Back Numbers : 映画ログ No.64



【ウェイキング・ライフ】三星半

一言で言うと :
青年は、夢の中で出会った人々から、現実と非現実、ものごとの意味や自らの存在意義についてなどの数多くの話を聞く。実写で撮った画面に、30人あまりのアーティストがそれぞれ着色をして創り上げたという、かつて観たことのない映像で綴られるアニメーション。監督はXジェネレーション映画の【Slacker】(日本未公開)で名を馳せ、他に【恋人までの距離<ディスタンス>】【ニュートン・ボーイズ】などの作品のあるリチャード・リンクレイター。
すごくよかったところ :
とにかくこの画面は、多分、誰にとっても未知の世界だ。それぞれのアーティストがそれぞれの感覚で画像を絵に起こし、人によっては多少のエフェクトやデフォルメを掛けたりして、それぞれの部分のテイストが少しずつ違っているところに、また独得の味が出ている。
かなりよかったところ :
話の内容はと言うと、「人生とは何ぞや?」「認識とは何ぞや?」みたいな哲学的な談義を延々と繰り広げているというか……正直言って、全編こんな内容のものを実写で撮るなんて絶対ムリだと思うのね(想像してみただけで退屈そうだ)。でも画面を総てアニメーションに置き換えて、そこに映っているものを一旦全部抽象的な世界に変換して、この内容をギリギリ成立させたというのは、ワザあり ! だったかもしれない。
ちょっと惜しかったところ :
しかしこの特殊な映像の世界も、5分も見てると目が慣れてきてしまって、結構飽きてくるんですよねぇ……。
個人的にニガテだったところ :
話の中で展開される様々なごたくの数々も、よく聞いていると一つ一つは言わずもがなというか、割と当たり前の話をわざわざ言っちゃっているだけなんじゃないのかなぁという気がしてきた。そこを敢えて語らせるというのは、あるいはアメリカ・もしくは欧米の文化的な性格に由来するのかもしれないが、日本の人はもしかしてそういうのはあんまり好きじゃないのでは。あるいは歳の影響もあるのかもしれない。確かに20年前なら、こういうごたくの洪水を楽しむことも出来たのかも、とも思えるのだけれども。
その他のみどころ :
映画の中に登場する人々(勿論アニメで)の中には、アメリカ国内で有名な人達が本人役で出ているケースもいくつか混ざっているようだ。とは言っても私にはスティーブン・ソダーバーグ監督くらいしか判らなかったけど……。
イーサン・ホークとジュリー・デルピーは、リンクレイター監督の旧作【恋人までの距離<ディスタンス>】で主演していたのだそうだけど、本作にはその時と同じ役名で登場しているのだそうです。
途中のシーンでチンパンジー君が映写しているのは、黒澤明監督の【夢】の1シーンなんだそうですよ。いやぁ全然気がつかなかったけど。
個人的にニガテだったところ :
サントラにフィーチャーされているタンゴ調の音楽は、グローヴァー・ギルという人の率いる『トスカ・タンゴ・オーケストラ』によるものだそうだけど、私にはこれがピアソラの亜流に聞こえてしまい、どうも素直に楽しめなかった。ここ何ヶ月かピアソラ・フリークになってしまっているもので……劇中にも登場している彼等を見ると、バンドネオンじゃなくてアコーディオンを使っているみたいだしさ。(←バンドネオンは鍵盤じゃなくてボタンを押して音を出す楽器で、ボタンの配列が音階順になっておらず、おまけに蛇腹を押した時と引いた時で違う音が出るので、超絶難しいのだそうです。)
コメント :
先日見た【ドニー・ダーコ】という映画といい、昨今のアメリカのインディーズってどうもニッチ(狭い隙間)に入ってしまっている傾向があるような。そういや、この映画と同時期にアメリカのインディーズの映画賞をいろいろ争ったらしいクリストファー・ノーラン監督の【メメント】だって、よく考えてみればかなり特殊なことをやっている映画だしねぇ。

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【ガーゴイル】四つ星

一言で言うと :
【ネネットとボニ】【パリ、13区、夜。】などの独自の作風で知られるフランスの女性監督クレール・ドゥニの2001年度作品。
フランスに新婚旅行にやってきたのに何故か新妻(トリシア・ヴェッセイ)を抱こうとしない男(ヴィンセント・ギャロ)は、実は、性的な欲望が高まると相手を引き裂いて殺してしまわずにはいられなくなる奇病に取り付かれていた。男はその病気を研究している医師(アレックス・デスカス)を探しあてるが、その医師の妻(ベアトリス・ダル)も同じ病気に侵されていたのだった……。
すごくよかったところ・あまりよくなかったところ :
ヘマトフィリア(血液嗜好症)みたいな心の病は実際にあるという話だけど、本作はそれを現代のヴァンパイア譚のようなものとして捉えた話と考えればいいだろうか。
犠牲者が引き裂かれて血まみれになるシーンは、やはり残酷でショッキング。しかしこの映画では、暗い欲望やそれに纏わる悲劇の象徴である血がある意味主役になっているので、そういったシーンも外せないだろうと思う。
だのに、ヴィンセント・ギャロの方がなかなかそこに行き着かないのが、少しモタモタしていてバランスが悪いようにも感じられた。ただ、そうして話が延々と引っ張られる部分にこそ、成就できない愛に苦悩する者の姿が寓意的に表徴されているのかもしれないが。
ヴィンセント・ギャロとベアトリス・ダルって、二人とも野生に近い性質を思わせる雰囲気があるよなぁ。こんな二人だからこそ、血まみれの殺人鬼役にはうってつけだったのではないだろうか。
個人的にスキだったところ :
個人的に一番好きだったのは、ベアトリス・ダルの主治医でもある献身的な旦那さん。監督さんも実はこんな人が好みなんだろうと思う、きっとそうに違いない !
その他のみどころ :
ガーゴイルの石像の映像なんてほんの一瞬しか出てこないんだけど、ここに目をつけた邦題は、なかなかいいセンスをしているのではないかと思う。少なくとも“TROUBLE EVERY DAY”なんて英題よりは雰囲気出てません ? (ちなみに、ヴィンセント・ギャロと奥さんはアメリカ人という設定なので、台詞の半分は英語なのですが。)毎日がトラブル、なんて、こんな病気を持ってれば確かにそうなるだろうけど。
監督さんへの思い入れ度 : 70%
コメント :
これはかなり好き嫌いの分かれるの映画なのでは。個人的にはかなり好きなんだけど、万人に諸手を上げてお勧めするのはちょっと難しいかもしれない。
しかし、少々中途半端な時間に行ったのにも関わらず、場内はかなりの人の入りだった。これはヴィンセント・ギャロやベアトリス・ダルの人気がそれだけ根強いってことなのだろうか。大したものです。

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【恋に唄えば♪】三星半

一言で言うと :
平成【ガメラ】シリーズ他の金子修介監督の手掛けた和製ミュージカル。偶然、変な壷からドジな魔法使い(竹中直人)を出現させてしまった女の子(優香)の恋の顛末を描く。
かなりよかったところ :
私最近、優香さんって割と好きだしぃ。竹中直人さんのアクの強さはもしかしたら好き嫌いがあるかもしれないけれど、その旺盛なサービス精神で画面狭しと走り回る様子は、やっぱり賑やかで退屈しないし。そんなこんなで全編、明るく肩の凝らないムードを気軽に楽しめるのは悪くないんじゃないかと思う。
ちょっと惜しかったところ :
でもまぁ確かに、どうでもいいような話といえばそうかもしれないけれど……。もしかしたら女のコにとっては恋愛話というのは常に最大関心事なのかもしれなくて(?)、実は大のアイドル好きであるらしい監督がそんな女のコの気持ちに寄り添って行けば行くほどに、オジサン評論家にはますます受けの悪い作品になっていってしまう、という方程式はもしかしたら成立していたのかもしれませんが。
監督さんへの思い入れ度 : 40%くらいかな ?
コメント :
いくらそれなりには楽しめたとは言っても、中途半端な期間と予算しか掛けていない様子が透けて見えるのはあまりに悲しい。一応ミュージカルを標榜するつもりがあるのなら、資金を潤沢に使って作り込んだ過剰なまでのゴージャスさというのが全体的に必要なんじゃないんですかねぇ。歌や踊りもこの倍くらいはあってもよかったような気もするし。

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【サラーム・シネマ】三星半

一言で言うと :
イランのモフセン・マフマルバフ監督(【サイクリスト】【カンダハール】他)が、1995年に、映画百周年に寄せて制作したドキュメンタリー。監督自身の映画に出演する俳優を探すオーディションの様子を撮影している。
かなりよかったところ :
門を開けると、新聞広告を見て集まったというもの凄い数の人がどぉーっとなだれ込み……この熱気は一体何なんだ !! みんな、そんなに映画に出たいか ? そんなに映画が好きなのか ?
オーディションそのものも、日本で普通に考えるそれとはかなり意味合いが違う様子……監督は、役柄に合う役者さんを冷静に選ぶというよりは、彼等を挑発し、面白いリアクションを返してくれる人をふるいに掛けているといった感じ。で、実際に【ギャベ】や【パンと植木鉢】といった映画で、このオーディションで選ばれた人が使われているというから驚きだ。え、これってマジだったんですか ? フィクションなんじゃなかったの ?
個人的にニガテだったところ :
マフマルバフ監督は、パーレビ国王時代には政治活動をしていて捕まったなんて経歴も持っているらしい。そのせいなのかどうかは分からないけど、一介の芸術家というよりはもっと色々な海千山千の思惑のある策略家、もっと悪い言葉を使えば山師っぽいところを、どうも感じてしまうのだ。この映画も、こうすれば面白いという表現者としての純粋な勘というよりは、こうすればオイシイという山っ気の方が見て取れるような気がして仕方がないんだけど……。
コメント :
それでも、この頃の作品にはまだ茶目っ気が存在しているように感じられるので、本作はマフマルバフ監督の作品の中では比較的好きな方かなと思う。
ところで、映画百周年に際して制作されたというと、アニエス・ヴァルダ監督の【百一夜】とい映画を思い出してしまう。あの時は公開が翌年になったというだけで興が削がれた気がしたものだけど、これなんてもう7年も経ってしまっているじゃないの。まぁ当時のマフマルバフ監督の日本国内での知名度を考えれば、その時に公開されることは難しかったとは思うけど。

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【ザ・リング】四つ星

一言で言うと :
“貞子”のキャラクターがもはや一つの負のイコンと化した和製ホラー映画【リング】のハリウッド・リメイク版 ! 日本版では松嶋菜々子が演じたヒロインを、【マルホランド・ドライブ】のナオミ・ワッツが演じる。監督は【ザ・メキシカン】のゴア・ヴァービンスキー。
かなりよかったところ :
アメリカ人の感覚に近付けるために細部の修整はかなり施されているにしても、基本的な筋立てなどは日本版とほとんど同じ。目立った違いは、貞子がサマラという名前になってるのと(いや、他の登場人物も当然みんな英語名なんですが)、サマラの家庭の事情=サマラが虐待を受けることになった経緯と、例の呪いのビデオの内容くらいなのでは。悲劇の超能力者の話ではなく、馬の呪いの話になる辺りが、アメリカ的と言えばアメリカ的なのかしら ?
オリジナルの形がかなり尊重されているというのは、オリジナルの完成度が相当高かったということになるのではないだろうか。問題の井戸の造形や貞子=サマラの髪型なんかは、結局日本版のイメージ以上のものは考えつかなくて元の形をそのまま使っているみたいだし。ならばどうしてわざわざリメイクなんて作る必要があったんだろう、って疑問はとりあえず置いとくして(お金儲けの為とか何でも英語にしてしまわなければ気が済まないからだろう)……オリジナル以上のものにする自信があるのなら大幅に改変してみるのも面白いと思うけど、下手にいじられてがっかりさせられてしまうくらいなら、本作みたいな形でオリジナルに敬意が払われてそれなりの完成度を達成している方が、まだましだと思った。
その他のみどころ :
それでも敢えて変更されている箇所を較べてみることで、どの辺りの表現が広く遡及すると考えられたのか、どの辺りの感覚が日本の特有のものと思われたのかを検証してみるとより面白いのでは。私は、やはり日本版の表現の方が日本文化の集団的な記憶のようなものに根差していて、日本の人にとってはより気持ち悪いと感じられるのではないかと思った。アメリカ版で描かれているのがどこか理性的な“恐怖”になっているのに較べると、日本版で描かれているのはどこか理不尽なところがある“怨念”であるのかもしれない。問答無用で話の通じなさそうなところがもっと嫌だなぁ。
コメント :
大体の流れは予め分かってるから、最初にオリジナルを見てしまった時ほどの衝撃的な恐さは(幸いなことに?)なかったのでほっと胸を撫で下ろした。いや、そんなに嫌なら見なきゃいいんだけどさ……。

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【至福のとき】三つ星

一言で言うと :
【紅いコーリャン】【初恋のきた道】のチャン・イーモウ(張藝謀)監督の最新作。
失業中だが再婚がしたくてたまらない男(チャオ・ベンシャン)は、自分が旅館の社長であると嘘をついたため、婚約者の女性が邪険にしている盲目の義理の娘(ドン・ジエ)を雇い入れるように頼まれて断れなくなってしまう。男はある廃屋に娘を案内して按摩室を開業するように言い、元の職場の同僚達に客のふりをさせて誤魔化そうとしたのだが……。
かなりよかったところ :
いろいろとセコい小細工はするけれど基本的には人のいいオジサンと、逆境にも負けずけなげに頑張る美少女の交流に涙する……のが妥当な見方なんだろうなぁ、本来は。
ちょっと惜しかったところ :
でも私は、オジサンや周りの人々のキャラクターにも、女の子のけなげさにもあまり心を動かされなかった……。映画上、破綻しているようなところは見受けられないし、確かに悪くもないんだけれど、登場人物の気持ちにちっとも入っていけないのはどうしたことなんだろう。何だか人物に、リアルな生を生きる活き活きとした人間の息吹が一向に感じられなかったのだ。
監督さんへの思い入れ度 : 今回は30%くらいだろうか。
個人的にニガテだったところ :
一部の人が、チャン・イーモウって実はロリコンなんじゃない ? なんて説を時々書いていたりするのだが、あの女の子の妙な下着姿のシーンを見てると、あながち否定できないような気もしてきてしまうのだが……うーむ。
コメント :
チャン・イーモウ監督の映画って好きなものは他に較べようがないくらい好きなんだけど、よく考えてみれば、今一つと感じられるものも決して少なくないかもしれない。で、この映画に関しては、監督がこれで何を描きたいと思ったのかという意志が、私にはあまり伝わってこなかったのだ。

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【ジョンQ 最後の決断】三星半

一言で言うと :
息子が重い心臓病で倒れてしまったジョン(デンゼル・ワシントン)。だが、彼の入っている保険では心臓手術はカバーされないことが判り、入院費すら払えなくなった彼等は、病院から強制退院の勧告を受けてしまう。取るべき手段の無くなったジョンの取った最後の方法は、人質と共に病院に立て篭ることだった……。アメリカの医療保険制度の矛盾をテーマにした問題作。監督は、アメリカン・インディーズの父ジョン・カサヴェデスの息子で、【ミルドレット】【シーズ・ソー・ラヴリー】などの監督作のあるニック・カサヴェデス。
すごくよかったところ :
国民の何割かは健康保険に加入することが出来ず、高い医療費を払えないから治療を受けることが出来ない、といった問題がアメリカでは現実に起きていると伝え聞く。日本では、医療費の基準も違えば保険の位置付けもかなり違っているかもしれないから、この映画で描かれているようなシチュエーション自体を直接較べることは難しいかもしれないけれど、この映画の根っこに横たわっている社会構造上の矛盾は、決して対岸の火事の問題などではない筈だ。昨今は日本でも、「自己責任」というお題目の下、政府は、各種の公的給付や福祉予算をますますカットし、その負担をどんどん個人になすり付けていこうという心づもりで満々なのだから。
よく考えたら、デンゼル・ワシントンが“父親”という側面をここまで全面に打ち出しているような役柄って、今までありそうで無かったのではあるまいか。努力家で才能もあるからどんな役でも出来てしまうデンゼルさんではあるけれど、実はこういった役柄こそが、彼の本質には一番合っているのでは。クライマックスで息子に涙ながらに語り掛けるシーンなんか、そんな馬鹿な ! と思うくらい場面設定が無茶苦茶なのにも関わらず、思わずホロリとさせられてしまいましたもの。
かなりよかったところ :
ジョンの人質となる面々(外来患者と医者の皆さん)には、いろいろな立場の個性的な人々をバランスよく配し、その会話の中に、この問題を取り巻く様々な視点をうまく浮かび上がらせていると思う。
ちょっと惜しかったところ :
しかし、ストーリー展開上の細かな点では、あれ ? と思うような詰めの甘い部分がちょっと多すぎた。大体ジョンさんも、そんな隙だらけの行動でよく病院への立て篭りなんて出来たものだ。他に特に気になったのは、アン・ヘッシュの演じた病院の理事長の言動のちぐはぐさ。そんなことくらいで気持ちを変えるくらいなら……と、興醒めせずにはいられない。
ロバート・デュヴァルの演じる、ジョンの説得に当たるベテラン警部補が渋くって、レイ・リオッタの演じる上司との微妙な対立と協調の関係も興味深かった。けれど、そんなところにまで目配りをしてしまったというのは、もしかして話を散漫にさせてしまったきらいがありはしなかったか ?
個人的にニガテだったところ :
ボディビルダーに憧れる少年、っていうのが、私の貧困な想像力ではどうにもイメージが湧かないんですけど……アメリカではそういう子供が割と一般的にいたりするものなの ? どうなのよ ?
コメント :
日本で大きな病気をしたとすると、保険も下りてくれなければ勿論困るけれど、現実的には貯蓄を一部取り崩して対応する場合も少なくないと思われるのだが。何せ世界一の貯蓄大国だそうですから、個人でせっせと銀行その他に蓄えた貯金が社会的なセーフティ・ネットの役目を果たすという訳。となると日本の場合は、医療制度の矛盾に泣かされた人が人質取って病院に立て篭る、といったお話ではなく、金融制度の矛盾に泣かされた人が人質取って銀行(金融庁でも可)に立て篭る、といったお話になるんじゃありませんかねェ。コンセプトとしては【金融腐食列島】の第二段って辺りで……おっ、意外とイケるんじゃない ? (このお話はあくまでもフィクションです。)

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【ストーリーテリング】四つ星

一言で言うと :
【ウェルカム・ドールハウス】【ハピネス】のトッド・ソロンズ監督が、“物語を語ること”をテーマに描くオムニバス。
《フィクション編》学校で小説の授業を取っている白人の女子学生(セルマ・ブレア)は、同じクラスの脳性マヒの男子学生(レオ・フィッツパトリック)と付き合っていたが、ひょんなことからクラスの黒人の教諭(ロバート・ウィズダム)と寝ることになる。“黒人に偏見はない”と自分に言い聞かせる彼女だったが、教諭はそんな彼女に、黒人を口汚く罵る言葉を叫ぶように強要するのだった……。
《ノンフィクション編》何をやっても中途半端なのにプライドだけは高い男(ポール・ジアマッティ)が、今度は映画監督をやってみようと思い立ち、ドキュメンタリーの素材としてサエない高校生(マーク・ウェバー)を選ぶ。彼は保守的で強圧的な父親(ジョン・グッドマン)とは折り合いが悪いようだったが、本人も無気力で何もやりたがらないようなタイプの人間で……。
すごくよかったところ :
トッド・ソロンズ監督の毒気にはますます磨きが掛かっている !
《フィクション編》の彼女は、いわば“普通と少し違う人”(一体何の基準なんだか ? )と付き合えるような自分に、秘かに優越感を抱いているようなタイプらしい。そんな“独自の物の見方をする自分”というセルフ・イメージをズタズタにされ、底の浅さを嘲笑され、自尊心をボロボロにされた彼女は、それを一種の“レイプ”だとすら思うのだった(……)。そんな彼女を受け止める脳性マヒの彼にしたって自己憐憫と肥大した自己愛のカタマリだし、彼女を追い込む黒人教諭に至っては……それは何かの復讐なのか、それとも一種の破壊衝動を抱くことや状況を支配することが嬉しいのか。どちらにしてもこの話、観ていてあまり気持ちのいいようなタイプの人は出てこない。と言うより、総ての人の総ての言動の動機が、次第に偽善的なものに見えてきてしまうのだ。
《ノンフィクション編》の方もあまり気持ちのいい人は出てこない……ドキュメンタリーの監督を志す男は、何に対してもまともな努力も払えないくせにプライドだけは人一倍という身の程知らずだし、ドキュメンタリーの主役の男の子にしても、何にもしたくないくせに有名にだけはなりたいらしいところが、監督と似たりよったりだ。彼の父親も頑迷な保守的志向を絵に書いたような振れ幅の狭い人間だし、ここの末っ子の坊やというのがまた、自分はイノセントです、といった顔をしながら、中南米系の住み込みのお手伝いさんに対してあまりに差別的な言動の数々をのうのうと浴びせ掛ける。これが、白人の抱く偽善をあまりにも端的にカリカチュアライズしていて、観ていて本っ当に胸くそが悪い。(年端もいかない子供にそんな役やらせていいのかしら……。)その当のお手伝いさんが最後に取る行動も、社会通念上は到底許されることではない。でも内心「ヤッター !! 」と快哉を上げてしまったのは、この映画にすっかり毒されてしまったという証拠なのでしょうか……。
あまりよくなかったところ :
かように監督は、舌鋒鋭く白人社会に宿る偽善の数々を暴き出す。しかしその語り口があまりに容赦なく、身も蓋も救いもないので、観ていてしんどい気分になってきてしまうのは確かだ。
コメント :
2本とも“物語を語る”という切り口で無理矢理つなげてあるけれど、内容自体にはあまり重なる部分が無く、整合性が無いといえば無いような。例えば後半の《ノンフィクション編》は一本の映画として成立させることが可能だったのではないだろうか。前半の《フィクション編》はエピソードとして他の映画に編入するとかすればいいだろうし。

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【たそがれ清兵衛】四つ星

一言で言うと :
御存知、【男はつらいよ】シリーズの山田洋次監督が、藤沢周平の3編の短編小説「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」を基にした脚本で、本格的な時代劇に初挑戦。
庄内(今の山形県)の海坂藩の、妻を亡くした平侍・井口清兵衛(真田広之)は、幼い娘達と老母の面倒を一人で見る暮らしを別段不満に思っていなかったが、いつも城内での仕事が終わる夕刻きっかりには家に帰ってしまうため、同僚達から「たそがれ清兵衛」と陰口を叩かれていた。ある時清兵衛は、藩内の権力争いで粛正される立場となったある男(田中泯)を討つように命じられ、悩んだ末にそれを引き受けたのだが……。
すごくよかったところ :
何せ山田洋次監督だ。その時々に扱う題材に対しての好き嫌いはあるにしても、基本的にやっぱり上手さの格が違うもの。人物の配置、エピソードの組み上げ方、ユーモアと緊張感のバランス、そしてクライマックスに至る流れの淀みなさ……うーん完璧かもしれません。
個人的にスキだったところ :
ある外国人の評者の方が、清兵衛の性格が情けなくて優柔不断で好きになれない、といったようなことを書いていらっしゃった。ま、そういった見方も出来るというのも否定もしないけれど、オレがオレが、と前に出るばかりではなく一歩引いた生き方の奥ゆかしさの中にある美学のようなものも、一方では堂々と主張してもいいのではないかと思うのだが。上司の命令に逆らえなかったというのは、それがサムライ・カルチャーなのだからしょうがないですよね。
清兵衛さんに思いを寄せる朋江さんという出戻り娘のヒロインを宮沢りえさんが演じてらしたのが、私はかなりいいと思った。キレイな“お人形さん”みたいでもの足りない、といった評も一部に聞こえたのだが、まだ娘らしい清楚さが残っているというふうに描きたかったのだとすれば、“お人形さん”みたいというのはむしろ誉め言葉になるのではないだろうか。大体、お武家の娘が一瞬間違えて嫁に行ったくらいで思いきり世慣れて色気ブリブリになって帰ってきたりしたら、その方が妙だと思うし。
コメント :
そんな大それた生き方をしなくても、身の丈の幸せがあれば充分ですよねぇ。

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【《チェコアニメ新世代》】四つ星

一言で言うと :
イジー・トルンカ、ヤン・シュヴァンクマイエルといった世界的な作家を多数輩出しているチェコの短編アニメーション界。今回は、現在頭角を現しつつある6人の若手作家の最近作を特集する。
すごくよかったところ :
てゆーか、まだ隠しダマがあったんだ、チェコのアニメ界って……この層の厚さには本当に驚いてしまう。今回は比較的若手の作家の最近の作品が中心ということで、正直、そんなにものすごーく期待していた訳ではなかったのだけれど、どうしてどうして ! 偉大なる先達の作品にも決して見劣りのしない、技術的にも見事で人間くさいユーモアに溢れた(ブラックユーモアの場合もあるが)内容豊かな作品を数多く観ることが出来た。
個人的にスキだったところ :
今回は、上映時間が長めの作品よりは短めの作品の方が、よりエッセンスが凝縮されていて見応えがあるように感じたので、全体的にAプログラムの方が好きかなと思った。特にジャプカやクリムトといった作家の作品が肌に合っていてよろしかったです。ただ、今回の全部の作品の中で一番好きだったのは、Bプログラムのブベニーチェク監督の『3人のフーさん』というセルアニメ。このアップテンポでウルトラシュールな展開には開いた口が塞がりません !
コメント :
彼等の中には、確かな伝統が色褪せずにいい形で脈々と受け継がれているのだなぁ。チェコには文化的に優れたものが多く存在しているように思うが、いいものをいい形で残そうという意思のあることが、本当の豊かさなんじゃないのだろうかと思う。

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【バースデイ・ガール】三星半

一言で言うと :
イギリスの小さな町に住む真面目が取り柄の銀行員(ベン・チャップリン)は、花嫁をインターネットで探すことを思い立ち、あるロシア人女性(ニコール・キッドマン)に白羽の矢を立てる。多少の障害はあっても順調に行きそうな気配がしてきたその矢先、女性のいとこ(マチュー・カソヴィッツ)とその友人を名乗る人物(ヴァンサン・カッセル)が訪ねてきて雲行きが怪しくなり始める。いとこの友人が暴力を揮い始めたので、銀行員は、彼等に金を渡して縁を切らせようとして自分の勤める銀行を襲撃する決心をしたのだが、実は総ては彼等の仕掛けた罠だったのだ……。
かなりよかったところ・個人的にスキだったところ :
実のところ私は、ヴァンサン・カッセルとマチュー・カソヴィッツがコンビで演技するところが見たかっただけなのでありまして……いやぁ、その意味ではなかなか堪能させて戴きましたし。ニコール・キッドマンは相変わらず大変、大変お綺麗だったし、他に何っにも期待していなかった割にはそれなりに楽しませて戴きましたけど。
のっけから、インターネット上でカタログで探すみたいにして嫁を探す、みたいなことをやっていた主人公には全然シンパシーを寄せることができなかったのだが、彼があんまりにも要領の悪いお人好しなので、そのうち可哀相になってきてしまった。この映画に最後までついていけたのは、ひとえにこういったキャラクターの作り方の面白さかなぁと思った。
ちょっと惜しかったところ :
しかし、話は先が読めてしまって、本っ当に平凡だったかもしれない……。
その他のみどころ :
主人公の銀行員以外は皆ロシア人という設定なので、英語も相当なまりが強いし、英語じゃない科白もたくさん出てくるのですが……彼等は本当にロシア語を喋っているので ? だとしたらかなりすごいと思うんですけど。
コメント :
予告編を見た時に「あ、ホアキン・フェニックスが出てる♪」と思ったらベン・チャップリンさんだった。某映画雑誌でも、この二人はキャラがかぶっていると指摘されていた……ま、お二人とも、頑張って戴けるといいのですが。(でもやっぱりホアキン君の方が好き。)

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【8人の女たち】四星半

一言で言うと :
雪に閉じ込められたあるお屋敷で起きた殺人事件。妻や娘、義理の母に妹、そしてメイドたちといった8人の女たちのうち、犯人は一体誰なのか !? かつて短編の旗手と呼ばれ、最近では【まぼろし】などの作品で進境の著しいフランソワ・オゾン監督の最新作。主演の8人の女性を演じるのは、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール、ファニー・アルダン、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、ダニエル・ダリュー、フィルミーヌ・リシャールといった、フランスを代表する女優さんを集めたような豪華な顔ぶれ !
すごくよかったところ :
何せ主演女優の8人が豪華すぎる ! この総ての女優さんのそれぞれに見せ場が用意されている上に、様々な組み合わせによる絡みのシーンも見応え充分。しかも、何と全員が、振りつきで歌まで歌ってしまったりする。(ストーリー上意味のある内容の歌になっているので、てっきりこの映画用に創られたものだと思いきや、全部昔のシャンソンなのだそうな。)いや~これは深い。あんまりにも味が濃すぎて、1回観たくらいでは全然味わい切れていないような気がするのが、難点と言えば難点か。
監督は、アガサ・クリスティふうの筋書きのある古典的な密室推理サスペンスでコメディを創りたかったそうなのだが……(一体どんなんだそりゃ !? )、お互いのアリバイは次々とひっくり返され、ヤバい秘密がどんどん暴かれて、そして事件の顛末にはあっと驚かされてしまう……観客は目を白黒させ、時には引きつったように笑いながら、ただ呆然と画面に見入るしかない。
個人的にスキだったところ :
8人の女優さんの中で誰に一番シビれたか ? 映画を観た人それぞれに思うところがあるだろうけれど、私はやっぱりファニー・アルダン様 ! 生まれてこの方、女性の色香に感動したことなんてただの一度もなかった私だが、彼女の醸し出すフェミニンな佇まいだけは別格だった ! 世界一敬愛するルイス・ブニュエルの主演女優だったカトリーヌより、同じく世界一敬愛する大島渚の主演女優だったシャーロットより(オゾン監督の前作【まぼろし】のヒロインでした)、何たって彼女が一番です !
もう一人、どうしても取り上げておきたいのは、他のメディアでは多分扱いが一番小さくなる傾向があるだろうフィルミーヌ・リシャールさん。彼女が主演していた1989年の【ロミュアルドとジュリエット】は、私の大好きなコリーヌ・セロー監督の作品で、人種・職業etc.……様々な条件に隔てられた男女がロミオとジュリエットよろしく障害を乗り越えて愛し合うようになる、というとっても素敵なお話なんですのよ。相手役は今や超売れっ子のダニエル・オートゥイユ。皆様、機会があったら是非一度チェックしてみて下さいね。ち なみにコリーヌ・セロー監督は、1985年の【赤ちゃんに乾杯 ! 】というヒット作の監督さんでした(これがハリウッドでリメイクされて、これまた【スリーメン&ベイビー】という大ヒット作になった)。ここ10年ほど日本に作品が来ていないのが哀しいのですが、これを機会に再評価……して戴けないものでしょうか、どこかの配給会社の方。
監督さんへの思い入れ度 : 70%
個人的にニガテだったところ :
映画の美術やファッションなどは50年代を意図して創られているそうだが、原作は60年代に書かれた戯曲だったのだそうで(確かに全編、ドラマというよりはお芝居を観ているようだ)、そう言われてみて初めてかなり腑に落ちた点は、女性なるものの捉え方があまりにもシニカルでステレオタイプに過ぎるんじゃないかということだ。例えば、イザベル・ユペールが怪演する行かず後家の妹など、あそこまで類型的なオールド・ミスのイメージなんて、今時ギャグですらありえないんじゃない ? レズビアンの描き方なんかも、かなり安易でいい加減だったような気がするし。
一方、殺されてしまった一家の主(あるじ)の男性だって、(株のブローカーなんて職業だってあんまり堅気とは言えないだろうし、)よく考えてみれば思いきり若い女を愛人にするわ何やかにやで、結構好き放題やっているんじゃない ? この場合、男と女のどっちが悪いかなんて最早ニワトリタマゴ。なのに男性の方が被害者だと言い切って突っぱねるなんて、かなり挑戦的だよねー。そもそも、男性の不在によって男性の存在を際だたせる、というコンセプト自体、もともと男性の側から見た視点の話でしかありえないだろうし。
しかし、これでも原作よりはかなり手を加えて、随分ましなトーンにしてあるらしいのだけど。監督としては、昔のそういった類型をある種の様式と捉え、それを土台に各女優さんの個性を加味して膨らませて遊んでみる、といった考えで役を動かしているようなのだ。
コメント :
つまりは、この作品自体、綿密な作意によって組み立てられて練り上げられた非常に人工的な映画なのであって、自分の映画的興味だけに思いきり耽溺してこんな映画を創り上げてしまうオゾン監督は、本質的に怒涛のシネフィル野郎なのだということが、今回よっく解った。
多分に偏見も入っていることだろうが、伝統的なシネフィル的発想って所詮、映画オタク的な観念ばかりが先行して人間のリアルな姿に迫ることが出来ず、非常に薄っぺらくなってしまう場合も少なくないのではないか。(それでもって時折、古典的な男性中心的な視点というものから逃れられないことも少なくない。)短編では評価の高かったオゾン監督がどうして長編では精彩を欠いていたのか、その辺りに原因がありそうな気がしてきたのだが(短編は、長編と違って発想一発で鋭い切り口のものを創ることできるからね)、【まぼろし】以降のオゾン監督は、そこに女優さん本人の存在感やリアリティを組み込むことによって(その過程で脚本の執筆に女性に加わってもらう等の工夫もして)、その問題を回避しようとしているように見えてきた。そのやり方は、古今東西の(男性の)監督さんが使ってきたのと同じ手なのかもしれないけれど。
しかし翻って考えてみるに、日本のシネフィル系の監督さん(誰とは申しませんが)が好きそうな昨今の女優さん達に、果たして映画を背負って立たせるほどのリアリティ、あるいは存在そのものの面白さがあるんでしょうかしらねぇ ???
……長々と書いてきましたが、この際難しいことは抜きにしましょう。映画をたくさん観る人も、そうでない人も、この映画の突拍子のなさは純粋に楽しむことができるんじゃないかと思います。

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【ハリー・ポッターと秘密の部屋】四つ星

一言で言うと :
お馴染み、【ハリー・ポッター】シリーズの第二段。
すごくよかったところ :
よく言われていることだと思うけど、今回は設定を一から説明する必要がなく、ストーリーだけに集中できるから、流れがよりスムーズに感じられる。総てが必要なエピソードで無駄な伏線が一つもなく、お話を無理なく追っていけるのが心地よい。全体的に、前作のクオリティを落とすことなくより高めていくような良心的ないい仕事がなされており、エンターテイメントとして非常に完成度の高い作品に仕上がったと思われる。
その他のみどころ :
屋敷妖精というCG合成のクリーチャーが出てくるのだけれど、こいつが、自分が情けないからと壁が壊れそうになるほど頭を打ちつけたりするような、やたらと自虐的なキャラクター。アメリカ人にはウケそうにないこういったキャラを結構大切な役まわりで登場させたりして(アメリカのマーケット的に)大丈夫なのかしら ? とはウチの妹の弁。
あまりよくなかったところ :
今回のこの映画、残念ながらクモやヘビの嫌いな方にはあまりお奨めできません。特にクモ嫌いの方には一生のトラウマになりそうなシーンが……キャー !!
個人的にニガテだったところ :
本作の撮影の後お亡くなりになってしまったという魔法学校の校長役のリチャード・ハリス氏ですが、映画の中でも実際かなり痩せていらして、声なども相当しわがれている様子だったのが、見ていて何とも痛々しかったです……。氏の御冥福を心よりお祈りしたいと思います。
コメント :
クリス・コロンバス監督、お疲れさまでした。次回作からは監督が【天国の口、終わりの楽園。】のアルフォンソ・キュアロンに代わる予定だそうですが、現在のこのクオリティをいい意味で保ちつつ、また一味違った切れ味を見せて戴けるものと期待しております。
さて、初日の動員の成績が良かったということで、もしかしたら【タイタニック】の興行成績の記録を抜くのでは !? なんて気の早い予想も一部ではなされているようですが……しかし、確かに観客層が広い点では【ハリポタ】の方が若干有利だとは思うけれど、【タイタニック】の時には、5回や10回は当たり前、なんてヘヴィなリピーターがゴロゴロと続出していたことを忘れてはなりません。果たして【ハリポタ】はそういったタイプの映画でしょうか ? いくらいい出来だとは言っても、さすがに【タイタニック】を抜くのは難しいだろうと、個人的には踏んでいるのですが……。(予想が外れたらごめんなさーい ! )

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【遥かなるクルディスタン】四つ星

一言で言うと :
トルコ人の女性監督イエスィム・ウスタオウルが、国内のクルド人問題に目を向けて制作した一編。
イスタンブールに暮らす地方出身者のメフメット(ニューロズ・バズ)は、クルド人のベルザン(ナズミ・クルックス)と知り合い友情を育む。身に覚えのない罪で誤認逮捕されたメフメットは、浅黒い肌の色からクルド人に間違われたのか非常に厳しい取り調べを受け、一週間後に釈放された時には家も仕事も失ってしまう。この窮地に救いの手を差し伸べてくれたのもベルザンだった。しかし、政治運動に関わっていたベルザンは、あるデモに参加した際に警察に捉えられ、拷問を受けた挙げ句死亡してしまう。メフメットは、ベルザンの遺体をベルザンの故郷まで運ぼうと決心した……。
すごくよかったところ :
トルコ国内の一部でクルド人が弾圧されているという状況の話は時折聞き及ぶことがあるのだが、同じトルコ人の手によってこのような作品が生まれてくるような土壌も一方で培われているというのが興味深い。
この映画から政治的な側面は外せないにしても、まずは主人公のメフメット君の力強い成長物語として描かれているのが、見応えがある。
個人的にスキだったところ :
本作にはもう一人、メフメット君の彼女(ミズギン・カパザン)という人が重要な人物として出てくるのだが、この女の子は、厳格な両親に従わなくてはならない立場ながらも(多分トルコではそういうのが普通なのでは? )、自分の目で見た物事を自分の考えで判断しようとする姿勢を確かに持っているように見受けられる。ウスタオウル監督は、この女の子の姿の中に何らかの将来への大きな期待を込めているのではないだろうか。
その他のみどころ :
イスタンブールってこんなところなのかなぁ。観光都市としてではなく、生活する場としてのイスタンブールに置かれている目線が、とても新鮮に映る。
ちょっと惜しかったところ :
邦題にある“クルディスタン”とは“クルドの国”という意味なんだそうで、そう聞けばこの放題もそれなりに納得できるのだが、第一印象ではちょっと抽象的なんじゃないかなぁと感じてしまった。それだとちょっと勿体ないですよね。
コメント :
本作中ではクルド語とトルコ語が両方話されているそうなのだが(聞いてても全然分かんないんですが)、それらの言葉の使い分けは、シーンによってはかなり重要な意味を帯びてくるのではないかと思う。そこのところがもう少し分かるような工夫が字幕上にあると一層よかったのだけれども。

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【マルタ…、マルタ】三つ星

一言で言うと :
フランスの女性監督サンドリーヌ・ヴェッセ(【クリスマスに雪はふるの ? 】他)の最新作。両親の愛に恵まれずに育った女性マルタ(ヴァレリー・ドンゼッリ)の不安定な心情を描く。
個人的にニガテだったところ :
なんかこれは、親に愛されなかったーって、いつまでもスネてダダをこね続ける女の人のお話なんですかしら。申し訳ない、こりゃ個人的に全く駄目です。
得られない親の愛なんて適当なところで見限って開き直るしかないでしょう。ましてや、旦那(ヤン・ゴヴァン)や子供(リュシー・レニエ)こさえてまでやってることじゃない。妻の怠惰さにも愚痴にも不品行にもすべて目をつぶってあそこまで献身的に尽くしてくれる旦那も、何度も放っておかれてもそれでも自分を一身に愛してくれる可愛い子供もいて、一体何が不満なのだ。幸せにしてあげる決心がないのなら、結婚や子作りなんてしてんじゃない。自分の心の洞穴なんて、真正面から対峙して埋める覚悟を持たなきゃ永遠に埋められる訳がない。それとも何か、永遠に不幸で悲劇的な自分を演じ続けてヒロインっぽい気分に浸っていたいのだろうか ? 自分を甘やかすのもエエカゲンにしなはれ。
かなりよかったところ :
とて、これはそういう人を描いた映画だからこれで正しいのかしら。こんな奥さん、実は日本にもごろごろしてるんだったりして……ひぇ~っ !!
コメント :
自分のスタンダードを人に押し付けるのは本来正しくないだろうとは思うのですが、でもこれは、自分自身がかなりテンパっている部分に近い領域の話なので、寛容になるのが難しかったのだろうと思います。どうも申し訳ありません。しかし要するに、少なくとも私はこの映画に感動することは出来なかったということです。

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【水の女】四つ星

一言で言うと :
何か重要なことが起きる時には必ず雨が降るという雨女の涼(UA)。父と婚約者を事故で失い、家業の銭湯を売ることを考えていた矢先、火を見ていると落ち着くという不思議な男(浅野忠信)と出会った……。TVやCFのディレクター出身の杉森秀則監督の映画第一作。
かなりよかったところ :
ヒロインをUAさんに宛て書きしたというだけあって、まず始めにUAさんありきで、ある種の独得の世界観を作りたかったのだろうなぁと思わせる映画。UAさんは、うまい下手ではなくて(というか、正直言ってとても上手だとは思えないけれど)、そのナチュラルなキャラクターの存在感でひたすら見せる。古い銭湯という場所立ても、時々挿入される雨や森といったモチーフも、他の登場人物も、彼女の関西弁も、総ての要素がその目的のためにあるのだと感じさせる。
ちょっと惜しかったところ :
そのUAさんの喋り方やキャラクターなどと相性が悪く、鼻につくと思ってしまったらもうどうしようもないだろう。
個人的にニガテだったところ :
このクライマックスだけはちょっと安物のホラーみたいで、ギャグだと思ってしまったな。折角ラストまで持ってきてその展開は……もう少し工夫のしようがなかったのかしら。
コメント :
全体的にはそれなりの雰囲気が構築されていて、悪くはないと私は思った。ただ、ヒロインと浅野君と他の二人のキャラクターに風火水土の四大エレメントの性質がなぞらえてある、というどこかで読んだ解説については、見ていてもあまりピンと来なかったのですが。監督さんの思い入れが何割かは実現されている、といったところなのでしょうか。

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【ラストシーン】三星半

一言で言うと :
1998年に監督した【リング】のハリウッド・リメイク版が現在公開中の中田秀夫監督の最新作。今回はホラーではなく、映画の撮影所文化の変遷や映画制作に対する郷愁などを描く。
一般にもテレビの普及し始めた1965年頃、映画界は大きな転機に差し掛かりつつあった。スターの三原健(西島秀俊)は共演女優(麻生祐未)の引退により第一線を退くことを余儀なくされるが、同じ時期に妻(若村麻由美)を交通事故で失ってしまう。35年後の2000年、往年とはかなり趣きの変わった撮影所で小道具係として働くミオ(麻生久美子)は、やっつけ仕事が横行しがちな業界の中で徐々にやる気を失いかけていた。が、あるテレビドラマ映画の撮影中に、端役を演じるためにやって来た老いた三原(ジョニー吉長)と知り合って……。
あまりよくなかったところ :
そもそも老人はどうして今頃の時期になって映画に出る(出られる)ことになったのかとか、小道具係のミオは老人の何がそんな気に入って思い入れるようになったのかとか、ストーリーのところどころで(敢えてなのかもしれないが)細かな説明が加えられていない部分があるのが、どうしてもちょっと唐突な印象を与えてしまう。クライマックスで突然、皆が悟ったように協力的になったりするのも、御都合主義な印象を残してしまうような気がした。
かなりよかったところ :
私は多分、日本映画がどん底にまで冷え切って一番つまらなかった時代に映画を観始めたので、はっきり言って、かつて栄えていた映画撮影所の文化というものに全くノスタルジアは感じないし、基本的にそれほど興味がある訳でもない。それどころか、映画の業界人が昔は良かったと愚痴りながら世間から隔離された撮影所という場の中に安住し続けようとしたことが、日本映画の衰退に拍車を掛ける一つの遠因になってしまったのではないかとすら思っているくらいで。
だから観る前は、彼等が「撮影所の中に(だけ)“本物の”映画があった」などと百年一日のごとく懐古しながら映画愛とやらを語るだけの内容なら、正直言ってあまり気に入らないだろうと想像していた。けれど意に反して、案外最後まで退屈も白けもせずに見ることが出来たというのは、現在の不十分な環境下でも精一杯の仕事をしようとする一部の人の姿勢や、将来に繋げていきたいとする視点などの方に主眼が置かれた作りになっていたからなのではないかと思われる。
コメント :
中田監督は世代的には私とあまり変わらない方の筈だが、昔の体制が終わりかけている時代の撮影所で少し働いた経験をお持ちなのだそうで、だからこのような映画を作る気になったのだろうけれど……いや、どうしても失われていってしまうものを今更憂えたって仕方ないじゃんと、私はやっぱりどこかで思ってしまうのよね。

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【理髪店主のかなしみ】四つ星

一言で言うと :
【800 TWO LAP RUNNERS】【東京ゴミ女】の廣木隆一監督の最新作。マゾヒスティックな欲望を隠し持つ理髪店の店主(田口トモロヲ)が巻き込まれる悲劇的な騒動を描く。
かなりよかったところ :
ちょっとレトロな感じの理髪店の店主が好きになった女性(須之内美帆子)が、少々、というかかなり訳ありだった、という話で……。田口さんの演じる理髪店主は、多少変態が入っているといっても基本的には相手に総てを捧げようとする純愛で、そのむくわれなさが文字通り、そこはかとないかなしみを醸し出す。
個人的にスキだったところ :
そんな店主に対して思いを寄せる女性(ひふみかおり)もいたりする……何故かプロの“女王様”なんだけど。でも、こっちの方が気立てもよさそうだし実は気も合いそうで、こっちにしときゃいーじゃんと思うのに、思う人から思われず、というのは世の理(ことわり)なんでしょうかしらねぇ……はぁ。
脇を固める柄本明さんの、堂に入った変態ジジイぶりが秀逸。こんなタイプの役柄もこなすとは、この人も本当にフットワークが軽くていい味出してるなぁ。柄本さんの部下役の千原兄弟(注 : 吉本のお笑い芸人さんです)・兄の靖史さんも、キャラクターに合った役柄でなかなかよかった。弟の浩史さんには既に主演作もあったりするのだが、弟さんに引き続きついに本格的に映画参入を果たす算段なのでしょうか !?
その他のみどころ :
日本一出演作の多い俳優さんの一人である田口トモロヲ氏ではあるが、主演となると【鉄男】以外はすんなりとは思いつかないかも……その氏の紛うことなき主演作というだけで、これはなかなかに貴重だ。ちなみに、本作の廣木隆一監督は、田口氏と並んでこれまた日本一出演作の多い大杉漣さんの初主演作【不貞の季節】を監督した方でもある。田口・大杉両氏の主演作を完全制覇、それはかの三池崇史監督ですらまだ成し遂げていない快挙かもしれない !
監督さんへの思い入れ度 : 40%
ちょっと惜しかったところ :
まぁ題材が題材なので、万人にお勧めするのは難しいかもしれないのだが。
コメント :
評論家の塩田時敏さんが、本作こそ真性【美脚迷路】だ、みたいなことを某誌に書いていらっしゃったのだが(【美脚迷路】も廣木監督の最近作です)、本作は確かにかの作品よりもよく出来ていたかもしれない。しかしそれにしてもキレーな脚だなぁ。監督さんはやっぱり足フェチ……なんですかね。ちなみに私は、足フェチの映画監督と言えば真っ先にルイス・ブニュエルを思い出します。まだ未見の方がいらっしゃったら【小間使の日記】のエグい世界を是非お試しあれ。

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