Back Numbers : 映画ログ No.59



【アイ・アム・サム】四つ星

一言で言うと :
知的障害を持つサム(ショーン・ペン)の知能水準は7歳児くらいで、もうすぐ娘のルーシー(ダコタ・ファニング)に追い越されようとしていた。サムに娘の養育能力がないと考えたソーシャル・ワーカーはサムからルーシーを取り上げて里親を見つけようとするが、サムはとある女性弁護士(ミシェル・ファイファー)に協力を仰いで何とか娘を取り戻そうとする……。
すごくよかったところ :
ショーン・ペンくらいの超一流の役者になると、上手いとか迫真の演技とかいったことはもう当たり前で、更にその上の水準に行っているのだなぁといういうことがひしひしと伝わってくる……観ている者を作品世界に引きずり込み、その役柄自身の味方にしてしまうのだ。観ていると「ショーン・ペン、上手だなぁ」ではなく否応なく「サム頑張れー !! 」になってきてしまう。うーん、凄すぎる。
表面的で思うようにならない日常を送っているけれどサムという人間を知るうちにやがて何かを取り戻していく敏腕弁護士のミシェル・ファイファー、音楽大学を主席で卒業するほどの才能と知性がありながら何故か何十年も引きこもり生活をしているサムの隣人のダイアン・ウィーストなど、ショーン・ペンだけでなく、周りを固める役者さんもその役柄も皆それぞれに、大変に魅力的だ。特に、ルーシー役のダコタ・ファニングのあんまりな可愛らしさと演技の確かさは特筆しておきたい。(そういえば、ルーシーの里親役のローラ・ダーンも久々に観ていいなと思ったけれど、しかし彼女、大分貫禄がつきましたね……。)
例えば、裁判でサム達とは敵対する立場になる相手側の人間にしても、単なる意地悪やイケズでサム達を苛めている訳ではなく、予想されうる悲劇を避けたいという強固な信念と職業倫理を持っているのだということが、台詞の端々から伝わってくる。そのように、登場人物の一人一人にまで目配りをして血を通わせ、隅々まで丁寧に創られているように見受けられるのが非常に好感が持てる。本作で脚本と製作も兼ねているジェシー・ネルソン監督は、これまでにも【グッドナイト・ムーン】【ストーリー・オブ・ラブ】【コリーナ、コリーナ】といった作品で脚本・製作・監督などを手掛けてきた女性で、この作品の脚本を書くにあたっては、実際の知的障害者の施設に何ヶ月も通って取材を重ねたのだという。そうやって創られた良心的な脚本の主旨に賛同した役者さんが快く参加している、という印象を持つことが出来るいいプロジェクトだなぁと思った。
その他のみどころ :
主人公のサムがビートルズ好きという設定なので、そうそうたるミュージシャン達によるビートルズのカバーナンバーが全編に散りばめられ、かなり効果的に使われている。(例えば、サムの娘のルーシーという名前は『LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS』から取られているとか。)映画内では9曲くらいしか使われていないそうだが、サントラにはその倍以上の楽曲が収録されて、これがどの曲もなかなかのアレンジなので、興味がある方はレコード屋さんでお手に取ってみて下さいね。
コメント :
館内は映画が中盤を過ぎた辺りから既にグシュグシュいっていて、終盤になる程にもっとすごいことになっていた。こんなタイプの映画はアメリカ人よりも実は日本人の好みなんじゃないのかしら ? この客席の反応の良さを見る限り、もしかしたらこれは口コミでかなりヒットするかもしれないと思った。
親の学歴が高かろうが経済的に安定していようが……子供が幸せになるために親が与えることのできる一番大切なものってそういうものじゃないんだよね。自分の経験からしても切にそう思う。

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【銀杏<いちょう>のベッド】三つ星

一言で言うと:
銀杏の木で出来た寝台を購入して以来、画家(ハン・ソッキュ)の周りでは不思議な出来事が起こるようになった。実はその寝台を作った銀杏の木というのは……。幾度引き裂かれても生まれ変わって愛し合う恋人達の悲恋。後に【シュリ】を生み出したカン・ジェギュとハン・ソッキュの監督&主演コンビの原点となった作品。
かなりよかったところ:
千年という時を経た大河メロドラマ。スケールでかいです。
ハン・ソッキュ演じる画家には、実は前世からの恋人以外に現在の恋人もいたりして、いうなればヒロインが二人いる状態だったりする。現在の恋人の方は苦労して医者になったバリバリのキャリアウーマンだったりして、そういった構成はちょっと面白いなと思った。
その他のみどころ :
要するにこの話、彼女の方に横恋慕して嫉妬する将軍というキャラがいなければそもそも何の問題も事件も起こらなかったはずで、そう思うと実はこの将軍の方こそが主役みたいなもんだったりして !? しかしそんなに長い間言い寄っていても相手にされていないんだったら(前代未聞の執念深さだな)、いい加減、彼女の幸せを願って潔く諦めるとかしろよって思ったんだけど……。
ちょっと惜しかったところ:
最近多く公開されるようになった【シュリ】以降の韓国のニューウェーブの映画達と較べると、本作にはまだどこか、昔の韓国映画っぽい古めかしい匂いが残っているように思う。でもそのエンターテイメント的な味付けの仕方は当時の韓国では新しかったのかもしれず、そういった意味ではやはりこれからも重要な作品の一つと見なされていくのかもしれないが。
個人的にニガテだったところ:
う~ん、こりゃ本当に純然たるメロドラマ。正直言って、個人的にはそれほど食指が動くジャンルではなかったりして……。
コメント:
一週ずらして公開が始まる【燃ゆる月】という映画は、この映画の続編(内容的には前日談)にあたる作品なのだそうです。興味のある方は御覧になってみてはいかがでしょう。私は……今回はちょっと遠慮しときますが。

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【愛しのローズマリー】四つ星

一言で言うと :
とても尊敬していた牧師の父親の遺言がトラウマとなり(!?)、自分の容姿も顧みず女性の見た目ばかりを重視するようになってしまったハル(ジャック・ブラック)だったが、エレベーターの故障時にたまたま乗り合わせていた有名カウンセラーの暗示に掛かり、今度は内面の美しさが外見の美しさとして見えるようになってしまった。そんな彼が一目惚れした絶世の美女ローズマリー(グウィネス・パルトロウ)は、実は体重が人の倍もありそうな巨漢だった……。【メリーに首ったけ】【ふたりの男とひとりの女】のファレリー兄弟の最新作。
すごくよかったところ :
「見た目より中身が大事」という言い回しとは思いっきり逆の方向に突き進んでいる世の趨勢にやんわりと意義を唱え、極めて上品な笑い(ファレリー兄弟らしからぬ ! )の中に昇華しているのが何たって秀逸。
グウィネス・パルトロウが演じているというクッションはあるものの、通常のハリウッド映画だったら絶対にあり得ないような、こんな型破りなヒロインを創造するという離れ技をやってみせたということだけでも、もしかしてもの凄く奇跡的なことなんじゃないのか ?
主人公の“底の浅いハル”(原題)を演じているジャック・ブラックは、女を見る目が無いところを除けばなかなか魅力的な奴という、考えてみれば結構難しい役をチャーミングに演じていてステキだと思う。グウィネス・パルトロウも、かつて何とか賞をもらったとかいう先入観を廃してこうして普通に見ていると、やっぱり魅力のある女優さんなのだなぁと思えてくる。この主役の二人が映画に与えている印象の良さは、やはり大きいだろう。
主人公が大切な真実に目覚め、ヒロインがちゃあんと幸せになるというエンディングも満足感高し。こりゃ実は、デート・ムービーにも最適かも。
かなりよかったところ :
肥満というのも一種の標準を逸脱した状態なのかも知れないが、それを除けば今回は、ファレリー兄弟お得意の“どギツい障害者ネタ”というフックはごく希薄。ほぼ唯一、ハルの親友役として多くの場面に登場するレネ・カーヴィさん(脊椎の病気のため常に両手両足で歩いている)は、筋にはあまり直接絡んではいないけれど、ローラーブレードやらスキーやら、挙げ句の果てには松葉杖ダンスやらといったワザを色々と披露してくれる。これがなかなかカッコイイ ! のだ。
その他のみどころ :
アメリカでは精神科医や元スポーツ選手、果ては宗教関係者といった様々な経歴の持ち主が、テレビやラジオの番組やセミナーなどで人生相談に乗るプロのカウンセラーとて活躍しているのだそうで、今回主人公に暗示を掛ける役のトニー・ロビンスさんも、実際に有名なカウンセラーなのだそうだ。ちなみにトニーさんとの出会いのシーンでハルは“パメラ・アンダーソンをカウンセリングしたあのトニー ? ”と叫ぶのだが、パメラ・アンダーソンというのは『PLAYBOY』の表紙に最も多く登場したという経歴を持つ元プレイメイトのお色気タレントなんだってさ。
監督さんへの思い入れ度 : 50%
コメント :
トニー・ロビンスとハルとの会話の中の“今の人間は偏った美の観念に洗脳されている”といった科白の中などに、実は、現代の社会に内在する病理を突くとっても深遠かつ重要なテーマが含まれていたりして。そういえば、大学時代の友人がそんな内容の卒論を書いていたのを思い出した。

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【es[エス]】四星半

一言で言うと :
1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われた「監獄実験」を題材にしたドイツの小説の映画化。
新聞広告で集められた被験者たちは“看守”役と“囚人”役の二つのグループに分けられ、「実験」は始められた。“秩序”を守るため段々と抑圧的になってくる“看守”達に対し、“囚人”役の一人で、潜入ルポを書くために身分を隠して参加していた記者(モーリッツ・ブライプトロイ)は敢えて挑発的な行動を取る。しかしこれは火に油を注ぐ結果となり、“看守”達の行動のエスカレートぶりは次第に常軌を逸し始める……。
すごくよかったところ :
スタンフォード大学の「監獄実験」というのは、人間はある一定の立場と役割を与えられると、その役割を果たすために通常では考えられないような理不尽な行動を取ってしまうことがある、ということを証明してしまった実験なのだそう。(ちなみに、あまりに危険ということで現在はこの実験は禁止されているのだそうだ。)本作はその実験を基にした小説を映画化したものということで、基本的にはフィクションなのだが、その骨子そのものは実際の実験結果に基づいたものだということだ。
徐々に極端化していく“看守”達の行動が、予想を遥かに越えた方向に次々と暴走していくのが信じ難く、恐ろし過ぎる。だってこんなのたかだか実験じゃない ? どうしてそんなふうに役になりきってしまえるの ? これが実験じゃなかったとしても、人間の立場なんて常に仮初めのものなのだし、何か別の機会に違った立場で会うかもしれない可能性について考えてみたりなんてしないものなのかなぁ ? またもっとそれ以前に、その人の存在そのものに対する畏敬の念とかあったりしないものなのか ? ある知り合いの人は、権力をふるえる立場につくとその立場を楽しもうとするタイプの人々もいるものだ、と解説していたけれども……うーむ。
人間ってこんなに愚かになってしまえるものなのか。時と場合によってはなってしまえるものなんだな。人間がこんな馬鹿さ加減をどこかに抱え持っている動物なのだというのは、頭のどこかに刻み込んでおくべきことなのかもしれない。個人としての判断能力と責任意識をどこかで常に働かせておくために、である。
コメント :
日本人が個人の意思よりも場の力学を重視する傾向があるかもしれないこと自体には、いい側面だってあるだろうし、私もそんなに昔ほどには忌み嫌ってはいない。しかし他人の判断にゲタを預けてしまう傾向も強いかもしれないということはやっぱり警戒するべきことなのだなぁと、改めて感じ入ったりした。

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【ガイア・ガールズ】四つ星

一言で言うと :
元クラッシュギャルズの長与千種が率いる女子プロレス団体『ガイア・ジャパン』を題材にしたドキュメンタリー。監督は、以前にも宝塚を題材とした【ドリーム・ガールズ】などのドキュメンタリーを手がけたことのある英国人、キム・ロンジノットとジャノ・ウィリアムズ。
すごくよかったところ :
内容的には主に、練習生の一人がプロ・テストに合格してデビューするまでが中心になっているのだが……この練習風景が想像を絶する厳しさで、とにかく半端じゃない !
殴るなんて当たり前だし、練習生が倒れる寸前くらいに疲れきっていても容赦なくスパーリングが続けられるし、血をだらだら流していてもそのまま立たせて説教をしているし……。しかし、これがもしあからさまなシゴキなのだとしても、そこでやられっぱなしになるのではなくて更に刃向かっていくくらいの闘争本能を持たないと、実際プロとして通用もしないし、お客さんを沸かせたり感動させたりすることが出来るような選手にはなれないのだろう。教える側が繰り返し擦り込もうとしていたのは、まず何よりもそういった精神的な打たれ強さに他ならないのではないかと思った。
とにかく、プロとしてデビューするというだけでも生半可じゃなく大変なことなのだということはよ~く分かった。本作でフィーチャーされている竹内彩夏選手は、折角こんな試練をかい潜ってプロになったのに、去年の8月に引退なさってしまったということで……残念ですね。
コメント :
プロレスはほとんど門外漢なので、熱心なファンの人達がこの映画を見てどんな感想を抱くかはよく分からないのだが……。
昔の女子プロレスといえば、例えば確か20歳代半ばで停年になる制度があったりして、戦うというよりは若い女の子達に戦いのまねごとみたいなことをさせるのを鑑賞しているような要素の方が強かったような印象がある。長与千種やライオネス飛鳥らの世代の女子プロレスラー達は、自分達自身の戦いたいという気持ちによって限界まで戦うことをカッコイイと思わせる文化を作ったという点では、一定の功績があったのではないのだろうか。この映画に溢れる凄まじいパワーを見て、そんなことを思ったりした。

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【ガウディアフタヌーン】四つ星

一言で言うと :
バルセロナで気ままな一人暮らしをするアメリカ人女性カサンドラ(ジュディ・デイヴィス)は、ある日押しかけてきた妙なアメリカ人女性から夫を捜して欲しいと頼まれる。が、いざ見つけた夫やその同居人達も、何だか妙な人々で……。【マドンナのスーザンを探して】『SEX AND THE CITY』他のスーザン・シーデルマン監督が手掛けた一編。
すごくよかったところ・個人的にスキだったところ :
日本でも時々、フィレンツェなんかの外国の都市にわざわざ行って撮影しその都市のエキゾシズムをお手軽に拝借するような映画がたまにあるけれど、よく考えると、ハリウッド映画などでもやはり似たようなことをする場合がゴマンとありますよね。ただスーザン・シーデルマン監督は、そのツーリスト的なミーハーさ加減はもう充分承知の上で、他国に暮らす異邦人の所在のない感覚をどことなく織り込みつつ、ソフィスティケイトされた肩の凝らない楽しい映画に仕上げていたので、こういうのだったらまぁいいかと日和った感想を持ってしまった。
この映画に一定の説得力を与えたのは、ウディ・アレンの映画などでも常連になっている名女優、ジュディ・デイヴィスの演じる主人公のカサンドラのキャラクターだろう。カサンドラは、現在はバルセロナでスペイン語文学の翻訳をして生計を立てているが、本質的には根を生やす場所を持たず世界のどこで何をしてても一人でやっていける人、という設定。その設定自体がすごく活かされているという訳でもないのだが、ヒロイン像としてとても好きだなぁと思った。
彼女が出会うことになる人々も、ジェンダー(社会的な性別)が妖しく交錯するキャラクターばかりで、演じているのも一癖も二癖もある芸達者な人達ばかり。レズビアンのナチュラリストというジュリエット・ルイスはともかくとして、マーシャ・ゲイ・ハーデンやリリ・テイラーは本当にその役でOKなのか !? でもまぁ楽しそうに演じていらっしゃるからいいのか……。個人的には、カサンドラの大家さんで友人でもある三人の子供の母親のマリア・バランコさんの役どころが面白いなと思った。
自分の力で生きようとする総ての女性を、ちょっとオフビートなユーモアと共感をもって描くスーザン・シーデルマン監督のコメディ・センス、私はやっぱりとても好きである。この映画は、30過ぎの独身女性の方、これから30過ぎの独身女性になる方、または30過ぎの独身女性をオトモダチに持っている方に捧げたいと思います !
その他のみどころ :
当然のことながらこの映画には、バルセロナの様々な街角や、グエル公園やカサ・バトリョといったガウディの設計した建造物の数々がたーくさん映っている。旅行で一度いったことがあるきりだが、古い建物もたくさん残っているが住んでいる人は大変都会的で、とても過ごしやすいところだった。あぁバルセロナ、もう一回行きたーいっ !!
監督さんへの思い入れ度 : 55%
コメント :
シーデルマン監督といえば【シー・デビル】という作品が大変オススメ。ロザンヌ・バー演じるヒロインもキョーレツですが、メリル・ストリープ演じる全身ピンクづくめのロマンス小説家が私のツボには嵌まりまくりでした ! もし興味があれば是非御覧になってみて下さいね。

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【クロエ】四つ星

一言で言うと :
出会ってすぐに恋に落ち結婚した高太郎(永瀬正敏)とクロエ(ともさかりえ)だったが、クロエは肺に蓮の花が寄生するという奇病に侵され、そのつぼみが開ききるまでの命と宣告される。一方、高太郎の親友・英助(塚本晋也)は、同棲中の恋人・日出美(松田美由紀)のことも顧みず、崇拝するカリスマアーティストの作品に金を注ぎ込み破産同然となってしまう……。
【ZAZIE】【エレファント・ソング】の利重剛監督が、ボリス・ヴィアンの小説『うたかたの日々(日々の泡)』を翻案して映画化。
すごくよかったところ :
純粋なボーイ・ミーツ・ガールだの純愛だのという、多分今日日は描くのが難しいだろう世界を、本作では原作の力を借りてごくまっとうに描き出しつつ(今回は珍しく原作を読んでみました)、そこにはあくまでも監督自身が映画を通して表したいものがたくさん盛り込まれているように思われた。
監督が表したいもの……それは、辛すぎる世の中だからこそキレイなものを希求して生きる糧にしたい、ということなんじゃないのだろうか。キレイなものというのは例えば、人間の心のような目に見えないものだったり、部屋中を飾りたてる花のような目に見えるものだったり、その両方だったり。そしてそのキレイなものを一番象徴しているのが、画面をいっぱいに満たしている溢れんばかりの光なのではないかと思った。こんなガラス細工みたいにこわれやすい世界を形にしようとしてみたことだけで、私は監督に対して充分敬意を表したい気持ちになった。
原作とは微妙にずらされているそれぞれの役柄を見事に肉づけしているそれぞれの役者さん達は素晴らしかった。原作のブルジョア青年を日本の普通の働く青年に難なくシフトさせている永瀬正敏さんもいい。原作では綺麗な女の子だという以外ほとんどどんな人間なのかわかりゃしないクロエを、生身の(でも夢のような)人として見事に現出させているともさかりえさんもいい。原作とはちょっと違ったアレンジになっている主人公の友人達もいい。でもなんたって印象に残るのは、塚本晋也さんと松田美由紀さんのカップルでしょう。特に塚本さんは、スポイルされるがままになるのが既に快楽と化しているダメ男の悲哀を体現して、またしても場をさらってしまっていた……この人はどうしてこう、いつも何を演らせても、強烈なキャラになってしまうのだ。
かなりよかったところ :
本作は原作の忠実な映画化ではなくあくまでも翻案だし、例えば設定も現代の日本で考えてもある程度リアルに映るように触ってある、ということだったので、もっと原作とは違う感じになっているのかと思っていたのだが、いざ原作を読んでみると、原作の設定や展開や科白の多くがむしろそのままうまく生かされていたので驚いた。監督は昔から原作の熱心な愛読者ということだったのだが、これは科白の一言一句が体の一部となるくらい、相当読み込んでいるのだなぁと思った。
個人的にスキだったところ :
利重監督が映画を撮ったのは数年ぶりなのだが、作品の根底に流れるものは変わっていないような気がして、ちょっと嬉しくなった。
その他のみどころ :
御自身も映画監督である塚本晋也さんの演じる男が入れ込むアーティストの名前はキタノといって、演じているのはこれまた映画監督でいらっしゃる青山真治さん。このキタノという名前はやっぱり武さんが念頭にあります……よね !? (ちなみに原作で主人公の親友が入れ込むのはジャン・ソル・パルトルというもの書きで、これはサルトルをもじっているのだそう。)しかし何もわざわざ、ここまで胡散臭そ~うなアーティストに作らなくてもいいのにねェ。
監督さんへの思い入れ度 : 57.5%
ちょっと惜しかったところ :
原作を現代の日本に持ってくるのに、やはり無理が生じてしまった点もいくつかあったかもしれない。例えば、最初のスケート場で人がいきなり死んでいるらしきところや、友人にかなりの額のお金をあげてしまうところなど(友達同士で高額のお金のやりとりをするなんてやめといた方がいいに決まっているわ)。また、原作には無いのだが、これだけ不登校とか引きこもりが珍しくなくなっている昨今、昼間からプラネタリウムに入り浸っている子供を注意しなかったくらいのことでそんな処罰まで受ける ? といったところも少し強引かなと感じた。
本作はとにかく隅々まで監督ならではの世界だから、相性が合わない人には本当に取りつくしまがないだろう。
コメント :
「クロエが辛いことをみんな連れていってくれた」なんてそんな訳ないじゃんと私は思ったし(身も蓋もないったら)、このラストも決して明るいものではないだろう。でも監督もおっしゃるように、この終わり方はまた決して暗いものでもあるまい。私はこのラストシーンはとても好きだ。このシーンを観て、やはり利重監督は、細々とでもいいからずっと映画を創り続けていって欲しい人だと思った。

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【ザ・プロフェッショナル】四つ星

一言で言うと :
【アンタッチャブル】【ハンニバル】などの脚本家デヴィッド・マメットが自ら監督も努めるクライム・サスペンス。
プロの強盗を生業とする男(ジーン・ハックマン)は、引退を決意し若妻(レベッカ・ピジョン)と共に南の島へ高飛びしようとするが、強欲な盗品ブローカー(ダニー・デヴィート)の差し金で、輸送途中のスイス銀行の金塊を狙う仕事に手を出さざるを得なくなる。ブローカーの送り込んだ甥(サム・ロックウェル)と旧知の仲間二人(デルロイ・リンド、リッキー・ジェイ)とでチームを組んで、計画は一旦うまくいくかに見えかけたのだが……。
すごくよかったところ :
シビアなプロ同士の騙し合いにつぐ騙し合い ! 練り上げられたプロットはまず一瞬も目が離すことが出来ない面白さ。演出はごくオーソドックスだが、だからこそ、今時ちょっとめずらしいくらい正統派に映るクライム・サスペンスの王道を行くような作品に仕上がったのではないかと思う。
かなりよかったところ:
デルロイ・リンドやリッキー・ジェイといった相棒達もとても味があるけれど、なんといっても主役のジーン・ハックマンのカッコよさったら !! 腕っぷしが強くて頭もキレてという役柄もさることながら、ちょっとした表情にも年輪の深みを感じさせるのが、もう堪えられません ! 彼を出し抜こうとするブローカーの甥っこ君なんて青臭過ぎて、本来なら勝負になんてなりませんわ。
ちょっと惜しかったところ :
女の使い方だけは、昔のハードボイルドとかによくありがちな枠組みを出ておらず、ちょっとありきたりかもしれないと思った。
あまりよくなかったところ :
全くやる気の感じられないこの邦題はもうちょっとなんとかならんのか。おかげでもう少しでこの映画を見逃してしまうところだったではないか。なんかもうちょっとこう、粘ってみようよ。ちなみに原題の“Heist”は“強盗”という意味なんだそうですが。
コメント :
今回ジーン・ハックマンのプロフィールを眺めていると、数多くの一級品の作品が綺羅星のごとく並ぶそのフィルモグラフィと、そのあまりの芸域の広さに、改めてため息が出てしまった。この人の凄いところは、そういった過去の経歴に安住することなく、近年ますます盛んにいろんな映画にバリバリと出まくって、自分の評価を常に更新し続けているところだ。な、なんて働き者な……。

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【ザ・ワン】二星半

一言で言うと :
125のパラレルワールドに存在している自分以外の総ての自分を殺せば宇宙で最強の存在になれる、ということに気づいた男(ジェット・リー)はそれぞれの次元の自分を次々に殺していったが、最後に一人残った124人目の男(ジェット・リー二役)は激しく抵抗。善玉ジェット・リーVS悪玉ジェット・リー、勝つのはどっちだ !?
かなりよかったところ :
あんまりにも強すぎるから自分以上に強い敵キャラをおいそれと設定できない ? だったらいっそ自分と戦ってみるってのはどう ? という発想の飛躍はすごいかも。脚本・監督のジェームズ・ウォンとグレン・モーガンは『Xーファイル』を手掛けたことで有名になったコンビなのだそうで……成程。
ちょっと惜しかったところ :
多元宇宙のそれぞれに存在する125人のジェット・リーが戦う、という触れ込みだったのだが、お話の冒頭まででそのうちの123人は既に殺されてしまっていて、実際はほぼ残った2人のみの戦いだったりして……それだと触れ込みに煽られて想像していたほどの迫力にはならず、何だかちょっと拍子抜け。
まるで【マトリックス】みたいな ! 特殊効果とかガン・アクションなどがたくさんフィーチャーされているんだけど、リー様はそういったものにあんまり頼らずもっと生身の肉体でガンガン戦っているところを見せてもらってナンボというか、世界一美しいと言われるカンフーを充分堪能させてもらえてこそ映画を見る意味があるんじゃないのか。アメリカ人の製作者の皆さんはそこんとこ分かっているのかな ?
コメント :
ハリウッドに渡ってから後のジェット・リーことリー・リンチェイ様の主演作はコンスタントに作られてはいるのだが、どれも何だか今一つ小粒なのが気に掛かる……とて、ふと気がついたのだが、もしかしてハリウッドに於けるリー様の扱いというのは、ジャン・クロード・ヴァン・ダムとかドルフ・ラングレンとかいった“外国出身の筋肉アクション・スター”枠なのではあるまいか…… ? う~ん、アジアの民にとって【少林寺】のリー・リンチェイ様ってもうちょっと神々しい存在のような気がするんだけどなー。

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【少林サッカー】四星半

一言で言うと :
香港の大コメディ・スター、チャウ・シンチー(周星馳)の監督・脚本・出演による、香港の映画興行記録をことごとく塗り換え、数々の賞を総なめにしたメガヒット映画。
少林寺拳法の達人シン(チャウ・シンチー)は、元名選手のサッカーのコーチ(ン・マンタ)に見初められ、今は顧みられなくなっている少林寺を再び世に広めるためにサッカーをすることを決意し、かつて共に修業した兄弟子達や弟弟子(ウォン・ヤッフェィ、モー・メイリン、ティン・カイマン、チェン・グォクン、リン・ヅーソォン)にチームに加わるよう説得する。最初は素人同然だったが、練習により本来の超人的な力を全開にした彼等は、破竹の勢いで大会を勝ち進んだが、そこにはコーチと因縁のある悪徳オーナー(パトリック・ツェー)率いる凶悪なライバル・チームが立ち塞がっていた……。
すごくよかったところ :
こ、こんなチームがあったらワールド・カップだってぶっちぎりで優勝じゃん。そんな荒唐無稽なまでの圧倒的な強さを目の当たりにするスカーっとした爽快感と言ったら ! また、それを視覚的にダイレクトに楽しませてくれる特殊効果の数々も見逃せない。
でもあっさり勝ったんじゃ面白くない訳で、そこにキタナイ手を使うライバルを登場させるとか、動機づけが希薄じゃ盛り上がりに欠けるので、無くしかけた夢の再興や自己実現というモチーフを軸にしてみるとか、そこにラブ・ストーリー的な側面まで絡めてみせるとか(ヒロインのヴィッキー・チャオが使うカンフーの美しい手の動きに注目 ! )……とにかくこの作劇の隙の無さはもう完璧 !
そしてこれらの要素が、バカバカしくも入魂のギャグの数々に裏打ちされる時の破壊力ってば……ああもうっ、お笑いを解説するほど不毛なものは無い ! 皆様、こりゃあもうとにかく見てみて下さい。この映画は誰が見てもかなり間違いなく面白いと思いますから !
その他のみどころ :
ライバル・チームの悪徳オーナー役のパトリック・ツェーさんは、香港の若手の大スターのニコラス・ツェー君(最近フェイ・ウォンと別れたらしいというもっぱらの噂だ)のお父様なのだそうだ。おお、そう言われてみればお父様も男前でいらっしゃる。
監督さんへの思い入れ度 : 60%
コメント :
最初ついうっかりと日本語版を観てしまい、あまり釈然としなかったので、その日のオールナイトでもう一回字幕版を観るはめになってしまった。(だって、まさかチャウ・シンチーの映画に吹き替え版があるなんて思いもしなかったんだものー !! )中国語が分かる訳ではないのだが、あの弾むような独得のイントネーションを聞かないことには、どうも香港産のコメディを観たぞ~という満足感が得られない。
考えてみるに、日本語には日本語ののっぺりとした語感に合う喜劇というものがあるはずで、そういった音感のようなものが作風に与えている影響というものも小さくないんじゃないのだろうか。

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【セッション9】二つ星

一言で言うと :
恐怖スポットとして名高いというアメリカ・マサチューセッツ州のダンバース精神病院跡を舞台にしたサイコ・スリラー。
ダンバース精神病院の廃虚に残っているアスベスト(石綿)を除去する仕事を請け負った男(ピーター・ミュラン)は、現場に残っていた昔の患者のインタビュー・テープを聞くうちに、精神に変調を来し始め……。
かなりよかったところ :
映画のロケには本物のダンバース精神病院の廃虚を使っているのだそうで、そのおどろどろしい雰囲気は、さすが本物、の重厚感。
あまりよくなかったところ・個人的にニガテだったところ :
この映画は、人間の狂気というものは全く理解することが不可能で手のつけようもない絶対的に恐ろしいものだ、ということを前提に総てが組み立てられているように見受けられる。しかし私は困ったことに、(暴走した集団心理は恐くても、)個人が内奥に抱えている狂気なんてものは、今更ち~っとも恐くないんですよね。
物語の骨格が意味をなさなければ、延々と続く物語の設定の部分も説明のための説明に終始するだけで興味が持てないし、後は、急激に切り替わる音楽やびっくりカットで恐がらせようとしているだけにしか見えてこないのだ。う~んこれでは、いくら何でも底が浅すぎるんじゃないのか。
コメント :
一体コレは何なんだ ? 要するにちょっと高級な【ブレア・ウィッチ…】みたいなのを作ってみたかったということなのかしらん ? (それなら確かに、金を出してくれる人はいそうだもんね。)【ワンダーランド駅で】のブラッド・アンダーソン監督だからちょっと期待してたのに、残念。次回作に希望を繋いでみましょうか。

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【トーキョー×エロティカ】三星半

一言で言うと :
地下道に撒き散らされた毒ガスで死んだ男、その二年後にラブホテルで客に殺された男の恋人、二人が住んでいた部屋にかつて暮らしていたカップル、そして死んだ男と殺された女は2002年の東京に降臨する……。【Hysteric】【Rush ! 】【ドッグ・スター】の瀬々敬久監督が、久々にホームグラウンドのピンク映画畑で創り上げた一作。
かなりよかったところ :
荒っぽい画面が逆に生々しさを感じさせる。世紀末から新世紀に着地する東京の時間と空間を縦断し、死と生(というより性)の狭間を行き交う赤裸々な男女の姿を描くことによって、“死と再生”というテーマを描き出しているんだそうで。う~む、そう言われてみればそんな気もするか。
映画を観ている最中はあちこちにバラバラに飛んでいくエピソードにちょっととまどってしまったのだが、後になって思い返してみると、一種独得な不思議なトーンの中にまとまっていたのかなと思う。
監督さんへの思い入れ度 : 75%
個人的にニガテだったところ :
しかし今回、この映画の評価を個人的にそんなに高くできないのは、映画のコピーにもなっている「生まれる前の時間と死んだ後の時間ってどっちが長いと思う ? 」といったセリフに、私自身の“死”に対する感覚とは相入れないものを感じたから。一切の意識も概念も何もかもが消え去ってしまうのが私にとっての“死”のイメージだから、一旦死んでしまったら、その後の時間の長短を云々するなんて無意味なんだもの。生は常に死を内包しているけれど、死自体は常に生とは交わらない非可逆的で一方通行的なもの、この世は、まだ実際に生きている人と、生きている人が抱えている死んだ人の想い出だけで構成されているのだ、というのが個人的な考え方なので、“再生”という概念がこの映画みたいに訪れてくることは、私には決して無いのだ。
コメント :
今までに観た瀬々監督の映画の中では、いわゆる“ピンク映画”の範疇に入る作品の方が格段に哲学的でコムツカシイ作風になっているように思った。(ちなみに瀬々監督は京大の哲学科の御出身なのだそうで。)監督の中には“ピンク映画”と“一般映画”の区分けが厳然としてある……のかな。なんかそこまできっちり分けてしまわなくても、と思わないでもないのだが。

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【ナショナル7】四星半

一言で言うと :
身体障害者施設に来て4ヶ月のルネ(オリヴィエ・グルメ)の横柄な態度と攻撃的な物言いには誰もが手を焼いていた。介護人のジュリ(ナディア・カチ)はそんな彼を腫れ物に触るふうではなく(時には罵倒もしながら)誠意をもって世話したので、ルネは徐々に信頼を寄せるようになり、ついには心の奥底の悩みを打ち明けて懇願した。障害のない女性とセックスがしたい。売春婦に頼むしかないので連れていって欲しいと。ルネの真剣な苦しみを理解したジュリは、ルネを受け入れてくれる売春婦を捜して奔走を始めるが……。
障害者のセクシュアリティという問題に真正面から切り込んだ作品。実際に障害者施設で働いていたジャン・ピエール・シナピ監督の姉の実話が基になっているという。
すごくよかったところ :
主人公のルネだけでなく他にも個性的で印象的な障害者の人々がたくさん出てくるのだが、それぞれ実際にモデルがいるらしい。中にはイスラム教徒だけどカトリックに改宗したがっているホモセクシャルのアラブ人なんてキャラもいて、彼がまた物議を醸すことになるのだけれど……監督曰く、こんな思いっきり議論を呼びそうなキケンな人物を1から造形するなんて出来っこないと。確かにここには、生半可な創造なんてぶっ飛ばしてしまうほどの度肝を抜くような力強さがある。
テーマはどう転んでも軽くなりようもないのだが、これを辛気くさ~いドラマとして創り上げるのではなく、それぞれの個人の尊厳をベースに置きつつもユーモアで包んで笑い飛ばすという手法で処理しているところに、監督の非常にソティスフィケイトされた手腕を感じる。
その他のみどころ :
主だった役どころは俳優さんによって演じられているということで、これが皆、抜群に上手いのだが、特に、偏屈なスケベオヤジなんだけど実はとてもインテリで人間観察に優れた繊細な知性の持ち主、という複雑怪奇な主人公のルネを演じたオリヴィエ・グルメさんは絶品。彼は実は先日のカンヌ映画祭で、【ロゼッタ】のダルテンヌ兄弟の新作の【息子】(原題)という映画で主演男優賞を取ったばかり。これからもっと注目される存在になるのは間違いないでしょう。
コメント :
売春という行為自体の是非という問題はあるのかも知れないが、それは何も障害者に限った話ではない。(そこを問題にするのならもっと違った切り口からの議論が必要になるだろう。)ここで俎上に登っているのは、まるで無いかのようにずっと無視され続けていた、障害のある人の性的な欲求という問題だ。
障害者のセクシュアリティとどう向き合っていくかいう問題は、やっと最近端緒につき始めたばかりだろう。障害者の権利といった問題に関して日本よりは多分あらゆる面で進んでいるだろうと思われるフランスでさえ、この映画を完成させるのはいろいろと難しかったらしいのだが、この映画を今のこの時期に日本に持ってきた配給会社のザジフィルムズの皆さんは本当に偉いと思う。
『キネマ旬報』の6月上旬号に、かつて【無敵のハンディキャップ】という障害者プロレスを題材にしたドキュメンタリーを撮ったことのある天願大介監督とジャン・ピエール・シナピ監督との対談が載っているのだが、これはなかなか示唆に富んだ内容だったので、もし機会があれば御覧になってみることをお勧め致します。「(【レインマン】や【マイ・レフト・フット】などの)天才的な知能障害者という発想はハリウッド的なごまかしだ」という指摘は鋭いでしょう。

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【春の日は過ぎゆく】四つ星

一言で言うと :
【八月のクリスマス】で韓国の新世代のラブ・ストーリーの旗手として名を馳せたホ・ジノ監督の最新作。
あまりよくなかったところ :
話はありきたりにもほどがあるというか、本っ当~にどってことないです。だって、二人が付き合い始めて微妙にすれ違って結局分かれちゃうって、本当にほとんどそれだけくらいしか無いんですもん。
すごくよかったところ :
でもたったそれだけの話で、観る人をここまで魅きつけて最後まで持っていってしまえるなんて凄い。本当にどこにでもありそうな話なんだけど、描写が大変に緻密で、そのきめ細かい空気感が手に取るように伝わってくるようで、一瞬も目を逸らせることができないのだ。
個人的にスキだったところ :
主人公の男性は録音技士、女性はラジオのパーソナリティとして自然の音をいろいろと流す番組をやっている、という設定なのだが、音の世界の中にある微妙なニュアンスを嗅ぎ分けるところから二人の気持ちが近づいていく、といったところは美しいと思った。雪が降る時の音、なんて発想、それだけで何だか泣けてきてしまうような。
男性のおばあちゃんが、物語の要所要所で全体の触媒のような役目を担うかなり重要なキャラクターになっているのだが、見た目などはごく普通のおばあちゃんなのに、何だかとっても素敵な人で印象に残るんですよね。しかし「女とバスは去ったら追うな」というのは名言ですな。
その他のみどころ :
ヒロインのイ・ヨンエさんは、【JSA】とは随分違った“普通のきれいなお姉さん”ぶりが印象に残る。主人公のユ・ジテさんの方は、このぬーっとした存在感が……う~ん、韓国の筒井道隆 ?
コメント :
ホ・ジノ監督は今現在、世界で一番繊細なラブ・ストーリーを撮れる人かもしれない。個人的にはもっと根性の入った恋愛の方が好きだし、こういった恋愛ものは本来は特に好きなジャンルではないはずなんだけど、この出来栄えにはただもう脱帽するしかありません。

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【ブレイド2】三星半

一言で言うと :
人間とヴァンパイアの血を引くがゆえ太陽の光でも死なない半吸血鬼のブレイド(ウェズリー・スナイプス)が、ヴァンパイア・ハンターとして活躍するアクション・シリーズ第二段。
ヴァンパイアをも餌食にする吸血鬼リーパーズの異常増殖に対抗するため、ブレイドとヴァンパイアの精鋭軍団ブラッドパックは手を組んだのだが……。
かなりよかったところ :
とにかくそのリーパーズというのが……よつんばいで素早く走ったかと思えば、顎がパカーッと割れて腐ったイソギンチャクみたいな舌がウゴウゴして……ウェーッ 、気持ち悪ーい !! こいつが群れをなして襲ってくるシーンなんてもう、思い出しただけでうなされてしまいそう。
このリーパーズに象徴されるように、今回、様々なディテールやキャラクターの造形がとてもしっかりしているのではないかと思った。キャラクターの方では特に、ノーマン・リーダス(【処刑人】他)の演じるブレイドの相棒や、ロン・パールマン(【ロスト・チルドレン】【エイリアン4】他)をリーダーとするブラッドパックの面々などがなかなか個性的で面白かったかも。ちなみに、ブラッドパックのうちの一人を演じる香港のアクション・スター、ドニー・イェン氏は、本作のアクション指導も兼ねていらっしゃるのだそうで。どうりで今回、アクションもどこかキレがいい訳だ。
前作では、ウェズリー・スナイプスがやたらカッコつけてたのと、銃がやたらぶっ放されていたことくらいしか憶えていないのだが、本作ではもっと随所に手が加えられ、ストーリー的もちょこっと工夫を凝らされて(ヒロイン的なキャラも出てきたりするし)、B級スレスレのテイストでありながらも“異形のものである悲しみ”みたいなものもどこからともなく滲み出てくるような、それなりに見どころの多い出来になっていたのではないかと思われる。
個人的にニガテだったところ :
私の行った映画館ではちょっと音が大き過ぎたように感じた。あまりに音が大きいと体が自然に映画を拒否してしまうんですよね。中盤から耳を半分塞いでやっと集中できただけど……これってもしかして、オバサンはこんな映画はお呼びじゃないから見にくるなって言われているようなものなのかしら ? ……しくしく。
コメント :
少なくとも前作よりも面白いのは確かで、これは、続編ものといえばつまらない場合が圧倒的に多い風潮の中ではまず立派と言えると思う。これらの功績の多くはまず、今回監督に指名されたギレルモ・デル・トロ(【ミミック】)に帰することができるだろうが、同時に、最初は渋っていた監督を口説き落としたというウェズリー・スナイプス(勿論製作も兼ねている)の意気込みも感じることが出来る。だって彼は、この企画がぽしゃってしまったらもう後がないのかもしれないし……。
ウェズリー・スナイプスも最初の頃は演技派で売っていたはずなのだが、一旦知名度を得てみた後では、中途半端にシリアス路線の企画に手を出してみても今一つ嵌まらない。だからって今回、彼を本格アクション俳優として打ち出しているパブリシティにはちょっとのけぞってしまったけど。ハリウッド・スターでいるのも大変なことなのねぇ。

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【マジェスティック】三星半

一言で言うと :
1950年代初頭の赤狩りの時代のアメリカ。共産党に加担していると疑いを掛けられた脚本家(ジム・キャリー)は、酒を飲み車を運転している最中に事故を起こし、記憶を失った状態で郊外の小さな街にたどり着く。が、第二次大戦で行方不明になった彼と瓜二つの街の英雄と間違えられてその街に居着くことになってしまい、英雄の父親(マーティン・ランドー)と共に街で唯一の映画館“マジェスティック”の再建に乗り出すのだが……。【ショーシャンクの空に】【グリーンマイル】のフランク・ダラボン監督の最新作。
かなりよかったところ :
それぞれの登場人物の個人的な心理描写、という点から見てみれば、かなり丁寧で好感が持てるんじゃないかと思う。特に、もうほとんど絶望的だった息子の帰りをずっと待っていた父親役のマーティン・ランドーなんて、そこにいるだけでもう泣かせるもんね。
ちょっと惜しかったところ :
フランク・ダラボン監督は往々にして、重要と思われるエピソードを刈り込んだりせずに全部入れ込み、しかもその全てをしっかり描写しようとしたりするので、時としてしまりがなくて冗長と感じられてしまう場合もあったりする。私は心秘かに監督に“フランク・ダラダラボン”というニックネームをつけて呼んでいるのだが……。
あまりよくなかったところ :
赤狩り=悪いもの、という発想は結構なんだけど、じゃどうして赤狩りは悪いことだったのか、という説明や考察には欠けている。そこの弱さはちょっと決定的なんじゃないだろうかと思った。
そして結局のところ、その赤狩りという“悪”と戦うのが本来のアメリカの“正義”だ、という発想に展開していくのだ。う~ん、世の中の“善”と“悪”をそんなふうに単純に割り切って“正義”を降りかざす話はもういいって。
ここに第二次大戦に対する懐古と賛美の風潮が加わり、二次大戦の英雄達は赤狩りをするような間違った社会のために尊い命を落としたんじゃない、ときて主人公は喝采を浴びるのだが……その論理展開ってアメリカの人以外には分かりにくいんじゃないのでしょうか。どうしてそんなタイプの映画までわざわざ輸出して売り込もうとするのかな、自分の国だけで消費しとけばいいじゃないの。
コメント :
ジム・キャリーはやっぱりすごくいいんだけどなー。好きなんだけどなー。ああ、今度の映画こそ彼の新たな代表作となりますように !

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【マンホール】三星半

一言で言うと :
北海道を拠点に幅広い方面で活躍する鈴井貴之監督が手掛けた青春映画。
主要キャストを演じるのも、安田顕・大泉洋といった北海道を中心に活動する俳優さん達(先日公開になった【パコダテ人】にも出演していらっしゃいました)。
かなりよかったところ :
見る前は、もっと明るく楽しいコメディタッチの作品なのかとなんとなく思ってたのだが、蓋を開けてみるとかなり直球勝負の“ほろ苦い青春のひとコマ”みたいな内容で、ちょっと意外だった。
根っこは割とマジメな話だし、それぞれのエピソードもそれほど突出したものという訳でもないけれど、でも独得の軽やかな味わいがあり、お終いまで見てから反芻してみるとじわじわと伝わってくるような気がする。
個人的にスキだったところ :
そもそもこの映画のことを最初に知ったのは……ハイ、そうです。北村一輝さんが御出演なさっていると聞いたからです。最近はテレビドラマ等でお見掛けする機会がすっかり増えた北村さんですが、個人的には、やはりスクリーンの中で拝見してこそ……と思ったりはするのだが。
ちょっと惜しかったところ :
HPの記事などから推測する限り、もともとは舞台劇だという原作の方では、ヒロインがアルバイトしているエスコート・クラブの女子高生達がもっと一人一人丹念に描かれていて、多分彼女達の話から“しあわせのマンホール”のエピソードが膨らんでいくんじゃないのかな、と思われた。本編はそこのところが(多分)かなり割愛されているようなので、終盤になっていきなりマンホールの話になるのはどうして ? とちょっと面食らってしまう。
見ている真最中には作者の意図が伝わって来にくいところも多少あるかもしれない。例えば、主人公の“正義感が行き過ぎる”みたいな性格も、もっとその性格のメリットとデメリットをクッキリ出した方が、お話が分かり易くなったかも。まぁでも、それはまたそういうところが味なのかもしれないですが。
コメント :
この映画のことを知ったのはもうかなり前になる。北海道ではもうとっくに公開されたと聞いていて、もう東京では見る機会はないのかしらと半分諦めかけていたのだが……とりあえず無事に見ることができてよかったよかった。

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【模倣犯】三つ星

一言で言うと :
宮部みゆきのベストセラー小説を、【家族ゲーム】【(ハル)】【失楽園】【39・刑法第三十九条】他の森田芳光監督が自ら脚本も手掛けて映画化。
映画では主に、連続女性誘拐殺人事件の首謀者・ピースこと網川浩一(中居正広)と、彼に孫娘を殺された豆腐屋の主人・有馬義男(山崎努)を中心に話が進められる。
かなりよかったところ :
役者さんは全体的に、割と良かったのではないかと思う。何を演らせたっておよそ上手いに決まっている山崎努さんは勿論だが、夫を殺されるルポライター・前畑滋子役の木村佳乃さんも役柄によってはちゃんと上手い人なんだなと(初めて)思ったし、ちょっと人格が破綻しているピースの協力者・栗橋浩美役の津田寛治さんや、その友人(というよりは一方的に利用されている)高井和明役の藤井隆さんも役柄にとっても嵌まっていた。特に津田寛治さんは、本作を機に全国区の役者さんになってくれると嬉しいのだけれど。
その中でも注目すべきなのは、やはりピース役の中居正広さんだろう。実は映画を見る前は“もし目もあてられないほど酷い出来だったらどうしよう……”と秘かに危惧していたのだが、それは全くの杞憂で、ちゃんと役柄の人物に見える演技になっていたのでほっと胸をなで下ろした。純粋に演技力だけに言及すれば確かにもっと巧い人もいるのかもしれないが、“メディアを駆使した劇場型犯罪を演出するトリックスター”という役柄が纏うべきオーラをこの人以上に的確に出すことができた人は、まずいなかったのではないのだろうか。
あまりよくなかったところ :
映画としての基本的なコンセプトは悪くなかったように思うし、役者も割と良く見えた。となると何が悪かったのかと言えば……ずばり、演出が古くさかったのではないかと思われる。
経済的には豊かだけれどあまりにもがんじがらめになってしまった社会の中で、感情がオーバーフローしてとっくに擦り切れてしまい、どこか麻痺して無感覚になっている、そうして現実の痛みよりもメディアを通して語られることの方がリアルに感じられる……そんなふうに育った犯人達のような人間が抱く感覚を、森田監督が自らの実感として理解しているようには見受けられないし、少なくともそういった感性をフィルムに定着させることは出来ていなかったように思う。
画(え)の作りも、なんか全体的に一昔前のものといった垢抜けない印象。百歩譲って、山崎努さんの豆腐屋さん絡みのシーンはそれでもよかったのかもしれないが、犯人側を描くには何か違っているような気が……。
テレビ中継等のシーンに時々インサートされる妙な映像が、コマーシャルを意図していたものだなんて最初分からなかった ! 本物のCFには1本につきどれだけの手間暇とお金が掛かっていると思う ? 他のテレビ関連の映像もそうだが、手を抜いた分しっかり安っぽくなって、およそ本物らしく見えなくなってしまっているのは、テレビというもののこの映画の中での位置づけの重要さを考えた場合、結構致命的なのではないだろうか。
原作と違っているというクライマックスの、アイディア自体は凄かったんじゃないかと思う。それなのに……画的にギャグにしてしまってどうすんだ。
本編の音楽は大島ミチルさんが担当なさっているが、オープニングテーマだけは監督の希望で☆タカハシタクさんという方に依頼したとのこと。これがお互いに全然噛み合ってなくて、ものすごくちぐはぐな印象を与えてしまうのだが……。
コメント :
この映画を観ている間、私の頭の中では何故だか岩井俊二監督の【リリイ・シュシュのすべて】がぐるんぐるん回っていた。生半可な演出ではもうあのバーチャル・リアリティ感には太刀打ちできないし、ならば中途半端にそういった類いの演出を持ち込まず、全く違った切り口にするべきだったのではなかったのだろうか。……だからと言って、岩井監督にこの原作の映画化が出来たかと言えば、それは違う意味で難しかっただろうとは思うけどさ。

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