Back Numbers : 映画ログ No.77




【あゝ ! 一軒家プロレス】三つ星

良くも悪くもVシネ的かな。演出は思ったよりよくこなれてて安定感があるけれど、ストーリーは適当というか、プロレス・シーンの釣瓶打ちを見せられればそれでいいというか……。でも、橋本真也さんやソニンちゃんのファンの人なら十分楽しめるのだろうし、それ以上のことを目指してないのなら、それでもいいんじゃないだろうか。

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【犬猫】四つ星

久々に見た真性の女の子映画 ! 主演の女の子二人の性格の対比がもっと分かりやすくてもいいかなとも思ったけれど、二人のテンポ感、空気感は独特でいいなぁ。まだ自主制作っぽいテイストがいい意味で残っているのが好ましく、この味を今後もこのまま持ち続けて生かして行ってくれれば、大いに期待が持てそう。井口奈己監督、これからも頑張って下さいね。

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【イブラヒムおじさんとコーランの花たち】四つ星

オマー・シャリフは一瞬オーラがあり過ぎるようにも感じたが、さすがは名優、すぐ気にならなくなった。観ている時は何ということもなしにふ~んという感じだったが、よく考えてみれば、少年が住んでいたのは昼間から娼婦が山ほど立っているような決して雰囲気がいいとは言えない地区で、おまけに彼は親の愛情にもろくに恵まれずに育ったのだから、普通はもっと荒んだイメージになっても当たり前のはず。でも少年の記憶は、まるで夢の中の世界みたい甘やかで優しく、イブラヒムおじさんは少年に、地に足をつけて地道に生きていくことの大切さを教え、彼等はついに、お互いを親と子として選び取りさえする。この映画にはとても大きな愛が描かれている。後からつらつら考えてみるにしみじみいい映画だったなぁと思った。

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【インストール】三星半

生きている実感がつかめないある10代の女の子の試行錯誤を定点観測したお話。ちょっとマセた小学生(神木隆之介君以外には出来ない役 ! )と出会ってネット上でH系のアルバイトをするというのは、単にストーリーを作る上での道具立てに過ぎないんじゃないかと思う。パンツが見えそうだったり瞳をうるうるさせていたりする上戸彩さんのいくつかのショットの撮り方などはあざといと思ったし、ぼそぼそ喋る系のナレーションで雰囲気をごまかしている感じは好きじゃないし、このお話が何かもの凄いものを表現しているとも思わなかったけど、それなりに可愛くパッケージングはされていて、某誌の評ほど悪くもないんじゃないかと思ったけど。

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【ヴィタール】四つ星

死んだ彼女の解剖に執着することで記憶を取り戻し気持ちを昇華させる医学生(浅野忠信)。私はもっとリアルな解剖のドキュメンタリーなども見たことがあるので、表現としてはもう少し肉迫して欲しい気もしたのだが、一般的な映像コードとしてはこれくらいで限界でしょうか。あまりに特異な愛の世界で、あまり誰にでもは薦められないと思うが、やっぱり塚本晋也監督、表現に強度があって引きつけられるのは間違いない。後半、幻想のシーンと共に増えるカラーの鮮やかさが印象的。色には生命が宿っているんだね。

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【岸辺のふたり】四つ星

たった8分で少女の一生分の時間の経過を見せきり、彼女がずっと抱えていた思いを見事に昇華させる。このシーンの切り取り方や墨絵のようなシンプルな線が本当に見事。これは短編アニメ界の歴史に必ず残る、紛うことなき傑作であろう !!
しかし、いくら上映時間が短いからって、同じ作品を2回繰り返して流すような上映形態はどうも……おまけに、間に“有名人のコメント”とやらをだらだら挟むなんて勘弁して。浸っている時には他人の意見なんて邪魔なだけ。感動も一挙に半減してしまったのですが。

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【銀のエンゼル】四つ星

なんかお客さん多かったなぁ……恐るべし、『水曜どうでしょう』チーム。小日向文世さんの、頼りなく、情けなくも一生懸命頑張るお父さんの姿が凄くいい味出してました。小日向さんを主役に据えて映画を作ろうというそのセンスが好きですねぇ。あと、西島秀俊さん。最近【犬猫】などいくつかの映画でお見かけしたのですが、誠実なんだか得体が知れないんだか分からないけどそこはかとなくユーモアを漂わせるような存在感がいいですね。

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【恋に落ちる確率】三つ星

“これは映画だ、現実ではない”って……そりゃまぁそうなんだけど……そこで私はのっけから醒めてしまって、入り込めなくなってしまったんですよね。もともと、トリッキーな展開だけが売りのラブ・ストーリーって、最近はどうも苦手だし。まぁ、これもあまり一般的な感想ではないのかもしれませんけれども。

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【《恋文日和》】三星半

ジョージ朝倉さんの漫画を原作にした、“手紙”をテーマにしたオムニバス映画。どれもなかなか印象に残る話でよかったけど、屋上で文通をする最初の話と、つなぎの部分の、勤めている便箋ショップの店長さんに片思いをする話が、特に好きかな。大倉孝二さん、塚本高史さんなどの俳優陣も魅力的。それなりによくまとまっていて悪くはないと思うけど。

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【恍惚】三星半

トリュフォーの【隣の女】のファニー・アルダンとジェラール・ドパルデューのカップルがついうっかり結婚してしまうとこんなふうになる……はずはないが。タバコを吸う姿もあまりにかっこいいファニー・アルダン様はやっぱりどうしてもカタギの人には見えないが、彼女が普通じゃないことを依頼する娼婦(エマニュエル・ベアール、ハマりすぎ ! )との間に友情ともつかない奇妙な関係が成立するのが、何ともスリリング。でもそのオチは一体何なんだ~~ !! それまでの緊張関係もなんか崩れ去ってしまったような気がしたのは私だけ ?

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【ゴーストシャウト】二星半

これも良くも悪くもVシネ的な匂いがした。しかし、幽霊との交渉人=ゴーストネゴシエーター(改名前の原題ね)という発想は面白そうでも、ヒロインがガサツで粗暴なばかりでちっとも共感できないところがどうも戴けない。男が見ても女が見ても魅力的な美点を何か付け加えることができれば、俄然面白くなりそうなのに。あと、せっかく彼女をネゴシエーター会社の一員として登場させているのだから、いろんなタイプのネゴシエーターを登場させたりして、チームとして活躍させた方がもっと幅が出たと思うんだけどな。でもって全体的に、小手先でそこそこひねってみた映画より、突出して魅力的な何かがある映画を目指して欲しいような気がするんだけど。

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【ゴジラ FINAL WARS】二つ星

小学生の皆さ~ん、面白かったですか ? そうか、それはよかったですね~。おばさんはちっとも面白くなくて疲れてしまいましたけどね。怪獣が映ってる部分はそれなりだったかもしれないけど、受け皿としてのドラマの部分が駄目では、せっかくの特撮の部分だってちっとも生きてこないんですよねぇ。予想はしていたけれど、北村龍平監督は、ドラマの演出がやっぱり幼稚というか、ちっとも上達する気配がない。これじゃお子様は騙せても、大人の鑑賞には堪えられない。これが最後のゴジラだって言うけれど(以前もそんなこと言っていたような気はするのだが……)、こんな出来のものしか作れないなら、そりゃ続けたって意味ないかも。というか、これを由緒あるシリーズのクライマックスと銘打つなんて、東宝さんは本当にそれでいい訳なの ?

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【五線譜のラブレター DE-LOVELY】四つ星

生歌まで歌ってるやっぱり芸達者なケヴィン・クライン様(実は昔、ミュージカルへの出演経験もあるのだそうで)に、こういうクラシカルな美人こそが本当に嵌まるアシュレイ・ジャッド様。こういうミュージカルを創ろうと発想して完璧に創り上げることができるのがハリウッドの実力だなぁと思う。アメリカのショウビズ界の伝説的な作曲家、コール・ポーター氏のバイセクシュアル的な側面にもきちんと触れているのもなかなか進歩的でいいんじゃないの。ただ、コール・ポーターという人自身が日本人にはちと馴染みが薄く、興味が湧きにくいのが難点か……。

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【酔画仙】四つ星

チャン・スンオプさんという方は朝鮮三大画家の一人だという。それほど昔じゃない韓国にこんな画家さんがいたことも知らなかった。画面の中で見る限り、日本の絵の系統とはまた違う画風で面白いですね。
この伝説の画家の生涯を描いたイム・グォンテク監督による本作は、久々に芸術作品として創り上げられた映画を観たなぁという感じ。やっぱりこんなふうに、積み上げられて後に残るようなものを観たいし、そういうものを残していけるような生き方がしたいものだなぁと、いたく感じた。ともあれ、【オールド・ボーイ】でも気を吐いていたチェ・ミンシクさんの熱演は、若い方にも必見ではないだろうか。

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【スーパーサイズ・ミー】三星半

○クドナルドを一日三食食べ続けるとどうなるか(しかもアメリカのどデカサイズで ! )という体を張った実験に、文字通り生命の危機を賭してまで真摯に取り組んだ監督の姿は敬意に値する。けれど、他のものを食べることなくこれだけの量のジャンク・フードを毎日食べ続ければ体に悪いに決まってるじゃん、ということを、実際にこういう目に見える形にまでしないと分からないだなんて……どうしてアメリカ人の感覚って、そこまで壊れてしまっているのだろう ?
で、健康その他に対する少々の問題があったとしても、派手なCMや謳い文句でゴマかして消費者をダマくらかして売り込んでOK(バレなければ)、という利益最優先の企業の姿勢、ひいてはそのような文化を生み出している土壌に対してズバっと切り込むのかと思いきや、何だか奥歯に物がはさまったような言い方で、明快な視座を呈示することは敢えて避けられているような。コマーシャリズムは世界を幸福にするのか、という大命題に届きそうで、そこまで届かなさそうで。まぁ、天下のマクドナル○に何か訴訟でも起こされた日には勝ち目はないだろうから、こういった表現がギリギリ限界、後は皆さんで色々考えて下さいと言うのが精一杯だったのかなとも思いますが。

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【ターミナル】三つ星

周りの人は皆楽しんでいらしたみたいだから、これはきっと世間の一般的な感想とはかなり違っていて、あまり参考にはならないんじゃないかと思うのだが……私にはトム・ハンクスが、東欧または旧ソ連圏辺りと思われる国からの旅行者にはどうしても見えなくて、全くお話に入っていけなかったのだ。特に、言葉が分からずコミュニケーションに事欠く様をお間抜けに描写してみせたところなど、殺気すら覚えたほど。言葉の通じない国で一度でも泣きそうな気持ちになったことのあるような人なら、あの世界から切り離されてしまったような寄る辺ない心細さを、決してこんなふうに茶化してみせたりはしないんじゃないかと思う。そうなると、自国でのクーデターのニュースを見て涙を流すところなども、わざとらしくそらぞらしく感じられて、もうついていけなかった。
トム・ハンクスが天下の名優だということは全く疑ってはいないけれど、アカデミー賞までもらった【フィラデルフィア】でのゲイの男性の役が実はあまり板についていなかったように、彼にも想像力の及ぶ範囲と及ばない範囲があるんじゃなかろうか。徹頭徹尾アメリカ人でしかありえないトム・ハンクスやスピルバーグ監督ではなく、この世に違うバックグラウンドが存在していることを理解できる人が同じモチーフの物語を作れば、私にとってはまだしも興味が持てたのかもしれないが。

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【バッドサンタ】三つ星

アメリカにおけるサンタ信仰は、日本のそれとは多分比較にならないような強固なものがあるのだろう。テリー・ツワイゴフ監督は、そのサンタなる存在へのアンチテーゼという線を狙い過ぎてしまったのではないだろうか。ビリー・ボブ・ソーントン演じるあまり上品とは言えない主人公は、何もそこまで……といった感じが強くてあまり共感もできない上、話の展開も予想を逸脱しない範囲といった感じで起爆力に欠け、どうもいまいちだったような。

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【ふたりにクギづけ】四つ星

まぁファレリー兄弟じゃなきゃこんな話は思いつかないわよね。でも、かつて映画の中で観た双子の話が概して不吉で陰気な話だったような気がするのに引き換え、本作中の結合双生児(一般的には“シャム双生児”ともいう)の物語は、何ともハートウォーミングでチャーミング !! 本作はあくまで、生まれた時から文字通り(!)片時も離れずにいた仲良し兄弟がお互いを思いやるお話であって、その設定に奇矯さは微塵も感じられない。脚本も大変よく練られており、ファレリー兄弟の監督作でも最も完成度が高いのではないだろうか。この脚本のユーモアと寛大さを理解して出演を決めたグレッグ・キニアとマット・デイモンはあまりにエラい !! だってトム・クルーズなら、どれだけオファーされてもこの作品には死んでも出なかったと思うもの。
あと必見なのは、御本人役で登場のシェール姐さんでしょう ! ちょっと人気が翳り気味で、テレビのドラマ・シリーズに嫌々出演するという捨て身の役どころ ! 何度か書いたことがあるけれど、セルフ・パロディが演じられる人ってやっぱり一流なんですよね。

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【ベルヴィル・ランデブー】四つ星

原題は“ベルヴィルの三つ子”で、あの三人のお婆ちゃん達が若かりし頃に歌っていたマヌーシュ・スウィングのテーマソング(ジャンゴ・ラインハルトみたいな人が伴奏をしている)が邦題の“ベルヴィル・ランデブー”。本作に関しては、邦題の方がイケてると思う。宣伝&配給の人に拍手 !! ストーリーは割とシンプルだと思うので、この耳に残る音楽と、独特の絵柄が織り成す表現の面白さが、本作の一番の見どころかな。子供の時も大きくなっても強烈なシャンピオン君のビジュアルや、犬のブルーノ君のシュールな夢も面白かったけど、特に印象深かったのが、三人のお婆ちゃん達のオフタイムのしどけない姿の描写の容赦のなさ。お年寄りを描くというのなら、ヘンな美化も迎合もせずここまで徹底しなくっちゃ。ここだけは【ハウル…】にも見習って欲しかったところかもしれない ?

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【ポーラー・エクスプレス】三つ星

トム・ハンクスが登場人物を何人も演じて、モーションキャプチャーで取り込んでモーフィングしてあるんですってねー。凄いなー。そういう技術には目を見張るものがあり、噂に違わず、緻密な絵がそのまま動いているような画面は本当にきれい。でもそのリアルタッチで描くサンタさんの話というのが、微に入り細に入り過ぎていて、そこまで何もかも具体的にしてみせなくても……という気分にさせられてしまう。サンタさんは何やら北の方に住んでいるらしい、くらいいい加減な方が夢があっていいじゃないの。全てを即物的に具現化させてみなければ気がすまないというのは、いかにもアメリカ人らしいのかもしれないが。

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【マイ・ボディーガード】四つ星

原題は【Man on Fire】で、主役はあくまでもデンゼル・ワシントン。それはそれは凄惨な復讐劇の本作は、血生臭いったらありゃしない。(アメリカ海軍のテロ対策班ってそんなにエグいことをやっているのか……。)でも原作では、ダコタ・ファニングが演じていた少女はもっと酷い殺され方をするらしいので、これでも一応はハリウッド仕様にしてあるんだそうな。ここ何作かはあまり見る気のしなかったトニー・スコット監督作だが、本作は、ギリギリまで尖らせた演出がバッチリ嵌まっていた印象。ただ、ゆめゆめ【ボディガード】のイメージで見に行かないように御注意を !!

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【Mr.インクレディブル】四つ星

もうとっくの昔から、マッチョなムキムキマンが一人、ヒーローでござ~いって活躍する時代ではない訳で。ならどうするのかって、おねーちゃんもお坊ちゃんも奥さんも、一家まとめて全員ヒーローにしてしまえ !! って、この発想は目からうろこ、恐れ入った ! これならフェミニズムの皆さんの神経を逆撫ですることもなく、アメリカ人の家族主義にもぴったりマッチして万々歳。ただ、このアメリカ式の家族主義と日本人の家族観には微妙な温度差があり、これを日本の市場に導入するにはもう少しだけ調整が必要だったかも。が、一旦観始めさえすればとにかくワクワク・ドキドキ。特に皆がそれぞれの能力を出し合って敵に立ち向かう後半の盛り上がりなんて最高 ! 60~70年代辺りのスパイものを彷彿とさせるオシャレな音楽の使い方も抜群にうまし。さすがはピクサーもの、ストーリーも仕掛けも全く外しておらず、確実に楽しめます。
実は、同ブラッド・バード監督の【アイアン・ジャイアント】はまだ未見なのですよ。あちこちでかなり評価の高い作品なのですが、これはやはり早急にチェックしておくべきかしら。

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【約三十の嘘】四つ星

6人の詐欺師たちを主人公に、ほぼ全編、移動中の寝台特急という室内で繰り広げられる、大谷健太郎監督お得意の会話劇。普通、劇を原作にした映画というのはもっとのっぺりとした印象になりがちなのだが、本作は全くそんなことはなく、詰めの甘いところが一流になりきれない所以のどこか人間臭い彼等(はなから一番クサいと思っていた黒幕の言う通り)の虚々実々の駆け引きを、脂の乗った役者さん達(椎名桔平、中谷美紀、妻夫木聡、田辺誠一、八嶋智人、伴杏里(この人だけはほぼ新人))が余すところなく見せきってくれる。サントラを務めるクレイジーケンバンドの、いい意味でのいかがわしさがまたピッタリ。変だなぁ、私は基本的に嘘つきって嫌いなはずなのに、彼等をいとおしく感じてしまうのは何故なんだろう。それはきっとこの映画が、嘘をつくことにしか生きている実感を見出せないという彼等の真実を描いてみせているからに違いない。

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【理由】四星半

ある高層マンションでの殺人事件。大林宣彦監督は、試行錯誤の末、宮部みゆき氏の原作通り、重要な登場人物も、ただの通りすがりの幾多の証人たちも、皆同じように扱い、同じようにマイクを向けてインタビューをする形式で描いた。この方法を採用することによって浮かび上がってきたのは、関わりあう人間の数だけ存在する数限りない視点と、その間で右往左往するしかなく、様々な相に引き裂かれ分裂している、正に今の時代における人間の意識の在り方、その意識の森の奥にぼんやりと拡がる果てしない無明の闇の存在と、そこに呆然とたたずむことしかできない私達自身の姿。こんなものを映画で描いてみせたのは、もしかして大林監督が初めてなんじゃないだろうか。あの棒読み調とか、テーマソングなどの、個人的には必ずしも好きではない部分を差し引いても余りある(←真性の大林ファンには、この妙な味が凄く魅力的らしいのだが)。これは映画史に残る事件かもしれない。

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【レディ・ジョーカー】三星半

例によってあまり本を読まない私だが、寝食を忘れるほどに読み耽った高村薫さんのこの原作にだけは心底惚れ込んでいる。で、映画化されると聞いた時、鄭義信脚本&平山秀幸監督のコンビならもしかして何かやってくれるかもしれないという期待を抱いたのと同時に、主演が渡哲也さんというのに不安を覚えたものだった。「……この人に市井のおじいさんの役を演じられるのかしら ? 」で、その予感はほぼ的中してしまった感じ。
あまりに多くの立場の人間が重層的に入り乱れる原作の長大さからすると、プロットがある程度端折られてしまうのは仕方がないかなと思っていたが、そうして刈り込まれ、残された物語は、ラスト・シーンを除けば、ほぼ原作通りのイメージを彷彿とさせるなかなかの出来だった。(ラストも出来れば原作どおり、人間の営みの総ての澱を浄化するような緑の草原にして欲しかったところだが。)原作ほどの複雑な心理描写を避けたせいなのか、原作のシリーズの主役である警察官の合田雄一郎役の徳重聡さんも思ったより悪くもなくて一安心。ただ、その中で、唯一にして致命的な欠陥だったのが、やはり主役の渡さんだった……。
ビールへの毒物混入による企業脅迫という大事件を起こす“レディ・ジョーカー”のリーダー的存在であるこの主人公が、どこにでもいるようなごく普通の庶民のおじいさんであったというのは、この物語の生命線に関わるような非常に大事な要素で、決して揺るがせにしてはならない部分だったんじゃないかと思う。故にこの役を演じる役者さんは、一般市民の皮を被ることができるか、少なくともその匂いを醸し出すことが出来る人でければ意味がなかった。だが渡さんという方は、どう転んでも徹頭徹尾スターのオーラから逃れることが出来ず、敢えてそれを消してみせるということが出来ないタイプのお方なのだ。(だからこそ世間には、彼にしか演じられない役というのもある訳だが。)残念ながら本作では、その存在感と役柄が完全に遊離してしまっていた……。重みを失って上っ滑りに崩壊していく台詞を聞きながら、私は本作のプロデューサーの諸氏を呪った。どうしてせめて、山崎努か緒形拳にしなかったのよ !? 他の点がどれだけ素晴らしかったとしても、主役がイメージに合わないというのは、やっぱり評価を厳しくせざるを得ないではないか。
で、この映画を見た後に【理由】を観て、またもや思ってしまったのだ……どうして【理由】に出来て【レディ…】に出来ないなんてことがある !? 原作のスケール感をそのままに、世紀の名作『レディ・ジョーカー』を映画化する方法は、この世のどこかにやっぱり存在していたのではなかったか。そんな白昼夢が、頭から消えてくれない。

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