Back Numbers : 映画ログ No.63



【OUT】四星半

一言で言うと :
桐野夏生のベストセラー小説を、【愛を乞うひと】【笑う蛙】の平山秀幸監督が映画化。
本人はしっかり者だが夫も息子も全く口を聞かないほどに家庭が崩壊してしまっている雅子(原田美枝子)。夫に先立たれ寝たきりの姑の介護に明け暮れるヨシエ(倍賞美津子)。ブランドものを買い漁るのが生き甲斐でカード破産寸前の邦子(室井滋)。ギャンブルにはまって金を使い込む上に暴力までふるう夫に苦しんでいる妊婦の弥生(西田尚美)。4人は同じ弁当工場で深夜のパート業に従事していた。ある日、弥生は思い余ってついに夫を絞殺してしまい、死体の処理に困って雅子に泣きつく。協力を断り切れなかった雅子は信頼の置けるヨシエを泣き落としと謝礼金で釣り、死体をバラバラに解体して生ゴミとして捨てようとする。が、途中、なりゆきで邦子を仲間に引き入れることになり、彼女のゴミの捨て方が甘かったせいで死体が発見されてしまう。そして4人の運命は、思いもよらなった方向に逸脱していくのだった……。
すごくよかったところ :
4人のヒロインががっぷり4つに組んで展開する物語には、夜明け前の青い薄明がよく似合う。人生にくたびれた中年の女達を集団で主人公にした現代版のピカレスク、なんて、未だかつて存在していたことがあっただろうか !?
この映画の紹介にはよく【テルマ&ルイーズ】が引き合いに出されているようなのだが、【テルマ…】とこの映画では大きく違うところが少なくとも2つある。【テルマ…】は全編ロード・ムービーで、全てのお話は最初から日常を逸脱した舞台の中で進行していくのだが、この映画の舞台の多くは日常の生活空間そのものなのであって、それがどのように非日常的なものに変質していくかというところにきわどさがある。また、テルマ達は(本人達はどう解釈するにしろ)現実の世界の中では行き場所を失って死ぬことを選ぶことを余儀なくされるのだが、本作のヒロイン達は、それぞれのやり方で現実と渡り合って、何とか生き残っていこうとするのである。
一番他力本願な弥生でさえ、最後には自分一人で運命に立ち向かってやっていかなくてはならない、ということを引き受ける。よく分かっていない監督さんなら、ここのところの視座をきちんと打ち出すことなく、もっとテキトーな終わり方でお茶を濁すことも出来た筈である。さすが平山監督、押さえるべきところをちゃんと押さえてます。しかしこの監督さんは、どうしていつもいつもこんなに女性の視点にきちんと寄り添ったテキストを提出できるのでしょう……実は性別をごまかしていたりとかしないんですか ? 本当に ?
その他のみどころ :
人間、極度の緊張状態の中では、やることなすことかえって滑稽に映ってしまうという。平山監督と脚本の鄭義信氏は、死体解体のシーンをいかに“笑える”ものにするかに大変腐心したそうだ。熟考が重ねられたという脚本も凄かったけれど、想像力だけを頼りにして(誰も死体を解体させられた経験なんてあるはずがない ! )これを演じ切った彼女達も凄かった ! これは名シーンとして映画史に残っていくのに値するのではないのでしょうか。
映画の序盤で、雅子さんが、一頃流行った『ピクミン』というゲームの主題歌を「♪私た~ち愛してくれとは言わ~ないよ~」と口ずさむシーンがいくつかあるのだが、これがもう、何だかとっても嵌まっていてかなり切なかったです。あと終盤のカラオケのシーンで、皆で島倉千代子の『人生いろいろ』を合唱するところも、とても嵌まっていました。
監督さんへの思い入れ度 : 90%
個人的にニガテだったところ :
確かに、妊婦の腹を思いきり蹴るような真正のバカ男はどうしたって許されるべきじゃないけれど……この弥生さんという人は、ホントにもう調子がいいんだから。雅子さんはこんなワガママな人の無茶なお願いをよく聞いてあげる気になったもんだ。優しいわよねぇ。私なら、刑務所でだって子供は産めるわよっ !! つって突き放してたところなんだけどさぁ。
コメント :
本作は、20世紀FOX社の国内初の邦画の配給作品になったのだそうです。そこには今後に打って出るためのどんな戦略が意図されているのでしょうか……いずれにしても、そこで平山監督の作品を選ぶというのはお目が高いですわ。

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【阿弥陀堂だより】三星半

一言で言うと :
黒澤明監督の助監督を長く務め、黒澤監督の遺稿【雨あがる】の映画化で監督デビューを果たした小泉堯史監督の第二作。現在も現役の内科医である芥川賞作家・南木佳士の同名の小説の映画化。
売れない小説家の夫(寺尾聰)と、パニック症候群を患って東京の大病院での勤務が続けられなくなったエリート医師の妻(樋口可南子)が、夫の故郷である田舎の無医村に移り住んで生活を続けるうち、徐々に自分達の姿を見詰め直していく様を綴っている。共演は、村はずれの阿弥陀堂に住むおうめばあちゃん役の北林谷栄、夫の恩師夫妻役の田村高廣・香川京子など。
すごくよかったところ :
本作は撮影に1年を掛けて、ロケ地となった村の自然の実際の四季の移り変わりをじっくりとフィルムに収めている。そんなふうに精根傾けて手間暇かけて撮られた映像、そりゃあ美しいに決まっている !
風雪に耐えて山合いにひっそりと佇む阿弥陀堂の姿がさりげなく印象に残り、この映画のイメージの核となっているのだが、何とこの阿弥陀堂、本作の美術スタッフの方々が1からこしらえたセットなのだそうだ。えーっ!? もとからそこにあったお堂を使ってたんじゃないの ? このいい塩梅の年期の入り具合に、日本の映画界を裏から支え続けて下さっている映画職人の皆様のポテンシャルの高さと、その底力を見た。
役者の方々がもう皆様、完璧に上手い。こういう映画は安心して観ていられるのがいいな。特におうめばあちゃん役の北林谷栄さんの至芸は、それだけでも充分にお代を払う価値ありです !
個人的にスキだったところ :
旦那さんの方は時間をほとんど自由に使えるので、一家の稼ぎ手の奥さんのために送り迎えから家事から何から何までやってあげているんですね。単純にそういう形態がいい、ということではなく、お互いにとって一番いい適材適所の形を自然に取っているというのが理想的かな、と思った。
あまりよくなかったところ :
しかしこの映画で延々と綴られているのは、あくまで都会の人の目から見た、理想化された田園生活なんですよね。そんなふうにのんびりといいとこ取りの生活をしてれば、そりゃ病んだ心も癒されて当然かもしれませんが。私なんぞはどちらかというと、田舎のコミュニティの悪いところばかりを嫌というほど見ながら育ったクチなので、田舎の暮らしをそんなふうに一方的に美化することは、とてもじゃないけど出来ないですね。
個人的にニガテだったところ :
“自分が一生懸命頑張るだけではどうにもならないこともある、ということがこの歳になって初めて分かった”のですか。40過ぎになるまでそんなふうにしてやって来れただなんて、そりゃえらく羨ましい人生だなぁと思った。
コメント :
この映画自体は、超一流の映画人達が誠心誠意、丁寧に創り上げた、圧倒的に素晴らしい作品なのだと思う。後は、もともと個人的に拠って立つスタンスが最初から違うというだけの話。それは如何ともし難いことだからなぁ。

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【火星のカノン】四つ星

一言で言うと :
ぴあフィルムフェスティバルの初代グランプリ受賞者・風間志織監督の最新長編。妻子ある男性との関係を断ち切れないヒロイン(久野真紀子)と、彼女に思いを寄せる女の子、その男友達の関係を描く。
すごくよかったところ :
まかり間違えば凡百の不倫ものになっていた可能性も小さくなかったはず。でもそうはならなかったのは、相手の男が二人きりの時に彼女に対してどんなに優しいのか、という部分をしっかり描いていたのが、まず第一に大きかったのではないだろうか。男性の監督さんが“不倫”を描いても、ズルくて行き当たりばったりなだけの平凡なしょうもない男が、何故相手の女だけには魅力的に映るのか、といった部分までには、通常なかなか行き着かないんですよね。そこを的確に捉えてみせたのも風間監督ならではなら、また小日向文世さんは、そんな相手の中年男性のリアルな存在感を実に見事に体現していらっしゃったと思う。
そしてこの物語を普通とはちょっと変わったものにしているのが、ヒロインに思いを寄せる女の子とその男友達 ? の存在。中村麻美さん演じる女の子は一途でいいなぁ。でもKEEさんの演じる男友達の方はもっと好き。路上のインチキ言葉売りのようなことをやっている、一見いかにも今風の軽い奴なんだけどこれがなかなかいい奴。いい奴なんだけど、映画の中では女性陣にいいように使われっぱなしという……ハートはボロボロでも軽ーいノリで振る舞ってみせるのが今時の男らしさ、なのかしら ?
こんなキャラクター達の織りなす微妙な関係やそれぞれの心情が、きめ細かく嘘臭くなく描かれているのが、なかなかに見せてくれる。
ちょっと惜しかったところ :
しかし何で“火星”なんだろ ? 恋愛における戦いを象徴している、なんて解説を一応どこかで目にしたけれど……しかし通常“火星”という言葉に対して、そんなに豊かなイマジネーションが湧きます ? そんな言葉を題名として使うというのはどうなんでしょう。そういえば以前にもそんな題名の映画がありましたけど。
個人的にニガテだったところ :
中年の入り口くらいに差し掛かりつつあるというのにこんなフェイクな関係を続けているヒロインの心情の浮き沈みが、非常にリアルに描かれているのは秀逸だと思う。しかしいくつかのシーンで、自分が苦しいばかりに目の前の状況を自分に都合よく利用して、それでその人が傷つくかもしれないことには思いも及ばない、なんてふうにしか見えないところがあるのはどうもなぁ……そういうのももしかして、ものすごくリアルということになるのかもしれないけれど、ヒロインを敢えてそこまでヤな女に見せることもないんじゃないだろうか。
コメント :
いつも何かしらタイミングが悪くて、私は今まで風間監督の映画を一本も観たことがありませんでした(何てこと) ! 今後なるべく旧作もフォローしていきたいと思いますが、新作の方にもどんどんお目に掛かれるといいんですけど。

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【群青の夜の羽毛布】二つ星

一言で言うと :
山本文緒の同名の小説を【がんばっていきまっしょい】の磯村一路監督が映画化。
かなりよかったところ :
妹さん役の野波麻帆さんもよかったけれど、何と言ってもヒロインの本上まなみさんは、独得の透明感があってそりゃあもうお綺麗だった。
あまりよくなかったところ :
しかし本作に関しては、そのように彼女を美しく撮ろうとしていたことがかえって裏目に出たように思われた。
何かに傷ついている若い女性が年下の大学生(【ウォーターボーイズ】でアフロヘアにしていた玉木宏君だ ! )と恋愛関係に陥って何かしらの救いを見い出す、という話は、文章として読めばそれほど違和感を感じないような気もする(また例によって原作は読んでいないです……すみません)。しかしこれを、現実離れしたお美しい美女が現実離れした風情を漂わせて演じていると……う~ん、そりゃまるっきり別世界のお話なんじゃない ? “こんなのあり得ない”感が増幅されてしまうこと夥しく、ヒロインが感じているはずの痛みや苦しみに一向に血肉が通ってこないのだ。演じてる役者の演技力云々の問題ではない。これは、ヒロイン像をどのように捉えるかという映し方の問題であるように、私には思われた。
個人的にニガテだったところ :
でもこの母娘、実際かなりいい性格してるよな。目の前にエサが来たら反射神経で飛びついてしまう、捕食系の昆虫みたいな印象を私は抱いてしまった……餌食になる男の子こそ可哀相だったりしませんか ?
コメント :
“心に傷を負った20代の女性”云々なんてものを描くのは、実は相当難しいことなのではないのだろうか。同じテーマで描くなら、私は風間志織監督あたりが撮ったものを観てみたい気がする。

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【ゴスフォード・パーク】四つ星

一言で言うと :
【M☆A☆S☆H】【ザ・プレイヤー】のロバート・アルトマン監督のお得意の群像劇。今回の舞台は1930年代の英国貴族のお屋敷で、狩猟の宴のために集まった貴族達とその使用人達の姿を描く。
あまりよくなかったところ :
貴族やそのゲストの人達の数だけでも十数人、更に彼等にそれぞれ使用人がついて……う~ん、多過ぎるよう。ごく重要な人物達の相関図をごく大雑把に把握するのだけでも、映画が始まって1時間半くらい(つまり2時間17分の上映時間の2/3くらい)は掛かってしまったのだけれど……。
すごくよかったところ :
しかし、それだけ登場人物が多いのもそれなりに意味のあることなので、よしとしようか。
同じ舞台の中にありながらきっちりと隔てられた貴族と使用人それぞれの世界が、複雑な人物相関の中に見事に描き出されているのは見応えがある。そして後半になればなるほど、一見ご立派な貴族の内実がどんどん露わになってきて、反面、理不尽なまでの窮屈さを強いられている使用人達の人間くささがどんどん見えてきて、厳然とあるかに見える階層がある意味無化されてくるのが面白い。(2つの階層を行ったりきたりすることになるある人物の存在がアクセントになっています。)そこには、人間性の本質ってお金や社会的ステイタスの中にはありませんよという、ごく当たり前の真実が浮き彫りになってくるのである。
ある事件が起こったのをきっかけに、意外な人間関係が明らかになり、それをまた意外な人物が見抜いていく、あっとびっくりの後半のストーリー展開もお見事 ! (よく考えてみればヒントは示されているから、カンのいい人なら気がつくかもしれない。)反面、前半にはあまりストーリーの動きがないのは、複雑すぎる人間関係の説明に時間が割かれているからで……。
個人的にスキだったところ:
これだけ登場人物が多いので、映画を観る人は各自、好きな人物を選んで楽しんでみるのも一興かもしれない。私はやはり主役の2人と(さて誰が主役なんでしょう ? )、屋敷づきの古株のメイド役のエミリー・ワトソン、ワガママばかり言うし言動もちょっとズレているけど妙に憎めない主人公の御主人サマのマギー・スミス辺りが好きだった。あと、格好はそれっぽいけれどどうも通り一辺の捜査しかしてないみたいな警部と、地道に着実に証拠を集めていてどうやら正解に辿りつけそうな(ボスよりはよっぽど優秀そうな)助手のコンビも面白かったかな。
監督さんへの思い入れ度 : 45%
コメント :
英国貴族の使用人の世界といえば、アンソニー・ホプキンスが執事、エマ・トンプソンがメイド頭役をやって嵌まっていたジェームズ・アイヴォリー監督の【日の名残り】なんかを御参考に御覧になってみてはいかがでしょう ?

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【ごめん】四星半

一言で言うと :
相米慎二監督などの助監督を経験した後、【悲・バランス】で監督デビューを果たした冨樫森監督の第二作。相米監督が映画化した【お引越し】の原作者ひこ・田中の児童文学を映画化している。
小学校6年生のセイ(久野雅弘)はある日の授業中、異変を感じてトイレに駆け込んだが「うわっ、オシッコとちゃうやん ! 」……周りより一足早い性の目覚めにとまどうセイは、折しも、親戚の家のおつかい先で見掛けた女の子ナオ(櫻谷由貴花)を好きになってしまう、が、彼女は2つ年上の中学2年生だった ! それでも何とか交流を深めようと四苦八苦するものの、家庭の悩みなども抱えている様子の彼女と、すんなりうまくはいかないみたいで……。
すごくよかったところ :
こういった年頃の男の子達の逡巡をこれだけ真正面からあっけらかんと、瑞々しく捉えたような映画なんて、今までありそうで無かったのではあるまいか ? この頃の男の子の気持ちなんてはっきり言ってさっぱり分からないんだけど、なんかひたむきで可愛いなぁ……なんて言ったら失礼かしら。
でも、「好きな人がどうして自分のことを好きになってくれないんだろう ? 」という悩みは、年の頃や世の古今東西を問わず結構普遍的なものかもしれない。そんなセイ君が、最後は気持ちのほとばしるままに大阪から京都までを自転車でぶっとばすクライマックスには、突き抜けた爽快感がある。普通の現実はきっとこんなふうにきれいには収まらないんだろうけれど、こういうのはこういうのでいいじゃないですか。
セイ君とナオちゃんを演じた二人を始めとして、役者さんが皆、実にきまっている。セイ君の友人達を演じた二人(佐藤翔一、栗原卓也)なんかもとてもよかったけれど、セイ君の御両親役の國村隼さんと河合美智子さんもいい役どころをもらっているなぁといった感じで、個人的には一番好きだった。また、数学者の森毅さんがセイ君のおじいちゃんなんていう意外な役で出ていたりするのにも御注目。
監督さんへの思い入れ度 : 10%
コメント :
素敵によく出来た思春期の寓話。マイナス点をつけるべきところが私には見あたらなかったです。

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【太陽の雫】四つ星

一言で言うと :
ハンガリー出身のイシュトヴァン・サボー監督の1999年作品。ハンガリーで暮らすユダヤ人一家の、戦前から現代までの三代に渡る物語を綴った一大クロニクル。
かなりよかったところ :
ハプスブルグ帝政の下で判事になり、時の権力に認められることと引き換えに民衆を抑圧する側に立つことを選んだイグナツ。(反面、医学の道を選んだ弟のグスタフは、民衆を救う志を持つようになって共産主義に傾倒し、パリに亡命することになるが。)イグナツの次男で、数々の妨害にもめげずオリンピックの金メダリストにまでなったが、最後はナチの収容所で殺されてしまったアダム。父の悲惨な死を目の当たりにした後、戦後は共産主義政権の秘密警察に属してファシスト打倒に血道を上げるが、次第に権力の矛盾に引き裂かれ始めるイヴァン……それぞれの時代の波に翻弄される三代の主人公を、一人で見事に演じ分けているのがレイフ・ファインズだ。彼の姿を通して、時には権力に擦り寄り、時には名字も宗教も変え(させられ)ながらも、何とか生き抜いてきたユダヤ人一家の物語が鮮やかに浮かび上がってくる。そこにはまた、ユダヤ人の立場を通して20世紀のハンガリー史を一望しようとする遠大な試みも見えてくるのだ。
個人的にスキだったところ :
一家の精神的な支柱となってゆくイグナツの自由闊達な妻・ヴァレリーの存在が面白い。このヴァレリーは、若い頃がジェニファー・エール、年取ってからはローズマリー・ハリスという二人の女優さんによって演じ分けられているのだが、この二人は実は本当の親子なのだそうです !
他にも、アダムの妻に【沈みゆく女】のモリー・パーカー、アダムの兄の妻にレイチェル・ワイズ(【ハムナプトラ】の……と言うのが分かりやすい ? )、イヴァンの恋人となる人妻に【クラッシュ】のデボラ・アンガーと、女優陣の配役が渋くってなにげに好みですわ。
ちょっと惜しかったところ :
これだけの大作なのだから、時間が長くなってしまうのはまぁしょうがないだろう。けれど、大量のエピソードを詰め込まなければならない必要性からか、一部の科白が多少説明的で紋切り型になってしまっているように見受けられたのは、ちと戴けないと思った。
あと、ハンガリーの話なのにみんな英語を喋っているけれど。
コメント :
本作はイシュトヴァン・サボー監督の長年の念願の企画だったのではないかと予想する。観たぞ~という手応えがずっしりと残る、大変な野心作であった。

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【TAMALA2010 a punk cat in space】二つ星

一言で言うと :
アートユニットt.o.Lが、脚本・監督から音楽まで全てを手掛けて製作したアニメーション。可愛い顔をして中身はパンキッシュな雌ネコ・タマラが永遠に1歳を繰り返す理由とは ?
かなりよかったところ :
この絵柄やタマラちゃんのキャラクターは、見る人が見れば可愛い、のだろう、多分……。
まぁ何にせよ、これだけの規模のアニメーションをコツコツ作り上げるのには大変な労力を要したことだろうと思う。
あまりよくなかったところ :
しかしまずもって、何となく意味ありげなそれぞれの事柄を、それっぽく難しげに適当にカットアップして並べ変えてあるだけのストーリーが、何だそりゃという感じで。手法的にも中身にも新しいものは何も感じられないし。
描線は可愛いけど中身は破壊的、というと、イラストレーターのスージー甘金さんのような世界に連なる系譜になるのでしょうか。だから、そういったコンセプト自体には大した斬新さは感じられなかったのですが。
個人的にニガテだったところ :
ホントのところ、あの「~でちゅね」とかいった幼児言葉だけで生理的に拒否反応が起こってついていけない。どうしてそんなふうに作ろうとするんだろう ? 作る側に基本的にロリコン志向なところがあるのかなぁ……。
コメント :
これがアートなのだ、って言い張るんなら、そうですか、と言うしかないのだけれど、それで心を動かされるか、感動できるかどうかは別問題だ。少なくとも私はこの映画には、それっぽく作られたそれなりのもの、という以上の印象を抱くことは出来なかったのだが。

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【tokyo.sora】二星半

一言で言うと :
CF出身の石川寛監督が、東京で一人暮らしをする6人の若い女性達(板谷由夏、井川遥、仲村綾乃、高木郁乃、孫正華、本上まなみ)の姿を描いた作品。
かなりよかったところ :
過度にオシャレだったりカッコよかったりするウソみたいな世界ではなく、そのくらいの年の頃の女の子達が実際に暮らしている生活の圏内にかなり近いものが再現できているのではないかと思う。
いくつかあるエピソードのうち、板谷由夏さんが扮している作家を目指す女の子に関連した一連のシークエンスはちょっといいなと思ったので、星半分だけおまけしておく。というか……この映画、もしかするとそこのパートだけでよかったんじゃないの ?
あまりよくなかったところ:
日常的なシーンがただだらだらと並んでいるだけでは、それはドラマにはならないのであって……。もしかしたら監督さんは、そういった普通の女の子(?)の普通な平凡さを敢えて演出することが何か新鮮だと感じたのかもしれないが、私はそういったお話の中に何のファンタジーを感じることもできなかったのだが。
コメント :
あるお話だけをメインとして取り上げるのではなく、いくつかのエピソードを併置することによって、印象を敢えて強すぎないものにするといった作用を期待しているのだろうか。(お話を大袈裟なものにし過ぎたくないという、作者の照れ隠しもあるのかな ? )思えば【Dolls<ドールズ>】もそんな話だったのかもしれないとも思うのだが、しかし本編の場合、一つ一つのエピソードを一つの大きな流れに組み上げるだけの技量がないだけなのかもしれないと思われないでもない。

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【Dolls〈ドールズ〉】四つ星

一言で言うと :
北野武監督の最新作。文楽の心中ものなどにインスピレーションを得た、男女の悲劇的なラブ・ストーリーが綴られる。
両親に逆らえず社長令嬢との結婚を承諾した男(西島秀俊)は、無理矢理別れた恋人(菅野美穂)が、自殺未遂の挙げ句周囲に反応しなくなってしまったという話を結婚式の当日に告げられて、そのまま式を抜け出してしまう。恋人を病院から連れ出した男は、目を離せない状態の彼女と自分を赤い紐でくくりつける。そして二人はただあてどなく放浪を続けるようになった……。
かなりよかったところ・個人的にスキだったところ :
北野監督は昔、浅草で、お互いを紐で縛って歩いている“つながり乞食”と呼ばれていた男女を実際に見たことがあるのだそうだ。私が思うに監督は、昔見てインパクト受けた“つながり乞食”の二人を、とにかく自分なりに解釈して表現してみたかったのではないのだろうか。本編のメインはそこの部分で、やくざになってしまった男(三橋達也)と何十年も彼を待ち続けている女(松原智恵子)や、視力を失った元アイドル(深田恭子)とその熱狂的なファン(武重勉)のエピソードは、あくまで話にリズムをつけるためのアクセントとして挿入されているのではないかと思われた。
二人は概ね、色々な風景の中をただ歩いているだけだ。でもそうしてただ延々と歩き続けることによって、こわれてしまった何かをゆっくりと紡ぎ直しているかのようでもある。それが見ていて切なくなってくるのだ。北野監督の今までの映画は、死や破壊に向かって闇雲に突き進んでいくか、または呆然と佇みながらそれを傍観することしかできない人々を描いていたものが圧倒的に多くて、まがりなりにも“構築する”という方向性のモチーフを取り入れたことは今まであまり無かったのではないだろうか。
そうやってお互いのつながりを構築した二人がどうして心中する必要があるのだろう ? と考えていてはたと思った。自分達だけの世界が完成するということは、それ以外の世界のしくみ(システムというやつかも)に背を向けることを意味してしまうのではないのだろうか。それは、自分の世界を完成させればさせるほど一般の世界と解離してしまう、監督自身も含めた表現者の在り様にも似ているのかもしれない、とも思った。北野監督は、そうした二律背反の矛盾の攻めぎ合いにどれだけ自覚的なのだろう ?
ちょっと惜しかったところ :
北野監督の映画はもともと一般的に大ウケするようなタイプの映画ではなかった筈で、この映画もそもそも、全国ロードショーなんてマス・マーケット相手の展開に向くような作品だっただろうか ? 例えば、ただ並んで黙々と歩く二人を退屈だと思ってしまったらそれまでな訳で、そういうのは分からない人には全然分からないのではないか。
あまりよくなかったところ :
山本耀司さんのハデな衣装をまとった男女を色とりどりの風景の中に配置した画は確かに美しくて印象的だったけれど、彼等を半ば“人形”として解釈してしまうという試み自体は、果たしてうまく機能していただろうか ? 文楽と人間の芝居の兼ね合いには、消化しきれていない部分もあるのではないかと私には思われたのだが。北野監督なら、もっと練り込んでもっと洗練された表現方法に高めることも出来たはずでは。その辺り、もう少し時間を掛けて欲しかった。
監督さんへの思い入れ度 : 80%くらいかな ?
コメント :
目立つ欠点もあるように思うから点数としてはこのくらいになってしまうのだが、個人的にはもしかしたら、一番心に残る部分のある映画になっていくかもしれないと感じられた。北野監督はまだまだ枯れていないと私は思うですよ。ただ、世間様とどうやって折り合いをつけていくかという命題が、今後はこれまで以上に難しくなってくる可能性があるのが、厳しいかもしれないですが。

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【トリプルX】二つ星

一言で言うと :
新世代のアクション・ヒーローとして今ハリウッドで最も注目を集めているヴィン・ディーゼル主演のアクション映画。
かなりよかったところ :
スノーボード、スカイダイビング、etc.etc.……といった、Xスポーツ系のアクションをふんだんに盛り込んだ、迫力満点のシーンが満載。周りの席の反応を見ていると、面白いという声などもかなり上がっていたように思う。
個人的にニガテだったところ :
でも、純粋アクション・ムービーに対する感性がゼロの私には……とにかくもう眠くって眠くってしょうがなかったです。しかしここまで容赦なく眠いというのはちょっと予想外。こりゃストーリー性というか、お話として面白い部分は全く皆無ってことなんじゃ……ないのかな。
コメント :
ヴィン・ディーゼルは、スタローンやらシュワルツェネッガーやらに続く新時代の大型アクション・スターとして注目されているということだが、ヒップホップのノリを解する非白人のヴィンさんは、それ以前の人々と較べるとやはり一時代を画している印象があるのかもしれない。つまり、ジャン・クロード・ヴァン・ダムやドルフ・ラングレンといった皆さんは、今一つ印象的な個性を打ち出せなかったってことなんでしょうかしら……。

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【バルニーのちょっとした心配事】二星半

一言で言うと :
一見愛妻家を装いつつ、その実、男と女の2人の愛人を持つ男を主人公にした、フランス製のドタバタコメディ。
かなりよかったところ :
誕生日プレゼントとして、男の愛人・女の愛人と妻のそれぞれから、ベニスへの列車旅行の同日出発のチケットをもらって慌ててしまい、事態が混乱していく辺りまでは、テンポがよくて面白く見れた。
あまりよくなかったところ :
しかし、もう一人の登場人物を巻き込んで余計に混迷の度合いを深めていくその後は、ただ単にごちゃごちゃしていくだけでちょっと尻すぼみになるのではないだろうか。
そして最後は……う~ん、登場人物のみなさん、そんな結末で本当にいいんでしょうか ? この男、たいして懲りてるようでもなければ反省している様子もないじゃないですか、みなさん物分かりがよすぎやしません ? それに“結局似た者同士なのね”って、どうしてそんな結論になるのか、全くもって意味不明なんですけれど……。
個人的にニガテだったところ:
大体が、容姿も中身もそんなにパッとしなくて性格もいい加減なこんな野郎が、どうしてそんなにモテるってのよ???
コメント :
この主人公の男は、フランスのカレーからロンドンまで遠距離通勤してるという設定になっています(だから浮気もしやすいという訳なんでしょうが)。ヨーロッパ諸国の隣国への距離感ってそんなふうになってるんだ。話の中身より何より、そこが一番スゴいと思いました。もし近場に住んでいるとしても、日本から韓国や台湾に毎日出勤なんて、ちょっと考えられないのではないでしょうか。

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【home】三星半

一言で言うと :
当初は日本映画学校の卒業制作として企画されたドキュメンタリー。小林貴裕監督は、7年間ひきこもりを続ける兄・博和さんを抱えて崩壊寸前になっていた自らの家庭にカメラを向けた……。
かなりよかったところ :
この映画を撮るために監督は、ずっと避けていた実家に戻って兄と向き合い、話し合いをしようと試み始める。だが家族は当初、当然のことながらカメラを向けられることを非常に嫌がっていた。しかし監督は、カメラを介さなければ到底家族と向き合うことは出来なかったと述べ、結局兄は最後には、そんな弟の行動がきっかけのひとつとなってひきこもりを脱することになる。カメラというのは強力な凶器にも武器にもなり得るのだということを、この映画を通して再認識することになった。
上映館には実際のひきこもりの経験者やその家族の人達も多く来ていて、この映画を観てそれぞれに強く思うところがあったようだ(私の行った回には舞台挨拶があり、質疑応答なども行われたので分かった)。この映画の家族のケースは、数あるひきこもりのケースのうちのほんの一例ということになるとは思うのだが、通常外からは見えにくい“ひきこもり”というもののある実際の形を、日の当たるところに引っぱり出してみせたというだけでも、この映画には創られた意義があったのではないか。
個人的にニガテだったところ :
しかし、そもそも自分の家族をネタにして映画を撮ろうとした動機自体は、エグいといえばエグいかもしれない……監督も、撮りながらそのことを尚更に自覚していったということは、映画の中でも吐露されているとは思うのだが。
コメント :
私も、人生の中の通算の何年間かはひきこもりっぽいことをしていたこともありまして(……しかしそんな最中でも映画だけは観にいっていましたから、家から一歩も出ないという域までには至りませんでしたが)。ただ、私の頃には“ひきこもり”なんて社会的に認知された言葉はなかったので、私はあくまでも単なる“役たたず”の“穀つぶし”でしかありませんでしたけどね。
ひきこもりの根っこには自分と“社会”との関係をうまく切り結べないという問題があって、それ自体は結構普遍的な命題なのではないかという気がしている。ただ、世の中全体に昔よりはお金があって、働かなくてもある程度食べられるとか、自分だけの部屋を持つことが出来るとかいった条件が整いやすいから、現象としてそのような形で出て来やすいのであって。しかし一方、親や祖父母の世代を見ていると、昔は他者と自分の境界線の設定が概ねもっと雑で曖昧で、誰しも“社会”というものをもっとシンプルに解釈できていたので、現在ひきこもりの人が苦しんでいるような部分で悩むことも少なかったのではないか、という気も少ししているのだけれど(勿論、個人差はあるでしょうけれども)。

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【木曜組曲】四つ星

一言で言うと :
4年前、謎の薬物死を遂げた有名女流作家・重松時子(浅丘ルリ子)を偲んで、彼女と縁あった4人の作家(鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美)と長年の編集者だった女性(加藤登紀子)は、今年も時子の館に集まった。そこに届けられた花には『皆様の罪を忘れないために』というメッセージカードが。時子の死は自殺だったのか他殺だったのか ? 疑心暗鬼に包まれた5人のディスカッションは続く……。恩田陸原作の同名小説を、【命】の篠原哲雄監督&大森寿美男脚本のコンビで映画化。
かなりよかったところ :
ほとんど館の中というワン・シチュエーションで、延々と飲み食いや話し合いばかりが続けられているという動きの少ない展開なのに、時子の死の謎に迫ろうとするそれぞれのキャラクターの駆け引きがスリリングで、ずっと飽きずに見ていられるのがなかなかにすごい。そんな中に、登場人物達の作家としての業が見え隠れしてくるのが話の見せどころなのだろうと思った。
ナチュラルなお芝居というよりは、まるで舞台演劇みたいだなと思えた部分もなきにしもあらずだったかも……でもそれは、下手っていう意味では全くありませんですが。回想シーンで登場する浅丘ルリ子さんは、スクリーン上で観たのは何と今回が初めてだったのだが、やはりさすがの貫禄で、カリスマ的な作家という役どころにぴったりだった。それにひけを取らないくらいいいなと思ったのは加藤登紀子さん。作家を公私に渡って支え続けた完膚無きまでの大人の女性(常に冷静で穏やかな性格の辣腕編集者で、料理はプロ並みに上手い ! )って、加藤さん自身のキャラクターに合っていてカッコよかったですね~。
監督さんへの思い入れ度 : 75%
あまりよくなかったところ :
最後の辺りの描き方はちょっとしつこかったかも。もっとあっさり終わっても真相はあらかた分かっただろうし、余韻を残すことも充分に出来たと思うのだが。
コメント :
エピソードに整合性を持たせてきちんと組み立てることのできる大森寿美男氏の脚本と、それぞれのシーンに叙情性を持たせることに長けている篠原哲雄監督は、なかなかいい感じのコンビなのではないだろうか。これからもっと発展していく可能性があるといいなと期待する。

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【MON-ZEN】四つ星

一言で言うと :
横柄な態度が仇となって妻子に逃げられてしまった兄(ウーヴェ・オクセンクネヒト)は、かねてから日本への研修旅行を計画していた風水カウンセラーの弟(グスタフ・ペーター・ヴェーラー)に無理矢理同行して日本にやってくる。おっちょこちょいと方向オンチが災いして全財産もパスポートも無くしてしまった兄弟は、何とかとある禅寺に辿り着いて修業を始めることになったのだが、彼等は果たしてサトリを得ることが出来るのでしょうか ?
日本でも【愛され作戦】などの数本の公開作のあるドイツの女性監督ドーリス・デリエによる人生啓蒙コメディ(かな ? )
かなりよかったところ :
何と言っても一番の見どころは、ドイツ人俳優の二人を引き回して本当に東京でゲリラロケをしているところと(位置関係が滅茶苦茶なのが可笑しいが)、二人を本物の禅寺に連れていって本当の修業風景をロケしているところだ。
全編これ、外国人の目から見た日本、といった雰囲気。何となく思い出してしまったのは、ヴィム・ヴェンダース監督の【東京画】というドキュメンタリーなのだが、そういえばヴェンダースもデリエ監督も両方ドイツ人だっけ ? 本編は【東京画】の今風コメディ・アレンジ版、と見做していいのかしら ?
これは、彼等がカルチャーギャップに四苦八苦するお笑いといった側面よりは、彼等がいかにミドルエイジ・クライシスを乗り切ろうとしたかというところに主眼が置かれた、ちょっと変わった形のロード・ムービーなのだと思う。どうしてそれが日本なのかは結局よく分かんないのだけれども、でも案外、禅のこころに少しは迫れていたりしないかな ?
その他のみどころ :
邦題の“MON-ZEN”は石川県鳳至郡の門前町から来ているようだ。これは、兄弟の修行風景を実際に撮影したという曹洞宗の総持寺祖院のあるところ。何でも、明治時代に火事になって横浜に移転するまでここが曹洞宗の本山だったとか……れ ? 曹洞宗の本山って福井県の永平寺なんじゃないの ? と思って調べてみると、どうも曹洞宗には、開祖の道元の開いた永平寺と、その四代あとの瑩山の開いた総持寺の二つの本山があるようです。知らなかったわ。
コメント :
初日に行ったこともあり客席は結構埋まっていたのだが、何と4~5割は外国人の方でした ! 外国人向けの情報誌などで結構紹介とかされているんでしょうか。(外国人割引もあるみたいだし、英語字幕もついてるし。)彼等の目にはこの映画はどう映るのか、聞いてみたいような気もするけれど。

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【酔っぱらった馬の時間】四つ星

一言で言うと :
イラン・イラク・トルコ・シリア・アルメニアの国境地帯でしばしば激しく迫害されながら生きる、国を持たない民族・クルド人の、あるきょうだいの姿を描いた物語。脚本・製作も手掛けたバフマン・ゴバディ監督もイラン系のクルド人であり、本作はクルド人がクルド語で制作した世界で初の映画となった。
すごくよかったところ :
とてもじゃないが裕福とは言えない山合いの村で暮らす5人きょうだいは、地雷で父親を失ってしまう。(地雷の問題は本当にしゃれになりません。)年長の少年が代わりに働くことになるのだが、食べていくだけでもおぼつかないというのに、きょうだいの一人が重い障害を抱えていて高額の手術代が必要という問題が持ち上がる……。それでも皆、障害を持つきょうだいを疎んじることは全く無く、彼を心から愛して大切にしている様子が見て取れるのが、泣けてくる。
彼等の村は、国境の山岳地帯を股に掛けた密輸という危険な仕事を生業としている。(寒い山中で馬が凍え死んでしまわないように、仕事の前にお酒を飲ませるところから映画の題名は来ている。)年長の少年もこの隊列に加わることになるのだが……。
彼等の行く先には今のところ、明るい材料はあまりありそうにない。でも本編は、ほんの瞬時だけのものであるにしろ、僅かな希望が仄見える終わり方になっている。バフマン・ゴバディ監督は、彼等の生活の悲劇的な側面を強調するよりも、思いやりや深い親愛の情をもって支え合い助け合い、何とか生き抜いていこうとする姿の純粋な強さの方を描き出したかったのではないだろうか。どんなに厳しい状況の中ででも、人間は美しいものであり得るのかもしれない。そんなことを素直に感じさせてくれるような映画には、滅多にお目に掛かれるものではない。
コメント :
1984年に亡くなったトルコの名匠ユルマズ・ギュネイ監督が実はクルド人だったということを、今回初めて知った。監督がトルコ政府から政治犯として迫害を受けていたというのは、そんなに根の深い問題だったのか。今度、監督の【路】なんかをビデオ屋で探してもう一回再見してみようかな。大学生の頃に見た時には解らなかったことがいろいろ発見出来るかもしれない。

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【ロード・トゥ・パーディション】四星半

一言で言うと :
舞台演出家として名を知られた後、初の映画監督作品【アメリカン・ビューティー】でアカデミー賞を受賞したサム・メンデスの監督第二作。
禁酒法時代のアメリカのアイルランド系コミュニティ。父親(トム・ハンクス)の職業を知らされずにいた少年(タイラー・ホークリン)は、ある時、父親が組織の殺しの仕事をしている現場を目撃してしまう。その場に居合わせた組織のボスの跡取り息子(ダニエル・クレイグ)は思慮の浅い人物で、少年を亡きものにしようとして、誤って少年の弟と母親(ジェニファー・ジェイソン・リー)を殺してしまう。
少年を連れて辛くも脱出した父親は、殺された家族の復讐を誓い、組織のボス(ポール・ニューマン)に跡取り息子の非道を直訴しようとする。が、彼に目を掛けていたはずのボスも、いざとなると血の繋がった息子を庇おうとし、父親と少年に対して凄腕の刺客(ジュード・ロウ)を放つのだった。四面楚歌に追い込まれた父親と少年の“破滅”(perdition)への旅が今始まった……。
すごくよかったところ :
諸々の資料で言われているように、この映画のメインのテーマはずばり“父と息子”の関係だ。たった一人残った息子だけは命懸けで守り抜こうとするトム・ハンクス、どんなに愚かな息子でも見捨てられないポール・ニューマン、そして、実の親子以上の親愛の情がありながら運命的に捻れていってしまうトム・ハンクスとポール・ニューマンの関係……この対比は見事だとしか言いようがない。う~ん、これぞドラマだ。堪能させて戴きました。
もう役者がね、上手いなんてもんじゃないですね。トム・ハンクスやポール・ニューマンなんて溜息が出そうなほどだけど、物語の狂言回し的な存在で実際の中心人物、トム・ハンクスの息子役のタイラー・ホークリン君にも注目してみたい。ポール・ニューマンの跡取りのバカ息子、ダニエル・クレイグもいい味出している。でももう一人、どうしても忘れちゃならないのが、今回全き汚れ役に挑戦した殺し屋のジュード・ロウ。ナリもなんだか汚くしてあるけれど、口元から覗く歯までしっかり黄ばませてあるのには恐れ入った !
シネスコサイズをしっかり活かした画面の美しさも、物語に一段と厚みを加えている。この迫力は、出来れば映画館の大きいスクリーンで観てみて欲しいかもしれない。
その他のみどころ :
トム・ハンクス達の組織が一目でアイリッシュ系と分かるのは、序盤のパーティでの音楽やダンスのシーン。そんなところにも注目してみたい ! ちなみに、中盤でトム・ハンクス親子が訪ねていくのはイタリアン・マフィアの組織で、彼等の大ボスがアル・カポネって訳ですね。最終的にはカットされてしまいましたが、実はアル・カポネの登場シーンも撮影してあったのだそうです。
監督さんへの思い入れ度 : 30%
コメント :
第二作目にしてこの完成度は一体何なんだ。凄い人です、サム・メンデス。

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【ロックンロールミシン】三星半

一言で言うと :
【Go】の行定勲監督による長編映画。自分達のブランドを立ち上げようと奔走するデザイナーの卵たち(池内博之、りょう、水橋研二)と、彼等に心魅かれて行動を共にするようになる会社員の若者(加瀬亮)の姿を描く。
すごくよかったところ :
理想を求めて突っ走って、でも自分達の未熟さ故にうまくいかなくて挫折してしまって……そういうのって誰でも若い頃に、一つや二つは経験していることのはず ! こういったプロセスをある種普遍化するような形で、そのまんままるごと描いてみせることが出来るというのは、やっぱり凄い力量なんだろうと思う。
ちょっと惜しかったところ :
しかし、彼等の行動は結局、全然何一つ形にならずじまい……それなりに力を注いできたことなのだから、小さくてもいびつな形でもいいから何か結果を出して欲しかった。どうも消化不良感が残ってしまうのが映画としてのカタルシスに繋がりにくいんだよね。え ? 挫折した青春の物語にカタルシスなんか求めるのがそもそも間違ってるんじゃないかって ?
あまりよくなかったところ :
登場人物達の行動もどうも分かりにくい面がある。池内博之さん演じるグループの中心人物が何に苛立っているのかもよく分からないけれど、もっと分からないのは、加瀬亮さんの演じる主人公の行動。何かをやろうとしている人達のエネルギーが魅力的に映るのは分かるんだけど、それで彼等の側にいたいのなら、本来、もっと具体的に何かをしようと努力しなきゃしょうがないでしょ。プロを目指しているはずのグループの面々が、こんな生半可なスタンスの彼を受け入れるというのもよく分からないんだけど…… 。
個人的にニガテだったところ :
でもってこの主人公が、何か違うような気がするとか言って一旦辞めたはずの会社に、また臆面もなくあっけらかんと戻るという結末が、私にはどーうしても受け入れ難い。そもそも、今時就職するってことがどれだけ大変なことだと思っているんだか !! そこを蹴っ飛ばして人生の波に自分で漕ぎ出そうというのなら、もっと死ぬほど悩んだ後で、それなりの決意と覚悟を持って辞めとかないと。それを、元の会社にあっさりと戻って(お話とはいえ戻れるのが凄いけど)あれは青春のいい思い出でしたね、なんて脳天気に言ってられるのは……あー要するにこの主人公の悩みってのはその程度の話ってことなのね。オバサン臭くてすみません。しかし、夢を形にするプロセスというのはもっと、現実との容赦ない戦いの連続なんじゃないですかね。観賞用(感傷用?)オンリーの夢ならば、正直言って私にはつき合ってられる余裕はないんですが。
個人的にもっとニガテだったところ :
主人公のガールフレンドの、ヒロインな自分を演出して自己陶酔しちゃってる女、ウザイの極みですわ !! こんな女とだらだらと腐れた関係を続けてる主人公も……あ゛ーっ !! そういうのは私の目に触れないところでやってくれ !! こういうのをそのまま描き出すことが出来るというのもある種の才能、なんだろうけどねぇ……。
コメント :
こんな主人公の中途半端さや詰めの甘いなぁなぁさを、リアルと捉えて許容するところが、行定監督と私の感覚の決定的に噛み合わないところなんだろう。(演じている加瀬亮さんの誠実さのおかげで、一見そこまで不愉快な感じには映らないのが救いだが。)まぁ合わないものは仕方ないけれど、行定さんが非常に高く評価されている世の中というのはつまり、私にとっては生きにくい世の中っていうことになるんじゃないですかねー。

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【ロバート・イーズ】三星半

一言で言うと :
後半生を男性として生きたトランスジェンダー(性同一性障害者)のロバート・イーズ氏と、彼の恋人や友人達などの姿を描いたドキュメンタリー。
すごくよかったところ :
ロバートさんはどこからどう見ても、純然たるアメリカの南部男にしか見えません。ロバートさんの恋人のローラさんも、(化粧っ気が無い時の見てくれは時々おにーさんですが)中身やしぐさはどう見ても女の人でしかありません。そして彼等の友人のトランスジェンダーの人達も……彼等の姿を見ているとほどなく、この人の元の性別はどっちだったんだっけ ? なんて一瞬考えるのも面倒くさくて馬鹿馬鹿しくなってきます。自分にとって自然に感じられるんならどっちでもいいじゃない。要するに、人間としていい人なのかどうか、素敵な人なのかどうかということの方がずっと肝心なのであって。
そうして見ていると本作は、実はトランスジェンダーに関する映画というよりは、人を愛するということに関する映画なのだということが、段々と分かってきたりします。
あまりよくなかったところ :
ロバートさんがローラさんとの関係について告白するシーンで、「深入りするつもりは無かったのに、気がついたら後戻り出来なくなっていた」とのコメントの次に「That's beautiful.」と言っているんですよね。何て素晴らしい ! これはまるでこの映画のテーマそのものを表しているような大切なせりふだと思うのに、「それも人生さ。」なんて字幕を入れるのはいくら何でもちょっといい加減すぎやしませんか ?
コメント :
ロバートさんは実はこの映画の撮影開始時には既に癌を患っていて、この映画は彼の闘病生活を綴ったものにもなっています。(性転換手術の際に取ってもらえなかった子宮を患ってしまったというのが皮肉です。)ケイト・デイビス監督はこれをお涙頂戴的なタッチには一切していないのですが、だからこそ、お互いの生の一瞬一瞬を慈しむように生きている彼等という人間の姿が、本当にかけがえのないものに思えてくるんですね。ロバートさんの御冥福を心からお祈りしたいと思います。

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