Back Numbers : 映画ログ No.65



【AIKI】四星半

一言で言うと :
あと少しでボクシングのタイトルが取れそうだった青年(加藤晴彦)が、自動車事故に巻き込まれ、下半身不随となってしまう。自暴自棄になり、しばらくは自堕落な生活を送っていた青年だったが、周囲の人々のさり気ない励ましや、何よりも合気道に出会ったことにより、もう一度新たな自信を獲得していく……。一連の今村昌平監督作品の脚本や、障害者プロレスを扱ったドキュメンタリー【無敵のハンディキャップ】などで知られる天願大介監督の、ほぼ10年ぶりの劇場公開作品。
すごくよかったところ :
本当に素晴らしい映画は、しばしば、特定のジャンルに関連づけて考えるのが難しい場合があるものだ。この映画を「何だ“障害者もの”か」とか言って敬遠してしまう人がもしあるとすれば、その人はあまりに勿体ないことをしてしまっていると言わざるを得ない。この映画は、ある一人の青年が絶望してまた立ち直るまでを描いた直球勝負の“青春もの”でもあるだろうし、ある女の子との恋を描いた“恋愛もの”でもあるだろう。そして題名にもなっている通り、主人公が合気道にのめりこんでいく様を描いた“スポーツもの”であるという側面も勿論外せない。しかしジャンルやテーマは何であれ、この映画はあくまでもエンターテイメントとして成立している、というところが凄いんじゃないかと思う。
主人公はもっと一足跳びで合気道に入っていくのかと思っていたら違っていて、生きる目標をいきなり奪われて、底が見えないくらいに際限なく落ち込んで、そこから手探りでほんの少しずつ浮上していって、最後にやっと打ち込めるものに出会う、といった過程が、物語の半分以上を使って非常に丁寧に描かれていた。そこには、加害者側との軋轢や、家族やそれまでの友人達との感情の齟齬など、きれいごとや理想論では済まない話もあまりにたくさん出てくる。そういった部分も誤魔化すことなくしっかり捉えようとしている姿勢が、大変誠実に映って、印象に残った。
車椅子を自在に操って試合に臨む主人公の姿、これがなかなかカッコいいのだ ! 天願監督は、車椅子で合気道をするオランダ人の選手の方と実際に御友人なのだそうで(このオーレ・キングストン・イェンセン選手の映像はエンディングロールのところに出てきます)、つまりこの主人公の話は絵空事ではなく、ある種、実話の映画化なのである。主人公が自分をチームスポーツ向きとは思っていないから、普通のいわゆる障害者スポーツでなく敢えて格闘技系の何かにこだわった、という設定も面白いと感じたが、その中でも“相手の存在を一旦全部受け入れて、相手の力を利用することによって技を掛ける”ことを極意とする合気道が選ばれたというのは示唆的だと思った。
今にも自殺をしかねない様子の主人公に「一年間生きてみろ」と語り掛ける車椅子の火野正平さん、偶然知り合って主人公を気に入り、飲みに誘ったり仕事を与えたりするテキ屋のおやじの桑名正博さん、そして主人公が入門する合気道の師範の石橋凌さんなど、主人公を取り巻く周囲の人が皆、大変に魅力的だ。主人公の唯一の肉親で、誰よりも主人公を心配しているに違いないのに気丈に振る舞う姉役の原千晶さんも忘れちゃいけない。そして誰より、主人公が心を寄せる自由に生きる女性であるともさかりえさんの素敵なことと言ったら ! (しかし巫女さんのバイトをしている流れギャンブラーって、一体どういう設定なのよ ? )
でも何と言っても、この映画の魅力は主演の加藤晴彦さんの存在を抜きにしては決して、決して語れないことだろう。黒沢清監督の【回路】で主演していた時も思ったけれど、テレビのバラエティなどでお見掛けする時にはどっちかと言うとちょっと頼りなさそげな(?)いかにも今時のあんちゃん風な風情なのに、スクリーンで観たらその方が俄然光彩を放っているなんて、そんな佇まいを持っている役者さんは昨今ではなかなかいらっしゃらないですよ。加藤さんはこの映画のために合気道もボクシングも車椅子も猛特訓なさったのだそうで(ボクシングなんてワン・シーンしかないというのに ! )、特に車椅子など、実際に車椅子生活をしている方が御覧になっても上手いと思うほどにまで上達しているのだとか。監督も、加藤さんの根っこの意地っ張りで男っぽい部分を信じてこの役をオファーしたとおっしゃっているのだが、私も今回、加藤さんが見せる存在感の芯の強さみたいなものに、すっかりホレ込んでしまいました !
その他のみどころ :
永瀬正敏さん、松岡俊介さん、佐野史郎さん、我修院達也さんといった方々がゲストとしてピンポイントで出演していますのでお見逃しのないよう。
監督さんへの思い入れ度 : 70%
コメント :
天願監督はついにホームランをかっとばした ! これで、今村昌平の息子っていうお決まりの但し書きからも、ついに本格的にオサラバできることでしょう。いやぁ、よかったよかった。

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【アイリス】四つ星

一言で言うと :
イギリスで最も素晴らしい女性と讃えられた作家のアイリス・マードック。長年連れ添った夫のジョン・ベイリー教授は、晩年になって彼女がアルツハイマーに侵されても献身的に尽くそうとした……。イギリスの著名な舞台演出家リチャード・エアが監督を務める、実話の映画化。老いてからのアイリスとジョンをジュディ・デンチとジム・ブロードベントが、回想シーンの若い頃の二人をケイト・ウィンスレットとヒュー・ボナヴィルがそれぞれ演じる。ジム・ブロードベントは本作でアカデミー助演男優賞を受賞した。
すごくよかったところ :
美貌と才気に溢れ、奔放に恋愛をしていた若い頃のアイリス。一方のジョンは一見冴えないタイプだったけれども、アイリスはジョンの深い知性と包容力を見抜いて、次第に彼を愛するようになる。この若い二人が精神的に強く結び付いていく様が丹念に捉えられているのが、何とも輝いている。
この若い頃の二人と老境にある二人の姿を対比させることによって、彼等が共に過ごしてきた長い年月が自然と浮かび上がってくるような構成が巧みで見事だ。しかし、若い頃の二人があまりにも生き生きとしていて、お互いへの真摯な理解に支えられた彼等の結び付きがあまりにも貴重で、共に過ごしてきたその年月がいかに実りの多いものであったかということが明らかになればなっていくほどに、彼等の絆の根底にあった知性というものが崩れ去っていくという状況が、更に絶望的なものに映らざるを得ない。
しかし、老境のジョンのアイリスに対する献身は、そんな絶望すら達観するしかないような一つの境地を指し示しているように見える。その境地を何と呼んだらいいのだろう、愛という言葉すら陳腐に聞こえてしまうのに。
コメント :
とは言え、年齢的にはまだかろうじて若い二人の方に近い私は、正直言って、この映画に描かれている境地を実感としては捉え切れていないところがあるのではないかと思われてならない。私は彼等ほど人生の年月を重ねてきた訳ではないからだ。老境の二人に近い年齢の人々の方が、この映画を本当に味わうことができるのではないのだろうか。
なので、私がこの映画を見て得た一番の感想はもっと卑近な話。見掛けその他にダマされないで正しい夫を選ぶことの出来たアイリスさんは、いかに賢い人だったかということだ。

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【いたいふたり】四つ星

一言で言うと :
PFF(ぴあフィルムフェスティバル)出身の斎藤久志監督の最新作。あらゆる体の痛みが何故かお互いに伝わってしまう新婚カップル(西島秀俊、唯野未歩子)の顛末を、オフビート感覚で描く。
すごくよかったところ :
斎藤久志さんという人は、息が詰まってしまうようなどろどろの人間関係しか描けない監督さんなんじゃないのだろうかと、何となく思ってしまっていた。でもこの映画……このあっかるいノリは一体何 !? もしかしてこれってコメディなの ?
主人公の超ラブラブの二人の雰囲気が何ともいい感じ。なのに、旦那の方が生来のどうしようもない浮気者で、彼女は内心、それをどう考えていいか分からない様子。その二人に何とか近づけないかと逡巡する片思いの人々、更に周りの妙なカップル達……ちょっと煮詰まり加減になりかかっているところも部分的には無きにしもあらずだとしても、基本的には軽めのタッチの、不思議な空気感のあるヘンなお話だったんじゃないかと思う。
主人公の西島さんも唯野さんも、今まで見てきた中では一番スキな演技だった ! あと“片思い同盟”の中の、実直なんだか下心丸見えなんだかよく分からない鈴木卓爾さんの何ともナサケナイ風情が絶品 ! 周りのカップルでは、編物少年を愛人に持つ社長(近作【理髪店主のかなしみ】の廣木隆一監督 ! )の、微笑ましいんだか容赦ないんだかよく分からない風情が笑えてしまう。あと、西島さんの元同級生(川越美和)の旦那役の【ゆきゆきて、神軍】の原一男監督が……コ、コワイ。こういう思い込みの激しいゲージツカの人って本当にいそうかも。
監督さんへの思い入れ度 : 30%
ちょっと惜しかったところ :
どちらかというと雰囲気を楽しむような映画なのだろうから、ストーリーなんてあってなきが如きでもいいのかもしれないけれど、もうちょっとだけ流れがはっきり見え易ければ映画としての輪郭がもっとダイナミックになって、より多くの人に遡及し易くなると思うのですが、いかがでしょう ?
コメント :
男性は陣痛と同じだけの痛みを受けたとすると耐えられなくて死んでしまうという説が確かにありますが……で、ふと思ったのだけれど、もし男性もみんな陣痛を経験することが出来るなら、世の中の戦争のほとんどは消えて無くなってしまうんじゃないのかなぁ。たった1つの命を産み出すことすらそんなにも大変なのだと、自分の身をもって実感することが出来るなら、命を浪費しようという発想にはなかなか行きつきにくくなると思うのだけれども…… ?

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【《英国職人アート・アニメーション特集》】四つ星

一言で言うと :
お馴染みのアードマン・アニメーションズの超人気シリーズ“ウォレスとグルミット”の最新短編集『ウォレスとグルミットのおすすめ生活』からの6本、クレイ・アニメーションの犬たち(?)のシュールな世界が展開する『レックス・ザ・ラント』の2本、平面の世界と立体の世界を行き交う新感覚アニメ『フラットワールド』の3作品をビデオ上映する。
かなりよかったところ :
『ウォレスとグルミット…』は今回ニック・パークが監督ではなく(脚本には参加)、それぞれの作品も非常に短いけれど、珍妙な発明品に振り回される二人(?)の相変わらずのキャラクターとトボけた味は健在で、やはり一見しておく価値はあるように思われた。
『フラットワールド』は、以前CSの映画番組で見掛けたことがあった。正確な手法はよく分からないけれど、切り紙をそのまま動かしているような正に平面的な世界と、もう少し立体感のある世界(セルアニメ?)を交錯させて、今までに見たことのなかったような斬新な画面を創り出しており、初めて見る人はびっくりしてしまうのではないだろうか。
個人的にニガテだったところ :
これは本当に好き好きの範疇だと思うけど、『レックス・ザ・ラント』のキャラクター造形にはクセがあって、実は私はちょっと苦手でして……。
『ウォレスとグルミット』への思い入れ度 : 120% !!
コメント :
『ウォレスとグルミットのおすすめ生活』は、アードマンからVHSやDVDで直売するために作られた全10本シリーズのようで(イギリスと日本は多分規格が違うから買っても見れないでしょうが)、日本ではオフィシャルサイトで年明け辺りから順次有料公開されていくようです。ただしWindowsのみ。うちはMacだからどのみち見れないみたいなので(とほほ……)、今回のこの上映はありがたかったということになりますか。

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【SFホイップクリーム】四つ星

一言で言うと :
2035年、温暖化と人種の混在化がうんと進んでしまっている地球。不法滞在の宇宙人に拾われて育った地球人のKEN(武田真治)は、何故か育ての親の星に強制送還されることになってしまう……。最早“ピンク四天王”といった冠も懐かしい感のある瀬々敬久監督の新作は何と、旧ソ連のB級カルト映画【不思議惑星キン・ザ・ザ】にインスパイアされたSFだった !
ちょっと惜しかったところ :
思いっきり手作り仕様の宇宙船 ? 「ワラワラ」としか喋らない宇宙人(=どこの国の人でもOK ! =その辺で集めてきた感じの ? 非白人系の外国人ばっかり)に、周りは砂漠、のロケセット。うーん、金掛かっていなさそー。これぞ【…キン・ザ・ザ】張りのチープな魅力って訳 ? ……もしかして、万人に手放しで勧めるのはちょっと難しいかしら ?
すごくよかったところ・個人的にスキだったところ :
例えば、放射能で汚染された地域に住み続ける老夫婦というモチーフには【ナージャの村】みたいなドキュメンタリー(注 : チェルノブイリの事故で汚染された居住禁止区域に住み続ける人々を映している)を思い出してしまうし、地球温暖化や人種の混在化、“強制送還”といった細かい設定の隅々にまで、監督の主義主張が色々と込められているように感じられる。
武田真治さんの演じるちょっとC調な主人公もよかったけれど、主人公を星に移送するかなりアブない移送官の松重豊さん(怪しげな長髪だったから松重さんと気づかなかった ! つい先週には【刑務所の中】で丸坊主にしてたのに……)の方が、役柄的にはもっとおいしかったかも。自分の欲望だけに忠実なように見えながら、その実、組織のしがらみが体のどこかに染み着いていて捨てられない、というキャラクターには、作者の思い入れが投影されているような気がする。
私が最初に観た瀬々監督の映画といえばそりゃあもう暗くてぜーんぜん救いのない世界だったけど、そんな中にも、ある種のエネルギー(しばしば性的なエネルギーである場合もある)を以て停滞した状況を一点突破しようとする人々、といった基本線は、考えてみれば変わらずにずっとあったのかもしれない。それがよりポジティブな方向に表された作品もこれまでにいくつかあったとは思うけど、ここまでポップな方向に寄っていくというのは、正直言って意外なほどだった。
今回はケルトっぽい曲なども多用して、その軽快なテンポを形作るのに貢献している安川午朗さんのサントラは、相変わらず冴えています !
監督さんへの思い入れ度 : 90%
コメント :
今年の瀬々監督は、やって来た仕事はこだわらずに何でも引き受けて作風を広げよう、とチャレンジしているみたいに見えた。でもインタビューなんかをちらっと読んだ限りでは、考えていることの根っこは相変わらず超生マジメ。う~ん、監督って、いくらポップに寄ったってポップそのものには絶対になりきれない気がする。でもそれがらしくって好きなんだけどね。

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【火山高】三つ星

一言で言うと :
所有すれば絶対的な権力を獲られるという秘伝書をめぐり教師や生徒達の戦いが続く火山高に、強大な“気”を持つ一人の転校生がやってきた……。【マトリックス】ばり(?)の特殊効果を駆使して描く、韓国発の学園アクション。
かなりよかったところ :
すごい実力を持つくせにおちゃらけたふうに振る舞いたがる2枚目半の主人公、剣道部主将の学ラン姿の凛々しい美少女、対立組織の番長や狸オヤジの校長などなど、キャラクターもマンガチックなら、学園の覇権を争うという設定もあくまでも漫画的。こんな伝統的な学園マンガの世界を【マトリックス】でアレンジしてみようじゃーん ! のアイディア一発で押し切ってしまっているのが、いっそすがすがしい。色味をちょっと落としてVFXをバリバリに加えて加工しまくった画面が、こんな非現実的な世界によく合っているかも。
ちょっと惜しかったところ :
勢いはすごくあるんだけれども、ストーリーの大まかな流れは(見る前から)大体決まりきっているし、後半の戦いのシーンかなんかも一本調子になってきてしまうので、どうしても飽きてきてしまう。
コメント :
映画に出てくる韓国の学校の様子って一見、日本のステレオタイプな学校のイメージとほとんど変わりがないし、劇中の人物紹介には(字幕版でも)日本語のテロップを使っていたりするので、日本語吹き替え版を見ていると韓国製の映画だってことをうっかり忘れてしまうかも。(今の日本の映画界にこんなバカバカしい発想の映画をうっかり作ってしまえるほどの勢いや柔軟さがあるかどうかは別だけど。)やっぱり韓国って世界のどこよりも近~い国なんだわ、と実感してしまう。

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【ギャング・オブ・ニューヨーク】三星半

一言で言うと :
【タクシー・ドライバー】【レイジング・ブル】他で一時代を築いたマーティン・スコセッシ監督の最新作。舞台は19世紀中頃のニューヨーク。アメリカ独立以前に入植していた人々と、アイルランドなどからの新たな移民グループとの間の緊張と対立を描く。
かなりよかったところ :
当時のニューヨークを再現したセットや衣装などには重厚感があってよかったのではないかと思う。
お話の中で随一面白かったのが、ダニエル・デイ・ルイスの演じた古い入植者グループのボス的存在であるビル・ザ・ブッチャー。自分達のことをネイティブと呼び新しい移民は認めないという偏狭的な考えの持ち主で(現代人の目から見れば、彼等だって本物のネイティブ・アメリカン(いわゆるインディアン)から土地を奪取して居座っている移民であることに何ら変わりはないのだが)、新しい時代の政治組織などとは徐々に相容れない存在になりながらも、尚も隠然とした影響力を保ち続ける男。敵であっても敬意を払うような懐の深さを持ちながら、同時に情け容赦のない残酷さも合わせ持つ男。彼と、レオナルド・ディカプリオの演じる主人公の因縁がこのお話の要……というか、あれ ? もしかしてこの話って、レオ様よりダニーさんのキャラクターの方が重要になっていたりしない ?
あまりよくなかったところ :
というか、その主人公のビルに対する復讐話というのが、どうも中途半端でこじつけっぽくなっていると思ったのだが。話の半ばまでは主人公はビルに目を掛けられて、恩義を受けたり胸の内を明かされたりまでするのだが、中盤になるといきなり“復讐路線”に話を戻すべく、ビルを改めて憎々しげに見せる為の幾つかのエピソードが、ちょっとわざとらしいくらいに無理矢理挿入されていたりするのだ。
で、終盤に向けて何とか盛り上げを図ってはみたものの、クライマックスではあれれ ? といった方向に話が行ってしまい、ぷしゅーっと空気が抜けてしまった感じ。こりゃ一体何だったのよ。彼等はみんな名も無き歴史の一部になった、ということが言いたかったのかもしれないが、このお話の組み立て方は、全体的にちょっと稚拙すぎやしないですか ?
個人的にニガテだったところ :
キャメロン・ディアスは好きな女優さんではあるのだが、かなり現代的な美人顔なものだから、このお話の中では少し違和感を感じてしまった。もう少しクラシックな佇まいを併せ持つ別の女優さんをキャスティングするべきじゃなかったのかなぁ。
コメント :
最後まで一応それなりに退屈はせずには見ることは出来たけど、それは一にも二にも、ダニエル・デイ・ルイスの好演でビルというキャラクターに厚みが出来たおかげ。ミラマックスさんはこれで本気でアカデミー賞を取る気なのだとすれば片腹痛いわ。(すごーく好意的に見て、美術賞や衣装賞などの造形に関する賞、またはダニエルさんの助演男優賞なら可能性がなくはないかもしれないけど。)
しかし、ダニーさんはこの映画の後、本当にまたイタリアでの靴職人修行に戻ってしまうのかなぁ。彼こそはショーン・ペンやアル・パチーノ、デ・ニーロとだって充分に肩を並べられる稀代の名優だっていうのに。誰か、彼を本気で説得してまた映画に引っ張り出してやってくれよぉぉ。

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【クルテク~もぐらくんと森の仲間たち】三星半

一言で言うと :
半世紀近くもチェコの人々に愛され続けているズデニック・ミレル監督のアニメーション『クルテク』シリーズの50本以上に及ぶ作品のうち、厳選した7本をまとめて公開する。
“クルテク”とはチェコ語で“もぐら”のこと。同シリーズは絵本化されて世界各国で出版されており、日本でも『もぐらくん』シリーズとして数冊が出ているということだ。
かなりよかったところ :
簡略化された線にポップな色遣い。イラストをそのまま動かしたような美しい画面にシンプルなお話がとてもよく合っている。
本作が最初に作られたのは1957年とのことだが、今回公開されている最新作は何と1999年のもの。こりゃ日本で言えば『サザエさん』に張るくらいのチェコの国民的なスタンダードなのだな、と納得。いや、絵本として出版されている国の数からしてみれば、もっと国際的なスタンダードであり古典であると言ったって全く過言ではないかもしれない。
個人的にニガテだったところ :
しかし、クルテクの手が人間みたいな四本指になっているところだけは、どうしても気持ち悪いんですけれど……。
コメント :
チェコにもまだこんなアニメがあったのですか、知らなかった。世の中にはまだまだいろんなアニメがあるものだ。日本はアニメ大国を名乗りたいのなら、この際、世界中のありとあらゆるアニメーションを長編・短編問わずに全て網羅して公開してみる、くらいの勢いを持ってみてはいかがなものでしょう。

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【グレースと公爵】四つ星

一言で言うと :
ルイ16世のいとこオルレアン公爵(ジャン・クロード・ドレフュス)の元愛人の英国人女性グレース・エリオット(ルーシー・ラッセル)の回想録を基に、フランス革命の時期に生きた彼等の姿が描かれる。フランスの名匠エリック・ロメール監督の最新作。
すごくよかったところ :
ロメール監督は今回、当時のパリの街並を再現するのに、絵画をそのまま背景として用いてその中にCGで人物を溶け込ませるという実験的な手法を用いている。室内の描写もそれに合わせ、少しトーンを調整して絵画的なタッチに近づけてあるように思うが、これが得も言われぬ不思議な効果を生み出している。当時のパリを再現するのにはセット撮影では難しかったというのが監督の弁なのだが、御年80歳を越えてのこのチャレンジ精神はアッパレ !!
かなりよかったところ :
ロメール監督といえば、こじんまりとした身の丈サイズの物語の中に人間関係の機微を描き出すのが抜群に上手い、というのが身上のはず。この映画も、フランス革命を背景にはしているが、主眼が置かれているのはあくまでもグレース・エリオットという特別な矜持を持った女性の生き方と、彼女とオルレアン公爵の、恋愛関係をとっくに越えた特殊な友情関係だ。
どこをどう切ってもお貴族様以外の者ではあり得ないグレースさんには、持たざる者の怒りが革命に向かったのだということはついぞ理解出来ず、あくまでも革命を全面否定する熱烈な王党派であり続けた。そんな彼女の政治的信条の総てに与することは出来そうもないけれど、自分なりに信じる道を貫き、明らかに行き過ぎて横暴になり過ぎてしまった革命勢力に対しても毅然とした態度を取り続け、革命に理解を示した公爵に時には反目しつつも親愛の情を示し続けた彼女の姿は、一人の人間として非常に面白い。こんな女性が存在したのだ、と思うと、当時の時代がまた違った角度から見えてくるような気がする。
監督さんへの思い入れ度 : 50%
コメント :
フランス革命に関する知識が全く無いとなると、この映画、ちょっと辛いかもしれない。私の知識なんて『ベルサイユのばら』辺りで止まってしまっているけれど、それでもこの映画の背景を理解するのにはかなりの役に立ったかもしれない。ということで本作の副読本には『ベルサイユのばら』をお勧め致します。というか、今改めて思うけど、『ベルばら』って本当に偉大なマンガだったんだなぁ。一通りの時代背景をほとんどきちんと折り込んだ上で、オスカルだのアンドレだのといった架空の大河メロドラマを創り上げてうまく溶け込ませているんだもの。

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【刑務所の中】四つ星

一言で言うと :
銃の不法所持により服役した漫画家の花輪和一が実体験を基にして描いた同名の原作を、【月はどっちに出ている】などの崔洋一監督が映画化。
すごくよかったところ :
日本最後の秘境、と謳い文句にあるけれど、刑務所生活の実際なんて確かに、ただ単純に興味深いよね。
原作をちょっとだけ手に取ってみたけれど、あの独得の緻密な画風でみっちりと描き込まれている漫画の方には、どちらかというとおどろおどろしいまでの印象すら抱いてしまった。これがどうしてここまで軽やかで上品なユーモアを湛えた静かなトーンの映画になるのでしょう ? 原作は原作、映画は映画で、素材は全く一緒なのに全く別物の世界が創り上げられているように見受けられたのは、ひとえに監督の力量のなせる技なのではないかと思う。
あと当然のことながら、演じている役者さんの実力も相当にものを言っているに違いない。特に、原作者本人と思しき主人公を演じる山崎努さんの突き抜けたような調子の確信犯的な演技が、この映画のトーンを決定づけていると言っても過言ではないかもしれない。主人公と同室の4人(香川照之、田口トモロヲ、松重豊、村松利史)とのコントラストも絶妙だ。
お料理をテーマにした映画ですら、食べ物のことをこんなにも事細かく詳しく描写しているものは少ないんじゃないのだろうか。(これがまた、やたらめったら美味しそうなの ! )受刑者達が、単調な生活の中でごく原初的でシンプルな衝動に回帰している様が表されていて秀逸だと思う。
監督さんへの思い入れ度 : 20%
個人的にニガテだったところ :
しかしこの主人公がそもそもどうして刑務所に入ったかと言いますとねぇ……私は、(本当に人を殺せる)本物の銃を持っているのが嬉しいというガンマニアの人達の気持ちだけは永遠に分からない(というか分かりたくもない)だろうと思います……。
コメント :
生活のリズムを総て決められてしまうことや、四六時中監視され続けることや、単調な労働や、山のようにある規則に従わなければならないことなどに自分を適応させることが出来るなら、刑務所暮らしもそんなに悪いものでもないのかもしれない ? しかし日本の場合、それはシャバにいたってあんまり変わんないんじゃないの ? と誰かがどこかの寸評に書いていたのを読んでウマイ ! と膝を打った。この映画は、所詮ギチギチの縛りや規則が無いと生きられない日本人の姿を遠回しに揶揄してるんだって。ホントかどうかは知らないけれど、それも一理あるかも知れないな。

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【さゞなみ】三星半

一言で言うと :
温泉の水質調査員をしている女性(唯野未歩子)は、それまでの家族との関係などからか、自分の感情をどこかうまく表せないところがあった。ある時、仕事の関係でとある子持ちの男性(豊川悦司)と出会い、彼に惹かれていくのだが……。デビュー長編の【鉄塔武蔵野線】で注目を集めた長尾直樹監督の第二作。
かなりよかったところ :
そういえば【鉄塔武蔵野線】の時も、だだっ広い風景の中に宿る空気感のようなものが印象に残ったかもしれない。本作では、更に自然に近い風景そのものにある、人工的なBGMなど一切寄せ付けない饒舌さのようなものが最も印象に残った。もしかしたら、監督が一番描きたいものはこういった空間が持っている空気感そのものなのではないのだろうかと思った。
折り目正しく生きているヒロインが、自分の感情の変化にとまどいつつもやがてそれを静かに受け入れていく様が、こうした風景と一体化するように淡々と、でも実に丁寧に綴られているところに、長尾監督ながらではと思われる独特のトーンがあって好感が持てた。このヒロインの繊細さを演じられるのは、唯野未歩子さん以外には考えられなかったかもしれない。
個人的にニガテだったところ :
ヒロインがいくら不器用だからと言ったって、気になる人にそこまではっきり意思表示してもらって何が不満なのだ。贅沢に過ぎる ! と思ったぞ。
コメント :
今年見た豊川悦司さんの演技は、それぞれタイプの違った役柄だったけれどどれも印象深かった。勿論いつも上手な人ではあったはずだけれど、そろそろ役者として特に充実した時期に入りつつあるのかもしれない、などと思ったりもした。

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【CQ】三星半

一言で言うと :
フランシス・コッポラ監督の息子ローマン・コッポラの映画初監督作品。監督自身が好きだという、60年代から70年代に掛けてのヨーロッパのキッチュなB級映画群にオマージュが捧げられている。
1969年、パリに住む米国人の青年(ジェレミー・デイヴィス)は、同棲中の恋人(エロディ・ブシェーズ)とのささやかな生活を題材に私的な映画を撮る傍ら、商業映画の編集の仕事をして生計を立てていた。ところがある時、ドラゴンフライという女スパイ(アンジェラ・リンドヴァル)が主人公のB級SF映画の監督(ジェラール・ドパルデュー)が降番することになり、その後釜のポストが何故か青年に回ってきたのだった……。
かなりよかったところ :
しばらく前には、60年代から70年代のフランスやイタリアのオシャレな作品群を愛する人達が、自分達で“渋谷系”なんて名乗っていたような気がするのだが……(そういうのももう死語なのかなと思ってた)、この映画は、まさにそのテの人達がドンピシャリのターゲットになっているような内容なのではなかろうかと思われた。
ドラゴンフライ(トンボちゃん ? )の直接のモデルになっているのは、誰がどう見ても【バーバレラ】。主人公はそういう映画に(多分内心は大喜びで)手を染めつつも、個人的な思い入れのタップリ詰まった極私的な自主製作映画にも相変わらず執着し続ける。そういうナイーブな映画オタク君の、ある種愚かしくも微笑ましくもある姿を愛情を込めて見つめているのが、似たよな経験を持つ人には堪えられない魅力に映るんじゃないのでしょうか。
ちょっと惜しかったところ :
しかし、この主人公の造形にはどうみても監督自身の姿が投影されているような……ということは、この映画を貫いているのは監督の自己愛ということになるのでは ?
ナイーブというのは批判的な意味合いを持った言葉でもある訳だ。世界が狭くて傷つきやすくて非生産的で自己中心的、そんな人の話なんて、関係のない人が見たとしたら面白くも何ともなかったりしませんか ? まぁ監督は、そういった主人公の姿をなるべくニュートラルに捉えようとはしているでしょうけど。
個人的にニガテだったところ :
いや、私は実のところ“渋谷系”っていうのがそれほど好きな訳ではなかったから……私の人生にはそれほどの時間が無かったというか、オシャレに手を染めなくても、人間、死んだりしないからねぇ。
コメント :
センスがよくって上品で小作りな映画。要するに、パパ・コッポラみたいにありとあらゆる人に強烈なインパクトを与えるような普遍的な方向性を目指すような資質じゃない、ってことでもあるのだろうが、映画は好きな人だけが観る趣味のものであるという方向性に時代が変わってきたということも、ある程度は反映しているのかもしれない。まぁそういうのもいいんじゃないんでしょうか。少なくともこんなふうな映画なら、一部の人には需要はありそうな気はするし。

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【Jam Films】四つ星

一言で言うと:
現在注目を集める日本の7人の若手映画監督の競作。
かなりよかったところ・個人的にスキだったところ・個人的にニガテだったところ:
北村龍平監督の『the messenger -弔いは夜の果てで-』は、北村一輝さんが出演している ! という点はさて置くとしても、短い時間の間に一つの世界観がきっちりと形づくられているところに好感が持てた。私は監督の長編【VERSUS】よりもこちらの方が好きだなぁと思う。
篠原哲雄監督の『けん玉』は、個人的には今回の7本の中で一番好きな作品だ。そろそろ倦怠期になりかけている時期の夫婦の微妙な空気感がとてもよく出ていたのではないかと思う。二人を演じていた山崎まさよしさんと篠原涼子さんもすごくよかった。
飯田譲治監督の『コールドスリープ』は、シチュエーションの斬新さには驚きがあってよかった。主演の大沢たかおさんも健闘。でもオチが今一つかな。
望月六郎監督の『Pandora -Hong Kong Leg-』は、監督自身が“お色気担当”と言ってるだけあって、吉本多香美さんがひたすら色っぽかった。ただ、××を舐めるっていう発想はちょっと……オェップ。
堤幸彦監督の『HIJIKI』……これは多少功罪がある作品かもしれない。確かに一幕もののネタとしては突出してよく出来ていて、その切れ味は今回随一だと思うのだけれども、堤監督の創り出すリズムは他の監督さん達と較べてあまりにも異質だという点も際立ってしまっていたように思う。堤監督流の面白さのみに標準を合わせてしまったら、起承転結のオチや強引なまでの笑いがなきゃ作品として失敗、みたいな一面的な見方しかされなくなってしまい、他の作品の評価が不当に低くなってしまうきらいもあるように思われたのだがどうだろう。(実際、某商業誌ではそのような一面的な見方による批評しかなされてなくて、ちょっと反発を感じたりもしたもので。)
行定勲監督の『JUSTICE』は、妻夫木聡さんの演じるこれも青春の1ページ……なのだろうか。しかし私には、体操中の女子のブルマーなんて本っ当にどうでもいいことなのでぇ。いい意味でも悪い意味でも、こりゃくだらなすぎる。
岩井俊二監督の『ARITA』は、結局ARITAって何なの ? と深読みしていけば、今回の作品の中で一番の奥行きに到達できる可能性のある作品なのかもしれない。でも私は個人的に、広末涼子さんの舌っ足らずなセリフ回しが生理的に受け付けられなくて全くダメ。岩井監督はこういう××っぽいのがお好きなんですかねぇ、う~ん……。
ちょっと惜しかったところ:
かように7作品ともそれぞれの個性に溢れて非常に面白かったのだが、7本があくまでもてんでばらばらで、1つの映画としての統一感は皆無に等しい。敢えて制限を加えずに各監督の自由な個性を発揮してもらおう、という発想だったのかもしれないが、あくまでも全部で一本として発表しようという前提があるのだから、緩やかでもいいから何かテーマを設けておくべきだったのではないだろうか。
コメント:
次世代の中核をなすクリエーターとしてこのような監督さん達をピックアップしたプロデューサー側の視点は的確だと思う。これは是非、第二弾、第三弾と続けていって欲しい。そして出来ればいつか、このような企画から全く新しい才能を発掘できるようになれば理想的かもしれない。

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【白と黒の恋人たち】四つ星

一言で言うと :
ある女優の卵(ジュリア・フォール)と街角で知り合い恋人同士となった若い映画監督(メディ・ベラ・カセム)は、かねてから準備中だった新作を彼女を主演に撮りたいと考える。苦労してやっとみつけたスポンサーはヘロインの売人で、監督も資金の確保のために危ない仕事に加担することを余儀なくされる。一方、初主演のプレッシャーなどから女優はヘロインに手を出すようになり、やがて常習するようになってしまう……。かつてヌーヴェル・ヴァーグのアンファン・テリブル(恐るべき子供)と呼ばれ、数々の私小説的な作品で知られるフィリップ・ガレル監督の最新作。
かなりよかったところ :
フィリップ・ガレル監督というと「ボクの苦悩が、ボクの苦悩がぁ~っ !! 」としか言わないような映画しか作らない人という印象がずっとあった(正直言ってそういうところが好きではなかった)のだが、結婚して子供が出来たせいか何なのか、ここのところは少し印象が変わってきたような気がする。同じような苦悩を描くにしても、視点がもう少し外側から客観的に見たものになって来たような気がするのだ。
本作も痛々しい物語を描いているのに変わりはないのだが、アンチ・ヘロインの物語と主人公達の苦悩とのバランスが上手く取れて、今まで見たガレル監督の作品の中では個人的には一番面白いと感じら れる内容になっていたのではないかと思われる。
ちょっと惜しかったところ :
しかしそうなると、今までのような作風のファンだった人にはもしかして物足りなく感じられてしまったりするのだろうか ? そう考えると痛し痒しなのかしらねぇ。
コメント :
邦題は、劇中映画の題名でもある原題の『SAUVAGE INNOCENCE(残忍な無邪気さ)』をうまく加工して作ればよかったのに。いくらモノクロ映画だからって、何もわざわざこんな愛情のカケラも感じられないような邦題にするこたないだろう。

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【SWEET SIXTEEN】四つ星

一言で言うと :
16歳の誕生日の直前に母が刑務所から出所する。一緒に暮らす家を買う為、少年(マーティン・コムストン)は薬の取り引きに手を出し始めた……。御存知、イギリスのケン・ローチ監督が、これまでに何度も取り上げてきたゆかりの街グラスゴーを舞台に描く最新作。
すごくよかったところ :
少年の母(ミッシェル・クルター)は、そもそも男の言いなりになって刑務所に行くことになってしまったのだが、どこまで行っても自分の弱さに負けてしまって子供達すら顧みることができなくなるタイプの人みたい。少年の姉(アンマリー・フルトン)はそんな母親にとっくに見切りをつけているのだが、少年は家族の温もりをもう一度取り戻す夢を諦めきれない。そのためにどんどん危ない橋を渡っていってしまい、挙げ句の果てに裏の世界で認められるようにはなるけれど、幼なじみの親友(ウィリアム・ルアン)との関係がギクシャクしてしまう。そうして少年が頑張れば頑張るほどに、総てがどんどん深みにはまっていってしまう……これは切ない。切なすぎるよう。
監督さんへの思い入れ度 : 100% !!
コメント :
酷なようだけれど、自分の可哀想さしか見えていない親というものは、そのうちどこかで自分とは切り離して考える以外には仕方なくなるのだ。同じ立場で苦労した少年の姉(10代で既に子持ちみたいだが)だけはきっと少年のことを見捨てないだろう、と思いたい……あーすいません。お話に入り込み過ぎちゃって、客観的な評定なんて全然出来ていないような気がします。

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【スコルピオンの恋まじない】四つ星

一言で言うと :
1940年のアメリカ。昔気質の腕利きの保険調査員(ウディ・アレン)と、彼の仕事上の天敵の同僚の女性(ヘレン・ハント)は、あるレストランの余興で二人して催眠術をかけられ、一時的に疑似恋愛状態に陥ってしまう。ショーは終わって術は解かれたはずだったのに、謎の電話の呪文によって調査員はまた催眠状態に陥り、電話の指示のままに盗みを働いて、ついでに彼女への恋心も復活してしまった……。ちょっと懐かしいタイプのロマンティック・コメディへオマージュを捧げた、ウッディ・アレン監督の最新作。
すごくよかったところ :
いや、催眠術って本当はそこまでは効かないだろう……このマンガ的にスッとぼけたお話がとにかく笑える。これぞ100%ウッディ・アレン、の面白さ !!
監督さんへの思い入れ度 : 65%
ちょっと惜しかったところ :
そんなにいがみあってる男女が普通仲良くなんてなるはずがないじゃん !! の昔よくあったようなタイプの嘘臭~いラブコメディにどうしてオマージュなんか捧げようと思ったのか ? 面白いから許すけどさぁ、でもやっぱり嘘臭いことには変わり無い。
コメント :
もう一つ新機軸なのが、ウッディ・アレンが腕利きのデキル人物だってところ。ああそれもなんだか嘘臭く見えてしまう……って、そうやって二重三重の虚構感で塗り固めてあるのも、敢えて監督が使った手なんだったりして ???

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【デュラス 愛の最終章】二星半

一言で言うと :
フランスの大作家マルグリット・デュラスが、36歳年下の愛人ヤン・アンドレアと共に過ごした最後の16年間を描く。デュラスの遺言によって書かれたというアンドレアの小説を基に、生前のデュラスとも親交があったというジャンヌ・モローが映画化を切望、自ら主役も務めた。
かなりよかったところ(?) :
愛していると言った何秒か後には顔も見たくないから出ていけ ! と言って追い出してみたり……う~ん、これぞおフランスの恋愛映画、何考えてんだか全然分かんないよー(泣)。前にも何度か書いてきたんだけど、フランス語における“愛”という言葉は、日本語でいうところの“愛”というのとは何か根本的に意味が違っているんじゃないすかねー……特にお文学やらお芸術やらの文脈と結び付いた日には。ただ、そういう世界を敢えて堪能したいという方にはこの映画、どっぷり浸かれていいんじゃないんでしょうかしら。
あまりよくなかったところ :
しかし私には、映画の中でのこの二人の関係が、心から愛し合ってるというよりは、あくまでも好き合っている演技をしているようにしか見えなかった……それって結構致命傷じゃないのかな。彼等の結び付きが精神的なものであったにしろ肉体的なものであったにしろ、あるいは形而上的なものであったにしろ、それを映像の上で再現する以上、生身の人間のリアリティとして再構築する算段が必要だったのではないだろうか。現実のヤンさんとデュラスさんは映画とは当然違っていただろうけど、少なくとも、映画を見ている最中の観客にそんなことを思わせてしまったら失敗なんじゃないすかねぇ。
コメント :
マルグリット・デュラスは御自分で映画監督もなさった方なのだが、他の何者にも似ていない、どうせならここまで行っちゃってくれい ! というような独得の文体の方が余程面白かったし、実際、映画史においても意味があったのではないかと思う……いやーしかし、現物を観ている最中には、そのまま朽ち果てて死んでしまいそーになりましたけど。
作者の念がやたらぐーっと篭っていそうな、台詞が少なく静かな殺人的長回しが延々と続くのは……ぱっと思いついて一番似てそうなのはソクーロフの映画とかかなぁ(無論中身は全然違いますが)。私が観た【インディア・ソング】と【ヴェネツィア時代の彼女の名前】の2本は、退廃というものをイメージとして定着させたらこうなるのかなという、一つの究極の形だと思われた。これを観て以来、映画の上で描かれる大半のデカダンスらしきものの描写は、中途半端で甘っちょろく見えてなりません(あ、【フェリーニのローマ】はまたちょっと別格ね)。勇気あるチャレンジャーの貴方、もし機会がありましたら話のタネに是非一度 !

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【マイノリティ・リポート】四つ星

一言で言うと :
これから起こる殺人を予知するシステムが開発された未来。そのシステムを使って犯人を未然に捉え殺人を防止するという機関に勤めるジョン・アンダートンは、逆に自分が全く面識のないある相手を殺すと予言されてしまい、追われる立場となってしまう……。スティーブン・スピルバーグ監督がトム・クルーズを主演に迎え、フィリップ・K・ディックの短編を映画化。
かなりよかったところ :
いや、面白かったですよ。お話に破綻は無いし、未来の意匠は凝ってるし。
同じ脚本を使ってももっとひどい映画になる可能性はいくらだってあるだろうから、その意味では、一定の水準を楽々クリアしているこの映画には、勿論及第点以上の点数が与えられてしかるべきだろうと思う。
ちょっと惜しかったところ :
でも、その殺人予知システムとかに使われちゃっている、世間から隔離された生を送る予知能力者の皆さんの人権とかは一体どうなっているのだろう ? などと思って見ていたら、それほどびっくりするようなお話でもなかったような気がしてしまった。
次に何が出てくるかの予測が割とついてしまうと言うか、何もかも、あんまりにも普通に展開してしまうのだ。これならば、ある程度能力のある人なら誰が作ってもほぼ一緒の出来になるんじゃないのかなぁ ? この映画が天下のスピルバーグ先生の作品である必然性が一体どこにあるんだろう ?
個人的にスキだったところ :
予知能力者の一人を演じたサマンサ・モートン(【ギター弾きの恋】他)。これはどう演じても嘘っぽくなってしまいかねない超難役だった筈だ。この人、やっぱりすっごいわ !!
コメント :
スピルバーグ先生は、とにかく何かここいらで、最新のCGやら何やらを思いっ切り使ったSFを作っといてみたかったのかなぁ、という気がちょっとだけしてきてしまった。いくらルーカス先生とは別の路線を行くのだとしても、ハリウッドのキングたる者、存在している技術はとにかく一応自分のものにしておかなくっちゃいけないもんね。
でも、やっぱり私は【A.I.】の方が好きだなぁ。思い入れがあちこちにはみ出しまくって、いびつなところが面白いじゃないですか。

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【マブイの旅】三星半

一言で言うと :
マブイ(魂)を無くしてしまった男が沖縄の地で見つけた再生へのきっかけとは ?
個人的にスキだったところ :
昼ドラの『はるちゃん』をたまたまなんとなく見ていた時に、ちょっと面白い役者さんがいるなぁ、と思ったのが山田辰夫さんが気になり始めた一番最初。それから個性的なバイプレーヤーとしてお見かけすることの多かった山田さんの主演作だっていうんだから、これはとにかく見に行かなくちゃ ! って。
あまりよくなかったところ :
マブイのありかを求めて沖縄を放浪するっていうと、崔洋一監督の【豚の報い】なんて映画もありましたっけ。沖縄みたいな気持ちが解放される場所柄に、自分探しだの自分殺しだのに行ってみるというのは、要するにモチーフとしてはありふれているんじゃないの ?
かなりよかったところ :
でもこれが中年男性の再生の物語になっているところが、実は珍しいのかなと思わないでもない。徹底的に自暴自棄になり、自堕落になる山田さんもよかったけれど、彼がちょっとしたきっかけから、ドン底の状態を抜け出す方法を探ろうとし始める過程が丁寧に描かれているところには、好感が持てた。
主人公が入り浸りになる娼館の従業員ニコを演じていた久米伸明さんという方が印象に残った。あるシーンでヒロイン(冨樫真)は彼のことを“一番強い男”と呼ぶけれど、許しや受容といった要素を加えてこのお話の骨格を形づくっていたのは、実は彼の存在なのではないかと思われた。ちなみに久米さんは『ラブリー・ヨーヨー』という劇団を御自分で主宰なさっている方なのだそうです。なんか納得。
コメント :
現実には、そんなに都合よく親切にしてくれる人や惚れてくれる人がいる訳ないじゃーん !! とも思いつつ、でもこれもまたファンタジーなのだろうからこれでいいのかな ? と思ったりもした。でも、人が死んでしまったりするところは、映画的カタルシスを得るための人身御供みたいに思えてしまい、やっぱりちょっと不必要なんじゃないかしらと感じてしまったのだが。

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【めぐり逢う大地】四つ星

一言で言うと :
【バタフライ・キス】のマイケル・ウィンターボトム監督による、【日蔭のふたり】以来のトマス・ハーディの小説の二度目の映画化。
19世紀中頃のアメリカ西部の町キングダム・カムに、鉄道敷設の調査のため、若き測量技士(ウェス・ベントレー)らを筆頭にした調査団が訪れた。一方、同じ頃町に到着したある母子(ナスターシャ・キンスキー、サラ・ポーリー)は、町の強権的な町長(ピーター・ミュラン)と何がしかの因縁がある様子で……。
かなりよかったところ :
どうやら鉄道の敷設の有無がその後の町の発展を大きく左右するものらしい。だから町の人達は……といったような話が、途中まではあくまでも淡々とした調子で展開していくのでふぅん、といった感じで観ていたのだが……ラスト30分、これまでの話はみんな、最後の大団円に向けて張り巡らされた伏線だったと知らされる。
本当に大切なものを賭けてまで望むものを得ようとした博打がことごとく裏目に出た時に、人間はどうなってしまうのか。それまでの静かなトーンが一転、壮絶なクライマックスが圧巻だ。
で、終わってからよくよく考えてみると、物語に無駄なところが一つもなく、過不足なくちゃんと一つの大きな流れになっているのがお見事 !! という他ない。う~ん、マイケル・ウィンターボトム監督って、やっぱり基本的に上手な人なんだわ。
個人的にスキだったところ :
ピーター・ミュランの演じる町長さんもよかったけれど、今回一番面白いなぁと思ったのは、町一番の美女で町長の愛人でもあるミラ・ジョヴォヴィッチの役どころ。彼女の気性そのものが、後半の物語の鍵になっていくのであった。
監督さんへの思い入れ度 : 70%
コメント :
これも一種の西部劇、のはずなのに、全然そうは見えないヨーロッパ映画的な格調の高さ。ウィンターボトム監督って、どこでどんな仕事をしていてもやっぱりイギリス人なのよねぇ、と思った。

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【夜を賭けて】四星半

一言で言うと :
1958年の大阪。立入禁止の兵器工場跡地に埋もれている鉄屑を毎夜盗み出しては売り払って生計を立てるようにようになった在日コリアンらの貧しい人々は、いつしか“アパッチ”と呼ばれるようになっていた。そんなアパッチ達の中に、三年ぶりで集落に帰ってきた金義夫(山本太郎)の姿があり……。梁石日(やん・そぎる)の同名の小説を、原作に惚れ込んだ劇団・新宿梁山泊の座長の金守珍(きむ・すじん)が初めてメガホンを取り、映画化。
すごくよかったところ :
寄るとさわると必ず殴り合いの喧嘩になるような、過剰に熱くてエネルギッシュな人々。今どき、まだ戦争の匂いが残る時代を舞台にした熱血ストーリーなんて !? 映画を観る前は、これは非常に古くさくて時代錯誤なお話になるのではないかという不安が正直言ってあった。でも観て驚いたことにこのお話は、確かにベタで泥くさくはあったとしても、カビくさて古びた感じのするものでは決してなかった。それどころか、観ている側はそのうちに、その独特のペースにどんどんはまってきてしまうのだ。
悲喜こもごもの人間の営みを、その合わせ持つ清濁そのままに捉えようとする視座には、表現としての折り目の正しさや潔さ、志の高さを感じる。だからこそそこには独得の凛とした詩情すら醸し出されてくるのかもしれない。
金守珍監督は、この世界観を一旦客観的な視点から見直してより万人に開かれたものにするため、脚本は敢えて日本人の脚本家に依頼しようとしたのだそうだ。(最終的に脚本を手掛けたのは、生前の松田優作氏との親交などでも知られている丸山昇一さん。)監督のそういったバランス感覚も、作品を創る上で有利に働いているのだと思った。
個人的にスキだったところ :
【バトル・ロワイアル】【光の雨】など、そろそろ代表作と呼べそうな作品も幾つか出てきたのにも関わらず、山本太郎さんは相変わら ず、いい意味でまだまだ発展途上の人なのだなぁと感じさせる。この人はどこまででっかくなっていくんだろう。そんなスケール感を持った人って、昨今、他になかなか思い当たらない。
コメント :
とにかく映画なるものを創ってみたいから、というのが映画監督になる場合の普通の動機なのであって、この作品のこの世界観を自分の手で映像化したいから監督業を手掛けてみた、なんて人の話は初めて聞いた。この金守珍監督は、映像表現だけを一心に追い求めてきた人とはタイプがまるで異なっている。なのに、この説得力と確信犯ぶりは一体何なのだろう。
聞けば監督は本作の続編も計画中であるらしい。これはまだまだ期待出来そうだ。ここは是非とも、日本と韓国の映画界の中に独自のポジションを築いて戴きたいものである。

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【わすれな歌】四つ星

一言で言うと :
タイのとある田舎の村で、歌の好きな青年(スパコン・ギッスワーン)と美しい娘(シリヤゴーン・プッカウェート)は結婚し、ささやかながらも幸せな生活を送っていた。が、青年が歌手になることを夢見て兵役の途中で脱走してしまった辺りから、二人の運命の歯車は狂い始める……。【6ixty9ine】で注目を集めたタイの新鋭ペンエーグ・ラッタナルアーン監督の最新作。
かなりよかったところ :
芸能界の底辺を何年間も這い回り続け、やっとチャンスを掴んだと思ったら一転して更に故郷に帰れない身となってしまい……とことん不運な男は、果たして妻の元に帰ることができるのでしょうか ? 妻は夫のことを待ち続けていてくれるのでしょうか ?
ラストシーンを見てこの監督さんは上手い ! と思った。ストーリーを聞いただけでは何の変哲かもしれないようなメロドラマを、しっとりとした情感のこもった、それでいて過度のお涙頂戴にもならない、それなりに見応えのある物語に仕上げているのは、やはり監督の手腕の確かさなのではないだろうか。
その他のみどころ :
途中、同じタイの新鋭ウィシット・サーサナティヤン監督の【快盗ブラック・タイガー】が上映されているシーンがあるのでお見逃しなく。ちなみに【…タイガー】には、本作の主人公スパコン・ギッスワーンさんも出演なさっていたそうです。
監督さんへの思い入れ度 : 30%
コメント :
ここ2~3年、一部で注目を集めているタイ映画だが、今まで見た中で判断する限りでは、作家として一番力があるのはこのペンエーグ・ラッタナルアーン監督なのではないかと私は踏んでいる。次回作は何とあの浅野忠信さんが主演する見込み。ちょっと期待して待っていてみよう !

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