王子さまお姫さま
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はるか北の地に小さな小さな王国がありました。
そこは一年中深い雪におおわれ、人々は一日中家の中でカイコを育て糸を
紡ぎ、そして機を織って生活していました。こんな土地では作物は作れませ
んし、牛や豚を飼うことも出来ません。でも幸いな事に大昔から伝わる機織り
のおかげで国民の誰一人飢える事はありませんでした。なぜならこの国の
織物はすばらしく美しくて、とても高い値で売れるからです。

おまけに、国王さまは慈悲深いお方で、織物で得た食料や衣料、装飾品の
類まですべて国民全員に平等に分け与えて下さるのです。お城の中では
お后さまも機を織っています。数人の使用人たちと一緒に織物の出来具合い
を競ったり、マユから糸を取りながらおしゃべりに花をさかせる事もあります。
国王さまはカイコの世話のほかに機織り機の修理もしますし、出来上がった
織物を南の国まで売りに行ったりします。

そうです。
この国ではみんな同じように働いて同じように生活しているのです。
いばっている人なんか一人もいません。だから誰が国王さまでお后さま
なのか見ただけではわかりませんし、皆、普段はあまり意識していません。
でも、国民はみんな心からこの二人を愛し、尊敬しているのは言うまでも
ありません。

いつものように馬車にたくさんの食料などを積んで、国王さま御一行は
帰路を急いでいるところ。美しい織物はすべて高値で売れたので、今回も
全員にたくさん分けてやる事が出来そうです。けれども国王さまはあまり
嬉しそうではありません。何度もため息をついては考えこんでいます。
同行している男達が心配して尋ねますと、国王さまはしばらく男達の顔を
見回して、思い切ったように理由を話し出しました。

それは・・・縁談でした。
国王さまとお后さまには娘がひとりいます。まだ13才になったばかりで
結婚するには早すぎます。それが急に南の国の王さまから申し出が
あったのです。
王国間の縁組みはよくあることです。しかし、大抵の場合それは政略結婚
です。国王さまは、愛する娘には幸せな結婚を望んでいましたので、何か
理由をつけてなんとかして断るつもりでおりました。

南の国の王さまには4人の王子がいて、1番上は跡取り、2番目は東の国
の姫と、3番目は西の国の姫と縁組みをしていました。よって末っ子の王子を
北の王国にというのは当然の話で、跡取りの男子がいない王国はそのまま
彼のものになってしまうでしょう。そして、今まで分け隔てなくやってきた北の
王国は、南の国のように身分による差別が生じるかもしれないのです。
しかし、国王さまにはこの縁談を断る事は出来ませんでした。
それは戦争を意味します。それだけ南の国は大国なのです。

男達は皆ガックリと肩を落としました。あまりにも突然の話にどうして
いいのかわかりません。でも決して自分達の事を心配していたのでは
ないのです。国王さまのために何もしてあげられないのが悲しくて
なりました。こんなにやさしい国王さまは他にいません。うなだれる
国王さまを囲んで男達はなぐさめの言葉をかけます。
王国に帰ったらまず会議を開こう。お后さまや使用人、女達もみんな
集めて意見を出し合うのだ。きっと何かいい案が出るかもしれない。
そうだ。それがいい。

ところが、いざ会議を開いてもこれといった意見が出ません。
彼らは今まで争いごとなんてした事がなかったので解決策なんて思い
つかないのです。誰もが突然の不幸にただただ嘆くばかりで、
肝心のお姫さまへ、誰がどのように結婚の事を伝えるのかすっかり
忘れておりました。

そこへ、いつものお姫さまの遊び仲間で、幼なじみでもある少年が
やって来て言いました。
「国王さま、結婚の話は本当ですか。お姫さまはたいへんショックを
受けて、お部屋に籠もってしまわれました。しばらくは誰とも会いたくない
と言っておられます。」

少年の言葉に、国王さまは驚きました。もうあれこれと迷っている場合
ではありません。愛する娘が縁談で心を痛めているのです。父親として
なんとかしなければなりません。
それで国王さまは南の国へ使者をやる事にしました。娘が重い病なので
結婚は出来なくなったと、ウソの手紙を書いたのです。すぐにバレてしまう
のでは、という意見もありましたが、もし南の国の人が確かめに来ても
見ただけでは誰がお姫さまかわからないだろうから、皆でごまかせばよい
という事になりました。では、誰が使者となるのか。
少年が手をあげました。お姫さまについて何を聞かれても答えられるし、
自分なら疑われないようにうまく説明できる、と力強く言います。大人達は
ほかに立候補する者がいなかったので、まかせる事にしました。

南の国の王さまは使いの少年の顔をしばらく睨み付けてから、側近の
者たちへ手紙を見せました。すると、皆が驚いた顔をして、同じように
少年の顔を見ます。
王さまは、少年に尋ねました。
「ここに書いてある事はまことか。本当にお前が我が末の王子と戦う
つもりなのか。」
少年は、きっぱりと答えます。
「はい。お姫さまがお望みです。」
王さまは信じられないといった顔をしながら、隣にいる末っ子の王子に
問いかけました。
「北の国のお姫さまは、結婚の条件に剣の腕を試したいと言ってきた。
王子よ。そなたは、この少年に勝つ自信はあるか。」
王子さまは、チラリと横目で少年を見ると
「こんな子供に私が負けるはずないでしょう。」と言って笑いました。

結果は、なんと少年があっさりと勝ちました。
体格から言えば圧倒的に王子さまの方が立派だったのですが、少年の
動きは素早いうえ、剣さばきは戦士並みでした。剣をはじき落とされて
しりもちをついてしまった王子さまは、顔を真っ赤にして、叫びました。
「子供だと思って油断したのだ。次は必ず勝ってみせる。」
すると、少年は王子さまの剣を拾ってから彼に近づき、
「どうぞ、剣を」と手渡しました。そして、にっこり微笑むと
「私は何度でもお相手いたします。」
と言いました。

二人の様子を見ていた王さまは、すぐに戦いをやめさせました。
そして少年に言いました。
「お前はなかなか強いようだ。王子はもっと鍛えることにしよう。
お姫さまには、王子がもっと強い男になってから、もう一度改めて
結婚の申し込みをしに行くと伝えるように。」

少年は王さまの手紙をしっかりと胸に抱き、踊るような足取りで
お城を出て行きました。そして、南の国のはずれまでくると、
それまで我慢していたのか、急に大声で笑い出しました。

北の王国に着いた少年は、誰にも見られないようにしてお姫さまの
部屋へ行きました。部屋は中からカギがかかっていましたが、少年が
合図のノックをするとカチャリと扉が開きました。そして、中から顔を
出したのは・・・なんと、お姫さまの幼なじみの少年でした。
それでは、南の国に行って来たのは誰でしょう。

もう、おわかりですね。
使者としてだけでなく、王子さまと戦いまでやったこの少年こそ、
男の格好をした、この国のお姫さまだったのです。

お姫さまは幼い頃からとても気が強く負けず嫌いでした。
やさしい国王さまは何でも娘がやりたいようにさせました。だから
少年達と遊ぶ事も、戦士から剣を学ぶ事もやめさせたりしませんでした。
お姫さまは聡明でもありましたので、いろいろ学ぶうちにこの国の
弱点に気が付きました。それは国王をはじめ国民全員が争い事に弱い
ということです。これでは国の将来が不安です。
そう思っていた矢先、深刻な雰囲気で会議が行われていて、こっそりと
のぞいてみると、自分の結婚話で皆が暗く沈んでいたのです。

お姫さまは、国王さまたちがあまりにも消極的なので腹が立ちました。
それで自分が何とかしようと決心すると、すぐに幼なじみの少年を呼んで
協力させ、南の国と争いにならない方法を考え、それを実行したのでした。
当然の事ですが、これはお姫さまがまだ子供で女らしくなかったので、
うまくいったのです。
そして、負けず嫌いの性格が、このアイデアを思いついたのでした。

南の国では毎日、末っ子の王子さまが剣の修行にはげんでいます。
もう、結婚の事など彼にとってはどうでもいいのです。とにかく強くなって、
あの時の少年に勝ちたいと、そればかりを考えていました。
それなのに、なぜか頭の中には、やさしく微笑んでいる少年の顔が
浮かんでくるので、あわてて打ち消すように、剣をふりあげたのでした。

さてさて、この続きは、彼らの成長を待って書くといたしましょうか・・・




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