四季のうた
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素子は待っていた。もうすぐ彼がやってくるのだ。
どんな顔をしたらいいだろうと考えるだけで
胸がドキドキして、じっとしていられない。
このままずっと この夢心地でいたいと思った。

放課後の運動場で、サッカー部が練習をしている。
どろだらけのユニフォームの「16」番がテツヤだ。
素子の目はいつも彼の姿を追っていた。高校に入学して
同じクラスになってから、テツヤは気になる存在だった。
普段は全然目立たなくて、口数も極端に少ない彼が
サッカーをやってる時は別人だった。大声をはりあげ
がむしゃらにボールを追いかける姿に素子は感動した。
「あいつ ホントは熱いヤツなんだ・・・」

以前 素子はテツヤに話かけたことがある。
しかし、彼は素子の方を見ようともせず、一言も
しゃべらず逃げるように素子の側から離れて行った。
素子は、自分が嫌われているのかとショックを受けた。
あとで、彼が誰に対してもそうであるのを聞いて
少し安心した。人見知りしただけなんだ。
それでも もう声をかける気にはならなかった。
テツヤには人を拒絶する雰囲気があった。

一年がすぎ、また同じクラスになった。
相変わらずテツヤはサッカー部では生き生きと輝いていた。
素子はそんな彼をいつも遠くから見つめていた。
視線を感じたのか、たまにテツヤが振り返る。そして、
素子と目が合うと、真っ赤な顔をして走り去ってしまう。
素子にはそれだけで十分うれしく思えた。

「話があるから待っててほしい」
ある日、素子はテツヤから声をかけられた。
素子は信じられないと思った。あのテツヤからはとても
考えられないセリフだった。でも確かに彼が言ったのだ。
思わぬ展開に、素子はあせった。そして考えた。
「なんで私に? 話って何だろう...」
ふとある思いが頭をよぎって、顔がほてってきた。
「こういう場合は やっぱりアレかな。」
素子は期待を込めて、確信していた。

もうすぐ サッカー部の練習が終わる。
まもなくテツヤが来るはずだ。
素子の心臓はどんどん早くなっていった。
この一年間 いつもテツヤの事を考えていた。
素子の視線に、きっとテツヤは気づいたのだろう。
「ついに私の想いが通じる時が来たんだわ。
この瞬間を一生忘れないわ。きっと。」
素子は テツヤがどんな言葉をかけてくれるのか
想像しながら、ウキウキと待っていた。

そこに来たのは テツヤではなかった。
サッカー部の先輩で、素子は知らない相手だった。
事態が呑み込めない素子に、その先輩は説明する。
いつもサッカー部の練習を見ていた素子に一目惚れ
した事、同じクラスのテツヤに頼んで呼び出して
もらった事、そして他にもいろいろ話してくれたけれど
素子の耳にはもう届いていなかった。

素子は混乱していた。
「なんでこうなるの?」 もう何も考えたくなかった。
今すぐこの場から消えてしまいたいと思った。

その時、どこからか歌声が聞こえてきた。
コーラス部の練習だろうか。美しい歌声だった。
なぜか素子は 今起きた事を忘れるように
歌に心を奪われていった。

♪春を愛する人は 心清き人・・・・
「四季のうた」だった。
どこか寂しげに聞こえるメロディが
今の素子のぽっかりと開いた心の中に
やさしく やさしく響いていた。

素子はテツヤの事を思い浮かべた。
ぶっきらぼうな 愛想のないテツヤ。
何を考えているのかわからないテツヤ。
他人に無関心で マイペースなテツヤ。
サッカーやってる時だけ感情を見せるテツヤ。
シャイで 頑固で 実はアツイ・・・

「そうだ。私は知っている。」
素子は一年以上もテツヤを見てきている。
テツヤの欠点と思える部分も含めて、全部が、
素子が好きになったテツヤなのである。
思い当たって、素子は気が抜けてしまった。

”な〜んだ。私の独りよがりだったんだ。”

心配そうに素子を見ている サッカー部の先輩。
どうしたらいいのか わからなくて落ち着かない様子
の先輩に、素子は親近感を感じた。この人の気持ちは
きっと自分と同じなのだろうと思った。
「私も 今 片思い中なんです。だから、ごめんなさい。」
素子は できるだけ明るく言った。
それを聞いて、先輩はテレくさそうに「そっか」と言って
歩きだした。「お互い頑張ろうな。」と付け加えて。

素子はうれしかった。
自分と同じ思いをしている人がいる。(相手は違うが)
それに、片思いだから良い、と気が付いた事がある。
自分の中のテツヤは、決して裏切ったりしない。
テツヤを見ている時の自分は、とても幸せでいられる。
だから、これからもずっとテツヤを見続けよう。
ついでに先輩も。

素子は 歩き出した。鼻歌を歌いながら。
調子のはずれた 「四季のうた」を。



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