Back Numbers : 映画ログ No.72



【アイデン&ティティ】四つ星

見ればくだらないことばかりやっているみうらじゅんさんという方が、昔はあまり好きではなかったのだが、20年近く経ってもやっぱり相変わらずくだらないことばかりやっている姿を見て、最近はいたく尊敬するようになってきた。私はこの原作を読んだことは無かったのだが、本作を観て、みうらさんてやっぱり根はシリアスな(ところもある)方なのね、と思うようになった。
私も当時『イカ天』を毎週楽しみに観てて、みうらさんが『大島渚』で出演した回だって当然生で観てたんだけど、あのお祭り騒ぎにギョーカイの人達がピラニアみたいに喰らいついてあっという間に丸裸にしていく様子は、見ていて本当に心寒かった。いくら彼等には彼等なりの論理があったのだとしたって。。。
そんなふうないびつな“社会”の中で何者かになろうとするというのは一体どういうことなのか ? という、自分の人生をちゃんと全うしようとしている人なら(形は違っても)誰もが一度はぶつかるに違いない大きな壁のお話を、多少の気恥ずかしさをぐっとこらえて(多分)、真正面からの直球勝負で描いてみせたみうらさん&今回初監督をなさった田口トモロヲさんの姿勢に、私はいたく心を動かされた。
黒ブチメガネ&アフロで主人公を演じた峯田和伸さんを始め、中村獅童さん、マギーさん、大森南朋さんといったキャストの人達も皆、まるで最初からそこにいた人達であるかのように、この世界に嵌っていた。でも私が一番感動したのは、満員の劇場にいた若い観客の皆様が、言ってしまえばこ~んな青臭いかもしれないようなお話に、やっぱりかなり心を動かされていたように見えたことだ。これまた青臭いことを言うようだが、どうしたら自分が自分らしく生きられるかということに真剣に思い悩んでいる若い人が増えるのは、いいことなんじゃないのかな。日本の未来は明るいような気が、ちょっとだけしてきた。

タイトル・インデックスへ

【赤目四十八瀧心中未遂】四つ星

このお兄さん、人生投げちゃってますよね~。自分の人生を主体的に切り開いていこうとすることにトラウマを持ってしまい、自分の身に降りかかってくることをただ受け流すだけになってしまった状態というか……う~ん分かり過ぎる。まるでかつての私を見ているようだ。
こんな男が場末の苦界に辿り着いて、そこでたまたまはずみでデキちゃった女がいたとしても、彼女の運命をどうしてやることも出来ず、ただ諦観しているしかないのよね。でも彼女は、こんな男にしか出会えなかった自分の運命をさっさと諦めて、愚痴ることもせず、彼のことをせめて大切な思い出にしてくれようとしてるのだ……う~む、とにかくもう濃ゆい濃ゆい情念の異空間。そう、私はかつて、知らない世界に否応なしに連れて行かれるという体験の故に映画に嵌まってしまったんだった、ということが久々に思い起こされてしまった。寺島しのぶさん、最高です~ !!

タイトル・インデックスへ

【阿修羅のごとく】四つ星

また年がバレるので恐縮だけど、年代から考えると、私は丁度あの次女夫妻の娘くらいの年だったんじゃないかと思う。で、あの次女の夫みたいなオッサンの言い分を理不尽に感じ、それが世の中だと言い放つ人々の世界を理不尽に感じ、せめて専業主婦にだけは死んでもならないと固く固く心に誓っていたような気がする……今やそういう世界から身を離して他人事にしてしまったからこそ、愚かしいところもまた人間の面白さなんだよなーとか言って余裕こいて見てられる訳で、そういう世界は好きかと問われればやはり根本的にはあまり好きではないのかもしれなくて……う~む、何が言いたいのかさっぱり分からなくなってしまいましたが。とにかく役者さんが揃いも揃ってみんな素晴らしいので、それだけでも一見する価値はありでしょう。

タイトル・インデックスへ

【1980】三星半

80年代映画 ? う~ん、KERAさんもやるに事欠いて胡散臭いことをするなぁと観る前は思っていたのだけれど、でも実はこれ、いわゆる80年代カルチャーというよりは、その少ぉし前の今ひとつ垢抜けない時代の残り香の方を愛情たっぷりに描こうとした映画なんじゃなかろうか。(確かに、プロモーションの都合等を考えると、80年代映画ってことにしといた方が有利そうだし。)ディテールというディテールがいちいち実感を伴って思い出されてしまうこのデジャヴ感は一体 !? 実はこれ、60年代生まれの観客だけを前提にして作った映画なのではあるまいか !?
ということで意外に面白かったので本当は余裕で四つ星を献上したいところだったのだが……実は映画が途中で止まってしまって、最後まで観ていないのだ。私の映画鑑賞歴の中でも、映画を最後まで見せてもらえなかった体験というのはさすがに初めてだった。この不完全燃焼感はいかんともしがたいので、申し訳ないのですが星を下げさせて下さい。KERAさん、本当にごめんなさい。でも文句はテアトル新宿の人に言っとくれ。
料金払い戻し+新規の劇場招待券、ということで劇場としては最大限の対応してくれたとは思うけど、映画が面白ければ面白いほど、中断されてしまった時の怒りと不全感はどうしようもないものなのだなと再認識。聞いたところでは、実はフィルムではなくてプロジェクター上映だったらしいのだが(先に言えよ)、精密機械というのは、一回調子悪くなってしまったら手の施しようがなくって駄目だねぇ。興行者としての責任をまっとうしようとすれば、今後プロジェクター上映をする時には、予備機をスタンバイしておくぐらいのリスクヘッジは必要なのではあるまいか。

タイトル・インデックスへ

【イン・アメリカ 三つの小さな願いごと】四星半

最初の辺りでThe Lovin' Spoonfulの『Do You Believe in Magic』が掛かることが象徴しているように、この映画のテーマはずばり、人生の魔法。最愛の息子を亡くし、アイルランドから娘二人と移住してきた夫婦に降りかかる現実は、どこまで行ってもちっとも良くなる兆しが見えない、が、子供達がいるから二人は頑張るしかないのだ。魔法というのは実は、自分のことを大切に思ってくれる人達に対する信頼に他ならないのだろう。女の子の“三つめの願いごと”には泣けてしまった。ヒリヒリと辛い現実から決して目を背けていないのに、どうしてこんなにスウィートなのか、ジム・シェリダン監督の匙加減の絶妙さったらない。これは紛れも無い傑作でしょう。

タイトル・インデックスへ

【イン・ディス・ワールド】四つ星

アフガニスタンを脱出してロンドンへの向かう難民の男の子の命懸けの長い旅路は、本当にドキュメンタリーみたい。彼と一緒に旅をしているみたいで、観終わるとぐったり疲れてしまうくらい……。
マイケル・ウィンターボトム監督って、興味のある素材には手当たり次第に手を出して、それでいて何でも一通り形にしてしまえる器用さを兼ね備えているということなのね。そのスタンスが、最近やっと少しだけ分かってきたみたいな気がする。

タイトル・インデックスへ

【インファナル・アフェア】四つ星

警察とギャングという敵方の組織にそれぞれスパイとして潜り込んだ男達の『無間道』(←原題)、非情なプロット、タイトな演出、そして何と言っても、トニー・レオンとアンディ・ラウの脂の乗り切った男っぷり……。【少林サッカー】があれだけヒットして“香港映画もイケる !! ”という共通認識の素地を作ったというのに、この映画がここまでヒットしなかったのは、これはどう考えても配給会社のコムストックの責任だ。特に邦題。一般的な日本人が聞いて意味が分からんタイトルつけててどうする !! 売る気あんのかコラ。

タイトル・インデックスへ

【ヴァイブレータ】四つ星

どんな映画 ? と人に聞かれれば、日活ロマンポルノを女を主役にしてソフトにした感じ、と答えるかな。(廣木隆一監督も脚本の荒井晴彦氏も、そういえば出身者。)「あれ、食べたい」と思ってもフツー行けないだろ ? って辺りがファンタジーで、由緒正しくポルノだな、と思うのだが、寺島しのぶさんが血肉を与えているヒロインの存在感には、総てを納得させてくれる説得力がある。(しかしこの人、まだ30そこそこだと知ってびっくり……絶対もっと年長だと思ってた !! )大森南朋さんも、我が我が、と出て行くよりは、側にいて包み込むような存在感を発揮するの役柄の方が合っているのだなぁ、と再認識した。

タイトル・インデックスへ

【歌追い人】四つ星

舞台は今世紀始め頃のアメリカのアパラチア山脈。大学で古い歌の研究をしている女性が山の人々と出会い……。アイリッシュ・フォーク→マウンテン・ミュージック→カントリーの流れを一望に出来るのも面白いけれど、キャラも魅力的ならストーリーもなかなか惹きつける。で、とにかく音楽が素晴らしい !! ので、いわゆるワールド・ミュージック系の音楽がお好きな方はmust see !! (しかし、“ワールド・ミュージック”というのも大概いい加減なくくりだが。)こういう映画がぽーんと出てくるのを見てると、やっぱりアメリカの映画界の層の厚さというか、圧倒的な底力を感じるのよねー。

タイトル・インデックスへ

【美しい夏 キリシマ】四つ星

湿って暑い水蒸気の匂いがする、深い緑の夏。愚かなことも哀しいことも、人間の営みをみんな呑み込んで、時間はゆったり流れる。かつてあった風景への郷愁と、少年時代への懐古と、当時の意識の底にあった疑問が見事に溶け合った、こんな反戦映画、初めて観たような気がする。

タイトル・インデックスへ

【エヴァとステファンとすてきな家族】四つ星

舞台はまんま70年代のコミューン。エヴァとステファンの姉弟は、主役というよりは狂言回し的な役割。一人一人のキャラクターの人間観察が、さりげなくも鋭く可笑しく、しかも温かい。ワガママ勝手なこの人達がすてき……なのかどうかはよく分からんが、ま、そういうところも含めて、人間って面白いってことなのだろう。ちなみにスウェーデン語の原題は“一緒に”といった意味らしく、ラストシーンのイメージに直結していて、いい感じ。

タイトル・インデックスへ

【女はみんな生きている】四星半

敢えて欠点 ? を挙げるとすれば、(何をアピールしたいのかよく分からないこの邦題は置いとくとして、)出てくる男の人が揃いも揃ってみんなあんまりにもお馬鹿で、いくらなんでも少し可哀相になってきてしまったところくらいかな。でも実際は「う~ん、ありそうかも……」って結局笑ってしまっていたのだけれど。自分の心の声に忠実に、しぶとくリアルに精一杯生きている女は、実は密かにお互いを認め合っていて、密かに手を差し伸べ合っているのだ。ただでさえ人生は難しいんだから、本当はくだらないケンカをしている余裕なんて無い訳よ。さすがのコリーヌ・セロー監督、参ったか、の貫禄。

タイトル・インデックスへ

【ガーデン】四つ星
【不思議の世界絵図】三星半
【私の好きなモノすべて】三つ星

以上は、スロヴァキアのマルティン・シュリーク監督の特集上映の作品。どこかファンタジックで不条理で、うまく言えないけど、モノだけはあきれるほどある日本とかの画面とは質感が何か根本的に違う。シンプルさがかえって本質にぐぐっと切り込むといった感じ。とにかく、今まで見たことのない不思議な空気感。うーん、見てもらわないことにはやはり説明が難しいかも……。
どのお話が好きかというのは好みだと思うけど、個人的には、時代不詳のちょっと変わった魔女譚みたいな【ガーデン】が一番好きだったかな。

タイトル・インデックスへ

【カミナリ走ル夏】三つ星

今いっぱい出てきている若手の男の子達の中で、一番の注目株はやっぱり塚本高史君。そんな彼を早速主役にして映画を一本作ってしまうケイ・エス・エス(Vシネの大手です)のフットワークの軽さが素晴らしい。脚本の渡辺一志さん(出演もしている)の書くダイアローグは面白いし、千原浩史さんを始め注目の人が沢山出演しているし、EDDIEさんの音楽はカッコいいしで、なかなかみどころはある映画……なんだけど、主人公の心情が、それぞれのシーンで行き当たりばったりにそれらしく描かれているだけで、全体に通底している部分が弱いため、いまいち分かりにくいのが惜しい。というか、女子高生のパンツが見えたくらいでドラマは始まらないっての。彼女の存在に説得力がなくって、全然お話のキーになっていないところが痛い。
しかし、50席くらいの満員の観客のほとんどが20代前半の女の子、といった感じ。男の子も、彼女やグループに連れられてきた2~3人というところで参った。う~ん、ヘンなオバサンが一人混ざっていてごめんなさい……。

タイトル・インデックスへ

【木更津キャッツアイ 日本シリーズ】三つ星

TVドラマはあんまり見ない私だが、『木更津キャッツアイ』は初回オンエアの時から見てて、再放送も全部ビデオに取ったんだから、一応ファンだって名乗ったって差し支えないだろう。だからこそ敢えて言わせてもらう。映画はTVほどは出来がよくねーぞ。元気な(?)キャッツの面々に久々に会えたのは嬉しかったけど、何が出てくるか分からないビックリ箱のようなハジケっぷりや斬新さは影を潜め、規定路線の無理矢理な焼き直しに終始している感じ。ぶっさんの“最後の恋”にしても宮古島の話にしても、映画という長時間の尺を持て余して必要も無い付け足しのエピソードをだらだらと詰め込んでいるだけみたいにしか、私には見えなかったのだ。
【踊る大走査線】が偉かったと思うのは、シリーズの大筋への新しい展開も付け加えながらも単品の映画としても成立させてやろう、という作り手の志が感じられたからだった。でも本作は、電波の世界で盛り上がったオマケの御褒美的イベント、というスタンスで、安易にお手軽に映画を作ろうとしているようにしか、私には見えなかった。たかが映画なんだからひとしきり遊べればそれでいいんじゃないの ? と言われてしまうと返す言葉が無いんだけど、磯山晶プロデューサーや脚本の宮藤官九郎さんをクリエイターとしてかなり尊敬していればこそ、映画って舐められてるんだわ、と感じられたのが悔しくて、何だか悲しくて仕方が無かった。

タイトル・インデックスへ

【キル・ビル】四つ星

日本パートばかりが取り沙汰されているが、今後公開される第二部まで見れば、それがタラちゃんの宇宙の中でどのような位置を占めているのかという全貌が分かるのであろう。洗練されたスタイリッシュな統一感、という点から考えれば、私自身はこれが彼の最高傑作だとは決して思わないし、どっちかといえば悪食で悪趣味な映画なのも確かなんだと思う。でもタラちゃんへのB級映画への愛がぶっちゃけ吐露されているのだから、タラちゃんの原初的な映画的衝動に一番近い映画なのは間違いないだろうし、ある意味最も興味をそそられる映画であることも間違いない。で、面白いかと問われれば、そりゃ面白いに決まってる !! とにかく続きが見たい !! という気にさせられたのは確かなんだから。

タイトル・インデックスへ

【g@me.】三星半

これはハリウッド映画でもそうなんだけど、俳優の演じるエリート・サラリーマンって概ね嘘くさいのよね~。この映画でも、私には藤木直人さんがどうしてもエリート・サラリーマンには見えなくて、冒頭の部分から設定に入っていけなかったというのが結構マイナスだった。あと、彼と仲間由紀恵さんのハレたのホレたのという部分も、なんだか割とどうでもよかった。が、彼等が仕掛けた“ゲーム”を実行に移していくプロセスの辺りは着々と引っ張って盛りげてくれて、この辺りはさすが井坂聡監督、と思わせてくれた。でもこのお話の主役は、実は彼等ではなかったってことなの ? あらびっくり。

タイトル・インデックスへ

【月曜日に乾杯 ! 】四つ星

この間機会があってイオセリアーニ監督の旧作を観たけれど、やっぱり明確な筋立ては無くて、亀さんのように優雅なテンポでゆったり、じわじわ進む映画だった。で、この映画もやっぱり神秘的で哲学的な亀さんのように、どこか神々しいまでの優雅さを孕む映画なのだった。死ぬほど仕事をしたってねぇ、何のための人生なんだか。人間誰しも、自分の“ヴェニス”に行きたい訳ですよ。

タイトル・インデックスへ

【幸福の鐘】四つ星

いかにもSABU監督的なねじれたパラレル異空間が満開。ただ黙って延々と黙々と歩くだけの姿が絵になって何かを語り始めてしまう寺島進さんの存在感が圧倒的にいい。寺島さんが出会う妙な一風変わったキャラクター達を、一人一人味わいながら見て吉。

タイトル・インデックスへ

【サロメ】四つ星

最近はすっかり踊りもの専門と化している感のあるカルロス・サウラ監督が、今回はアイーダ・ゴメスをフィーチャー。クラシックなフラメンコというより現代舞踊的な雰囲気を感じる。(宣伝文には“フラメンコ・バレエ”と書いてあった。)で、美しいかって問われれば、そりゃ美しいに決まってるし。

タイトル・インデックスへ

【昭和歌謡大全集】四つ星

大森寿美男脚本&篠原哲雄監督という、書かれていない行間を繊細に掬い取るのが抜群に上手い二人が、いかに行間をすっ飛ばして極端な結論に走るかというプロセスをパロディ化して描いている(のであろう)このお話を実写化するのに適任だとは思えない。“歌謡大全集”といいながら、要所要所で使われている歌も、お話に通底するはずの空気感とシンクロして盛り上がることも無く、そこだけ浮いてしまっている感じ。例によって村上龍の原作を読んでいないので大きなことは言えないが、本作は多分、このお話に本来求められたはずのものとは違ってしまっていたんじゃないのかな。
そう言ってる割に星が多いような気がするのは、樋口可南子さん、岸本加世子さん、森尾由美さん、細川ふみえさん、鈴木砂羽さん、内田春菊さん、といった面々の演じるオバサン達の描写が、個人的に何だか異様に面白いなーと感じられたから。特に、鈴木砂羽さんのエレキバンのシーンなんて……涙なしには見れませーん(くうっ)。この部分に較べると、松田龍平君を始めとする少年達の描写の方はちょっと精彩を欠いているような気すらしないでもない。う~ん、篠原さんと大森さんの感性って、もしかしてすこぶるオバサン寄りなのではないのでしょうか……。

タイトル・インデックスへ

【ジョゼと虎と魚たち】四星半

池脇千鶴さんの演じるジョゼは、いかにも上手いというのとは少し違うような気もするのだが、彼女以外の誰かが演じてこんなにも印象に残るジョゼになることはなかっただろうと思う。対する妻夫木聡さんの演じる恒夫も、魅力的なところも弱いところも情けないところもあるいかにも今時の普通の男の子といった佇まいが、抜群にいい。(妻夫木君は最近ちょっと出過ぎかなと思っていたのだけれど、自分のカッコ悪さすら何の抵抗もなく晒け出すことができる辺りが、やっぱり同年代の若手の俳優さんに較べて一歩抜きん出た逸材だなと感じた。)
かなりの変わり者のジョゼと普通の青年である恒夫、この二人が必然的に恋愛に陥って必然的に別れに至るまでが実に丁寧に細やかに、でもどこかファンタジックに描かれていてとにかく切ない。犬童一心監督の演出は、こんな繊細さの描写においては、やはり他の監督さんより一歩も二歩も抜きん出ていると思う。また、今まで島根で主婦をしていらしたという渡辺あやさんの脚本も見事。田辺聖子さんの原作にはジョゼと恒夫とおばあさんしか出てこないということだが、渡辺さんが創作したのであろう人物の配置が完璧で、特に、新井浩文さんの演じたジョゼの幼なじみの男の子がすごくよかった !

タイトル・インデックスへ

【真実のマレーネ・ディートリッヒ】三つ星

基本的には昔の女優さんとかにあまり興味は無いのだが、その中では割と好きなのがマレーネ・ディートリッヒ。でも、それはやっぱり彼女のイメージが好きなのであって、実像に迫ったところでどうっちゅうことはないのだなぁ、ということに中途半端に思い至ってしまった。まぁ私のような人間でなく、本当にちゃんとクラシック映画のファンの人にはとても興味深い映画なのかなぁとは思うけど。

タイトル・インデックスへ

【sur | FACE 14人の現代建築家たち】三星半

建築業界はほとんど不案内なので、こんなにいろんな建築家の人がいるんだなぁ……というだけでもちょっと勉強になった気がした(気のせいか)。一口に建築家といっても考え方もそれぞれな訳だけど、映画に映っていた“作品”の中には、明らかに「ハコだけ建てても後どうすんのさ」と思われるような建物がいくつかあったように見受けられたのが少しばかり気になった。まぁ、そこまでは建築家の考えることじゃないってか。そう言われればそうなのかもしれないけれど。
14人の中で一番面白かったのは、意外なことに、かの丹下健三氏の二世の丹下憲孝氏だったかも。丹下二世という圧倒的な呪縛はどこかで背負っているのだろうが、東京なる都市での文化の形・ビジネスの形をしっかりと見据えて着実に仕事をこなそうとしているその佇まいは、かなり興味をそそられた。

タイトル・インデックスへ

【スパイキッズ3-D:ゲームオーバー】三つ星

赤・青セロファンの3Dメガネなんて、そんな昔に流行ったものをまだ覚えてる人がいただなんて !! しかもあろうことか、ハリウッドのビッグ・バジェット映画でそれを本当に使ってしまうとは……さすがは本家オトナコドモのロバート・ロドリゲス監督。でも確かに、これが初めての子供達には、ちょっと楽しい体験になるのかも。
でも、既に視力も衰えまくりのオバサンには、このメガネは眼が非常に疲れてしまって全く戴けませんでしたわ。またストーリー的にも、基本的にゲームの中のお話になってしまうので、さすがに何も身につまされないというか、何だかどうでもいい感じ。まぁ子供達も大きくなったしアイディアも出尽くしたところで、最後は正しく子供向けのイベントとして盛り上げて終わるというのは、まっとうな方向性なんじゃないのかな。

タイトル・インデックスへ

【《聖なる映画作家、カール・ドライヤー》】五つ星

一昔前の映画のテンポ感が4ビート、今時の映画が8ビートであるとすれば(←昔の北野武監督の発言より引用)、サイレントとトーキーの狭間くらいのこの時代の映画は2ビートといったところだろうか。でもこのテンポの違いにさえ何とか順応できれば、中身は全然古びていなくて、人間の生々しい感情が息づき、くっきりと刻印されていることに唖然とさせられるはず。真の巨匠というのはこういう人のことを言うのだ ! 後学のためにだけに観るのだとしても絶対損はしないと保障します。
それにしても……失業中で金のない時にこんな特集をしないで欲しかったんだけどー !! (泣)

タイトル・インデックスへ

【DEAD END RUN】三星半

これはいかにもワン・アイディアの、今後に向けた手慣らしのエチュード(習作)という感じ。石井聰互監督の本領はこんなもんじゃないだろう。永瀬正敏さん/浅野忠信さん/伊勢谷友介さんのそれぞれの主演の3パートの中では、敢えて言えば伊勢谷さんのパートが一番面白かったかな。ここでもやっぱり光っていたのは市川実日子さん……恐るべし。

タイトル・インデックスへ

【10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス】四つ星
【10ミニッツ・オールダー イデアの森】三星半

【…人生のメビウス】の方の監督さんは、アキ・カウリスマキ、ヴィクトル・エリセ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコーと、私が映画をたくさん見始めた頃に多大な影響を受けた人達ばかりだ。テーマこそ本当にバラバラで何の統一感もないけれど、最近不調だなぁと思っていたヴェンダース監督も含め、皆様、揃いも揃って御健在で大変嬉しかった。特に、またしても10年振りの新作となったヴィクトル・エリセ監督の『ライフライン』は、モノクロなのに総てのコマの感触が匂い立ってくるような筆舌に尽くしがたい美しさだし、スパイク・リー監督の『ゴアVSブッシュ』も、一人だけドキュメンタリーで内容的には浮きまくっていたが、その全然丸くなっていない舌鋒の鋭さに感激した。(しかしあの大統領選は、日本で見ていたって絶対おかしいって思ったよね。これが本当なら、民主主義に対する最も恥ずべき犯罪だ。他所の国に行って人道に対する罪とかホザいてる場合じゃないんじゃない ? )
それに対して、ゴダールなどが参加している【イデアの森】の方は……一編一編考えればそれなりに面白かったような気もするのだが、全体的に少しおとなしめだったかな。導入部がベルトリッチだったのはいいとして、そのすぐ次が大嫌いなマイク・フィッギスだったので、個人的にはそこですっかり盛り下がってしまって、とうとう最後まで回復し切れなかったような……。

タイトル・インデックスへ

【東京ゴッドファーザーズ】四つ星

それぞれ過去の体験を引き摺っているおじさん、女の子、元ドラッグ・クィーンの3人のホームレスが雪降るクリスマスの日に捨て子を拾ってしまい……なんてまぁどう転んだってファンタジーな訳なんですけども、ギャグもシリアスも取り混ぜて、お話が緩急自在に展開してテンポよく進んでいくのが心地いい。鈴木慶一さんの音楽も、【座頭市】よりこっちの方が“らしい”んじゃなかろうか。監督の今敏さん、女優ものだけじゃなくってこういうものも創れるのかといたく感動、一気に株上昇 !! 日本にはジブリ・ブランドだけじゃありません ! これからもっともっと腕を磨いて、ますます力のある世界レベルのクリエーターになって戴けると嬉しいな。

タイトル・インデックスへ

【飛ぶ教室】四つ星

ケストナーの『飛ぶ教室』そのものではなくて、それをお芝居にして演じようとする寄宿舎の男の子達の話。ドイツの小学生が出ている映画って、実は見たことがなかったかも。分かりやすくキャラクター付けされた元気いっぱいでやんちゃな子供達(日本で言うと5~6年生くらい)がとにかく可愛い。東西冷戦を終えたドイツの社会背景なぞも軽くなぞりつつ、あくまでも折り目正しいウェル・メイドのジュブナイルもので、好感度大。

タイトル・インデックスへ

【花】三つ星

寡黙な映画であるように言われているが、私には逆に、何だか説明的な映画だなぁと感じられてしまった。あと、最近気づいたんだけど、私は大沢たかおさんみたいなタイプの演技って、実はあまり好きではないのかもしれない。とにかく残念ながら、私とは波長が合わない映画のようでした。ごめんなさい。

タイトル・インデックスへ

【パリ・ルーヴル美術館の秘密】四つ星

ニコラ・フィリベール監督の映画だから、声高なナレーションもBGMもやはり無く、シーンも淡々と移り変わってしまうので、うっかりよそ見してると肝心なところを見逃してあっさりと終わってしまいそう。でも一旦この雰囲気に慣れさえすれば、スタッフの熱心な働きぶり(何百人もいるので、これ自体で一つの大きなコミュニティと化している)を通して見えるルーブルの裏側の表情は、とにかくあまりにも面白い。

タイトル・インデックスへ

【ファインディング・ニモ】四つ星

ストーリーもキャラクター設定も画面の美しさもとにかく完璧で、文句のつけようが無い。でも思ったよりは少しあっさり終わってしまったように感じられたのは、あんまりにも宣伝が勝ち過ぎて、期待が大きくなりすぎてしまったからだったりするのかも !?

タイトル・インデックスへ

【フォーン・ブース】四つ星

大方のシーンが公衆電話ボックス周りのワン・シチュエーションのみ、しかも、上映時間が劇中の時間の流れとほぼ同じというリアルタイム進行、というなかなかチャレンジングな脚本。で、こういうのを外さないでキッチリと作り上げるのが業師ジョエル・シューマッカー監督のさすがなところ。タカビーな業界人である主人公の男が(最初は自業自得とはいえ)追い詰められてボロボロになっていく、こういう描写がもう抜群にウマい !
お話は、大都会の中の匿名性の恐怖、みたいなものもさっくり描きつつ、最後まで息をもつかせず一気に持って行くのが見事 !! しかしコリン・ファレルは、写真で見るより実際動いている方がずっといいね。

タイトル・インデックスへ

【復活】三星半

主人公の考えていることにはあんまりついて行けないし、トルストイの原作と言いながら寒風吹き荒ぶロシアの風土の力強さはあんまり身に迫ってこないし(タヴィアーニ兄弟(監督)ってイタリア人だからなぁ)……。でもそうは言いながら、後半になるほど何だかハマってきてしまう。ザッツ文芸大作 !! って感じ。たまにはこういうものも見たくなるよね~。

タイトル・インデックスへ

【冬の日】四つ星

芭蕉が弟子達と作った連句をアニメーションに、という呼び掛けをしたのは川本喜八郎さんだとのことだが、その呼び掛けに応えて集結した面子が凄い。ユーリ・ノルシュテイン、ラウル・セルヴェ、アレキサンドル・ペトロフ、ブシェチスラフ・ポヤール、マーク・ベイカー、コ・ホードマン、ジャック・ドゥルーアン、久里洋二、林静一、古川タク、ひこねのりお、森まさあき、伊藤有壱、黒坂圭太、うるまでるび、山村浩二、etc.etc.……う~ん、私が名前を存じ上げている存命の短編アニメーション作家の8割方以上は含まれているんじゃないのだろうか。さりげなく高畑勲監督などが参加しているのもびっくり。全体としての表現の統一感が取れていないきらいはあるのだが、それぞれの人がそれぞれのイメージを広げていく方法は、いろんな人が次々と読み継いで行く連句と言う形式には、確かに合ってるところがあるのかもしれない。それぞれの作家の担当時間は短く、全体でも40分ほどと短いのだが(メイキング映像のほうが長いのでは ? )、観ていて一瞬も気が抜けない、中身の濃い一品。

タイトル・インデックスへ

【ブラウン・バニー】三星半

風景の長回しが延々と続くのを見て、何か、昔見た実験映画を思い出してしまった。これはギャロの心象風景が映し出されているのだろうか。表現としてはソリッドな統一感が取れていて、ヴィンセント・ギャロの作家としての力量や非凡なオリジナリティは感じられたし、主人公の心情に同調できてしまえる人ならどっぷり浸れる可能性はあるのだろう。でも、内省的なめそめそ自己中ナルシスト男の心情吐露が、基本的にどこまで面白いかと言えば……。

タイトル・インデックスへ

【フル・フロンタル】二つ星

もー、忙しいのでぶっちゃけ言わせて戴きます。この映画、眠かったです。ハリウッドとその周辺にいる人々が日常生活で何をうだうだ考えていても、どうだっていいことだとしか思えなかったです。思うに、この映画には映画を面白くする二大要素に決定的に欠けているので、基本的にはソダーバーグ監督の自己満足にしかなっていないんじゃないでしょうか。その二大要素とは何か ? 詳しくは2003年のベスト20映画のコーナーを見て下さい(1月中にはUPする予定です)。

タイトル・インデックスへ

【ポロック 2人だけのアトリエ】四つ星

ジャクソン・ポロックのドリッピング(絵の具を滴らせて描く抽象画の技法)のどこがそんなに凄いのか、今まであんまりよく分からなかったんだけど、ドリッピングの手法を完成させる以前からの変遷をこんなふうにつぶさに描いてもらえると、これが、人間の意図的なイメージを極力排除して純粋なフォルムを追求しようとした結果なのだということが分かってきて、非常に美しいものであるかのように思えてきた。そのことだけでも、この映画を観た収穫はあったなぁと思えた。
でもストーリー的には……どうなのかなぁ。実話ベースということなのだが、役者さん(監督&主演のエド・ハリスと、本作でアカデミー賞をもらったマーシャ・ゲイ・ハーデン)の演技はそりゃいいとして、自分で自分の面倒を見られない人の話というのは私の中では“ふ~ん”という感想以上には深まってくれなくて、意外とあっさりした印象のまま過ぎて行ってしまったような気もしたりして。

タイトル・インデックスへ

【マグダレンの祈り】四星半

昔、シンニード・オコーナーというアイルランド出身の女性歌手が、アメリカの有名なインタビュー番組の生放送中にローマ法王の写真を破いて無茶苦茶バッシングを受けていたことを、ふと思い出した。アイルランドはカトリックが強くて未だに大変保守的で、特に若い女性への抑圧は相当のものだとは聞いていたけれど、そこまでするのはちょっとヒステリックなんじゃなかろうか、当時は思ったものだった。でも、今になってこうした映画を観てしまうと、過激な行動に走った当時の彼女の切迫感というものも、痛いほど分かるような気がしてきた。
この映画は無論、カトリック教会なるものの総てを批判したものではないと思うが、アイルランドという国の一部でごく近年まで、カトリックの組織の力を借りて、このような歪んだ形で若い女性に対する監視と締め付けが行われていたのは事実なのだろう。まいった。すごく久しぶりに思いっきりどっぷり感情移入して観てしまった。(で、かなり疲れた……。)中心人物の3人に成り代わり汚れ役を引き受けたアイリーン・ウォルシュこそが真の主役だと私は思う。“You're not a man of God !!”と彼女が何度も叫ぶシーンの痛々しさが忘れられない。(彼女が主演の【ジャニスのOL日記】という映画はなかなか面白かったです。)
それにしても、ピーター・ミュラン監督(現段階では俳優としての方が有名:今度阪本順治監督の映画に出るはず)の堂に入った演出ぶりは、まるでベテランみたいな風格がある。長編の監督は確かまだ2作目なんだっけ ? 凄いなぁ。

タイトル・インデックスへ

【マトリックス・レボリューションズ】五つ星

基本的に戦っているシーンばかりなので、何のために戦っているのか分からなくなってしまったらそりゃつまらないだろうし、マシン・シティとか何となく言われてもよく分からないだろうから、やはり過去の二作と【アニマトリックス】(特に『セカンド・ルネッサンス』)はおさらいしておいた方がいいかもしれない。その上で、ついて来れない人はついて来なくていい、とはっきり仰っている気がするので、ウォシャウスキー兄弟は本当にいい根性している。(ついてこれるかどうかというのは、観る人のオタク度で振るい分けられているのではなかろうかと、ふと思った。)
この先どうなるか分からないような不安定でオープンなエンディングも、私はかえって作者の誠意を感じた。一般的な意見もいろいろあるのだろうけれど、とにかく自分としては、あと10年映画を見なくていいかも……と一瞬思ってしまったので、その感覚を大事にしたい(無論、次の日も映画に行ったんですけれど)。言いたいことはいっぱいあるが、あまりにもいっぱいありすぎて、今の私には全部書いている時間もないので御容赦願いたいのだが、ただ一つだけ。学問的な意味づけなんてま~ったく分からないけれど、私なりに感じたところでは、この【マトリックス】三部作のテーマは「To be, or not to be」で、全編これ、“存在する”とはどういうことなのか ? という命題に関する、手を変え品を変えの問い掛けだったのではないだろうか。

タイトル・インデックスへ

【ミトン】三星半

【チェブラーシカ】のロマン・カチャーノフ監督の短編集。【チェブラーシカ】そのまんまを期待していくと拍子抜けしてしまうかもしれないが、こちらもやはり繊細な作風だし、人形の造形やセットの意匠などが案外モダンなところも面白い。それにしても、相手は人形だってのに、どうしてここまで哀愁を持たせることが出来るんだろう ?

タイトル・インデックスへ

【MUSA】四つ星

一部で言われているようだけど(?)、この韓国の武士たちが戦う動機というのは、かの【ラスト・サムライ】よりは分かるかなぁ。でもやり過ぎっていうか、結局女が可愛けりゃそれでいーのか ? って気もしないでもないけれど(確かにチャン・ツィイーがお姫様なら可愛いんだろうけれど)、アン・ソンギ様はやっぱりシブかったし、何より主人公のチョン・ウソンとライバルの将軍役のチュ・ジンモがとにかくカッコよかったので、総て許す。というかこれって、ある意味アイドル映画だったってこと ?

タイトル・インデックスへ

【息子のまなざし】四つ星

7年前に息子を殺した男の子(でもまだ未成年)とどう向き合うのか……決して声高に叫んだりしないけど、静かに語りかけてきて、ズシーンと残る映画。【ロゼッタ】に引き続き、ダルテンヌ兄弟の筆致はますます精緻で、雄弁だ。個人的に、オリヴィエ・グルメ演じる主人公の、実直に積み重ねてきた木工職人としての経験や技の重みこそが、主人公に行くべき道を指し示したのだと感じた。そんな“地に足をつける”という部分を演技で演じてのけられるオリヴィエさんって、本当に凄い。

タイトル・インデックスへ

【モロ・ノ・ブラジル】四つ星

ブラジルのサンバやアフリカの音楽のような、地響きみたいなパーカッションがお腹にずっしり来るタイプの音楽はどこか苦手だとずっと思っていたのだが、それは、彼等があんまりにも生命エネルギーに満ち溢れているのが、私の虚弱な体質に合わなくて辛いってことみたいだ。だから、この映画の全編に満ち溢れる音楽も決して得意という訳ではないのだが、ブラジルってこういう国なのかなぁというのが肌で感じられるみたいで、これはこれでいいんじゃないかと思った。一つ一つのディテールにこだわるよりも、音楽の洪水に身を任せる感じできっと正解。しかし、フィンランド出身のミカ(・カウリスマキ)兄さんがこういうのが趣味というのは意外というか……。

タイトル・インデックスへ

【ラスト・サムライ】三つ星

まず違和感を感じたのが、農村のど真ん中にまるでお寺みたいな武家屋敷がでかでかと建っていて、謙さん軍団はどうやらそこから出撃しているらしいこと。(江戸時代以降はお侍さんと農民は身分も生活圏もくっきりと分けられていて、農村はあくまでも農民の世界、お侍さんはお城の周りの城下町に住むものと相場が決まっている。)あと、薩長出身の役人中心に固められているはずの明治維新時代の政府が、何故か謎の財閥男一人に牛耳られているらしいこと。謙さん軍団の本拠地があるらしい“吉野”に何故か熱帯の植物が鬱蒼としていて、しかも政府があるはずの東京との距離感が全く不明なこと。中央政府に反旗を翻しているはずの謙さんが、明治10年近くになっても政府から遠ざけられておらず、易々と出入りしているみたいなこと。あと、村の入り口が鳥居だったり、道端の地蔵が大仏だったり……。自分はそんなに時代劇を見る方じゃないと思っていたけれど、小さい頃から折に触れ着々と刷り込まれ続けてきた時代劇的知識というのは案外すごく大きいものだったのだな、と今更ながら自覚した。(そういえば大昔、NHK大河ドラマの『花神』の大ファンだったんだよなー。かのお話の主人公は、明治新政府の軍隊の整備に尽力した大村益次郎という方で……ん ? 何かに似ているような ? )でもって、背景の描き方がそのようにいい加減なものだから、私には、謙さん達が結局何を目指して何のために戦っているのか、最後までさっぱり理解できなかった。
いくら“日本人キャストの人達が現場に毎日貼り付いておかしい箇所のチェックをした”と言っても、多分それは現場レベルで直せる程度の枝葉の部分の話であって、撮影に入る段階では既に、設定の根幹に関わるような根本的な間違いや矛盾なんかには手の出しようがなかったんじゃないのかな。まぁ、時代考証さえ気にならなければ、これはこれで勢いで楽しめる部分があるのかもしれない……が、私は、最初から最後まで思い切り気になってしまって、ほとんど駄目だった。たかがハリウッド映画なのだからと最初から割り切って見ていればそうでもなかったのかもしれないが、なまじ、日本の文化や歴史を未だかつてないほど綿密にリサーチして作ったとか自信満々に豪語していたりするものだから……。これなら、自分の作るものはウソ宇宙だと最初から明言しているタランティーノの方が、まだ罪が軽いんじゃないだろうか。しかし、このくらいの出来のものを手放しで絶賛している日本の評論家連中って、本っ当に信用できねーわ。

タイトル・インデックスへ

【蕨野行<わらびのこう>】三星半

よく考えると、恩地日出夫監督の映画を観るのは初めてだったりする ? じっくりと腰を据えて撮ったということが誰にでも分かる映画の厚みは、さすがだと思う。
でも観ていて気になったのが、主演の市原悦子さんと新人のヒロインさんの方言での語りの掛け合い。超名人芸の市原さんと並べてしまうと、方言そのものに慣れていない新人さんがどう頑張ったって、あまりにも落差がありすぎる。この構成だけは何とかならなかったものでしょうか。
製作が『日本の原風景を映像で考える会』となっていたのだけれど、日本の原風景って“働かざるもの食うべからず”ってことなのかしら ? いやいや茶化すつもりではなく、これは結構根深いメンタリティの問題だと思うので。

タイトル・インデックスへ

ご意見・ご感想はこちらまで


もとのページへもどる   もくじのページへもどる