1998 Nov. 前期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

Nov. 2nd(Mon.)

午前中は自宅で仕事をして、午後から京大数理研へ。 論文をコピーして、師匠の T 教授のところに寄って話をして帰る。

今日の読書。「これからの幾何学」(深谷賢治)など。

読書もまた技術である。
例えば、楽しみとして小説のようなものを読む時も、 知識を得るために専門書のようなものを読む時にも、 それぞれの技術と共通の技術がある。

と、急にそんな話になったのは最近の本の整理で、 昔自分が読んだ本を開くと不細工に傍線を引っぱってあったりするからで、 それを見ると昔の自分の程度が分かって恥ずかしい思いをする。 本に鉛筆で傍線を引く人は結構いると思うが、 あれはうまくやれば本当は非常に畏るべき技術になる。 感心した所にあとで引用でもするつもりなのか、ぐいぐいと傍線を引いてある などというのは初歩の部類で、達人になると、 例えば、傍線を引いた所だけを読めば、自然と全体の要約になっていたりする。 すなわち、文章を読み傍線を引きながら彼の頭の中で、 その内容がてきぱきと要約整理されていったのである。 またそれに対する反論や連想が手短に記号で書きこんであったりする。

有名な話だが、斉藤茂吉はかなりの読み手だったらしい。 ある時、「明星」に与謝野晶子の短歌が十五首発表された。


あたひなき速香と云へどひと時の 煙は見えつ人のおん目に
ゆく春の雨ののちなり朝露の 蜘蛛の巣がきに似たる星の夜
春の鳥今巣がくれてある冬と 猛に思ひぬ胸をおさへて
うき十とせ一人の人と山小屋の 素子の妹背のごとく住みにき
なつかしき海の砂場のしらしらと 夜あけしここち雨はれし雲
おん屏風女歌しぬ小倉山 あらし山など裾がきにして

などなどである。流石浪漫派といった素晴しい短歌であるが、 茂吉の眼力はその中に「拵へもの」の退廃を発見する。 彼は即座に次の部分にマークをつけたのである。
「速香(すかう)」「巣がき」「巣がくれて」 「素子(すご)」「砂場」「裾がき」……
これらは全て「す」から始まっている。 この十五首は晶子が国語辞典の「す」の部を開いて、 目につく単語から連想して歌を詠んだに違いない!

おっかない読み手もいるものである。

Nov. 3rd(Tues.)

午前中はチェロの練習をし、 午後から北山の京都コンサートホールへ京都交響楽団の コンサートを聴きにいく。 指揮はルドルフ・バルシャイ、演目はムソルグスキの 「モスクワ河の夜明け」とショスタコーヴィチ「レニングラード」。 僕は滅多にオーケストラを聴きに行かないので、 たまにコンサートに行くと感想は 「オーケストラって大音量」という素朴なものになる。 今日はまた「レニングラード」という演目上さらに、 鳴り物の多い大音量だったが、 さすがにバルシャイだけにいい感じではあった。

京都コンサートホールは建物の中に蝸牛のように ぐるぐると周るスロープがあって、それを上って ホールに入り、コンサートが終わるとそれをぶらぶら と下って外に出るという不思議な構造になっている。 演奏が酷いとうっとうしいだけだと思うが、 いい演奏の後だと不思議なゆったりした気分になって悪くない。

Nov. 4th(Wed.)

水曜は午前午後と情報処理関係の演習。疲れた。

この前、T部長と飲んだ時に、ブックガイドをやりたい、という話をしたので、 いきなりやってみました(逃避?)。 どんなものでしょう?

どうぞ、Book Guide for 1999 です。
(このブックガイドページ用の CSS を募集しますので、 HTML デザインに覚えのある方、是非お願いします)

Nov. 5th(Thurs.)-6th(Fri.)

5日。午前中は山科区の区役所に転入届けを出しにいき (もう二年近く住んでいるのだが)、 午後から会議を二つ。

夜、丁度学会で京都に来ている慶應大学の N 先生と、 三条で待ち合わせて、食事に行く。 N 先生のお勧めで、祇園の「八咫」へ。 三年ほど前にできたとかで、町屋を改造した綺麗な店。 料理が美味しい。榴のかかった河豚ぶつとか、 鯛のかぶと煮とか、七輪で焼く鷄の軟骨とか、 鮭のかき揚げがのっている鮭茶づけとか。 その後、近所のIt's Gion 2 で軽く飲んで、 先斗町の河道屋で饂飩を食べて山科に帰る。 N さんは山科に一泊宿泊。 N さんはいたく、京都がお気に入りの模様。 是非、季節毎にでも遊びに来てください。

6日。目が覚めると N さんは既に出かけた後。 僕は午後から会議のため大学へ。

N さんにお土産にいただいたワインを飲みつつ読書など。 昔、「数学セミナー」に連載していた、「イーハトーブの数学講座」 より「ヤング図形と遊ぼう」。

Nov. 7th(Sat.)-8th(Sun.)

7日朝いきなり電話があって、チェロのレッスンがキャンセル。 今日が演奏会の本番だと言うことを忘れていたとのこと。 そんないい加減な…。

"Book Guide 1999" 第弐回ポルノグラフィ編

土日の休日は、読書をしたり、チェロを弾いたり、 翻訳の仕事をしたり、数学をしたり。

最近、ケインズに興味を持っている。 非常に面白い人だったようだ。

Nov. 9th(Mon.)

午後から京大数理研へ。T師匠とディスカッションして、 三条の Cafe Riddle で一服して帰る。

突然、経済学講座第一回「ポートフォリオ理論について」

喫茶店で暇つぶしに簡単な計算をしたので、その紹介。
最近、投資信託がはやっているようで、ディリバティブがどうしたとか、 難しい理論を使っているようなことを言っているが、 結局本質的には古典的と言ってもいい「ポートフォリオ理論」が 中心である。ただ最近はポートフォリオに使う金融商品として、 ヘッジ目的(危険は避けたい)、またはリバレジ目的(ちょっとの資金で大勝負) から派生商品を組みこむこともあり、それはちょっと難しいのでまた今度。

さて、株式の将来の値段 X の期待値 E[X]と分散 V[X] について考えよう。 理系の人なら高校で習ったように、分散 V[X] は、 V[X] = E[(X - E[X])^2] で定義される量で、式の意味する通り、 X がその期待値からどれくらい離れるかの期待値である。 分散が大きければ期待値から大きくはずれる可能性が大きく、 分散が小さければ将来の値段は大体期待値のそばに来るだろう。 例えば、あるベンチャー企業A社の株の分散が非常に大きいとすれば、 この株は期待値を大きく上まわる収益をあげるかも知れないし、 どん底まで値を下げるかも知れない危険な株式である。 例えば大企業F社の株式の分散が小さいとすれば、 大体期待値に近いパフォーマンスをあげ、比較的安全と思われる。 したがって、株で儲けたい人は 「出来るだけ期待値が大きく、出来るだけ分散が小さい」 株を持ちたいと当然、思う。 しかしそんな都合の良い株はそうそうない。 期待値の大きい株は、大抵分散が大きく、危険である。

そこで、次のようなアイデアが出てくる。 「一つ一つの株式についてはその通りかも知れないが、 複数の株式を上手に組み合わせて買えば分散を小さく出来るのではないか?」 実際その通りのことが成り立つ。

さて、今、二種類の株 X と Y があるとしよう。 会社四季報とか投資新聞を綿密に調べて、この X, Y が 1年後にどれくらいの値をつけるかの期待値 E[X], E[Y]と、 その期待値からのばらつきがどれくらいかの分散 V[X], V[Y] が大体分かっているものとする。 この X と Y は期待値は大きいが、分散もべらぼうに大きいとか、 分散は小さいが期待値もショボいとか、まあ世間にありがちな株である。 そこで X と Y を a 対 1-a の比 (0 <= a <= 1) で組み合わせて購入することにする。 つまり Z = aX + (1-a)Y という商品を買うと思ってもよい。 この組み合わせ戦略のことを「ポートフォリオ」と言う。 この期待値と分散を計算しよう。

期待値は言うまでもなく E[Z] = aE[X] + (1-a)E[Y] であって、 X と Y の期待値の大きい方だけを買った方がもちろん良いのだが、 分散はどうだろうか。 分散を計算してみると、V[Z] = E[(Z - E[Z])^2] = E[Z^2] - E[Z]^2 より、V[Z] = a^2 Vx + 2a(1-a)Vxy + (1-a)^2 Vy となる。 ここで、Vx = V[X], Vy = V[Y], Vxy = E[XY]-E[X]E[Y] と略記した。 これを a について整理すれば、これは a の二次式になり、 下向きの放物線になる。 中学生の時のように二次曲線を思い出してもらって、 平方完成によって極小点を求めると、 a = (Vx - Vxy)/(Vx - 2Vxy + Vy) の時に極小値 (VxVy - Vxy^2)/(Vx - 2Vxy + Vy) を取ることがわかる。 よって、 上の a が 0 と 1 の間にあれば、X, Y の一つだけを買うよりも、 小さな分散を持たせることが出来る。 例えば、本来なら危険が大きい株どうしを上手く組みあわせて、 買うことで期待値はあまり変わらず、 分散を非常に小さくできる可能性がある。 またはもっと現実性のある話としては、 そこそこの株式を組み合わせて、まあまあの期待値で、 非常に小さな分散を持つような、安全なポートフォリオを作れる。

さらに高度な投資戦略についてはまた今度。

Nov. 10th(Tues.)

早朝からBKCの地下共同溝でケーブルを引き回していると、 有機化学関係の研究室から火災が発生してエクセル研究棟全体に火の手が広がる。 僕の他、五名が地下溝に取り残され、 消防隊による救出を待つ間に、 一名が意識不明の重体、一名が怪我、僕を含め三人は軽度の煙中毒などに至ったが、 火事発生から30分ほどが経過したところで、なんとか無事地面に脱出できた。

という、設定の防災訓練に参加。朝っぱらから大変なことであった。

午後から暗号方面のゼミと、教授会。

暗号方面の教科書を書かないか、と某出版社から連絡があった。 こういうのって何処から調べてくるのかなあ…
そういや、つい最近も、知り合いの弱小出版社のために 教科書書いてみてくれない? と同僚(学科は違うが)に頼まれたが、 そんなに教科書って需要あるのだろうか?


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