選ばれるのは避けようもないことなのだろうし。
ユーモラスなやりとりの光る前半に、シビアに展開する後半で、人間の本質を多層的に浮かび上がらせる構成。チアン・ウェンさんは監督としても一流の手腕を持っていることを完全に証明してみせた。
その他のみどころ :
げっ ! となってしまうような衝撃的なラストは、モノクロの画面がカラーに反転するのが実に効果的だった。
ちょっと惜しかったところ :
う~ん、しかしこの構成といいテーマの取り方といい、チアン・ウェン監督の俳優としての出世作であるチャン・イーモウ(張芸謀)監督の【紅いコーリャン】に全く影響を受けていないという言い逃れをしようとしても難しいのでは……。
コメント :
多くの日本人キャストの中でも特に重要な、麻袋に入った捕虜の役をなさっていた香川照之さん。本作の撮影は筆舌に尽くし難いほど厳しかったそうだが(撮影の状況を綴った日誌は既に本になって発売されているそうです)、本作以降に撮影されたと思われる最近の彼の演技は、いずれも堂に入っていて格段に印象的だ。彼はこの撮影を通して、実際役者として一皮剥けたのではないだろうか。

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【溺れる人】二星半

一言で言うと :
浴槽で溺れて死んでいたはずの妻が、翌朝、何故か生き返っていた。また今まで通りの暮らしを続けようとする二人だったが、以前とは何かが決定的に違ってしまっていた……。名古屋を拠点に活動する一尾直樹監督が、夫役に【鉄男】【バレット・バレエ】他の塚本晋也、妻役に【鬼火】【ハッシュ ! 】他の片岡礼子を迎えて制作した作品。
かなりよかったところ :
表面的には変わらない優しい夫婦関係なのだけれど、質的に何かが変化してきていて、それがある日突然表面化する様が、日常的なようなそうじゃないような不思議なテンポの中で、寓意的に捉えられていると思う。
個人的にスキだったところ :
塚本晋也さんと片岡礼子さんを夫役と妻役にしようという、その発想だけでなんかもうかなり秀逸だ。
あまりよくなかったところ :
この話は監督の実際の離婚経験を基にしたのだということを後になって聞くまで、監督がこの映画で何を伝えたいのか、あんまりよく意味が分からなかった。
実際の人間の息遣いを彷彿とさせるようなゆったりとしたテンポで描かれているのだけれど、人によってこの間を冗長だと感じるかもしれない。
コメント :
人間はいつしか少しずつ変わっていってしまうのは当たり前のことだから、その変わっていく部分自体を理解していこうとする努力くらいはしてみる価値があるのではないか、と最初観た時には思ったのだが、実際に離婚してしまった人の実感の前で何を言っても虚しい理想論にしか聞こえないですよねぇ……。

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【キューティ・ブロンド】四つ星

一言で言うと :
君はブロンドすぎるから結婚相手には不向きだ、と名家のボンボンの恋人に振られてしまった社交クラブの女王のエル(リース・ウィザースプーン)は一念発起、猛勉強してとうとう彼のいるハーバード大学の法学校に入学したのだが……。
かなりよかったところ :
ビバリーヒルズ方面を実家に持つ、全身ブランド品でコテコテにキメているブルジョワ学生を思いっきりパロディにしたような、ド派手なヒロインのキャラクターがとにかくキョーレツ。ファッションだ美容だといったあっかるい文化からは遠く隔たったハーバードの学生達の間で浮きまくることこの上ないが、それでもアッケラカンと我が道を貫きつつ、ちゃんと地道な努力も怠らない健気な彼女のことを(本作はワガママ自己中で考え無しのティーンエイジャーが棚ボタで成功する話とは違うのだ ! )、気がついたら知らず知らずのうちに気持ちよ~く応援してしまっているのだ。
これは脚本のよさも多分にあるにせよ、何といってもこんな嘘みたいなヒロインを見事に現出させたリース・ウィザースプーンの存在無しには、ここまでの成功は望めなかったはずだ。念を押しておくが、彼女はこれを演技として、つまりは計算づくで演っているのだよ ! 信じられない ! この人、すっごいコメディエンヌだ !
このテの映画に星4つ……でも評価の減らしようもないんだもの。中でも星の一つ分くらいは、彼女に進呈したいと思います。
その他のみどころ :
彼女を何くれとなく助けてくれるやり手の若手弁護士役のルーク・ウィルソンにも注目しておきたい。彼は、【シャンハイ・ヌーン】でジャッキー・チェンと競演していたオーウェン・ウィルソンの弟で、もう一人の兄弟のアンドリュー・ウィルソンともども【ロイヤル・ティネンバウム】というヒット作(日本ではこれから公開)で競演してウィルソン三兄弟として耳目を集めたのだとか。特に兄貴のオーウェンはウェス・アンダーソン監督と組んで脚本も執筆しており、今後を大いに嘱望されているのだそうだ。
コメント :
リース・ウィザースプーンとライアン・フィリップ(彫刻みたいな美形の顔立ちの若手俳優)の夫妻は、まだ二人とも若いのに、もうとっくに子供もいたり自分達のプロダクションを経営していたりしていて、なんだか異様に地が足についている。このカップルはもしかして、これから10年、15年と経つうちにエラい大物になってくるんじゃないのだろうか ? どうだろう ?

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【クィーン&ウォリアー】三星半

一言で言うと :
異世界で目覚めた勇者はゲームオタクのサエない高校生になっていた。いや、もしかしたら勇者の属する世界こそがオタク高校生の空想の産物なのか !? スペインの新鋭、ダニエル・モンソン監督が意外な着想で描く長編デビュー作。
かなりよかったところ :
どうやらこれは全編、ゲームに没頭するあまり現実とファンタジーの世界を混同してしまった主人公の行き過ぎた妄想ということになるらしいのだが、しかし現実の方にもそれなりに仕掛けがしてあって、主人公と同様観る側も、これはあながち妄想とは言えないのでは ? と思えてきてしまうのである……(でも実際、そのような妄想を抱く人の認識というのはそうしたものであるのかもしれない ! )
あまりよくなかったところ :
お話は結局どっちつかずで曖昧に終わってしまい、え、これで終わりなの ? とすごく中途半端に放り出された気分。もしかしたら敢えてそうした効果を狙っているのかもしれないけれど……。
コメント :
アレハンドロ・アメナーバル、マテオ・ヒル、アレックス・デ・ラ・イグレシア、と、注目株の絶えないスペイン映画界に、また新たな隠し球の誕生か。みんな、何だかヘン。そしてどこかオタクの匂いがするような気がするのはどうした訳なんだろう。いや、それは単に私が“まともな”スペイン映画をあまり観に行ってないというだけの話だったりして(笑)。

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【KT】五つ星

一言で言うと :
1973年に東京で起きた金大中拉致事件を、【どついたるねん】【顔】の阪本順治監督が、大御所・荒井晴彦氏の入魂の脚本を元に映画化。
当時の韓国の朴正煕大統領の要請により政敵であった金大中氏の拉致と暗殺を実行に移そうとした韓国人外交官達(KCIAメンバーでもある)と、それに関わることになった日本人自衛官、及びその周辺の人達の姿を、史実とフィクションを交錯させながら描く。
本作のゼネラル・プロデューサーを務める李鳳宇氏は、製作・配給・興行のマルチな方面から日本映画界に新風を送り込み続ける才人で、かつては【月はどっちに出ている】を製作して在日コリアン文化に新時代をもたらし、近年は【シュリ】【JSA】を配給して韓国映画ブームの火つけ役となった人物。彼の人脈をフルに活かして製作されたと目される本作は、もしかしたら本当に史上初の、本格的な日韓コラボレーション映画と呼べる作品になったかもしれない。
すごくよかったところ :
要人の拉致・暗殺計画というサスペンスを緊迫感溢れるタッチで畳み掛けるように描きながら、その大事件に否応なしに翻弄されることになってしまった人々のパーソナルな苦悩や逡巡もそれぞれ重ね合わせる。(特に主演の一人のキム・ガプスさんや新聞記者役の原田芳雄さんの演技は絶品 ! )そのタイミングとバランスから醸し出される絶妙な勢いに、これぞ映画、の醍醐味を感じずにはいられない。
その他のみどころ :
当時の状況に対する認識を根底に据えつつ、大筋と詳細を緩急自在に取り混ぜて、最後にはエンターテイメントとしてきっちりと成立させる、こんな脚本は荒井晴彦氏以外の誰にも書けなかったはず。だが当の荒井氏は、阪本監督が荒井氏の実際の脚本から更に御自分のアレンジを押し進めて撮っていらっしゃるところ、平たく言えば、元の脚本に書かれている要素をかなり省略したり簡素化したりして撮ったということに対して、「脚本をズタズタにされた」と相当御立腹だったりして……。
一般論を言えば、脚本は映画作りの設計図、または叩き台のようなものであり、実際の撮影や編集に際して様々な変更が加えられるというのはごく普通にあることのはず。まぁ、正に全共闘世代だった荒井氏にとって、細部まで入念に練り上げた今回の脚本が相談も断りも無しに変更されるというのは血肉が断ち切られたように感じられたのかもしれないし、その気持ちは想像できなくもないような気はするのだが。
ただ、実際に脚本を読んでみた感触では(今回初めてシナリオを読むなんて作業をやってみました)、これがこのまま映像化されたとなると、説明的すぎたり図式的すぎたり、また個人的には感覚に合わない部分もあったりして(特に女の人の描写とか)、必ずしも総ての要素に納得できなかったんじゃないかと思われたのだが。
総ての要素が一から十まで解説されていなくても、匂わせる程度に呈示してあれば、観客の方でもある程度は想像で補ったりする余地もあるのではなかろうか。確かに、映画の中にはもう少し説明が欲しかった部分もあり(佐藤浩市さん演じる自衛官の行動の動機など)、それは脚本に書かれていた要素が寸断されたせいだという主張にも一理あるのかもしれないが、仮にその部分が全て脚本の通りに描かれていたとしても、逆に満足できなかった可能性は大いにあるのではないかという気がしたのだけれど。
阪本監督による“改編”によって、ある特定のイメージに強力に結びつけられてしまいがちな要素やそのままでは不自然に感じられる要素が注意深く排除され、コアとなる要素とエヴァーグリーンな枝葉のみが残されることで、かえってお話がより普遍化され適切なリズムがつけられたように、私は感じているのだが。なので、信念をもって(多分)この“改編”を行った阪本監督の皮膚感覚の方を、私としては支持させて戴きたい。
しかし脚本家と監督の永遠の対立の図式なんて、そんな昔々からあるクラシックな論争が今更可能だってことの方が驚きだ。つまり、この映画にはそれくらいの力があるってことなのではないだろうか。
監督さんへの思い入れ度 : 85%
コメント :
本作は【千と千尋…】がグランプリを取ったベルリンの映画祭では無冠だったということだが、でもそれは、欧米人の審査員達が一時代前の極東の政治状況には大した興味が無かったってだけの話じゃないのか。しかし欧米人にはどーでもよくても、日本の人には全く違った見方があるはずだと私は思うです。

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【スパイダーマン】四星半

一言で言うと :
熱狂的ファンも多いアメリカンコミックの名作『スパイダーマン』がついに映画化 !
すごくよかったところ :
ヒーローは完全に文系タイプのちょっと頼りない高校生(後にカメラマンになる)。その彼が偶然力を手に入れ、その力には責任が伴うことを辛い経験から学び……といった、きっと原作では重要なのだろうと思われる要素が入念に取り込まれ、過不足なく描かれている。この主人公に扮しているのは、これまでどちらかという文学系の陰影のある役柄が多かったトビー・マグワイア。これが正に彼ならではの嵌まり役 !
クモというのは、どんな角度の天井や壁にも平気で貼り付いたり、強い強度の糸を出して獲物の捕獲や場所の移動に使ったり、予知能力まであるとされているなど、言われてみれば大変な能力を持っている生き物である。遺伝子操作されたクモに咬まれて身についてしまった能力を自由自在に操り、空間を文字通り縦横無尽に移動して活躍するスパイダーマンは、これがもう、予想を遥かに越えたカッコよさなんだな !
俗に、面白いカンフー映画やヤクザ映画を見ると自分も主人公になりきってしまうと言うじゃないですか。この映画を見た後どうも、高い建物を見る度に、手から糸をビュッと出してターザンしたくなってしまうのだ ! あのもの凄い空中ブランコ感、それだけでも充分に一見の価値があるに違いない。
相手役がキルスティン・ダンストというのもいい選択。そしてなんたって肝心の敵役、自分の研究に懸命になるあまり人格分裂を引き起こしグリーン・ゴブリンというキャラクターになるウィレム・デフォーの因業バリバリの演技は強烈すぎ !
キャラクターやストーリー、この映画ならではの特殊効果など、あらゆる要素がベストの形で組み合わされ、これはもう娯楽ものとしては申し分の無い出来になっているのではないかと思われる。
監督さんへの思い入れ度 : 55%
コメント :
クモ男っていうコンセプトも異様だし、コスチュームもすごく変じゃありませんか。私は今まで、アメリカ人ってなんであんなに妙なものを考えるのか、それがどうして人気があるのか、正直言ってさっぱり分からなかったんですよね。でも今や完全に認識を改めました。スパイダーマン、かっこいいです。最高です !!
本編の監督を務めたのは、ここのところ【シンプル・プラン】【ギフト】などで進境著しいサム・ライミ。監督はもともとB級ホラー映画畑の出身なのだが、アメリカンコミックの世界にも造旨が深いとか。こういった作品を映画化するには、対象に対する理解と敬意、そしてなんたってやはり“愛”が不可欠なのよねぇ♪
通常なら続編ものは大嫌い。でもこの作品、同じキャストとスタッフで続編が作られたら絶対見に行くことだろう。あ、でもそうなるとウィレム・デフォー以上にインパクトの強い敵役が必要かも……一体どうする !? (←何を真剣に考えてるんだか。)

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【そして愛に至る】二星半

一言で言うと :
ゴダールの長年の公私に渡るパートナー、アンヌ・マリー・ミエヴィルが、倦怠期のカップルの諍いと和解を描く。主役の二人を演じるのも何とミエヴィルさんとゴダールさんだ !
その他のみどころ :
彼等はもしかして実生活でもこれに近いようなやりとりをしてるんだろうか ? という、まるで覗き見でもしてるかのようなドキドキ感はちょっとあるけれど……。ちなみに監督の弁によれば、相手役には最初は別の俳優さんを捜していたが結局ゴダールさんが一番上手く、本人も出演を希望したからたまたまそうなったとのことで、決して露悪趣味で本作を作った訳ではないということなのだが。
あまりよくなかったところ :
主人公二人と彼等に絡む男女の姿を通して二人の関係性を真摯に見詰めようとする、ミエヴィルさんの生真面目さ、みたいなものは伝わってくるのだが……シーンも室内が多くて動きも少なければ、台詞も観念的ものが多く、ちょっと抽象的に過ぎてあまり気持ちにダイレクトに迫ってこなかった気がするのだ。残念。
コメント :
確か十年かそこら前、どこかの劇場で、ミエヴィルさんの劇場用長編デビュー作【私の愛するテーマ】っていうのを、見た覚えがあるのだが……細かい筋はさっぱり覚えちゃいないんだけど、女性のビビッドな気持ちが伝わってくるような作風で、結構好きだったんだけどなー。まぁ、ただでさえ規模も違えば予算も違う映画だし(本作はビデオ作品のようです)、ましてや、10年も前の姿勢を現在の作家にそのまま求めても仕方ないかもしれないけども。

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【ドッグ・スター】四つ星

一言で言うと :
死んだ元飼い主(石橋凌)に人間の姿にしてもらった盲導犬のシロー(豊川悦司)は、小犬の頃に育ててくれた懐かしい女性(井川遥)に逢いに行くが……。〈ピンク四天王〉の一人と呼ばれつつ一般映画でも独自の作風を開拓しつつある瀬々敬久監督の作品。
かなりよかったところ :
瀬々さんがファンタジー映画の監督を !? そりゃ何か思いっきり似つかわしくないような……とか思いながら本編を観てみたのだが、割とちゃんとそれらしく成立していたので驚いた !
しかしよくよく考えてみると、今までの瀬々監督の映画で描かれているものだって、どれも理想との格闘だったり悪夢だったり現実逃避だったりするし、時間や空間の飛躍なんてしょっちゅう見られたりするしで、案外最初からファンタジー的な要素を多く含んでいたのかもしれない。
豊川悦司さんが演じているのは盲導犬だから、非常に頭がよくて性格も折り目正しい。この豊川さんの所作が、ただ坐ったり走ったりしているだけでも、何だかいちいち犬っぽく見えてきてしまうのがすごい。彼はやはり大した役者さんなのだな。
石橋凌さん、泉谷しげるさんというキャスティングも味があるな~。
井川遥さんも、御本人が言うような演技経験の浅さなんてそんなに感じさせなくて、結構いいなと思った。インタビューなどを読む限りでは、彼女は演じる人がなすべきことのハードルを本質的にちゃんと判っているのではないのかしら。これから先もかなり楽しみな人になりそうな気がしている。
その他のみどころ :
安川午朗さんの音楽も、本作をファンタジーとして見せるのに大きな役割を果たしているように思う。
本物の犬の方のシロー君の名演技にも注目 !
監督さんへの思い入れ度 : 80%以上
ちょっと惜しかったところ :
次第に人間っぽくなりつつある犬と女の人の恋物語になっていく部分を、割とうまく丁寧に推移させていると私は思ったのだが、この設定を受け付けられない人もいるみたいで、そういう人にはの映画は全く何も響いてこないみたいだ。
コメント :
しかし私は瀬々監督のファンだから、何を観ても大概面白く見えてしまうからなぁ。客観的な評価を下せる自信なんていうのは、全くと言っていいほどありませんで……。

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【突入せよ ! 『あさま山荘』事件】三星半

一言で言うと :
1972年の『あさま山荘事件』での警官隊の突入までの過程を、現場で実際に指揮を取った佐々淳行氏の手記を元に、【金融腐蝕列島・呪縛】の原田眞人監督が映画化。
かなりよかったところ :
役所広司さんや藤田まことさん、天海祐希さんなどを始めとして、芸達者で存在感のある様々な俳優さんに声を掛けまくったと思われる豪華なキャスティング。(かなり名前のある俳優さんでも画面にはちょっとしか出ていない、なんてことも多々ある。)
そのように多くの人々が入り乱れる警官隊突入、そして人質救出までの混乱ぶりをきちんと形にして描き出して見せたところには、原田眞人監督独得の手腕が感じられる。
あまりよくなかったところ :
原田監督はそのように、有象無象の現象をシステマティックに形にしてみせるのがお得意で、またお好きなんだろうとお見受けする。その監督にとって、『あさま山荘事件』という事件を素材として映像化することが興味深く思われたというのは、想像には難くない。しかし……
そりゃあ当時現場は混乱を極めたのだろうし、警察の人々は大変な思いをしたのは確かだろう。しかしそこで、単に警察のお仕事って大変なのねーということを描くのに終始しただけでは『あさま山荘事件』という特殊な事件に言及したことには全くならないのではないか。
私には当時の記憶はとんとない。しかし、『あさま山荘事件』が当時の文化や思想の流れの中で何か決定的な転換点になり、その後の社会に与えた影響も決して小さくなかったらしいということは聞くともなしに聞こえてくる。そういった事件の背景にまで踏み込んで解釈して呈示してみせることは大変難しいことだというのは分かりきっているが、そういった特殊性を描くことを全くすっ飛ばして放棄してしまうのなら、そこに『あさま山荘事件』という名前を敢えて冠する必然性なんて、微塵も無くなってしまうではないか。
個人的にニガテだったところ :
警察の仕事は目の前で起きている暴力事件を制圧することのみであって、その現象自体について何かの判断を下したりするのは確かに責任の範囲外のことであるに違いない。しかし当時の政府に、暴力の制圧と同時に他の何かを制圧しようという意図があった(例えば、国民が政治に向かおうとする意思やエネルギーのようなもの ? )のは多分にあからさまであり、そんな政府の政治的な思惑に、結果的にであるにせよ奉仕することになったという点に全く目をつぶって彼等を手放しに英雄視するとなると、私はどうしても座りの悪さを覚えずにはいられない。
コメント :
昨年の【光の雨】や今号の【KT】など、最近70年代の出来事を再検討するような内容の映画が幾つか公開されているようだが、これは、一定の時間や距離を置いて当時のことをもう一度考え直すための土壌がやっと出来てきたということもあるだろうが、その頃有効で支配的だったシステムが疲弊してきて根本的な再構築を迫られているのだということとも決して無縁ではあるまい。
暴力テロそれ自体は容認しがたいものであっても、その人達が何故そういった手段を取ろうとするのかといったことを全く考えずに力で制圧しようとするだけでは全く何の根本的解決にもならないし、長期的に見ればより一層の歪みが生じるだけなのではなかろうか……おっと話が行き過ぎてしまった。大変失礼致しました。

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【ノーマンズ・ランド】四つ星

一言で言うと :
セルビアとボスニアの紛争地帯で、ひょんな偶然から両軍の中間地点にある残壕に取り残されてしまった両軍の兵士を通して、戦争のナンセンスさを描く。
実際にボスニア兵としての従軍経験を持つダニス・タノヴィッチ監督は、退役後に脚本を書いて初監督したこの映画により、各国で高い評価を受けた。
すごくよかったところ :
個人的に憎しみあう必要なんて本来何もないはずなのに、この人達が実際に向かい合った小さな場にまで憎悪の枠組みが持ち込まれ、再形成されてしまう。
実際に死地をくぐり抜けた人じゃないと決して繰り出せないようなブラックユーモア。まるでタチの悪い冗談みたいな悪夢のようなエピソードの数々は、リアリティを欠いたヤワで生半可な反戦論など消し飛んでしまうような動かしがたい現実の反映なのだろう。しかしこの乾いた憎しみの描写が、戦争なんてほとほと嫌だ、という圧倒的な逆説を導き出すのだ。
国連軍もマスコミも何の役にも立ちゃしねぇ ! ラストの皮肉はあまりにも痛烈だ。
コメント :
このお話の中に出てくる国連軍の兵士は主にフランス人なのだが、彼等が人に話し掛ける時、まずは必ず「フランス語は話せるか」と切り出すのが、見ていて段々おかしくなってきた。英語を話せる人もそれほどおらず、フランス語を喋れる人となるとほぼ皆無なので、結局英語で会話することになるのは分かりきっているようなのだが。

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【バーバー】四つ星

一言で言うと :
しがない寡黙な床屋の男(ビリー・ボブ・ソーントン)が、ほんの些細な出来心から、妻(フランシス・マクドーマンド)の不倫相手を脅して新しい商売の軍資金を手に入れようとしたのが運のつき。後はまるで坂道を転がり落ちるように状況は悪化する一方で……。御存知コーエン兄弟の最新作。
かなりよかったところ・個人的にスキだったところ・あまりよくなかったところ :
コーエン兄弟の今回のテーマはハードボイルドなんだとか !? モノクロの画面といい、展開に無駄なところがない全きストイックさといい、何とも激シブの出来映え。
寡黙な主人公は、運命だの、自分自身の感情だのといったものに対して、客観的なのか冷淡なのか、不器用なのか ? 例えば妻に対する感情なんかも一見分かりにくいというか複雑だというか……愛情や憎悪といったような感情が無いという訳ではないみたいなんだけど。
主人公を支配しているのは、ある種の諦念なのか達観なのか。よく考えると、これは救いなんてどこにも無いひたすら真っ暗けな話なんだけど、それをあまり感じさせないのは、主人公が自分自身の運命に対してあまりにも淡々としているからなのだろうか。どこまでもあっさりと進行するお話は、いわく言いがたい何かを現出させている。
ビリー・ボブ・ソーントン以外に、だれがこんな複雑なニュアンスを醸し出し得ただろう ?
監督さんへの思い入れ度 : 80%以上
コメント :
煮ても焼いても食えなさそうな、それが真性のハードボイルドというものか。コーエン印の映画は、やはり今回も完璧で非のうちどころのない作品ではあったのだけど、しかしこれは万人に手放しで奨められるタイプの映画ではなさそうな気がする。

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【パコダテ人】三星半

一言で言うと :
函館で銭湯を営む一家の次女、女子高生の日野ひかる(宮崎あおい)に突然シッポが生えてきた ! 地元新聞にスクープされた後、意を決してカミングアウトをした彼女はセンセーションを巻き起こし、一躍人気者になるのだが、やがて強烈なバッシングが……。
あがた森魚さんがディレクターをつとめる函館港イルミナシオン映画祭で、第4回(1999年度)シナリオ大賞の準大賞を受賞した脚本の映画化。監督は【かわいいひと】【SWING MAN】などの前田哲。
かなりよかったところ :
シッポが生えてきたって私は今までの自分と何も変わってない、ヒノヒカルにちょっと可愛いおまけがついてパコダテ人のピノピカルになっただけ。数々の波乱に見舞われながら、家族の支えを受け前向きに振る舞おうとするヒロインを演じたのは、【EUREKA〈ユリイカ〉】【害虫】などに出演しまだ10代半ばだというのに既に演技力に高い評価を得ている宮崎あおいさん。今までのシリアスな役柄とはちょっと趣きを異にした、明るく健康的な彼女はとっても可愛いです !
母親役の松田美由紀さん・父親役の徳井優さん・お姉さん役の松田一沙さんといった家族の面々、記者役の萩原聖人さんや編集長役の木下ほうかさんを始めとする地元新聞社の人々、御当地代表でもう一人のパコダテ人を演じる大泉洋さんや謎の会社社長を演じる安田顕さんなど、キャストがとっても多彩。皆さんがそれぞれの役をとっても楽しそうに演じているのを見ていると、見ているこっちも楽しくなってくる。(そうそう、ひかるのボーイフレンド役の勝地涼くんもなかなかいいですよ ! )
いかにも作りもののキタキツネ型のシッポみたく、マンガチックでかわいい雰囲気が印象的。だけど、これだけたくさんの登場人物を動かしつつストーリーにちゃんと起承転結もつけている今井雅子さんの脚本の構成力は、実のところかなりのものなんじゃないかと思う。
その他のみどころ :
一家の住まいとしてロケ地に使っているのは本当に函館に実在する銭湯なのだそうだし、他にも、函館が本拠地のファーストフードチェーンのラッキーピエロや焼き鳥弁当で有名なハセガワストアをフィーチャーしたり、地元のテレビ局や新聞社にも協力を仰いだり(エア・ドゥも協賛しているらしいし)、北海道在住の俳優さんも多数起用するなど、地元に対する目配りが大変きめ細かいのには、ある種の感動を覚えてしまう。そういえばこれ、テーマ曲までWHITEBERRY(北海道出身の女の子バンド)だったっけ !
監督さんへの思い入れ度 : 25%
コメント :
函館の映画祭で“函館を舞台にしたシナリオ”のコンテストをやっているというのは耳にしたことがあったのだが、そういうコンスタントな努力が形になりつつあるんだなぁ。だってこんなに愛に溢れた“函館な映画”を何本も見ていれば、必然的に、そのうち函館に行ってみたくなるに違いないもんねぇ。

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【ハッシュ ! 】四星半

一言で言うと :
男性の恋人(高橋和也)と暮らす会社員の男(田辺誠一)のもとにある日、ヘンな女(片岡礼子)が訪ねてきて、自分と子供を作って欲しいと言った。「あなたは父親になれる目をしていると思った」「彼があなたの恋人でしょう ? 」「結婚とか恋愛とかそういうのではなくて」「今はセックスとかしなくてもいい方法があると思うし」……面食らう男、戸惑う恋人。でも三人は少しずつ互いのことを理解し始める。
【二十歳の微熱】【渚のシンドバッド】の橋口亮輔監督の最新作。
すごくよかったところ・個人的にスキだったところ :
“私、人生とか諦めていたところがあるんですけど、二人と出会って、私はまだ諦めたくなかったんだなぁって。”片岡礼子さんのこの科白で完璧にノックアウトされてしまった。どうしてこんなセリフを書けるんだ。この科白が1本あるというだけで、これは充分凄い映画だってば。
独りで生きていくことを最初から前提にしているけれど自分の身の回りのことにはまるで興味がなさそうなくらいルーズな女、可能性が閉じられてしまいそうだから何事かを決めてしまうことに常にためらいのある男、逆に、何かを決めてある程度捨ててしまわなくては前に進んで来れなかったその恋人……それまで三人三様に生きてきた歴史や、人生に対する希望や恐れなどをつぶさに掘り起こし、リアルな形にしたところで、お互いに依存するのではなく、でもお互いに少しずつ手を差し延べながら自分達独自の関係を築いていこうとする姿が、ゆっくりと呈示されていく。
かなりよかったところ :
橋口監督はゲイであることをカミングアウトなさっているのだが、特に高橋和也さんの役柄の中に、その心情が投影されている部分が大きいと見受けられた。一般的な意味合いでの家族を持つことは難しいから、一生一人だという覚悟をどこかで持たなければゲイであるという生き方を選択することはできない、といった科白には、そういうものかとハッとさせられた。
その他のみどころ :
自分達の考える“普通”を押しつけて、身も蓋もないくらいエゲツナイことを言って攻撃してくる家族や親戚連中の描写が秀逸。どうして彼等は、人の人生をそうやって決めつけてしまう権利があると思い込んでいるのだろうねぇ。それぞれの人の人生り紆余曲折には経緯を払うとしてもだ。
相手に了承も得ないまま自分の中の思い込みだけで既成事実を作り上げていってしまう勘違い女……こんな人、本当にいるんだろうか。いるから描いているんだろうけどなー。
しかし上記のエグい人達って、このお話の中ではいずれも女の人なんですよね。世間には同様のことをする男性も存在すると思うのだが。橋口監督、やっぱりちょっと女の人に点数辛くないですか ? 私の気のせい ?
監督さんへの思い入れ度 : 75%
コメント :
私的にはストライクゾーンのど真ん中。でもこれは、分からない人とか生理的に受け付けられない人にはさっぱり意味不明の映画なのかもしれない。う~むしかし、人生にはそういった側面もあるのだよといったことは、それ以上説明しようとしても難しいからなぁ……。

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【華の愛 遊園驚夢】二星半

一言で言うと :
戦前の中国、大富豪の第5夫人となった歌姫は、孤独な生活の中、従姉妹筋の女性と気持ちを通わせて心の拠り所とするが……。宮沢りえがモスクワ映画祭(まだやってたんだ……)で主演女優賞を受賞した中国映画。
かなりよかったところ :
スクリーンでは久々にお目にかかる宮沢りえさんも、相手役のジョイ・ウォンさん(こちらも久々の映画出演だとか)も、とにかく溜め息が出そうになるほどお美しい。豪華なセットや衣装なども手伝って、画面は本当に、正に絵に描いたようにひたすら綺麗。
あまりよくなかったところ :
しかしストーリーの方は、何一つ取り立てて言うべきところがないほど、平々凡々なもの。
コメント :
監督さんは、とにかく目にも綾な美しい絵面(えづら)を作りたかったのであって、いわばストーリーも何もかも、画面を引き立てるためだけに構成したのではないのだろうか。確かにその目的だけは充分に達成されているかもしれないので、そういったゴージャス感を楽しみたいという方には悪くないのかもしれない。
まぁ何はともあれ宮沢りえさん、そんなに綺麗に撮ってもらえてよかったね、ということで。

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【パニック・ルーム】三星半

一言で言うと :
夫と別れることになった女(ジョディ・フォスター)が娘(クリステン・スチュワート)と共に引っ越してきたマンハッタンの高級住宅は、その晩に3人組の男(ジャレット・レト、ドワイト・ヨーカム、フォレスト・ウィテカー)の侵入を受けた。二人は家に備え付けられていた緊急避難用の部屋に逃げ込むが、しかし侵入者達の目的は正にその部屋の中にあったのだ……。
【ファイト・クラブ】や【セブン】などで熱狂的な支持者を持つデヴィッド・フィンチャーが監督を務めるサスペンス。
かなりよかったところ :
最新式の設備を擁し外からは決して侵入できないはずの避難部屋だが、侵入者の一人が部屋の設計者なので、部屋からまだ電話が通じていないなどの不備まで熟知しており。あの手この手で母娘に揺さぶりを掛けようとする、また、娘には持病があり、注射する薬を取りにいくため二人はどうしても避難部屋のドアを開けざるをえなくなる。などといった仕掛けが散りばめられており、演出の上手さと隙の無さも手伝って、最後まできっちり引っ張られ、飽きずに見ることができる。
ジョディ・フォスターとクリステン・スチュワートの、難しい年頃の娘と母親の微妙な関係、という設定も、画面の緊張感に軽い捻れを加えていて面白かった。しかしジョディさんもいつのまにか、こんな大っきな子供がいる役が回ってくるようになったのね。
監督さんへの思い入れ度 : 25%
あまりよくなかったところ :
確かに見ている最中は目が離せない、が、見終わってしまったら本当にあまりにも、後にな~んにも残らないというか……。
コメント :
侵入者の三人のうち、浅はかですぐキレるリーダーと気が短くて凶暴な男が白人で、あくまでも冷静沈着な知恵者が黒人である。この知恵者を、自身の監督作まであるベテランのフォレスト・ウィテカーが演じているというのは説得力充分なのだが、よく考えると、こんなふうに白人の方が情けなく見えてしまう設定自体、一昔前にはありえなかった話なのではないだろうか。

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【ピーピー兄弟】三星半

一言で言うと :
イクオ(ぜんじろう)とタツオ(剣太郎セガール)の兄弟はさっぱり売れない漫才師だったが、ヤケクソで思い切り下品なネタを連発したところ大ウケし、TVプロデューサー(香川照之)にまで見初められ、放送禁止用語にピー音をかぶせまくる演出で一躍人気者に。しかし無理を重ねた二人の間には次第に亀裂が生じ始め……。
かなりよかったところ :
(失礼ながら)それほど才能が満ち溢れているタイプには見えないのだが、漫才に対する熱意だけは人一倍で、それが時々行き過ぎて周りの人が見えなくなり傷つけてしまうこともある兄。一見イケメンでイケイケに見えても、本当はもと虚弱児で、ナイーブで傷つきやすい面を持つ弟。この2人の周囲の状況の乱高下と、それにつれてどんどん変化していく2人の関係の変遷を、兄が想いを寄せる幼なじみの女性(みれいゆ)も交えて、非常にきめ細かく、生き生きと綴っている。
兄役のぜんじろうさんは、(大変失礼ながら)お笑いの方ではあまり面白いと思ったことがなかったのだが、この役はこれ以上ないくらいの適役。弟役の剣太郎セガールさん(お名前からお分かりかと思うがスティーブン・セガールの息子さんだ ! )は、演技自体はまだ発展途上といった感じだが、独得の存在感と大阪弁が光り、これもまた適役だと思われた。
この2人の実家は葬儀屋という設定なのだが、この実家を切り盛りする父親と母親を演じているのが、岸部一徳さんと田中裕子さん。こちらのお二人は本当にもう絶品 ! このお二人を見るために一目映画を見てみたとしても、決して損はしないのでないかと思われるほどだ。
ちょっと惜しかったところ :
2人の関係を丁寧に綴っているのはいいのだが、あんまりにも多くのエピソードを微に入り細に入り掬い上げているので、話がいつまでも二転三転して落ち着かず、終わりの頃には少ぉししつこいかな ? と感じ始めていた。
あまりよくなかったところ :
このラストシーンは戴けないですよ ! 漫才師は客を笑わせてナンボでしょう ? それほど熱く漫才への思いを語るくらいなら、目の前のお客さんを笑わせようとすることにもっと命を賭けなきゃ ! そんなところで自分達の内輪話を延々と展開している場合じゃないでしょうに。(お客もよくこれで我慢しているもんだ ! )
個人的にニガテだったところ :
ぜんじろうさん演じるお兄さんは人物造形としては面白いけど、ちょっと欲深で嫉妬深くて人への思いやりが足りず才能もイマイチと、まるでいいところがない。そういったところを人間がどうしても抱えてしまう弱さや業のようなものとして演出したかったのかもしれないけれど、それにしたって何かもう少しくらいは、この人物のことを好きになる取っかかりが欲しかったような。
コメント :
CM畑出身の藤田芳康監督は、本作の脚本を書いてサンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞、その後サンダンス・ディレクターズ・ラボ(ロバート・レッドフォードが主催しているサンダンス映画祭づきのワークショップ)などに参加して経験を積んだ後、ついに本作の映画化に漕ぎ着けたとのこと。最近はCM界から映画に進出する人も少なくないと思うが、その中でもこの方は特に、実にオーソドックスでまっとうな努力をなさってきたと言えるのではないだろうか。更に実力をつけて2作目を創って下さることを期待しています !

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【日雇い刑事〈デカ〉】二つ星

一言で言うと :
大人計画(阿部サダヲ、宮藤官九郎、他)とハイレグ・ジーザス(今奈良孝行、河原雅彦、他)、2つの劇団の面々が繰り広げる、とっても妙なテンションのハードボイルドドラマ !?
あまりよくなかったところ :
最初からキツいエフェクトをかけて撮っているいかにもビデオっぽい画面は、赤系の色が強くて見ているだけでどうも疲れるし。ところどころ独得のセンスやキレを感じさせる設定や台詞回しなんかはあるけれど、総じて内輪向けに閉じてる世界かなぁと。劇団のファンの人にはそれなりに楽しめるのかもしれないけれど、それ以外の人にはどうだろう。
コメント :
大人計画のユニット・グループ魂を主演に撮った【グループ魂のでんきまむし】は、同じ内向きの世界でももうちょっとはっちゃけてて面白かったんだけどなぁ。中途半端なハードボイルド路線というのは、自己満足的な世界に陥ってしまい易くて難しいんじゃないのだろうか。

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